37th try:Mission Impossible
「敵方の戦力の情報を集めろ!」
「各地に増援を! 転送魔方陣の展開急げ!」
「しかし、なぜこのタイミングで――?」
「なんか変なんですっ。話もぜんぜん通じないし、怪我してもおかまいなしに戦い続けるし。あれじゃあ、まるで……」
「クソ……人形どもめがッ」
「口を慎め! 魔王様の前だぞ!」
広間を目まぐるしく言葉飛び交う言葉と人影。妖精族による人類蜂起の報告を受け、魔王の号令によって慌ただしく対応がとられはじめていた。
俺はと言えば――ただ行き交う人々の妨げにならないよう、幅2メートルの道の中であっちこっち動き回っていただけだ。だってここから出られないし、手伝おうにも何やっていいのかわかんないし。
「ちょっと邪魔!」
「こっちこないでよ!」
「あっちいけ殺すぞ」
小突かれたら即死のこの状況で、俺はそこらじゅうの女モンスターたちに罵倒されつつ「ふえぇ」とかなんとか言いながら逃げ回る。情けないったらない。
「ちょっとこっちに来い」
と、不意に首根っこをつかまれる。
死――なない。となれば相手はひとりだ。振り返ると、そこにあるのは揺れる黒衣と白い仮面。ハイネだった。
「跳ぶぞ」
言われた瞬間、視界が黒く覆われ、体がふわりと重力を失う。覚えがある感覚だった。城内にある転送魔方陣を使ったときと同じだ。
一瞬のち、視界が晴れ、足が唐突に床を踏みしめる。一歩、二歩たたらを踏んで、俺は顔を上げた。
ハイネの部屋だった。
ベッドのうえのぬいぐるみが、俺を見つめている。
「あの場ではゆっくり話がしづらいのでな」
背後の声に振り替えると、ハイネが仮面を外したところだった。
相変わらず不健康そうな顔と表情だが、こうしてみると普通の女の子だ。
ハイネに指図されるまま、俺はベッドに腰掛ける。
あ、そういえば土足で入っちゃってるな。
「気にするな」
ちらりと靴を見る視線に気づいたのか、ハイネは手をひらひらと振った。
「そんなことより、これからの話だ。状況が変わった」
俺はうなずく。
「ああ、まずは防衛だよな。俺にできることがあったら言ってくれ」
「……何を言っている?」
魔王は首をぐりんと90度に傾げた。フクロウみたいに。
「作戦は予定通りだ。むしろ決行が早まった。シュウ。お前は予定通りアルメキアへ行け」
……はい?
「侵攻作戦を陽動にするつもりだったが、手間が省けた。いまアルメキア城は、警備が手薄になっているはず。混乱に乗じて忍び込み、召喚魔方陣を乗っ取れ」
「ちょっ、待て待て待て待て待てちょっと待て」
俺は慌てて彼女を遮る。
「なんだ」
「アルメキア侵攻は陽動? ってことは……あの作戦、もともと俺が一人でやるもんだったのか!?」
その問いに、あっさりとうなずくハイネ。
「ああ」
「マジかよ……」
「女神の結界のせいで、私も、モンスター達も、街に入ろうとしてもはじき出されてしまうのだ。女神の魔力を持つお前が、ひとりでやるしかない」
「マジかよ……!」
「ちなみに私の魔力を使っても女神に即バレるからな。悪いがあの力は使えないと思っていてくれ」
「マジかよぉ!」
俺は頭を抱える。
援軍はなし。呪いはそのまま。おまけにチートもうかつに使えない。そのうえであの女神が待ち受けている中へ行って魔力を奪ってこいだって!?
復活したとき、王様の周りに控えていた兵士の数を思い出す。
ふざけんな。忍び込もうにも、俺は呪いのせいで正門からしか入れねえんだぞ。
絶対見つかるし勝てっこない。
「一応、寄生型モンスターを援軍につけるという手もあるぞ」
「……ほんとか?」
「ああ。代わりにお前の精神が徐々に破壊されていくが構わないか?」
「いやそこは構えよ!」
「ならばムリだ。諦めろ」
ぐんぬぬぬぬうゥ……!
俺の胃が急速に痛みだす。
背を丸めてそれに耐える俺の肩を、ハイネの手がぽんと叩いた。
「大丈夫だ。私にもできた。貴様にもできる」
もう片方の手には親指が立っている。
そりゃもう、びしっと。勢いよく。
「なに、そう難しいことではない。ちょっと潜入してちょちょっと奪ってくるだけだ。私としても、ダメならダメで、次のお前をたぶらかしてもう一回挑戦させればいいわけだし。だからまぁ、気楽に考えろ。な?」
くひひひひひひひ、と、心底愉快そうな笑い声。
……。
あのさあ。
いや、一応、俺の命の恩人だし?
飯も食わせてくれたし、励ましてくれたし?
同じ境遇で、俺よりはるかに凄い苦労をしてきたんだろうなって思うしさ?
だからこの言葉だけは、言わないようにしようって思ってたんだけど。
でも、もう無理。
言わせてもらうね。
「……ん? どうした。子犬のように震えて」
いい加減にしろ。
この……。
クソ魔王ォ!
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