10th try:Meet Again

「生殺しだろうが、これじゃよォ!」


 例の黒い空間で跳ね起きた俺は、頭を抱えて地団駄を踏んだ。


「なんにゃいきなり」


 隣でうつぶせになって小説を読んでいたダイアログがこっちを向く。その長い髪をうしろで乱雑にまとめ、顔にはメガネをかけていた。週末のOLかお前は。


 いや、いまはそんなことはどうでもいい。

 俺は喉の奥から、絞り出すようなうめき声を漏らす。


「せっかくおっぱいに埋もれたのに、即死じゃ意味ねえだろうがよォォ……」


「その発言が社会的に即死クラスってことにも気づいてほしいところだにゃあ」


「くそぅ……ッ!!!!」


 いまなら血の涙も流せそうな勢いだ。


 普通さあ、ああいうラッキースケベがあったらさあ、恥じらったりビンタ食らったり、とにかくこう相手のリアクション含めていろいろあるわけじゃん?


「それが即死&リセットってお前……」


 しょげかえる俺の肩を、ダイアログがぽんぽんと叩く。


「まあまあ……だいたい何が起きたのかわかってきたけど、気を落とすのは早いにゃあ。シュウちゃんのさっきの行動、まったくの無駄ってわけじゃあないのにゃ? ……って、なんにゃ、その変な目つきは」


「ダイアログ……お前には、触れても触れられても大丈夫なんだな……?」


「あっ、ちょ、待つにゃ! 手を離し……うにゃっ!? まてまてまて変な気を起こすんじゃないにゃ、確かに触れても平気だけど女神の力をもってすればシュウちゃんの存在なんて簡単に抹消でき……こら、話を聞くのにゃ! ちょ……いやっ、ま、待って、ほんとに、こらっ、あっ、やっ、ヘンなとこ触っちゃ、ねえ、ちょっと、本当にダメだからっ、やんっ、も、もう、いっ……


 いい加減にするにゃーーーーーッ!」


 ダイアログの叫びと同時に、目の前が真っ白になり――

 


 てれっ



 てれっててれーててれっててー




 Stage 1-1 幻想城都アルメキア


 ┏( ^o^)┛×∞



 ※※※



 うん、やりすぎた。


 俺、完全に理性を失ってた。

 げに恐ろしきはおっぱいの魔力……!


《おそろしいのはお前だにゃこの性犯罪者》


「わぁい、めっちゃ辛辣」


《勇者じゃなかったら三千回ぶち殺してバクテリアに転生させてるところだにゃ。まったくこれだから異世界人は油断も隙も……》


 ぶつくさいう女神の言葉を無視し、俺は前を向く。

 言っとくが連れてきたのはお前だからな?


 さて。

 いま俺は、商店が看板を並べる商業区域に立っている。

 城と門を繋ぐ大通りの中ほどから、一本脇道に逸れたところだ。


 なんで普通に道を外れてるんだって?

 

 ふっふっふ。


 ……もともと気になってはいたのだ。

 あの森で死んだとき、いつものあの音に加えて頭の中にあらわれた、【イベントフラグ解放】という見慣れぬ文字列を。


《嘘つけにゃ。こっちが教えるまで気づきもしなかっただろがにゃ。次は示談じゃ済まさないからにゃ》

 

 …………………………ともかく。


 ようするに、これはルート分岐みたいなものらしい。

 特定のイベントをクリアすることで初めて解放される、新たな道。

 それは魔王へのメインルートと違い、どこかで行き止まりになっている。だがその先には、冒険に役立つなにかが用意されているらしい。

『死ねばリセット』というルールの、いわば救済策。


 のはずなんだけど……。


「おいこらクソ女神」


 俺はイライラしていた。そりゃそうだ。


「どこの店にも入れねえじゃねえか!」


 通りのど真ん中をつらぬく“道”の幅は変わらず二メートル。左右に立ち並ぶ商店のドアの、その入り口にすら進めやしない。おまけにごったがえす人混みで、思うようにも進めなかった。一般人は平気な顔をしているが、こっちは肩が触れただけで即死リセット。魔物と違って倒せないぶん、外よりよっぽど危険地帯だ。


「せっかく新しいルートが解放されたっていうから期待したのに……うぉっ! これじゃ死ぬリスクが……すみません通して! 増えただけじゃねえか! いやいや違うんですあなたに言ったわけじゃ」


《そのうちわかるにゃ前科三犯》


 初犯ですけど!?


 不機嫌な女神はそれ以上の質問には答えてくれなかった。仕方なく俺は人ごみを大げさな動きで避けて進み続ける。とうとう道は大盛況の商店街を抜け――そして、俺は、寂れた町はずれにある、ひどくぼろくさい建物の前にたどりついた。道はその建物の中へと続いている。


「ここ……か?」


 いちおう、ドアの前に看板を出しているから、店ではあるようだ。ただ、看板の絵はすっかりかすれていて、何が書かれているのかわからない。


 本当に大丈夫なんだろうな……。


 とにかくまずは入ってみようと、扉に手をかけようとした瞬間、それは突然こちらに向かって勢いよく開いた。


「うぉわっ!?」


 慌てて後退した拍子に、後ろにつんのめる。


「あっ……ごめんなさい!」


 ちょうど俺と同時に店から出てきたその人影が、口元に手を当てて俺を見下ろす。


「まさか誰かがいるとは思わなくて……立てますか?」


 差し出される手。

 だけど俺はそれを取るのも忘れ(もちろん取ったら死ぬんだけど)、バカみたいに口を開けたまま、彼女を見つめることしかできなかった。


「あの……えっと、どうかしました……か?」


 心配そうに眉を顰める彼女。

 

 リスを思わせる大きな黒目。

 ゆるくカールした柔らかそうな栗色の髪。

 透き通るような白い肌。


 あとおっぱい。


 見間違えようもなかった。

 だって俺は、彼女に出会ったばかりなのだから。


「なんで……君がここに?」


 そこにいたのは……前回森で助けたはずの、あの女の子だった。

 





  

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