45th try:Destroyers

 体の感覚がない。

 視界は薄れ、意識が白く溶けていく。


 広く。薄く。


 魂……自分が自分であるという実感が、拡散していく。


 どこまでも。

 どこまでも……。


「シュウ!」


 魔王の声と共に、体に流し込まれた暖かい奔流が、俺の意識をつなぎとめた。

 それはをゆっくりとめぐり……精神の、肉体の、存在そのものの輪郭を確かめるようになぞって、俺と世界との間に境界線をひいてゆく。


 思い出す。

 俺が、俺であることを。


 ニシムラシュウセイという名前でもない。

 彼の記憶でも肉体でもない。

 自分が自分であるという、感覚そのもの。

 自分がいま、ここで、生きているのだという実感を、俺は確かめる。


 ……目を開いたとき、最初に映ったのはハイネの顔だった。


「まったく、無茶をするものだ」


 濃い隈で縁どられた目を無表情に開いて、彼女は俺を上から見下ろしていた。


 後頭部にあたる柔らかい肌の感触……。


 あれ。


 これ、俺、膝枕されてる?


「魔力が足りないからって、自分が動くのに必要な魔力まで突っ込む奴があるか」


 見れば、俺の身体には至る所にヒビが入っていた。

 最後の最後、一瞬の足止め程度なら大丈夫だと踏んで賭けにでたのだが……どうやら本当にギリギリだったらしい。


「へへへ……いやあ、一瞬ならなんとかなると思ったんだけど」


 俺がそういうと、彼女は無言で俺の頬をつねりあげた。痛い。


「……あと少しでも魔力供給が遅ければ、死んでいたのだからな」


「いでででででで、なんだよ、心配してくれてんのか?」

 

 俺がそう聞き返すと。


「阿呆か」


 ぽいっと頭を放り出された。床に後頭部から落下。マジで痛い。


「ここで死なれると、女神の魔力の受け皿がいなくなるというだけだ」


 そう言ってすたすたと歩いてゆく。

 ちぇ。つれないなあ。

 俺は頭を手でさすりつつ、身を起こした。


 真っ二つになった王の身体が、えぐれた床の真ん中に転がっていた。 

 その体から、黄金色の魔力が俺に向かって太い帯を作っている。

 いまこの瞬間も、自分の中にどんどん力が流れ込んでくるのがわかる。


 王の姿を見て、息を呑む。


「バカな……バカな……」


 うわごとのように同じ言葉を繰り返す王。

 その傷口からは、もはや一滴の血も流れていない。

 彼もまた、俺と同じ魔装人形だった。


「まさか、あんたも……」


「いうな!」


 王は悲痛な声で言った。


「バカな。あのお方は……女神様は……私こそが唯一の人間だと……私に慈悲を与え、永遠の命と、思い出をくれたものだと……」


「……それが、あのクソ女神のやり口さ」


 ハイネが言うと、王の口からは、乾いた笑い声が漏れる。


「ハ、ハハ、ハハハハ……そうでしたね。私とて判ったうえで自らの魂を売り渡したのだから。いまさら、そう、いまさらですよ」


 俺へと流れ込む金色の帯が弱くなるにしたがって、その語尾が少しずつ弱くなってゆく。俺はなんの声もかけられないまま、その姿を見つめるしかなかった。


「ナナ、ミミ……戻れなくて、ごめん」


 その言葉を最期に、王は動かなくなった。

 これで……終わった、のか。

 

 まるきり実感がないまま、俺は立ち尽くす。

 

「まだだぞ、シュウ」


 ハイネの言葉が、ぼんやりとたたずんでいた俺の気を取り戻させる。


「まだこの王と女神の接続は繋がってる。私がサポートしてやるから、女神の魔力を引っ張り出せ。綱引きの要領だ。いいな?」


「……ああ! わかった」


 そういうと、ハイネは俺の胸に手を当てる。

 瞬間、光の柱が俺と王の身体から立ちのぼり、天井の魔方陣と接続した。

 

 同時に、すごい勢いで自分の魔力が吸われてゆく。


「意識をしっかり持て! 自分の魔力を手放すな!」


 叱咤するハイネの声に励まされて、俺は必死でその流れを手繰り寄せる。

 次元を超えて繋がる魔力の糸――その先に、やがて俺はとてつもない何かの存在を感じ取る。


 魔王と対峙したときとも、さっきの王とも違う、それらとはまさしく次元の違う圧倒的な広がり。

 咄嗟に脳裏にイメージされたのは、さっき彗星の一踏メテオリック・スタンプを打つ直前に見下ろした、広大な青い大地だった。すなわち、この星そのもの。

 

 その根源の奥底から、俺に向かって声が響いてくる――


「はーい! 呼ばれて飛び出てにゃにゃにゃにゃーん! どうも、因果の女神ダイアログちゃんだにゃーん!」


 おまっ、


 ふざっ、


「ふざけやがってクソ女神ィ!」


 さっきまで抱いていた恐れが一瞬で掻き消え、湧いてきたのは怒りだった。

 その勢いのまま、一気に魔力をこちらに手繰り寄せる。


「あ~れ~、御代官様ァ~……にゃんてにゃ? にゃはははは!」


「何が、そんなに、楽しいんだよ……!」


「んにゃ? だってしょうがないにゃ? 今さらジタバタしてもどうなるわけでもなし。シュウにゃんの身体の限界まで持っていくといいにゃ♪」


 その舐め腐った態度に怒りを覚えながらも、俺は実感する。

 存在としての質が、違いすぎる。


 ハイネとダイアログは、かつて互角に戦ったという。

 どう考えても、嘘だ。

 ――というより、力のスケールが大きすぎて、普通の人には比べることができないだけだ。ミジンコから見れば、象と人間の大きさに見分けがつかないように。


 いま、こうして対峙してみてようやくわかる。

 魔力の量がどう、っていうレべルじゃない。

 限界まで魔力を搾り取ったところで、おそらく小指の先ほども届きはしないだろう。それくらいにまで巨大な差が、俺と女神の間には広がっていた。


 彼女は――ハイネは、こんな奴を相手に、戦って勝つつもりなのか?


「それにしても、結局やられちゃったにゃあ」


 のんびりとした声が楽しそうに言う。


「私の未来じゃあ、全員が王に殺されてバッドエンドだったはずにゃのににゃあ~。んふふふふふ♪ さっすが、これだから異世界の存在と遊ぶのは楽しいのだにゃあ!」


「貴様が期待する“未知”は見れたか?」


 ハイネが言う。その言葉の奥に、静かな怒りを滲ませて。


「お前の未来は変わったか? それはどの程度の大きさだ? どうせ修正されるから、まだ余裕でいられるのか? 見ていろクソ女神。いずれ貴様の寝首をかいてやる。私が味わった苦痛をすべてまとめて返してやる。貴様が後生大事に守ってきたこの世界すべてをぶち壊しにしてやる。待っていろクソ女神。私は貴様を殺す。必ずだ。くひっ、くひひ、くひひひひひひひひひひひ!」


 哄笑する彼女の声――

 それを聞きながら、俺は確かに感覚した。


 魔力の奔流のその先。

 青い貫頭衣トーガをまとった女神が、実に楽しそうな笑みを浮かべるその姿を。


「……その日を楽しみにしているにゃ。可愛い私の破壊者ゆうしゃたちよ」


 接続が閉じた。

 俺の呪いを解くだけの魔力を遺して。

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