デート


「頼む! 弘樹っ、お前に一生のお願いがあるんだっ!!」


「……嫌だ」


「お前という男は……! 親友の頼みを聞きもしないで断るのかあっ!!」


 中学時代からの親友田畑の頼みは昔から大体ロクなことがない。

 そう言い切ってしまうのは申し訳ないが、初見の妹さんを始め、俺が確実に何かしら被害にに遭うのは目に見えている。


 一応話だけ、と思い聞いてみる。

どうやらテニス部二年生の三浦先輩と仲良くなりたいのでダブルデートに付き合ってほしいとのことだった。

 しかも、その三浦先輩を連れ出すにはもう一人女性が必要なわけで。その相手に田畑が選んだのは何故か三年の松宮先輩だった。


 学園No.1の人気者の先輩が、何故田畑の無茶なお願いに付き合ってくれたのか分からないが、あっさりOKの返事をもらえたと言う。


 そしてもう一つ、我が家最大の問題点。

 嫉妬深い超絶ブラコンの雪音をどうやって捲くか、だ。


 「デート」なんて恐ろしい言葉が彼女の耳に入ったら、一体あとでどうなるか分かったものじゃない。


「田畑、雪を捲く策はあるのか?」


「任せろ。それは麻衣に頼む」


 麻衣ちゃんは田畑の自慢の妹だ。

 雪音と同じくS女学院に行っており、学力運動共に優秀、そして雰囲気もミステリアス漂う大人しい美女だ。

 雪音と麻衣ちゃんに素敵な彼氏が早く出来てくれたら、俺達兄貴二人はもっと気が楽になるのだが。


 田畑の考える策も不確定。麻衣ちゃんは雪音の味方だし、うちに泊まりに来た時もブラコンモードだったが、大丈夫なのだろうか……?

不安を抱えたまま、結局約束の日曜日がくる。


 お洒落をすると雪に不審がられる為、Tシャツにジーパンというラフな格好で、肝心のデート服はリュックに入れて持っていくことにする。


「ひろちゃん、今日はお出かけ?」


「あぁ。田畑と買い物」


「ユキも行きたい」


 少しむっとした表情で雪はそう言ったが、自分も麻衣と約束があることを思い出して渋々諦めてくれた。

 一応田畑の作戦第一段階(?)はうまくいったらしい。


 俺はいつものように雪音の頭をぽんと撫で、留守番頼むな、と言い待ち合わせ場所まで急ぐ。


 駅内にあるトイレで着替えを完了し、待ち合わせ場所に向かうと、俺の服を見た田畑が少しだけ嫌そうな顔をして「お前と一緒に居ると自分のランクが落ちるから嫌だ」と悪態をついた。

 そんな事を言われても。誘ったのは誰だ、と文句の一つでも言ってやりたい。

 数分後、待ち合わせ時間内に遠くから俺達の名前を呼ぶ声があった。


「雨宮くーん。田畑くーん」


 近づいてきた二人の先輩は、ツートーンのワンピースを着て、はにかんだように微笑んでいた。

 

 くっそ、松宮先輩本気で可愛い……。

 憧れの可愛い先輩と並んで歩けるなんて幸せすぎる。


 田畑に至っては、大好きな三浦先輩のブルーのフリルつきワンピースに鼻の下が伸びきっている。

 ダブルデートどころか、デートそのものが始めてだ。何をしたら良いのか予習でもすりゃ良かったのに、家では雪音が居るから検索なんて出来ないし、男友達は女関係に疎いから詳しく話も聞けない。

こんなので大丈夫なのか? と思うが、いつまでもデレデレなんてしていられない。

 キッカケはともあれ、憧れの先輩と人生初デートするチャンスっ!!

 多分、これが最初で最後になるだろう。松宮先輩は受験に向けて猛勉強しており、今はテニス部を辞めているのだから。


 アテにならないデートプランは全て田畑に任せていたが、彼は父親に頼んで手に入れたというディズニーランド1日券を自慢気に見せて「いきましょう」と意気込んでいる。

 歩きにくそうなパンプスを履いている女性二人組はきゃあきゃあ楽しそうにランド内を走り、俺と田畑がまさかそれについていくという状況となった。

あんなに歩きにくいヒールでも疲れないんだと関心してしまう。

 こういう夢の国は乙女を楽しませる効果があるのか。いつも見ていた以上にテンションが高い。


「田畑、お前が発案者なんだから、きっちり三浦先輩の事エスコートしろよ……」


「おう、行ってくる」


 ベンチに腰掛けている俺と対照的に、田畑は憧れの先輩に自分から積極的に話しかけ、なかなかいい雰囲気を作り上げている。

 親友の勇ましい様子を横目で眺めていると、俺の目の前に細長い棒が出現した。


「雨宮君、チュロス食べる?」


「いただきます」


 優しい松宮先輩はチュロスを俺に渡すと隣に腰掛けた。

 夢の国というだけあって、こういう場所はカップルと子連れの親子がとにかく多い。


「ここは人が多いですね」


「そうよ、雨宮君はディズニーランド初めて?」


「はい。両親が働いているので、大体家で妹の面倒を見るのが日課です」


 今も隣にいる松宮先輩ではなく、家に置いてきた雪音のことを考えている。

 田畑のお願いとは言え、雪音に『嘘』をついたのは初めてだ。

 罪悪感で胸が痛い。最初から、田畑に頼まれてディズニーランドに行くと言えばよかった。

 それはそれで、きっと『ユキも行きたい』とごねたかも知れないが、やっぱり嘘は良くない。


 どうすればよかったのか、答えが出ないまま悶々としていると、隣でチュロスをかじっていた松宮先輩が、徐に口を開いた。


「雨宮君が入院していた時に居たあの髪の長い女の子って、彼女?」


「え? 雪音のこと?」


「私が雨宮君とお話ししてたらすごい勢いで睨み付けてたから、あ、邪魔しちゃったなぁって思って」


 雪音のブラコンの波は本当に関係のないところまで広がってしまうから困る。

 もう何度目かわからない説明を松宮にする。


「雪音は妹なんです。うちは本当の兄妹じゃないから、みんなそうやって誤解するんですけど」


「そうなんだ。じゃあ、私にもチャンスはあるかな?」


「はい?」


「私ね、雨宮君のこと大好きだよ。今日は田畑君が仲介してくれたけど、すごく嬉しかった」


「えっと……」


 困惑したままの俺の手を取った松宮先輩は、お店回ろうと優しく言ってくれる。

 その小さくて暖かい手を握った瞬間、雪の笑顔が重なった。



『ひろちゃん、一緒に遊ぼう?』



 やっぱりダメだ。

 俺は、雪音がいい。


 急に無言になった俺を見て、松宮先輩が不思議そうな顔をしているのが分かる。

 

「雨宮君?」


「……先輩、ごめんなさい。俺帰ります」


 学園人気NO.1の先輩にこんなこと言うのはすごく失礼なことだと思う。

多分、こんな失礼な事をする男は男じゃない。多分あちこちの先輩達に蹴られそうなくらい失礼な事だ。

それでも、俺はもっとやらなきゃいけない事がある。先輩に深く一礼して、俺はゲートの方に足を向けた。

 無理をしてデートするよりも、もっと近くに居て、ずっと守りたい大切なものがある。




******************************




「おかえり! ひろちゃん、どこまで行ってたの?」


 犬並の聴力なのか、玄関まで足を入れた瞬間すごい速度で出迎えてくれる雪音の笑顔をみて何故かほっとした。

背負っていたリュックと手に持っていた袋包みを渡す。


「ほら、雪音にお土産。今度は一緒に行こうな」


「これ、なぁに?」


「夢の国のおやつだよ」


「んー?」


 ディズニーランドに行ったことのない雪音は、俺がさっきまでかじっていたココア味のチュロスを見て不思議そうに首を傾げていた。

 ホント、色気よりも食い気。


「これ、美味しいね!」


 チュロスをぐにぐに曲げたりちぎったり忙しそうに手をベタベタにして自分なりの食べ方を探している。

そして時間が経って少し固くなったチュロスを心底美味しそう頬張る雪音。


 その微笑ましい姿を見ていると、やっぱり嘘はつかずに帰ってきて良かったと。

何とも言えない幸せを感じる弘樹であった。

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