5話

  死なないで。

  それは確かに本心だったけれど、彼のためというわけではなかったとヒナツは思う。他でもない自分のためだ。


 一人になるのは怖い。正直今ではすっかり敬語も抜けて、親しげに話せるような関係になった彼がいなくなってしまうのが怖かった。


「榊さんは優しいよね。だから好きになったんだ」


「そんなことない」

 本当は、あの時一緒に死んでしまいたかった。そう願うような人間が優しいはずがないのだ。 


「榊さんは優しいし、強いよ。絶対……」


 彼はどこか言い聞かせるように、つぶやいた。見えないはずのノート越しの顔になんとなく影が差す。

__私が自分を保っていられるのはあなたがいるからなのに……。

 昼食を終えて、ヒナツは憂鬱な空気が渦巻く教室に戻らねばならない。


「待っててくれてありがとう」

 別れ際、彼が言う。その意味を問おうと思ったが、穏やかな口調でうまくかわされて、?マークを頭に浮かべたまま教室に戻った。

 

 

 何度となく不正に不正を重ねて、手に入れた一番後ろの一番端の席、の隣。現在、隣の席男の子は教室に来れていない。彼はいじめにあっていた。いじめを行っていた男子グループは全員退学。後から聞いた話では、耳を覆いたくなるような悪質なことも行われていたそうだ。

 ヒナツがその席を守っている理由。その感情は、自身の中途半端な正義感への後悔、罪悪感。


 ヒナツは、静かにその隣の席を見て、ため息をついた。

「ごめんなさい、有川くん」


 彼はもう学校に来ないかもしれない。いじめのせいだ。そう片づけるのは簡単だ。けれど、すべての原因がいじめ、というわけではないから。みんな、黙認していた。止める者もいなかった。責められるべき人間の数はきっと正確には数えられない。

 今ではすべての生徒がそれを腫物のように扱い、おくびにも出さないようにしている。彼がこの教室にいたとき、いじめをすること、いじめを黙ってみていること、それらが神様の定めた“正しい”だった。だから、誰も悪くない。そういう考えの結果なのだろう。


 これもきっと、いくつも重ねた偽善の一つ。

__これからも、勝手に背負い続けるからね。有川くん。

 彼が、私を責めずとも関係ない。やっぱりまだ死んじゃいけない。生きて、彼がいつでも戻ってこれるようにしておかなければ。


 生きている意味の再確認。ヒナツは顔には出さずともうれしく思った。

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