手料理
中学校に入った俺は、すぐにクラスメイトの田畑 忍と親しくなった。
俺達は近所である以前に、もう1つ別の共通点がある。それは、妹がブラコンなのだ。
「しかし、弘樹の妹可愛いよな。雪音ちゃんだっけ」
「まあ、雪音が可愛いのは認めるけど、いい加減兄貴離れしてくれなきゃ困る……」
「B組の皐月が泣いてたぜ。『弘樹君が不毛な恋をしてる』って」
「誰だよ、そんな根も葉もない噂広めてんの……」
田畑の話はあながち嘘でもない。現に、俺が女友達と一緒に帰宅したり、家で課題をしていると必ず雪音が邪魔しにくるのだ。それも、彼女面して。
俺と雪音は血の繋がりはないし、苗字も違うので、妹だと言っても誰も信じてくれない。
それだけならまだマシだ。もっとエスカレートすると、私はひろちゃんのこと何でも知ってるもんとか収集のつかないことまで口走る。
そんな経緯もあり、雪音のブラコンは年々悪化する一方。
絶対に俺とお風呂に入るし、異性に目もくれない。寧ろ恋愛話をするとひろちゃんがいいの。とか、兄貴としては嬉しいんだけど複雑なことを言う……。
「そうじゃなくて!」
「ど、どうしたよ弘樹……」
「あ……悪い」
兄としては妹に好かれて嫌なことなんてあるもんか。ただ、雪音がこのままブラコン街道を突っ走ってしまったら──先が心配で堪らない。
もしかして、雪音がこうなってしまったのは俺が側に居過ぎたせいなのか?
無言で考え込んでいる俺に、田畑は哀れみの目でこちらを見つめてくる。そして肩をぽんと叩いた。
「俺の妹なんて、『兄貴臭い! キモイ! 近寄るな!』とか。超失礼しちゃう!」
「雪音は夜中に俺の部屋でテレビゲームしてるから、それも怖くて……」
「夜這いだなそりゃ。ゲームよりも、お前と一緒に寝たいんじゃねえの?」
そんなの、怖くて確かめた事はない。仮に夜這いだとして、雪音が俺のベッドに潜り込んで来たら困る。
俺だって健全な男子だ。異性に対して多少……意識するのだから。
「田畑んトコは、妹さんから一緒に風呂入ろうとか言わねーよな?」
「当たり前だろ! 恥ずかしくて嫌だよ。それに、一緒の風呂なんて入ったら勃っちまいそうで」
「あー確かに……」
すごくよく分かる生理現象。
保険体育の授業で男女の身体の違いも大分わかってきた。だからこそ、風呂は1人でゆっくりと入りたい。
「毎日あんな可愛い妹と風呂に入ってたら、お前も彼女作れなくなりそうだな」
他人事のようにけらけら笑う田畑が少し憎らしい。
本当に、彼女も作れなくなりそうだよ……。
────────
「ただいま」
リビングに入ると、何やら美味しそうな匂いが漂っている。つられてキッチンに足を向けると、そこには白いフリルのエプロンをつけた雪音の姿が。
「ひろちゃんお帰り! 家庭科の授業で”肉じゃが”を作ったの。食べて」
「へぇ~1人で作ったのか? やるなあ雪音」
「うんっ!」
忙しい母親の背中を見て育っているのだろう。1人で夕飯の支度をする雪音を見ていると成長を感じる。
幾つ歳を重ねても、俺に向けてくる無邪気さは変わらないが、いつか他の男にもそれを向けるようになるのだろうか?
「ひろちゃん、できたよ? 食べて」
「いただきます」
お皿に盛り付けされた肉じゃがは初めてにしては上出来だと思う。多少じゃがいもがデカイくらいで。
テーブルに頬杖をつきながら雪音は俺の様子をじっと見つめている。
「美味いよ」
「ホント? ホント?」
「ただ、少し薄味すぎるかな。水分もう少し飛ばしてあとは砂糖を足して──」
「ユキ、ひろちゃんのお嫁さんになるから、お料理もっと頑張るねっ!」
「ぶっ! ごほごほっ……」
『お嫁さん』の言葉に、俺はじゃがいもを喉に詰まらせた。
咽せる俺を見て、雪音が慌てて背中をさする。
「え? ユキ変なこと言ってないよ。好きな人の胃袋を掴む為に、料理は頑張りなさいってセンセーも言ってたもん」
目を輝かせながら、嬉しそうにそう語る雪音に訂正を入れることもできない。
きっと、その先生は「好きな人」がまさか兄貴だとは思っていないはずだ。
先が思いやられる……。
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