6話

 「もし無理だと思ったら、学校なんて来なくていいよ。あいつらは明日も普通に教室に来て有川を笑いものにするよ。あんなヤツらのせいで有川が壊れる必要ない」


 その言葉の通り、有川司は次の日学校に来なかった。それでも、ヒナツに後悔はない。気の張りすぎ、無理のし過ぎで、自分自身を失った人間をヒナツは鏡の中で何十回と見てきていた。


 それでも、その次にヒナツがした発言に対しては、後悔の念を隠せないでいた。


「でも、あいつらのせいで有川の将来が狭まっちゃうのはもったいないと思うんだ。私、待ってるから! 有川が戻ってきたいと思ったときの居場所になってあげる。有川をいじめたらまたスクバで殴ってあげる!」

 ヒナツは有川の前でスクールバックを素振りして見せた。ありがとう、泣きながら有川は笑った。無邪気な子供のように顔をくしゃっと歪めて笑う有川を見て、ヒナツも笑った。


 次の日、いじめをしていた男子グループ四人が呼び出されていた。予想外だった。今まで一度もばれたことなどなかったのに。グループチャットに投稿された動画がきっかけですべて露呈したそうだ。

 主犯の二人が退学、残りの二人は一週間の停学を食らった。そして、ヒナツも主犯の一人への暴力が発覚し、三日間の停学を言い渡された。どんな理由があれど暴力は暴力だ。そう言った生徒指導の教師の顔はにやにやとどこか誇らしげだった。体裁上の罰が明けて教室に戻ると、クラスメイトは英雄を迎えるような反応を示した。


 有川といじめをしていた生徒の計五人のいない教室。にぎやかで平和な空間なはずなのに、いじめの爪痕だけはそこにあった。

 そして、あの一件からとうとう一週間が経過して有川が来ないまま、謹慎は解かれて男子生徒二人は何食わぬ顔で登校する。今まで、ちやほやともてはやされて過ごしてきたせいか、反省の様子は見えない。いつも通りのおちゃらけた挨拶、うざ絡み。しかし、それはもうこの教室では受け入れられない。


 少し前まで教室を支配していた神様は地上に落ちた。


 かつて、彼らに向けられていた笑顔や羨望の感情は冷たい視線に変わり、教室に陰口の波が広がっていく。教室のいたたまれない空気に、彼らはできるだけ存在を隠してじっと下校時刻を待つ他なかった。

 彼らが登校し始めてから早二週間が経ったころ、耐えきれなくなった一人が自主退学を申し出たそうだ。それから少しも経たないうちにもう一人も学校をやめた。結局いじめをしていた四人は全員退学をする形となった。まだ高校入学から二か月ほどの出来事だった。だから有川には学校をあきらめてほしくなかった。高校生だからこその楽しみをあきらめてほしくなかった。


 けれど、ヒナツの願いも虚しく有川は次の日も、その次の日も教室には来なかった。

 もう有川を苦しめる人間はいないのに。有川だって青春を楽しんでいいのに。



 自分の言葉が彼を追い詰めていたのかもしれない。

 自分を責めながらも、ヒナツは一方的にした約束を守り続ける。


 もう、誰も有川が学校に来ることを期待してないかもしれない。それでも、否、だからこそ、ヒナツだけは彼を待っていなくては。いつでも彼が戻ってこれるように。

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