夜這い
「ただいまぁ~!!」
雪音が修学旅行から帰って来た翌日のことだった。
ややテンション高めに帰宅した雪音の後ろから「こんにちは」と物静かな声が聞こえてくる。
この家に雪音の女友達が来るのは珍しい。昔、誕生日で一緒に遊んだ子達以来のような気がする。
しかし、彼女。よく見ると誰かに似ているような?
「いらっしゃい。あれ?もしかして、田畑の妹さん?」
「こんにちは弘樹さん、初めまして。うちのバカ兄がいつもお世話になっております」
開口一番「バカ兄」ときっぱり言い放った彼女は田畑麻衣ちゃん。
俺の友人である田畑は中学時代からの親友の1人だ。家も近所だし今ももう一人の仲間と3人でよく一緒によくつるんでいる。
しかし、あいつからの噂でよく聞く『麻衣ちゃん』という妹さんに会うのは今日が初めてだったりする。
見た限りお調子者の兄とは正反対で、かなりしっかり者っぽい。雪と同じ歳なのだから、これくらいあいつも落ち着いてくれたらいいのに……。
「あぁ、ゆっくりして。田畑──っと、忍によろしく」
「ありがとうございます……」
ついつい癖で苗字呼びしてしまった。妹さんも田畑さんなのだからこんがらがってしまう。
俺と麻衣ちゃんがごく普通に挨拶していると、いつものように雪音が不貞腐れていた。
二人の間を割るように立ち、腕を組んで不満そうな顔をしている。
「マイちゃん、ひろちゃんのこと誘惑しちゃダメ!今日はユキとお泊りでしょっ!」
「はいはい分かりましたって。弘樹さん今日はよろしくお願いします」
「は、はぁ……どうぞ」
中学生が誘惑って……そんなの無理だろ、漫画の読みすぎじゃないか。
雪音は一体何処からそういう変な言葉を覚えてくるんだろう?
雪音は、女学校に入ってからも「お兄ちゃん大好き」の所為で、腹を割って話せるような友人が出来なかったらしい。
偶然にも田畑の妹が2年になってから同じクラスになり、今回の修学旅行を通して交流を深めたらしい。
同じ年齢の兄を持つ麻衣ちゃんの話はさぞ雪音にとって面白かったのだろう。
あれだけ「一週間拷問だ」「辛い」「行きたくない」「死にたい」「ひろちゃんも連れていく」と無茶苦茶言っていた修学旅行を、結果として楽しく帰宅した事は雪音にとって大収穫だろう。
二階で楽しそうに女子トークで盛りあがってる声が聞こえる。楽しそうな声を聞いていると、昔を思い出して微笑ましくなる。
今日は母さんも友人と旅行に行っているし、父さんも仕事で観光案内だから明日の朝まで帰ってこない。
家の中に年頃の女の子二人と男一人。しかも両親はどちらも不在。
田畑も大切な妹をよくこんな危険な場所に派遣したものだ。
まぁ確かにそれだけ信用されていると思えばありがたいが、これは俺が全く男としては見られていないような気もする。
勿論、雪音が超絶ブラコンだからこそ、麻衣ちゃんは俺から何かされるとか、貞操の危機なんて微塵も感じていないだろうけど。
「ご馳走様。先に二人お風呂使っていいからな」
「はぁーい!!」
俺は雪音と麻衣ちゃんが作ってくれた夕食を美味しく平らげ、先に彼女達にお風呂を譲る。
1時間後に雪音からあがったよ、と声がかかり俺ものろのろと風呂へ向かう。
誰も居ないのに、女の子達が先ほどまで使っていた所為か、浴室全体が甘いような香りがした。
折角ゆっくりしたいのに、何となく雪音の香りみたいでちょっと変な気分になる。
俺は火照る顔を叩きながら瞳を閉じてゆっくり風呂に浸かった。
風呂を出たところで、俺はパジャマに着替え、ふと二階にいる二人のことを考える。
年頃の女の子が寝ているのに、自分も二階で寝て倫理的に問題ないのだろうか?と真剣に悩む。せめて、今日母さんが家に居てくれれば全く問題はないのだが。
とは言え、部屋も分かれてるし問題ないかと勝手に解釈して雪音の部屋の前を通過する。
すると、部屋の中から「お兄ちゃん」についての話が聞こえてきた。
好奇心が勝ってしまい、俺はそのドアにそっと近づく。
「雪ちゃんは、弘樹さんの何処が好きなの?」
「えっとねえ、ひろちゃんは優しくて、小さい時からユキのことずーっと守ってくれてるの」
「そうなんだあ。うちのバカ兄貴はいつもふざけて悪戯ばっかり。優しいとこは……なんだろう」
「マイちゃんのお兄ちゃんは、マイちゃんのこと大好きだよ? もうちょっとマイちゃんがお兄ちゃんに優しくしてあげるといいんじゃないかな?」
「うん。そうなんだけど、それが出来ないから兄貴のことつい嫌い嫌いって言っちゃうんだ」
「それは……ツンデレってやつだ、マイちゃん!」
この話はかなりヤバイ。すまん田畑、お前の大事な妹さんまでブラコンにしそうな勢いで会話してる。
止めてやりたいけど、女の子の話で盛り上がっている中に入るわけにはいかない。
俺は何も聞こえなかったフリをして、自分の部屋のドアを閉めた。
雪音と麻衣ちゃんが何時まで盛り上がっていたのか分からないが、俺は雪音達と違い、明日も学校だったので早めに電気を消した。
何となく寝苦しくて寝返りをすると、いつもよりスペースが狭い。これは間違いなく嫌な予感がする。
布団の中には、以前と同じく再び雪が潜り込んでいた。しかも、今回は気持ちよさそうに寝息を立てている。
こんな所、麻衣ちゃんに見られたら田畑に何て言われるかっ!!
俺は慌てて雪の背中を揺すって起こした。
「雪……!お前、麻衣ちゃんはどうした?どうして一緒の部屋使わない」
「んー。ひろちゃんのところで寝るから、ユキのお布団使っていいよって渡してきた」
「いや、お友達に寝床渡すのはいいんだけど、俺のベッドに入ってくるのはおかしいだろ?」
「マイちゃんが行っておいでって言ってくれたんだもん。マイちゃんのお家はみんな一緒に寝てるんだって」
田畑、俺はお前の妹を恨む。
義理であっても、兄と妹がこんな歳になってまで一緒に寝る世界がどこにある。
部屋の都合で雑魚寝だったらともかく、今は両親の配慮あって部屋は完全に別々なのに。
多分、田畑の家は一部屋が大きいから家族みんなで布団を敷いて一部屋の中で眠っているのだろう。合宿みたいな感じだろう。
だが、一緒に寝るの捉え方が雪音のものとは根本的に違う。
「だから、ユキは今日からひろちゃんと一緒に寝るの。マイちゃんの家もそうだし変じゃないでしょ?」
「寝るの、じゃない! 俺が迷惑なんだって。狭いし、雪音だって寝れないだろっ!」
「ユキは、ひろちゃんの隣だと気持ちよくてすぐ眠くなっちゃうよ」
アパートで住んでいた時のように、みんなで雑魚寝だったらこんな気持ちにならなかったのかもしれない。
あぁ、今日も眠れない!!
折角雪音にマトモそうな友達が出来たのに、雪音をこれ以上、このブラコンを悪化させないで欲しいっ!!
俺の願いも虚しく、翌日から雪音は夜になる度、俺の布団に潜り込んでくるようになってしまった。
歳を重ねる毎にあちこち成長する身体。俺だって男だ。気にならないと言えば嘘になる。
巡り続ける煩悩を振り払う為に、俺は一階のリビングで夜中にF1を見ながら、そのままソファーで寝落ちするということが増えた。
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