第三十七幕:未来を写す虹?

昨日は天美さんのことで色々とあったけど、今日はいつもどおりの朝・・・という訳ではなく・・・。


時崎「う・・・ちょっと、食べ過ぎたかな」


少し胃がもたれている。昨日、七夏ちゃんと凪咲さんが「肉じゃが」を作ってくれたけど、いつもよりも多めに作ったみたいで、俺は二人分は頂いてしまった。美味しいと言うと、七夏ちゃんはとても喜んでくれるのでつい・・・まあ「可愛い」という言葉で喜んでくれないのなら、こういうところで頑張らないと。


時崎「もう少し、横になっていようかな」


そのまま、目を閉じる。しばらく休んでいると、蝉の声が聞こえ始めたけど、今日はもう少しお休みしていたい。蝉の声を絶つように布団に頭ごと潜り込む。しばらくお休みしていると、蝉の声に混じって女の子の声が聞こえた。


七夏「柚樹さん☆」

時崎「ん? 七夏ちゃん?」

七夏「おはようです☆」

時崎「おはよう」


七夏ちゃんが起こしに来てくれたから、頑張って起きる事にする! 食べ過ぎた事を悟られないよう、いつもと同じようにを意識して。


七夏「くすっ☆ まだ眠たいですか?」

時崎「いや、もう起きるよ! ありがとう!」

七夏「はい☆ 朝食の準備できてますので、1階に来てくださいです☆」

時崎「ああ」


七夏ちゃんはそう話すと、そのまま部屋を出てゆく。これがいつもどおりになってしまって良いのだろうか? いつもと言えば、七夏ちゃんは今日も午前中に宿題を済ませるだろうけど、午後は何か予定があるのだろうか?

今日は七夏ちゃんと一緒に過ごせるといいなと思う。後で、七夏ちゃんに午後の予定が空いているのか訊いてみよう!


1階へ降りて顔を洗い、居間へ向かう。


凪咲「おはようございます」

時崎「おはようございます! 凪咲さん!」

七夏「柚樹さん! どうぞです☆」

時崎「ありがとう。七夏ちゃんも一緒に」

七夏「はい☆ ありがとです☆」

時崎「う・・・」

七夏「あっ! えっと・・・やっぱり、他のが良かったかな?」


目の前には、昨日沢山食べた「肉じゃが」が、結構なボリュームで置いてあった。


凪咲「ごめんなさいね。少し多めに作ってしまって・・・」

時崎「いえ! 美味しかったですから!」

七夏「私も頑張って頂きますので☆」

時崎「よし! いただきます! おっ!?」

七夏「あっ!」

時崎「昨日よりも美味しい?」

七夏「はい☆」


カレーは一晩寝かせると美味しくなると聞いた事があるけど、「肉じゃが」もそうなのかな?


時崎「昨日よりも味が豊かになってると思う!」

七夏「はい☆ 良くなってます☆」

凪咲「肉じゃがを美味しく作るには、鍋止めする事なのよ♪」

七夏「はい☆」

時崎「なるほど。それで沢山作っていたのですか?」

七夏「えっと・・・」

凪咲「七夏と練習をしていると・・・かしら?」

七夏「ごめんなさい」


やはり沢山作っていた理由はここにあったようだ。七夏ちゃんも少しずつお料理が上手くなって行くのだろうなと思いながら、美味しく頂いた。朝起きた時は、ちょっと胃がもたれているように思ったけど、美味しいお料理は胃もたれも打ち負かす事を俺は学んだ。結構沢山食べれらるものだと驚く。


時崎「ご馳走様でした!」

七夏「はい☆」

時崎「七夏ちゃん、今日は何か予定あるのかな?」

七夏「えっと、午前中は宿題ですけど、午後はのんびり過ごします☆ どおして?」

時崎「え!? あっ、か、買い物とかあったら、付き合おうかなと思って」

七夏「わぁ☆ いいの!?」

時崎「もちろん!」

七夏「ありがとです☆ じゃ、急いで宿題済ませますね☆」

時崎「ゆっくりでいいよ! 俺もアルバム作ってるから!」

七夏「はい☆ ありがとうです☆」


朝食を済ませ、自分の部屋に戻る。七夏ちゃんも自分の部屋で宿題をするようだ。アルバム制作に取り掛かる・・・七夏ちゃんを待たせる事がないようにと思うのだが、俺のほうはいつでも中断はできる。昨日買った材料で、七夏ちゃんへのアルバムの試作を行う。


時崎「この距離感が難しい。あとは、耐久性の問題もあるな」


材料の大きさや厚みを変え、試行錯誤を行っているが、末永く使えるかどうかは分からない。少しでも引っ掛かる点を残すと、後々問題になる為、十分な検証は必要だ。

デジタル素材の方のトリミングもしっかりと仕上げる必要があるので、工作に行き詰まったら、デジタル編集を行うというように気分を変えて作業を進める。


時崎「ん!?」


扉が開く音、そして、1階へと降りて行く足音が聞こえた。時計を見ると11時前。


時崎「もう、そんな時間か・・・七夏ちゃん、宿題終わったのかも知れないな」


俺も気分転換を兼ねて1階へ降りる事にした。

しかし、凪咲さんも七夏ちゃんも見当たらない・・・玄関の扉を開けて外の様子も見てみる・・・扉の鍵は掛かっていないので、すぐに戻ってくるだろう。


玄関の周りを改めて見回す。民宿風水には、ちょっとした「おみやげ」が売られている。和菓子と、駄菓子、氷菓のようだ。特に、凪咲さん手作り和菓子の「水大福」と「風大福」は、この街ではちょっと有名らしい。七夏ちゃんもこの和菓子作りのお手伝いをしていると話していた。そう言えば、民宿なのに宿泊客が、あまりいなくて大丈夫なのかと、余計な心配をしてしまった事もあったな。七夏ちゃんのお父さんの収入だけで、家系的には何も心配ないと凪咲さんが話してくれた。元々、民宿を始めたいと言い出したのは、凪咲さんのようで、幼い七夏ちゃんをそばで見守りながら、お仕事もできれば・・・という事。その時、七夏ちゃんのお父さんが出した条件が、禁煙の民宿にする事だった。この理由は、凪咲さんや、幼い七夏ちゃんの健康を想っての事なのだろう。


以前、七夏ちゃんが電話で話していた事を思い出す。


<<七夏「・・・当宿は、全室禁煙になりますけど・・・え? はい・・・申し訳ございません。はい。お電話ありがとうございました。失礼いたします」>>


俺は、禁煙の民宿があってもいいなと思う。


改めて、民宿風水のおみやげを眺めていると、懐かしい「笛のラムネ」が目に留まる。それを手にとって眺めていると---


七夏「柚樹さん!?」

時崎「七夏ちゃん!?」

七夏「あ、笛のラムネ・・・ですか?」

時崎「ああ。懐かしいなと思って」

七夏「くすっ☆ 私、今日のお菓子、笛のラムネにしようかなぁ♪」

時崎「え!? 今日のお菓子!?」

七夏「はい☆ ここのお菓子、一日1つ、頂いてもいい事になってます☆」

時崎「そうなんだ、七夏ちゃんの家ならではだね」

七夏「はい♪ あ、でも・・・こっちのスイカのグミもいいな・・・どおしようかなぁ」

時崎「七夏ちゃん!」

七夏「はい!?」

時崎「七夏ちゃんは、そのグミでどうかな?」

七夏「え!?」

時崎「俺、この笛のラムネ、頂くから・・・」

七夏「柚樹さんが笛のラムネ?」

時崎「笛のラムネ、こんなに沢山あっても・・・ね。半分くらい協力してくれないかな?」

七夏「くすっ☆ ありがとうございます♪ えっと、私のグミと半分ずつ・・・でいいですか?」


七夏ちゃんは、俺の意図をすぐに理解してくれた。


時崎「ああ。ありがとう!」

七夏「こちらこそ、ありがとうです♪」


俺は、笛のラムネの代金を七夏ちゃんに支払う。七夏ちゃんは、売上簿のようなノートに何かを記入している。


時崎「ちゃんと記録しているんだね」

七夏「はい☆ 柚樹さんの笛のラムネも記録しました! ありがとうございます!」


七夏ちゃんは、そのノートを俺に見せてくれた。今日の日付と、笛のラムネの個数と金額・・・。その下には、今日の日付と、スイカのグミ個数と金額と七夏・・・と、書かれてあった。なるほど。七夏ちゃんが、今日のお菓子として頂いた分は、名前を書く事になっているようだ。所々、天美さんの名前も入っている。

早速俺は、笛のラムネを開ける・・・何か「おまけの箱」が入っていた。こういうのは「おまけ」がメインだったりする事もあるな。七夏ちゃんも「おまけ」が気になる様子だ。その中には、おもちゃの指輪・・・これは・・・俺にどうしろと!?


七夏「あ♪ 指輪です☆」

時崎「そうみたいだけど・・・俺にどうしろというんだ!?」

七夏「くすっ☆ 柚樹さん、指に付けてみる・・・っていうのは、どうですか?」


七夏ちゃんに、からかわれてしまった。けど、楽しそうな七夏ちゃんを見ていると、それも悪くないなと思ってしまう。しかし、からかわれて、このままっていうのも少し悔しい。


時崎「七夏ちゃん! 笛のラムネあげるから、手を出して!」

七夏「は、はい☆」


七夏ちゃんは、右手を差し出してきた。右手の下に左手を添えているあたり、七夏ちゃんらしいなと思う。俺は、手を差し出してきた七夏ちゃんの右手の薬指に、指輪を付けてあげた。


七夏「あっ・・・」

時崎「七夏ちゃんに言われたとおり、指に付けてみたよ!」

七夏「・・・・・」

時崎「うんうん。やっぱり、指輪は女の子が付けてこそ・・・より輝くよねっ!」

七夏「・・・・・」


俺は、七夏ちゃんから、からかわれた分を、お返しする軽い気持ちだった。けど、七夏ちゃんは黙り込んでしまっている・・・。


時崎「七夏ちゃん!?」

七夏「え!? あっ・・・えっと・・・」

時崎「どおしたの!?」

七夏「なっ、なんでも・・・ないです・・・」

時崎「指輪は女の子に似合うよね!」

七夏「くすっ☆ ありがとう・・・です」


七夏ちゃんは、しばらくその指輪を眺めていた。


七夏「男の人の指輪も、あります☆」


しばらく答えを探しているようだった七夏ちゃんからの言葉。男の人の指輪か。


時崎「それって、骸骨みたいなヤツでしょ!!!」

七夏「え!? ええっと・・・その・・・」


少し、返事に困っている七夏ちゃん。これ以上からかうのは、どうかと思う。俺は今度こそ笛のラムネを七夏ちゃんに差し出す。


時崎「七夏ちゃん! どうぞ!」

七夏「あ☆ ありがとうです♪」


七夏ちゃんは、笛のラムネをそのまま食べてしまった。何故鳴らさないのか・・・。俺の目の前で鳴らすのが恥ずかしいのか、或いはそんな年ではないという事なのかも知れない。俺はせっかくなので、童心に帰って笛のラムネを鳴らしてみる。


時崎「ヒュ~ゥ・・・ヒュ~~~」

七夏「くすっ☆」


七夏ちゃんが、楽しそうに見てくれているので、俺は更に勢いづく。


時崎「ヒュ~~~~~~~~~~~~~~~」


すると、凪咲さんが少し慌てた様子で現れた。


凪咲「七夏! 居るんだったら・・・って、あら?」

七夏「どおしたの? お母さん?」

凪咲「お湯・・・沸かしてたんじゃなかったの?」

七夏「え? お湯?」

凪咲「やかんから、ヒューって音が・・・」

七夏「あっ!」

時崎「ヒュ~ゥ・・・。これ・・・ですか?」

凪咲「まあ! 笛のラムネ!?」

時崎「す、すみませんっ!! 紛らわしいことをしてしまって!」

凪咲「いえいえ。こちらこそ、慌ててしまって・・・すみません」

七夏「くすっ☆ 私、お茶煎れますね♪」


民宿風水での、のんびりとした時間が心地よい。いつまでもこういう時間であってほしいと思うのだが、時間は止まる事無く進むものだ。でも「ふたつの虹」に写る未来は、いつものんびりと心地よい世界であってほしい。


七夏「どしたの? 柚樹さん?」

時崎「え!? ああ、なんでもない。七夏ちゃん、今朝話したけど、午後から時間あるかな?」


七夏ちゃんと一緒に過ごす時間を、積極的に作らなければならないと思った。


七夏「はい☆ 今日の分の宿題も終わりました☆」

時崎「ちょっと早いけど、今からお出掛けどうかな?」

七夏「わぁ☆ いいの?」

時崎「もちろん!」

七夏「じゃあ、お出掛けの準備・・・あ、その前にお昼・・・おむすびです☆」

時崎「あ、そうだね。ありがとう!」

七夏「くすっ☆」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


昼食を頂き、七夏ちゃんを待つ間、凪咲さんに何かお買い物が無いか訊いておく。


凪咲「ありがとう。柚樹君」

時崎「いえ」

凪咲「でも、無理に買わなくてもいいから、七夏の事をお願いします」

時崎「ありがとうございます!」

七夏「柚樹さんっ☆ お待たせです☆」

時崎「おっ! ばっちりだね!」


可愛いけど、その言葉を伝えられず、別の言い方をしてしまう・・・このままではダメだと思いながらも、すぐに良い答えが見つからない。


七夏「くすっ☆ お母さん。何かお買い物ある?」

凪咲「ありがとう七夏。今日は特に無いから、柚樹君とデート、楽しんでらっしゃい!」

七夏「えっ!? えっと・・・」

時崎「なっ! 凪咲さんっ!」

凪咲「~♪」


凪咲さんはそう言い残して、姿を消した。

一緒にお出掛けする事・・・確かにデートと言うのかも知れないが、その言葉には特別な意味が含まれている気がする。だって・・・


七夏「・・・・・」

時崎「・・・な、七夏ちゃん」

七夏「あっ、えっと・・・」

時崎「で、出掛けようか?」

七夏「・・・・・」


七夏ちゃんは、今までの返事「はい」ではなく、軽く頷いた。デートという言葉にはお互いの気持ちや意識を大きく変える力がある。俺は、今までどおり自然なお話しが出来るよう、回復に努めるが、このなんとも言えない動揺も心地良い。七夏ちゃんはどういう気持ちなのだろうか?


時崎「七夏ちゃんと、こうして一緒にお出掛けするのも、何度目になるかな?」

七夏「え!?」

時崎「もう、数え切れないくらい一緒にこの道をを歩いてるから」

七夏「くすっ☆」


今は、お互いの距離感や歩く速度が分かっているから、狭い所を通る時に一列になっても、自然と二人が横に並ぶ形になる。「デート」という言葉から「お出掛け」という言葉に回復するのに、そう時間は掛からなかった。


七夏ちゃんと、商店街をのんびりと歩く。一緒にお出掛けなのだが、特に具体的な場所は決めておらず、七夏ちゃんが気になったお店があったら寄ってみるという事にしている。


時崎「七夏ちゃん、寄りたいお店があったら話してよ」

七夏「はい☆ 柚樹さんもあったらどうぞです☆」

時崎「ああ」


小さな商店街から駅前の商店街へと歩いてゆく途中で、自動車を洗っている人が目に留まる。噴水のように広がるシャワーの水・・・その中に綺麗な虹が現れていた。


七夏「あっ!」


七夏ちゃんもその虹に気付いたようだ。だけど七夏ちゃんには、七色の虹には見えてなく、翠碧色の虹なのかも知れない。


時崎「・・・・・」

七夏「柚樹さん!?」

時崎「え!?」

七夏「いえ、なんでもない・・・です」

時崎「そ、そう・・・」


しまった! 虹を見て、七夏ちゃんの事を考えて、難しい顔をしてしまっていた。人の心をよく見ている七夏ちゃんは、今の俺の表情を見逃す事はないだろう・・・気を付けなければ!


七夏ちゃんのお父さん、直弥さんは色覚特性が多くの人と異なる。七夏ちゃんの虹の見え方も、その事が影響しているのかも知れない。


<<凪咲「七夏が生まれてきてくれて、私もそうですけど、ナオ・・・主人は、とても喜んだわ。女の子なら、主人が抱えている目の特性も、現れる確率がとても低くなるから」>>


以前、凪咲さんが話してくれた。女の子なら色覚特性が現れる確率は1/500くらいだと・・・。だけど、俺は七夏ちゃんの虹の見え方については、直弥さんと凪咲さんを受け継いでいる証であり、それが七夏ちゃんなのだと思う。


サッカーボールが七夏ちゃんの歩く前に転がってきた。そのボールを追いかけてきた小さな男の子に、七夏ちゃんはボールを手渡した。


男の子「ありがとぉ! お姉ちゃん!」

七夏「はい☆ どういたしまして☆」

男の子「手で持っちゃダメだよ!」

七夏「え!? あっ、でもボールがお外に出た場合は、えっと・・・」

男の子「スローイン!」

七夏「はい☆ 道路は危ないから気をつけて☆」

男の子「はぁーい」


その様子を一枚切り取りながら、七夏ちゃんは、凪咲さんのように優しいお母さんになるだろうと思った。


時崎「七夏ちゃん、優しいお母さんみたいだね!」

七夏「え!?」


俺は、七夏ちゃんに「可愛い」とは言わない方法で喜んでもらいたくて、つい思った事を話してしまった。


時崎「あっ、えっと・・・」

七夏「くすっ☆ 柚樹さん。もし、私が子供を授かったら・・・」

時崎「えっ!?」


七夏ちゃんの言葉にドキッとする。これは、この先、七夏ちゃんと同じ未来を歩む事を想像してしまうから・・・。


七夏「私・・・もし、子供を授かったら、その子は辛い思いをするかも・・・って」


辛い思い・・・それは、きっと七夏ちゃんから見た凪咲さんや直弥さんの事だろう。だけど、凪咲さんや直弥さんは、七夏ちゃんと出逢えて本当に良かったと思っている事は絶対に間違いない! 七夏ちゃん自身がどう思っているかだけの事だ。


時崎「七夏ちゃんは、生まれてきて、良かったと思ってないの?」

七夏「え!?」

時崎「俺は、七夏ちゃんと出逢えた事、とても良かったと思ってるよ」

七夏「私、良かったと思ってます☆」

時崎「良かった」


平静を装っているが、俺の心は激しく揺さぶられている。七夏ちゃんが、迷う事無く、すぐに「良かった」と答えてくれた事に安堵する。しかし、答えるのが速すぎた為か、敢えて・・・だろうか。七夏ちゃんは、単に「良かった」と応えてくれたが、その真意はどちらなのか、俺は気になった。


七夏「くすっ☆ 柚樹さん、さっきの続きですけど、もし、私が子供を授かったら、男の子と女の子、どっちがいいですか?」

時崎「んなっ!」


七夏ちゃんは、さらに切り込んできた。質問の内容は定番と言えるが、どう答えるかは難しい。一番無難な答えは「どっちでもいい。元気に生まれてきてほしい」という事になるだろう。しかし、この答えでは、七夏ちゃんの質問に正確に答えられてはいない・・・はぐらかしている事になる。七夏ちゃんが思っている答えは「無難な答え」だろう。つまり、七夏ちゃんの質問こそが、七夏ちゃんの意思であるという事。だから、より具体的な答えを求めて、俺に訊いてきているのだと思う。俺は答えた。


時崎「女の子かな」

七夏「くすっ☆ どおして女の子が、いいのかな?」


---来たっ! この質問の、もっとも難しい所である。単純に男の子、女の子と、答えるのは簡単だ。大切なのは何故か・・・という理由の方である。男の子を選んだ場合は、「一緒にキャッチボールしたい」とか「女の子はお嫁さんになってしまうから」とか、そんなところだろうか・・・。俺が七夏ちゃんに答えたのは「女の子」の方だ。選んだ以上は、七夏ちゃんも喜んでくれる答えを、話さなければならない。


時崎「七夏ちゃん、優しくて、とても可愛いから!」

七夏「えっ!?」

時崎「そんな七夏ちゃんから、生まれてくる女の子だよ。優しくて可愛いに決まってる!」

七夏「あ・・・」


・・・使ってしまった「可愛い」という言葉を・・・。でも、俺の答えに七夏ちゃんは、予想していなかったという驚きの表情。そして、その驚きの後から嬉しさが、込み上がってきたようだ。


七夏「あ、ありがとう・・・です☆」


七夏ちゃんの質問に、まっすぐ答えることが出来たみたいで、ほっとする。しかし、七夏ちゃんの子供とは・・・。まだ、想像すらできないな・・・その前に、幼い頃の七夏ちゃんに逢う事が出来れば、少しは分かるのかな・・・なんて、考えてしまった。


七夏「柚樹さん♪」

時崎「どうしたの?」

七夏「お顔、赤くなってます♪」

時崎「えっ!?」

七夏「くすっ☆」


そう話してきた七夏ちゃんも、頬が赤く染まっていたけど、俺は何も言わなかった。この少しこそばゆい感覚を、もう少し味わうことにする。七夏ちゃんも同じ気持ちであってほしいと願いながら・・・。


俺が、女の子がいいと話した理由は、もうひとつある。それは、七夏ちゃんの瞳と色の認識に関係する事だ。色の認識に関わる遺伝子はX染色体だ。女の子はX染色体が2つ、そして男の子はX染色体とY染色体の組み合わせとなる。もし、男の子の場合、その子は七夏ちゃんと同じように色の認識が他の人と違ってくるかも知れない。女の子の場合は、俺が虹を七色と認識できている事から、生まれてくる女の子も俺と同じ色の認識が出来る可能性が高い。俺は七夏ちゃんが生まれてくる子の心配をしている様子から、そんな七夏ちゃんが、不安を抱えない可能性の高い女の子がいいと思ったりもしたが、色の認識は個性だと凪咲さんから教わったので、今は正直な所、どちらでもいいと思っている。七夏ちゃんは、色の認識が他の人と少し違っていても、とても魅力的な女の子だと思う・・・それが答えだ。 ん? という事は、やっぱり可愛くて魅力的な七夏ちゃんだから、生まれてくるのは女の子がいいなと思ったり・・・こんな事を考えていていいのだろうか・・・!?


七夏「柚樹さん!?」

時崎「えっ!?」

七夏「いえ☆ なんでもないです☆」


さっき虹を見た時と同じような会話。だけど、俺の考え事を読んでいるかのように、七夏ちゃんはとてもご機嫌な様子だ。


時崎「七夏ちゃん?」

七夏「柚樹さんは、女の子ですね☆」

時崎「え!?」


俺が女の子!? そこだけ切り取ると、凄い事を話してるなと思いつつ、この流れに乗っていて良いのだろうか。この辺りで、切り返そうと思う。


七夏「女の子♪」

時崎「七夏ちゃん、可愛いからね!」

七夏「え!?」

時崎「モテて困るでしょ!?」

七夏「そ、そんな事は・・・」


何かの漫画で見た定番の流れ。七夏ちゃんは小説をよく読んでいるから、このような流れに対して未来の選択肢は、俺よりも多く持っていると思う。思い切ってこの流れに乗って訊いてみる事にした。


時崎「今まで、告白された事ってないの?」

七夏「えっと・・・ふたり・・・」

時崎「!!!」


訊いておいてなんだが、もの凄い衝撃波を頂いた。まさか、本当に答えてくれるとは思っていなかった。七夏ちゃんは過去にふたりから告白されているという事。でも、今、誰かとお付き合いしているようには思えない・・・という事は、ふたりの告白を断っているという事になる。


七夏「ゆ、柚樹さん?」

時崎「おわっ!」

七夏「ひゃっ☆」

時崎「ご、ごめんっ!」

七夏「いえ」

時崎「ふたりか・・・凄いね!」

七夏「そんなことは・・・」


七夏ちゃんが、どのような気持ちだったのか興味はとてもあるけど、七夏ちゃんの表情は複雑だ。


時崎「告白されて、嬉しくなかったの?」

七夏「えっと、あんまり・・・」

時崎「え!?」

七夏「私、相手の事をよく分かってませんから、分からなくて」

時崎「???」

七夏「お話した事が無いのに、どおして、私の事が好きって言えるのかな?」

時崎「それは・・・」


・・・それは、七夏ちゃんの容姿や仕草というような外見的要素、或いは一目惚れという事になるだろうか。だけど、七夏ちゃんは、そういうタイプではないという事か・・・いや、今までの七夏ちゃんを見ていれば分かる事、分かってなくてはならない事だ。


七夏「私、相手の心が分からないのに、好きって言える自信はありません」

時崎「す、少しずつ分かってゆけば・・・」

七夏「そうなってからの方がいいかな?」

時崎「え!?」

七夏「こ、告白・・・」

時崎「あっ!」

七夏「えっと、お互いの心が分かってからじゃないと・・・分かってない状態でお付き合いしちゃうと、色々と大変・・・かな」

時崎「そ、そう・・・だね・・・」


これは驚いた。のんびりさんの七夏ちゃんから、芯のある答え。軽い気持ちで七夏ちゃんに想いを伝えても、届かないという事だけは分かった。民宿育ちで色々な人と出逢っている七夏ちゃん。俺なんかよりも遥かに多くの人の心を見てきている事だけは確かだ。


七夏「お互いに相手の心が通じ合っている事が分からないと、この先も上手くゆかないと思ってます☆」


なるほど。相手の心も分からない状態で一方的に想いをぶつけても、上手くはゆかないという事か。


時崎「俺なんて・・・」

七夏「え!?」

時崎「なんでもない! で、そのふたりとは?」

七夏「どう・・・なのかな?」

時崎「え!? そこで、はぐらかしますか!?」

七夏「くすっ☆」


・・・でも、七夏ちゃんの心がある程度見える人は、はぐらかされても答えは分かる。七夏ちゃんにとって大切な事は、そういう事なのだろう。七夏ちゃんは、絶対分からない事と簡単に分かる事は答えてくれる。だけど、少し考えれば分かる事や、相手の事を知っていれば分かる事はすぐに答えてくれない。ここまで辿り着けたのは、大きな進歩だと思う。


時崎「ありがとう。七夏ちゃん」

七夏「はい☆」


駅前の商店街に着く。


時崎「本屋さん寄ってく?」

七夏「本屋さん寄ってもいいかな?」


ほぼ同時に話した。


時崎「あっ・・・と」

七夏「くすっ☆」


書店で七夏ちゃんは小説コーナーを見にゆくのかと思ったら、そうではなく、子供の科学のような本を眺めている。


時崎「七夏ちゃん、どうしたの?」

七夏「えっと、自由研究のテーマ、良いのがあったらって☆ 今、思い出しました」

時崎「なるほど」

七夏「こういうのって、後になりがちですから」

時崎「工作や習字もそうだよね」

七夏「くすっ☆ お料理の本も見ていいかな」

時崎「もちろん!」

七夏「ありがとです☆」


楽しそうに本を眺める七夏ちゃんを見ながら、さっきの出来事を考える。七夏ちゃんが望む未来。それは、お互いに心を通わせた未来である事を意味しているのだと思う。七夏ちゃんの瞳は、未来まで写しているような気がする一日だった。


第三十七幕 完


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次回予告


虹は幸せの象徴だ。俺はそんな虹を追いかけてここまで来たのに・・・


次回、翠碧色の虹、第三十八幕


「架け離れゆく虹」


追いかけても届かない。離れると追いつけない。そんな虹を幸せの象徴だと言えるのだろうか?

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