ムンプス


「う〜……」

「暑い。離れろって……」


 まるで抱き枕のように俺にぴったりくっついて眠る雪音。ワンフロアで家族全員寝ているのだから、そりゃ仕方がないのかも知れない。

 それでも、真夏のこの時期……基礎体温の高い雪音にひっつかれると辛い。


「ひろちゃん〜……」

「だから、暑いっての!」

「痛いよぉ……ひろちゃん……」


 ころんと寝返りを打った雪音は滝のような汗をかいていた。うーうーと唸りながら涙を浮かべている。


「雪音……?!」

「ひろちゃん……首が痛い。痛いよぉ!」

「か、母さん! 雪音がっ!」


 ────────


 診断は”流行性耳下腺炎”とのこと。所謂いわゆるおたふくかぜだ。


「まどちゃんがね、おやすみしてるの」

「そっか。その子は風邪か?」


 雪音の学級ではおたふくが流行っているらしい。集団生活において、感染るのは仕方がないことだ。

 唸る雪音の額にそっと手を当てると、燃えるように熱い。


「首が痛いの」

「パンパンだもんなあ……こんなになるのか?」


 おたふくのワクチンは定期接種では無いので、罹患する場合が多い。

 雪音はウィルスに強くかかったようで、両耳の下が詰め物でも入れたかのように腫れていた。


 俺に出来ることは何もないけど──。

 そう思っていると、雪音が布団を捲り隣のスペースを空ける。


「ひろちゃん、隣」

「はいはい……」


 具合が悪い雪音を甘やかしてやろう。そう思い、俺は雪音の隣にごろんと横になった。


「えへへ。ひろちゃん、冷たくて気持ちいい」

「あのな、それは雪音の熱があるからで──」


 隣では幸せそうに微笑みながら、規則正しく聞こえる寝息。

 折角痛いのも忘れて眠れてるんだったらそっとしておこう。

 そう思い雪音から離れようとするが、彼女の手はしっかりと俺のシャツを握りしめていた。


「しょうがねえなあ」


 うっすらと汗ばんだ柔らかい髪を撫でる。


「早く治れよ。──雪音がいないと、登校時間つまんねえじゃん」



 そのまま一緒に眠ってしまっていたらしい。

 

「あ、弘樹起きた? 雪音もシャワー浴びれるように用意してるわよ」

「今何時?」


 ちらりと時計を見ると針は10時に差し掛かろうとしていた。


「2人揃って気持ち良さそうに眠っているんだもの。起こすの可哀想だったわ」


 雪音を心配した父さんも、仕事の合間に帰宅したらしい。

 まだ起きたてでぼんやりしている雪音を抱きしめている。


 ──久しぶりに家族4人が揃う夕食。


 弾む会話に、雪音の笑顔。


 

 おたふく風邪に、俺はほんの少しだけ感謝した。

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