34th try:Meeting

 ――俺はかつて、そこに召喚されたと思い込んでいた。

 死ぬたびに時間が巻き戻り、同じ日を繰り返しているのだと信じていた。


 魔王の仲間になってからも、忘れたことはない。

 ミミの笑顔を。

 ナナの憎まれ口を。


 本当のことを言えば、まだ信じられないのだ。

 彼女たちもまた、俺と同じ、作られた人形だなんて。

 

 幻想城都アルメキア。

 女神の支配する街。


 はじまりの場所。



 ※※※



 広間には、すでに魔王の配下たちが集まっていた。

 

 鱗で肌が覆われ、頭からは角をはやした龍っぽい少女。


 上半身が人間、下半身が蛇――RPG風に言うと、半蛇人ラミアか?


 そのほかにも、巨大な蜘蛛の異形に、人間の頭が乗った蜘蛛女アラクネ。翼とするどいかぎづめを持つ半鳥人ハーピー、浅黒い肌の闇精霊人ダークエルフに、多種多様な獣人セリアンスロープ……


 たぶん、人語を解せるかどうかの問題なのだろう。集まっているのは全員が人型のモンスターで――そしてなぜか、全員が女性だった。


 トップが女とはいえ、ちょっと極端だなあ、もしかしてハイネの趣味なんだろうか……? などと、のんきに感心しているのも束の間。広間に足を踏み入れた瞬間、四方八方から殺意のこもった視線が俺をくし刺しにした。息詰まるような圧力に、俺の体はわしづかみにされ――


「静まれ」


 体が軽くなった。

 一拍遅れて、冷や汗がどっと体を流れる。


 忘れてたわけじゃないが、ここは魔王の本拠地。

 部屋にいる女性モンスターも、一体一体が俺よりはるかに強いのだ。

 その彼女たちが――いま、魔王のたった一言でことごとく平伏している。


 ここ数日こいつとずっとダラダラしてたから忘れてた。

 これが本来の魔王の実力なのだ……!


「くひひっ。まあ受け入れがたい気持ちはわかる。なんせ、こいつは我らが仲間ではじめての『男』なのだからな」


「……へ?」


 何気なく魔王がこぼした一言に、俺は絶句した。


「え、じゃあここにいる幹部だけじゃなくて……全員が、女の子なの?」


 俺の問いに――ハイネはうなずいた。


「人の形をしているものは、すべてそうだ」


 ……たぶんいま、俺はすごい間抜けな顔をしているに違いない。


 じゃあ、なんだ。 

 この城は……ていうか魔王軍は、女しかいないのか。

 そこに俺一人が男だけってことか?

 どんなハーレム展開だよ。


 ――これが女神の運命力だにゃ♪

 

 どこかで、ダイアログの呟きが聞こえたような気がした。

 俺の顔を見たハイネが、少しだけ狼狽したような気配を見せる。


「いや違うぞ。これにはちゃんとした理由があるのだ……」


「魔王様、おそれながら」


 固い声が、ハイネの会話に割り入った。

 見ると、頭を垂れた幹部たちのなか――ひとつ、顔をあげてこちらを睨みつけている影があった。先ほどの半龍人の少女だった。


「どうした、サンドラ」


「私は反対です!」


 ヒステリックな叫びが反響する。


「いくら魔王様が私たちにとって必要なのだと言っても……このような汚らわしい生き物と一緒に暮らすなど、もってのほかです!」


 おーおー、言ってくれるじゃん。

 あいつらがずっと俺と目も合わせてくれなかったのは、そういうことかよ。

 女子か。


「そーそー! そーっス! ぶひ」


 別の方角からまた声があがる。

 そちらの方に目をやると……そこには、一匹の小さな豚がいた。

 見間違いか? 確かに人の声がしたように思ったのだけれど……。


「こら! 聞いてるッスか! ぶひぶひ」


 うわあやっぱりコイツだ。この豚、人間の言葉をしゃべれるのか。だから人型じゃなくても会議に参加してるんだな。

 あれ、でもこの口調、なんか聞き覚えがあるような――


「サンドラは単細胞の筋肉バカッスけど、たまにはいいこと言うッスね、ぶひぶひ」


「黙れビスキィ。貴様、わたしのかわいいドラゴンたちを無駄死にさせおって!」


「仕方じゃないッスか。もともと勇者の実力を試すためだったんだから。それとも魔王様の決定に不満でもあるッスか? ぶひぶひ」


 ちょっと待て。やっぱりそうか。


「お前、ビスキィなのか?」


 俺が訊くと、その豚は丸まった尻尾をピンと立て、鼻息を荒くした。


「そうに決まってるッスよ! ほかに誰に見えるってんスか!」


 いや、豚だけど。


「とにかく! 私は認めませぬ!」


 サンドラが再び吠えた。その口の端から紅蓮の炎が燃えあがり、あたりの床を一瞬、昼のように明るく照らし出した。


「こんな虚弱な勇者などのために、我々の力を貸す必要などない! 要件が終わったのならとっとと殺してしまえばいいでしょうに!」


 断固とした決意に満ちた表情で、彼女はハイネを見つめていた。

 顔を伏せたままのモンスターたちからも、びりびりと殺気が伝わってくる。

 嫌われてるなあ、俺……。


 魔王はしばらく思案していたが――やがて肩を落とし、ため息を吐く。


「説得は無意味、か――」


 そして彼女は、俺の方を向いた。


「どうやら、力づくで納得させるしかなさそうだ。貴様自身が、な」


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