2話

「おはよう」

 いつも通りの作り笑い。うまく笑えているはずだが、周りにはどう見えてるだろうか。

 高校は、中学校や小学校に比べて、不器用な人間にとって生きづらい空間だと彼女は思う。スクールカーストがはっきりしていて、弱い人間は簡単に居場所を失ってしまう。彼女は、それをひどく怖がった。


 それでも、彼女にはどうすることもできない。対処法など見つからないのだから、いつもどおりに日々を消費するだけだ。

「なに? どしたの? 機嫌悪い?」

 ヒナツの一番の友人を気取る女子が話しかけてくる。クラスの中心的人物であるヒナツに媚びを売って気に入られたい。しばしばそんなあけすけな欲が垣間見えるので、ヒナツは彼女があまり好きではない。しかし、ヒナツが彼女にかけた返答は本心でこそないものの、嘘ではなかった。

「だいじょうぶ、心配ありがとね」

 それが、思った通りの言葉になっていないことが、今度はすぐに理解できた。教室は、一瞬にしてしんと静まり返る。

「黙れ、消えろ」

 口をついて出た言葉は、思ったことのないもの。全く身に覚えのない言葉。彼女がわっと泣き出すのを皮切りに、教室にざわめきが広がっていく。


「ちが……違うの」


 騒がしい教室に、泣き言は空しく響いた。

「なにが? 何が違うっていうの?」

 目つきの悪い女子が、きつくヒナツをにらんだ。泣き出してしまった女子に、何人かの女子が薄っぺらい慰めの言葉をかけている。こんな状況なのにも関わらず、ヒナツには、それがひどく滑稽に見えた。


「もうチャイム鳴ってるぞ、席つけー」

 ガラガラと激しく戸の音をたてて入ってきたクラス担任の言葉になんとなく救われた気がした。いずれにせよ、弁明の余地はないはずだ。ヒナツは、諦めのため息をつく。


__また、罰を受けて、また、独りになるんだ。


 神に見放されて、この、横六十センチ縦四十センチ程度の全ての生徒に平等に与えられる小さな居場所すら奪われる。

 泣き出してしまえたらどんなに楽だろう。授業は、頭に残ることなく、耳から耳へと抜けていく。何も考えたくないな、ヒナツは真面目に聞いているふりで俯いた。授業が終わらなければいいのに。休み時間は怖いから。頭の傍らで願う。

 けれど、授業はいつもは長く続くくせに、終わらないで欲しいと願ってみると早く終わってしまう。とはいうものの、実際はそう感じているだけだろう。

休み時間、ヒナツは机に突っ伏して寝ているふりを決め込んだ。陰口は勝手に耳に飛び込んでくる。脳内で他人事のように文字起こししてみた。ひどい言われようだ。



 昼休みになったが、いつもは望まなくとも駆け寄ってくる取り巻きが一向に集まってこなかった。当然だ。

 一人で弁当を広げる教室の居心地の悪さは、言い表せるようなものではなかった。チラチラと冷たい視線が刺さる。飛び交う言葉の全てが陰口に聞こえた。


 ヒナツは、できるだけ不自然にならないようにおもむろに立ち上がって、半ば逃げ出すように教室を出る。

「あーあ、どこで食べよう」

 ヒナツは、あてなく歩いて、屋上へ続く階段へと身を置いた。誰が通るわけでもなく、ぼっーと昼食をたべていると、昼休みの終了を告げるチャイムはすぐに鳴った。


 ヒナツは、気楽でいつもよりずっといいと思ってしまったのが、なんとなく悲しかった。








 

 

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