35th try:Awakening
どうしてこうなった。
魔王の広間。配下たちが退いたその中央で、俺は半龍の少女――サンドラと向かい合い、彼女が発する押し潰すようなプレッシャーに冷や汗を流していた。
中央のスペースの周囲は魔王が作り出した黒い炎で区切られ、見えない壁で囲まれている。おなじみの結界だ。要するに、逃げ場はない。
「クックックック……せいぜい祈れ。少しでも楽に死ねることをなァ!」
こちらの肌が灼け付きそうな熱を全身から放射しつつ、サンドラは獲物をいたぶるような笑みを浮かべている。
なんなのあの子。めっちゃやる気じゃん。
ああもう、帰りてえ……。
《戦う前から何を言っている》
「うぉわっ!?」
唐突に頭の中で響いたハイネの声に、俺は思わず叫んだ。
《くひひひひ……この程度、女神にできて私にできないはずがないだろう?》
頭の中で、ハイネは相変わらず不気味な声で笑った。
いや、それはそうかもしんないけど。あんたの場合怖いんだよ、なんかその、声とか、いろいろ。呪われそうで。
《やはり助言はやめておこうか》
あっ、ごめんなさいスミマセン、その声めっちゃ好みですウフフ。
でもこれ、助言もらったって勝てそうにないんですけど。
強制敗北イベント感すごいんですけど。
サンドラの方をちらりと見てみれば、両手をあげて何やらぶつぶつ言っていた。
「……角は紅蓮、鱗は日輪、血潮は炎。我、太陽を呑むものなり。我、始原の混沌より分かたれしものなり。我が呼びかけに応え、龍源郷より来たれ殲滅の炎……!!」
……なんかめっちゃ気合の入った詠唱してるぅぅぅ……!
魔王様、お願いだからアイツをとめてください、死んでしまいます。
《まァそういうな。結局こうする方が口で説明するより手っ取り早いのだ。あいつらにとっても、お前にとってもな。さて……アドバイスはひとつだ、シュウ。力の枷をはずせ。鍵はすでに開いている》
……。
えーっと。
なんだよそのアドバイス。全然意味わかんねぇ!
「……《
だがその意味を問いただす暇もなく、サンドラが両手にまとった炎を放ってきた。上下に分かれた火炎の渦が、俺の逃げ場を塞ぐ――!
熱っつ! これヤバいって!
「くはははははーーーッ!!」
勝ち誇ったようなサンドラの高笑いが聞こえてくる。
くっそがぁ!
やぶれかぶれになって、俺は全力で跳ぶ。
だが、しかし。
「遅いわァ!」
スキルを放つ暇もなく、炎の
逃れられない死の気配……!
――ふっざけんな。
こんなところで、死んで――たまるかよ!
「うおおおおおおっ!」
俺は咆哮し。
そして怒りに任せて、その炎を正面から掴んだ。
「……なんだと!?」
サンドラが驚愕する。
俺も驚愕する。
えっ、なにこれどうした。
なんでこんなことできるの、俺。
ふと見ると、俺の体から薄い炎のようなものが立ち上っていた。
魔王が扱うものと似ているが、色が違う。
俺の炎は金色だ。わずかにくすんだ、だがまばゆく輝く、太陽の色。
覚えがある。
これは
《よしよし。うまく引き出せたな》
とハイネの声。
いや、よしよしじゃねえよ。死ぬところだったんだぞこっちは!
《それならそれで、サンドラの溜飲が下がって万事丸く収まっただろう。どのみちその力を使いこなしてもらわねば、先はないのだ》
めちゃくちゃ言いやがる。
……だが、この湧き上がってくる力は確かに本物だった。
まるでだまし絵が切り替わったように。当たり前の存在として感じられる、自分の体内を循環する巨大な流れ。いままではスキルを発動した瞬間にしかわからなかった力。2017年の日本、本物のニシムラシュウセイには存在しないもの。
そういえば、コンゴウダケを食べたときもこんな感じだったっけ。
そうか。
これが『魔力』か。
「ふざッけるなァ!」
耳をつんざく怒声が俺の思考を中断した。
サンドラだ。
「この私の龍炎魔法が、貴様ごときレベル1の雑魚に……! 認めんぞッ!」
黄色い目の中にある縦長の瞳孔を大きく開き、彼女は叫び、血管が浮くほどに力を込めた両腕を大きく広げる。みるみるうちにそれは再び赤い炎でおおわれ――
「《
掛け声と共に、立てつづけにこちらへと襲い掛かって来る!
ちょっ。
ちょまっ。
「うおおおおおおおっ!?」
かろうじて押しとどめていた炎が、追撃を受けてさらに勢いを増す。
必死で抑え込む俺の身体が、徐々に後退し始める――!
「ちょちょちょちょちょハイネ!? これ勝てるんだよな!?」
《……くひひひっ、サンドラの奴め、いつの間にここまでの力を……》
「おい魔王ォ!」
《部下というものは、主の知らぬ間に成長するものなのだな……》
「いや今そういうのに浸ってる場合じゃねーから! 死ぬからこれ!」
「おおおおーーーッ!」
ダメ押しとばかりにサンドラが両手を組み合わせ、大きく仰け反る!
「《
「んなあがががががが……ド畜生ーーーッ!」
《……やれやれ。うるさい男だ》
頭の中で溜息が聞こえると同時に、体に急激に力が満ちた。
同時に、自身が身にまとっている炎がドス黒く染まってゆく。
こ、これって?
サンドラもまた、狼狽していた。
「それは魔王様の……!?」
《まあ、余興はこのくらいにしておくか》
こともなげに言う魔王の言葉と共に、黒炎が勝手に動く。
燃え盛るサンドラの龍炎とやらに絡みつき、侵食し、呑み込んでゆく。
そして。
《――《
魔王のつぶやきと共に。
黒炎は巨大な掌の形を成し、円形の戦闘領域すべてを包み込んだ。
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