44th try:Last Dive


「……角は紅蓮、鱗は日輪、血潮は炎。我、太陽を呑むものなり。我、始原の混沌より分かたれしものなり。我が呼びかけに応え、龍源郷より来たれ殲滅の炎……!!」


 サンドラの詠唱とともに彼女の体を覆う炎がその輝きを増してゆく。


「ほらほら、どこ見てるッスかー!」


 それに気を取られた王の隙をついて、襲い掛かったビスキィが斧を振り下ろす。


「――ふん。何を考えているのやらわかりませんが……」


「ぷぎぃ!?」


 だがその斧は、防いだ腕にあたると同時に、粉々に崩れ去った。


 無防備になったところへ、女神の力をまとった一撃が撃ち込まれる――


 と思った瞬間、すばやく伸びた半蛇人ラミアの尾が、ビスキィの足に巻き付いてすっころばせた。間一髪。横ざまに叩きつけられた拳は彼女の頭上をうなりを上げて通り過ぎる。


「こーら、ビスキィ。その考えなしに突っ込む癖やめろって、いつもいってるでしょお~?」


「うう……もうしわけないっス、ミトラ姉さん……」


「うっとうしいハエどもだ……!」


 苛立ちの言葉が王から漏れる。


「ナナ! ミミ! 何をしている! 早くこいつらを……!」

 

 そう叫びながらあたりを見回した王の表情が、驚きに見開かれる。

 つい先ほどまで並みいるモンスターたちと互角に戦っていたナナとミミが、軒並み床に倒れ伏し、痙攣していたのだ。


「何をしているお前たち! まだ魔力が切れるには早いだろう! 早く戦え!」


「あら、とても残念ですけれど」

「……その命令、無駄」

 

 答えたのは、蜘蛛女アラクネ闇精霊族ダークエルフだった。

 闇精霊族ダークエルフが宙に掲げた左色から、紫いろの波紋が広がってゆく。


「<邪霊の囁きウィスパー>……。魔力の働きを妨害する……。人形の魔力の波長、覚えた……」

 

 いっぽうで蜘蛛女アラクネは、まだ立って動いている彼女たちに向かって、細い針のようなものを飛ばしていく。


「<歪なお願いアンピュレックス>……本来は魔力で相手の神経を操る技なんですけれど……いまは動きだけ止めさせてもらってますわ」


「貴様、ら……!」


「<睥睨する龍炎の眼ラス・タバン>ッ!」


 完全詠唱の龍炎魔法が、立ち尽くす王に直撃した。


「うおおおおおおおおおおっ!」


 サンドラが吼えると、炎はますます勢いを増して絡みついてゆく。


「私の出せる最大の炎……! とくと味わえええええええッ!」


 圧倒的な熱量が、彼女の魔力操作によって、王一人に集中する!


「ぬぅ……ううううううッ!」


 手を振り回すが、その炎は消えない。

 

「あと……少し……もう少しだけ……!」


 サンドラが、呻きながら力を振り絞る。

 他のメンバーも同様だった。


 全員が全員、最後の力を振り絞って、足止めに当たっていた。

 魔王が一時的に共有していた魔力を通じて伝えられた、最後の作戦。

 それを成功させるためには……一秒でも長く、時間を稼ぐ必要があった。


「まだか……シュウ!」


 サンドラが俺の名前を呼ぶ。


 まだだ。

 もう少し。


 あと少しだけ――


「この……ザコどもがぁ!」


 王が怒りに満ちた絶叫を上げた。

 彼の体を包んでいた炎が、一瞬で掻き消える。


「!」


「全員……消え失せろッ!」


 そう言って両腕を広げると同時に、爆発的に広がった黄金の光が広間を包み込む。強烈な魔力の奔流――!


「ぐあっ!」


「ぷぎぃ!」


「きゃあ!」


「くうッ!」


「……ッ!」


 共有している意識の中で、いくつもの悲鳴が重なり合う。

 

 ……光が晴れたとき、そこに立っているのは王一人だけだった。

 立ち向かった全員が――敵も味方も等しく、壁に叩きつけられて呻いている。

 

「……ふん。手間取らせおって」


 そういうと王は、あたりを見回し、よくとおる声で叫ぶ。


! 部下をおとりにしておめおめと逃げるとは、なんとも情けないですねえ!」


 安い挑発。

 だが、彼の顔に浮かぶ苛立ちは本物だった。


 俺はそれを見ている。

 彼の眼の届かないところから。


 怒りに全身の筋肉を膨らませる王の背中を、下から見上げている。


「まだ出てこないか! ならばいいでしょう。震えながら見ているがいい。貴方の仲間がひとりひとり八つ裂きにされていくところをねえ!」


 魔王の焦りが伝わってくる。

 だから、俺は伝えた。


 ――、と。


 


「《指極の棺ドゥーベ》」



 王の背後。彼の放つ輝きが、近くの瓦礫に投げかけるそのから、幾本もの触手上の魔力が彼へと伸び、その体を拘束する!


「ぬ……うゥっ!」


 先ほどと同じように力を籠めるが、今度は外れない。


「くひひ……私の残り全魔力を込めた鎖だ。そう簡単には外れやせんよ」


「くっ、ぬうッ! しかし、私がこんなもので……!」


「あぁ、そうだ。だからこれも、時間稼ぎさ。私たちのとっておきが、


 そう語るハイネの声が、耳元でする。


「なんだと……!」


 怪訝な声で言う王の顔がやがて理解に至るのを、俺は見ている。


「……そういうことか。あの男が飛んだのは、ここから逃げたわけでは……」


「あぁ、そうだよ」


 俺は見ている。

 

 

 


 ※※※



 ひどく懐かしい感じだった。

 全力で跳んだのは――いや、全力で跳べたのは、カビナ平原以来だ。


 洞窟には天井があったし、そもそも迷いの森の上空は結界でおおわれていたし。


 空を仰ぐ。

 視界の先には、永遠の夜空が広がっている。


 下を見下ろす。

 視界の先には、一面の青い天体が広がっている。


 ――こうしてみると、この異世界も地球と同じ、星のひとつなんだなぁ。


 なんて、のんきに言っている場合じゃない。

 俺は右足に力をこめる。


 女神の魔力を呼び水にして、背後の星々から、すさまじい勢いで魔力が流れ込んでくる。大きすぎる力の奔流を、残る魔力で必死に制御して、右足へと集め、凝縮してゆく。右脚の先端にある小型の太陽が、直視できないほどの金色の光を放ちはじめる――。


 さあ、食らいやがれ。


 10


 最大最強威力の、彗星の一撃。



彗星のメテオリック―――、一踏スタンプ!!!」



 そして俺は、光の矢となった。


























「勝った……とでも思いましたか?」


 ハイネと共有した視界の中、王がやすやすと拘束を引きちぎった。


「なんだと……?」


 絶望の言葉を漏らすハイネに向かって、王は勝ち誇った笑顔を向ける。


「くははははははっ! 見立てが甘かったですねぇ! 想像以上にあなたの魔力は消耗していた! こんなものいつでも壊せるくらいにねえ! さあ迎え撃ってあげましょう。私の全力をもってすれば、あんな男の一撃など――」



 ああ。


 知ってたさ。



「……んなッ!?」



 そうだ。気づいたか?

 ハイネの拘束すら――めくらましであることに。


「バ、バカな……ッ。この魔力は……?」


 こいつが使えるようになったのは、あの姉妹のおかげだ。

 本来、レベル1の俺には使えない技。

 だけど――さっき魔王の魔力を使ってナナとミミを倒したとき。


 


 








【ニシムラ シュウセイ】(164)

 Lv25

 弾道2 ミートG パワーG 走力S 肩S 守備E 捕球F

 球速255㎞ コントロールF スタミナS 変化球 カーブ1

 一般スキル 彗星の一踏メテオリック・スタンプ

       定めし導きの檻スクロールバインド←New!

       定めし導きの牢獄スクロールジェイル←New!


 固有スキル 定めし導きの加護スクロールスクロール





 ……もちろん、俺と王じゃ、レベル差が大きすぎる。

 この拘束だって、さっきと同じようにいとも容易く千切られるだろう。


 不意打ちしても、もって一秒。


 だけど――




 最後にその一秒さえ稼げりゃ、充分なんだよ。




「バカな! 女神様の恩寵を受けた、この私が――!」




 醜い顔をした王の顔を、自分の目で見た次の瞬間――


 その胴体を、俺の右足が貫いていた。

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