誕生日


「もーいーかい?」

「まぁだだよぉ~!!」


 今日は雪音の誕生日。

 4名のお友達が狭いアパートにやってきた。──までは良かったのだが……。


「……もーいーかい?」

「まだぁ〜!!」


 このやり取りも4回目……。俺はほぼ強制的に外へ連行されていた。


 遡ること2時間前──。


「ねぇねぇ、ひろちゃん。鬼ごっこしたい!」

「無理だろ、部屋の広さみてみろ。それに、下の人に迷惑だろ」


「「ぶーぶー」」


 5人に一斉に非難された俺がまるで悪いみたいじゃないか。でも間違ったことは言ってないぞ……。


「じゃあ、ひろちゃんお外で一緒に遊んで!」

「賛成ー!!」

「って、俺の意見は!?」


 そんなやり取りの後、現在に至る。……今日は拓人に草野球チームの助っ人に呼ばれていたのだが勿論キャンセル。

 だって、仕方がないだろう……雪音に泣きつかれたら野球に行くなんて言えないんだから──。


「もーいいよぉ~!」


 子供達の声と共に俺はようやく木から顔を離した。


「はい、タッチ」

「あーん。捕まったぁ」

「もう終わっちゃったねー」


狭い公園で隠れられる場所など決まっている。それでも時間をかけて探したつもりだが限度だってある。


「うーん……何しよう?」

「鬼退治は?」


 友達の1人が提案したその言葉に嫌な予感しかしない。

 顔をひきつらせる俺にお構いなく、雪音は嬉しそうに微笑んだ。


「ひろちゃん鬼ね! それ、みんなでやっつけろぉ!」

「きゃーきゃー!」

「ちょ……待て待て!」


 ──いかにかよわい女の子とは言え、5人で一斉に襲って来られては、流石の俺でも太刀打ちできない。


 仕方なく小さな木の棒を手に持つ。


「うおおー、食っちまうぞー!」

「それいけー! ひろちゃんをやっつけろー!」


 3歳しか違わないと言うのに、雪音の友達はパワフルだ。


 30分程外で遊んだ後、俺の方が体力が持たなかったので、アパートに戻る。

 室内でも鬼退治ごっこの続きをされ、俺は雪音の持っているカエルのぬいぐるみや、モンスターのぬいぐるみをぽこぽこぶつけられていた。



「もう無理……降参、降参」

「やったー! 鬼退治だぞぉ」

「きゃははっ」


 降参宣言してもなおもぬいぐるみをぶつけてくる──こいつらは絶対にドSだ。


「はいはい、遊んだところで皆んな手洗いしてきてね」

「やったー! ママの手作りケーキ」

「はぁーい!」


 ケーキの甘い香りに、子供達は我先にと洗面所へと駆けていく。


 やっと解放されたことで、俺はズルズルとソファーに沈み込んだ。そのまま瞳を伏せていると、母さんが冷たいペットボトルを俺の頰にピタリとつけてくる。


「お兄ちゃんしてくれて、いつもありがとう」

「え? だって母さんも父さんも仕事で大変じゃん。俺も妹が欲しかったから、雪音のことは好きだよ」


 今も無邪気に遊んでいる雪音を見ると心がほっこりする。


 こっそりサンタさんにお願いを書いたくらい、妹か弟が欲しかった。


 母さんは俺の言葉に安心したのか、目を細めて笑っていた。


「……そう言ってくれて本当に嬉しい。雪音は男の人が嫌いなのよ。心を開いたのは弘人パパと、弘樹だけ」

「へぇー。でも、雪音だっていつまで俺のことひろちゃんって呼んで懐いてくれるか……」

「──そんな悲しいこと言わないで。雪音は弘樹に会ってから、初めてあんなに笑える子になったんだから」


 母さんから初めて聞いた告白に俺は驚きを隠せなかった。確かに初対面の雪音は緊張していたのか、喋らない子に見えた。

 それでも、翌日から俺によく笑い、黙ることなんてないくらいずっと喋っている。


 自分が雪音に与えた影響なんてわからない。

 ただ、妹ができて嬉しかっただけ。

 

 雪音も……もしかして、兄が出来たことを嬉しいと感じてくれているのだろうか?


「ひろちゃん!」

「うぉ!?」


 ぼんやりした俺の前に雪音の顔。だから近いんだって……。

 ソファーから落ちそうになっている俺にお構いなく、雪音は右手を上下に動かしていた。


「ひろちゃん! マッチマッチ!」

「はいはい……」


 ソファーからのろりと身体を起こし、ダイニングテーブルの方へと移動する。

 ローボードからマッチの箱を取り出し、瞳を輝かせているお姫様達の前でそれを擦る。


 1本ずつ灯る明かりに、彼女たちのテンションも上がる。


「ほら、消していいよ」


 みんなでハッピーバースデーの歌を大合唱。祝われる雪音まで歌うという不思議な光景であったが、それも楽しんでいるらしい。


 雪音は大きく息を吸い込み、ロウソクの火を消していく。


「美味しいー!」

「ママのケーキ最高っ」


 俺は子供達の声を聞きながらそのままソファーでうたた寝をしていたらしい──。


 子供達が帰り、誕生会がお開きになったのも気がつかなかったくらい深い眠りに落ちていた。

 そんな俺の腹部に跨る気配。


「ひろちゃーん」

「うぐっ」


 寝返りを打った瞬間、腹部に感じる違和感。


「雪音、ちょっと重いよ」

「ひろちゃん、メグちゃんに鼻の下伸ばしてた」


 ぷぅと頬を膨らませながらご機嫌斜めのお姫様。身体を起こして雪音を見つめる。


「メグちゃんって誰だよ……4人もいりゃ誰が誰だか……」

「……ポニーテールの子」

「あー、あの子か。確かに可愛かったなぁ」


 無条件に他人を褒めると、益々雪音の機嫌は悪くなっていく。

 何も言わないが、顔が全力で不満を表現していた。口をへの字に曲げてふて腐れた雪音の頭を優しく撫でる。


「……うちのお姫様が一番可愛いよ」

「ホント?ホント?」


 眼を輝かせてこちらを見てくる雪音はいつもと変わらない、無邪気な天使の笑顔だった。


「あぁ……俺にとっては」

「ひろちゃん! あのね、ユキもひろちゃんのこと大好きだよ」

「はいはい……」


 妹がほしかったから、雪音のこと好きだよ。と言った言葉が聞こえていたのだろうか。


 猫のようにごろごろと懐く雪音をぎゅっと抱きしめ、背中を撫でてやる。

 トントンの刺激が心地よかったのか、雪音はそのまま俺にもたれかかり、眼を閉じていた。


「遊び疲れたんだな……誕生日おめでとう、雪音」


 ──俺の声が聞こえたのか、聞こえていないのか。

 腕の中で眠る雪音の寝顔は、本当に幸せそうだった。

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