思い出はイブにⅡ
空気を切り裂く破裂音。
クラッカーの音だと思った。いや、私はクラッカーの音として片づけたかったのかもしれない。
倒れていく彼の体。クリスマスソングを掻き消す人々の悲鳴。目の前に飛び散るのはさっき奮発して買った赤ワインよりも毒々しく紅い液体。
「友……之……?」
完全に理解できなかった。できるはずがなかった。でも、それでもひとつだけ、分かったことがあった。
撃たれたのだ。彼は。
「友之!ねぇ、友之!目を開けてよ!」
倒れた彼を必死に呼ぶ。周りなんて見えていなかった。
飛び散るシャッター音と好奇心の目。クリスマスソングは鳴りやまない。
「ごめん……雪菜……明日……旅行……行けそうに……ない……」
「何言ってるの、行くんでしょ?高山線に乗って飛騨高山に行くんじゃなかったの?」
そうだ。明日は友之と一緒に飛騨高山に行くのだ。
「雪菜……やっぱり……行きたかったんだろ……」
「ばか!行きたいよ!友之と一緒ならどこでも行きたいよ!」
泣き叫ぶ私とは反対に彼はいつも通りに笑っていた。
いつも通りのあどけない顔で。ジングルベルはもう終わりのフレーズだ。
「ほんまやな……まだ……日本中の電車……乗って……ない……もんな」
やっぱり電車なんだ。思わず笑いが漏れてしまう。
「ほんと、友之は、電車のことばっか、なんだから」
「あ……やっと……笑った……」
そういって笑って私の頬に手をそえる。保冷剤をたくさん入れてもらったケーキの箱を持っていたから少しひやりとした。
「やっぱり……雪菜は……笑った顔が……一番……かわいいな……」
そして、彼は私を見つめて
「なぁ……雪菜……」
何かを言おうと唇が開いたところで糸が切れたように私の頬からずり落ちる手。こと切れた彼の体。きよしこの夜のコーラスの美しさはこの場には似合わない。
「嘘……だよね?」
私は彼の名前を叫ぶことしかできなかった。
それからあとははっきりと覚えていない。救急車に乗せられて病院に行き、警察に深夜まで事情を聴かれ、家まで送ってもらった。
赤ワインの瓶は割れ、サンタクロースの砂糖菓子が崩れたホールケーキは私一人で食べきれる量ではなかった。
次の日は、家の周りにはマスコミが群がり家から出ることが出来なかった。
クリスマスに彼氏を失った悲劇のヒロインの立場である私がニュースのネタ的に美味しかったのであろうか、その後も取材の電話が絶えなかった。ケータイのバイブ音は止まらず、家の周りは人の声しか聞こえない。テレビには私の名前と彼の顔写真、そして年末年始の特番予告。
正直、何が何かわからない。私は夢を見ているのだろうか。でも夢じゃない。棚の端っこに追いやられた彼の愛用のマグカップと、大好物だが買うのを忘れたままになったコーンスープの空箱が無理やり私を現実に引き戻す。
それでもただ一つ、たった一つ、はっきりと覚えていることがある。
彼……友之を殺した犯人は、酒に泥酔した新人の警官だった。
星空エクスプレス 凍堂暖華 @reiki723
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