第三十二幕:不思議ふしぎの虹
??「あの、勝手に撮らないでもらえませんか?」
時崎「え!?」
??「写真・・・」
時崎「あ、すみません。そんなつもりではなかったのですけど」
ピピッ!
時崎「ん・・・夢・・・か・・・」
夢を見ていたという事は眠りが浅く、起きる準備が整っているという事・・・ちょっとした時計の音で目覚めるが、すっきりしない。
時崎「また、あの夢か・・・」
夢の中に登場した人物が、七夏ちゃんのように思えたけど、これはそうではないと信じたい。夢よりも、起きている時の意識と、七夏ちゃんからの言葉の方が真実だと思うから。しかし、人物を撮るという事に、神経を使わなければならないのも確かだ。俺は気持ちを切り替えて、1階へと降りる。
凪咲「あら? 柚樹君、おはようございます!」
時崎「凪咲さん、おはようございます!」
七夏「柚樹さん☆ おはようございます☆」
時崎「七夏ちゃん! おはようございます!」
七夏「くすっ☆」
時崎「ん?」
七夏「えっと、今から柚樹さんのお部屋にと思ってました☆」
時崎「そ、そう・・・いつもありがとう」
七夏「はい☆」
凪咲「今朝、ナオが、ありがとうって話してたわ」
時崎「え!? 直弥さんがですか?」
凪咲「信号機のことのお礼って」
時崎「あ、いえいえ。直弥さんは?」
七夏「えっと、お仕事にお出掛けしました」
時崎「そう・・・昨日、信号機の事を伝えようと思ってたのだけど、夜遅かったみたいだから」
凪咲「ごめんなさいね。会社の人と一緒に夕食を頂いていたみたいですから」
時崎「そういう日もありますよね」
凪咲「連絡してくれれば、助かるのですけど」
七夏「くすっ☆ 柚樹さん、朝食どうぞです☆」
時崎「ありがとう! 七夏ちゃんも一緒に!」
七夏「はい☆」
七夏ちゃんと一緒に朝食を頂く。
七夏「柚樹さん、今日のお昼はここで頂きますか?」
時崎「え!? ああ、ありがとう。是非! でも、どおして?」
七夏「えっと、柚樹さんお出掛けするのかなと思って」
時崎「七夏ちゃん、お出掛けするなら、合わせるよ」
七夏「ありがとうです☆ 私は午後からお買い物に出かけようかなって思ってます☆」
時崎「俺も、直弥さんからの頼まれ毎があるから、電気店へ出かけるつもりだけど、七夏ちゃんは、何を買うの?」
七夏「えっと、小説です☆」
時崎「なるほど、昨日、図書券を貰えたからね!」
七夏「はい♪ ありがとうです♪」
時崎「じゃ、午前中は宿題だよね? 用事が済んだら、声をかけて」
七夏「はい☆」
凪咲「七夏、午後からお出掛けかしら?」
七夏「あ、お買い物あったら、一緒に買ってきます☆」
凪咲「ありがとう、メモを用意しておくわ」
七夏「はい☆」
七夏ちゃんのお買い物に付き合う事を、主とした方が良さそうだ。七夏ちゃんが小説を選んでいる間に、俺は電気屋さんで無線ネットワークの機器を買えばいいかな?
朝食を済ませ、七夏ちゃんと一緒にお片づけを行う。七夏ちゃんや凪咲さんと一緒だと、自分の家では億劫だった事も、不思議と楽しく思える。凪咲さんや七夏ちゃんはとても手際が良く、二人とも楽しそうだという事に気付いた。俺とは根本的に考え方が違ったようだ。
一通りお片づけが終わり、七夏ちゃんは自分のお部屋で宿題、俺も自分の部屋でアルバム制作・・・これが、ここ最近の日常となってきている。七夏ちゃんには内緒のアルバム作りも少しずつ進めている。俺が思っている事が上手く実現できると良いのだが・・・いや、上手く作って七夏ちゃんに驚いて、喜んで貰わなければ意味がない。
しばらく、七夏ちゃんへの内緒のアルバム作りに集中していると---
七夏「柚樹さんっ!! 柚樹さん!!」
時崎「んなっ! 七夏ちゃん!?」
突然部屋に入ってきた七夏ちゃん。俺は慌てて作業中だった七夏ちゃんへのアルバムを隠す!
七夏「あ、ごめんなさいっ!」
時崎「い、いや! 驚いたけど・・・ど、どうしたの!?」
七夏「えっと、これ! 見てください!」
七夏ちゃんが、料理用のボールを見せてくれた。中には卵がふたつ・・・玉子焼きを作ろうとしているのかな? これが、どうかしたのだろうか?
時崎「これは・・・玉子!?」
七夏「はい☆ 双子さんです☆」
時崎「え!? 双子!?」
七夏ちゃんが、わざわざ見せてくれた理由が分かった。双子の卵・・・ひとつの卵の中に黄身がふたつ入っていた・・・という事らしい。
七夏「はい♪ 私、双子の卵さんと初めて出逢えました☆」
時崎「確かに、珍しいね! 俺も話しに聞いた事があるくらいで、実際に本物を見たのは初めてかも知れない」
七夏「くすっ☆」
七夏ちゃんは、とてもご機嫌よさそうだ。わざわざ双子の卵を見せる為に声を掛けてくれた事が嬉しい。
時崎「でも、どうして俺に?」
七夏「えっと、柚樹さん、珍しい現象とか、興味あるのかなーって思って♪」
七夏ちゃんからそう言われて、背筋に電気が走る。俺が七夏ちゃんに関心を持ったのは、不思議な瞳を持つ少女だったから・・・。それは、間違いではないから、今こうして七夏ちゃんとお話し出来ているのだ。けど、それだけじゃない。仮に七夏ちゃんが他の人と同じ瞳だったとしても---
七夏「ゆ、柚樹さん!?」
時崎「え!? ああ、ごめん」
七夏「どうしたの?」
しばらく考え込んでしまった為、七夏ちゃんが心配そうに見つめてくる。
時崎「いや、なんでもないよ。双子かぁ・・・」
七夏「私、一人っ子ですから、兄弟居ると楽しくなるなーって♪」
時崎「七夏ちゃんは、お姉さんだと、しっかり者で、妹さんだと、甘えん坊さんになるのかな?」
七夏「くすっ☆」
今の七夏ちゃんは、しっかり者と少し甘えん坊さんの二面性を持っていると思う。七夏ちゃんに兄弟が居たとすると、その兄弟さんの瞳の色は七夏ちゃんと同じになるのかとか、お互いに瞳を見ると、どのように見えるのかとか、そういった事を考えてしまうので、七夏ちゃんは、一人っ子で良かったのかも知れない。そして、その事が七夏ちゃんの心を「のんびりさん」にしているのかも知れないな。
凪咲「七夏!」
1階から凪咲さんの声が聞こえてくる。
七夏「はーい☆ それじゃ、柚樹さん! また後で☆」
時崎「ああ! お料理、楽しみにしてるよ!」
七夏「はい☆ 失礼します☆」
七夏ちゃんはボールを抱えて1階へ降りてゆく。突然の事で驚いた。いつもは扉を叩いてくれるんだけど、余程慌てていたのか、嬉しかったのかな。七夏ちゃんへのアルバムが、今見つかってしまわないように気を付けなければならないな。再びアルバム作りの続きを行う。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
お昼も七夏ちゃんと一緒に頂いた。おむすびと、玉子焼き・・・ではなく目玉焼きがあった。
時崎「あれ? これってさっきの双子の卵かな?」
七夏「はい☆」
見たところ、その目玉焼きの黄身はひとつしかなかった。なるほどそういう事か!
時崎「ありがとう! 七夏ちゃんと一緒に半分ずつになったんだね」
七夏「くすっ☆」
この不思議な玉子を七夏ちゃんと一緒に頂けるのは、この先、そうそう無いだろう。俺はゆっくりと味わって頂いた。
時崎「七夏ちゃん、この後、お買い物だよね?」
七夏「はい☆ お食事の後、急いで準備いたします」
時崎「そんなに慌てなくていいから。食事の後片付けは、俺に任せて!」
七夏「え? いいの?」
時崎「もちろん! 七夏ちゃんを待ってる間に、俺がお片づけを行えば効率的だからね!」
七夏「ありがとうです☆」
些細なことでも、少しずつ七夏ちゃんの助けになれるようになりたいと思う。
食事を終えて七夏ちゃんが出かける準備を行っている間に、お片づけを行う。凪咲さんから、少量の洗剤で効率よく片付ける方法を教わる。比較的汚れの少ない食器から洗ってゆくらしい・・・俺が思っていた事とは逆だ。他に見よう見まねで行っても、なかなか同じようには出来ないなと実感する。
凪咲「柚樹君、ありがとう」
時崎「いえ。色々とすみません」
凪咲「いいのよ。少しずつで。柚樹君は出かける準備、大丈夫かしら?」
時崎「はい。いつでも出かけられますので。部屋に戻って、荷物を取ってきます」
凪咲「ええ」
居間で、七夏ちゃんを待つ。浴衣姿の七夏ちゃんは、やはり出かける準備に時間が掛かってしまうのだろうけど、時間をかけてくれるという事も嬉しく思う。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
七夏「柚樹さん、ごめんなさいっ! 遅くなっちゃって!」
時崎「いや、おっ! 可愛い!」
七夏「あっ、えっと・・・」
しまった! つい、「可愛い」と話してしまった。あまり軽率に可愛いと言うと言葉が軽くなってしまうから、気をつけようと思ってたのに・・・。
時崎「あ、ごめん」
七夏「いえ・・・その・・・ありがとうです」
時崎「あ、ああ」
なんか歯切れが悪くなってしまった。
凪咲「七夏! これ、お買い物のメモ。お願いね!」
七夏「あ、はい☆」
凪咲「柚樹君、七夏の事、よろしくお願いします」
時崎「はい! こちらこそ! 七夏ちゃん!」
七夏「くすっ☆ はい☆」
七夏ちゃんと一緒に駅前まで歩く。以前よりお互いに程よい距離感が分かりあえてきているのか、自然に思える。何か話題を考えなければ・・・という焦りがあった事が懐かしく思える。会話がなくても心地よい。
時崎「凪咲さんのお買い物は先に済ませる?」
七夏「え!? えっと、重たい物がありますので、帰る前がいいかなって」
時崎「重たい物・・・お醤油が3本とか?」
七夏「くすっ☆ お醤油もありますけど、今日はひとつです☆」
時崎「そ。そう」
七夏「懐かしいなぁ♪」
時崎「え!?」
七夏「初めて柚樹さんと一緒にお買い物に出かけた事☆」
七夏ちゃんも「懐かしい」と思ってくれている。ついこの前の事のようにも思えるので、不思議な感覚だ。
時崎「お醤油以外にも沢山あるの?」
七夏「えっと、重たいのは、お醤油と、洗剤、後はシャンプーとリンスです♪」
時崎「なるほど、それ全部任せて!」
七夏「くすっ☆ ありがとです☆」
俺は思った。今の七夏ちゃんの「ありがとう」は、素直に言葉として帰ってきている。でも、「可愛い」と話した時の反応は、あまり良くない。本当に、気を付けなければならないな。
時崎「七夏ちゃんのお買い物は、小説・・・かな?」
七夏「はい☆」
時崎「じゃ、それから見にゆこう!」
七夏「えっと、柚樹さんのお買い物は?」
時崎「電気店。直弥さんからの頼まれ事だけど、その前に俺も本屋さんで面白そうな本がないか探してみるよ」
七夏「はい☆」
駅前の商店街まで来ると、以前よりも人が多い気がした。
七夏「今日は人が多いです☆」
時崎「そうだね。何かあるのかな?」
七夏「えっと、明日は花火大会がありますけど、今日は何かあるのかな? あ、ごめんなさい」
時崎「え!?」
七夏「私、柚樹さんに訊かれてました☆」
時崎「いや、こっちこそ」
商店街を見回すと、明日の準備で屋台が並び始めていた。幼い頃、この準備風景を見ると心が躍った記憶が後から追いついて来た。
七夏「~♪」
時崎「どうしたの? 七夏ちゃん!?」
七夏「明日、楽しみです☆」
時崎「花火大会か・・・俺も夜店とか久々だから楽しみだよ」
七夏「はい☆ でも、お小遣いを沢山使ってしまいそうで気をつけないと」
時崎「それは、よく分かるよ」
七夏「くすっ☆」
七夏ちゃんとお話をしながら、書店の前に着いた。
時崎「それじゃ、俺はこっちの写真関係の所に居るから!」
七夏「はい☆ 私は小説の所に居ますので☆」
時崎「ああ」
七夏ちゃんは、軽い足取りで小説コーナーへと移動する。俺も、写真関連の雑誌の所まで来て、並んでいる雑誌を眺める。
時崎「これは・・・」
「撮り鉄!」と記された鉄道関係の雑誌が目に留まった。直弥さんは、こういう雑誌も好きなのかな? 昨日、七夏ちゃんと鉄道模型の信号機をレイアウトした時に、鉄道模型関係の雑誌が置いてあった。そのような模型の雑誌も置いてあるのだろうか? さらに、雑誌関係を眺めていると「Nスケール」という鉄道模型の雑誌があった。それを、眺めてみると様々な列車の模型写真が載っており、近くも遠くも綺麗に撮影されている写真がいくつかあった。どのようにすれば、このような写真が撮れるのだろうか? 七夏ちゃんの家で鉄道模型を撮影するまでは「背景はぼやけている方が良い」と思っていたが、長い列車の模型の撮影では列車の先頭に焦点を合わせると後ろの方はぼやけてしまう。編成全体をぼやける事無く綺麗に撮影する方法は無いのかな? 鉄道模型を撮影した時に苦労した「背景がぼやけてしまう現象」に対する対処方法は載っていないか探してみるが、そのような情報は載っていないようだ。撮影テクニックは写真専門雑誌になるのかも知れない。
時崎「フォトテク・・・か」
「フォトテク」は、写真に関する雑誌なんだけど、どっちかっていうと人物の撮影に特化している傾向なので、人物の撮影を避けていた俺にとっては、あまり縁の無い雑誌だった。けど、何か情報が得られるかも知れないと思って眺めてみる。まあ、当然と言えばそうなるのかも知れないけど、内容は、グラビアモデルさんの写真が沢山載っていた。「デジタル一眼レフで女の子を魅力的に撮ってみよう!」というコピーが記されているくらいだから、そういう方向だ。確かに綺麗に女の子のモデルさんが撮影されている。ただ、やはり女の子の背景はぼやけている写真が多く、これは女の子の魅力を引き出す効果がある事は分かる・・・だけど、俺が今知りたい情報とは真逆だ。
時崎「お! これは!」
ひまわり畑の中で撮影された白いワンピース姿の女の子の写真・・・女の子も背景のひまわりや山と空までぼやける事無く撮影できている。このモデルさんと、七夏ちゃんが重なって見え、俺はその写真をしばらく眺めていると---
七夏「柚樹さん!」
時崎「えっ!? あ、七夏ちゃん!」
七夏「えっと・・・お待たせです」
時崎「あ、ああ。小説は買ったの?」
七夏「はい☆」
時崎「よし、じゃあ、電気店に寄ろうと思うんだけど、七夏ちゃんはどうする?」
七夏「一緒に見にゆきます☆」
時崎「了解! 何か買うものある?」
七夏「乾電池です☆」
時崎「なるほど! それじゃ!」
七夏「柚樹さん、もういいの?」
時崎「え!?」
七夏「えっと、本・・・読んでたみたいだから・・・」
時崎「ああ、眺めてただけだから」
七夏「眺めてた・・・」
時崎「? どうしたの?」
七夏「いえ、なんでも・・・ないです」
七夏ちゃんと電気店へ移動する。やはり人が多いな・・・七夏ちゃんとはぐれてしまわないように気を付けなければ。周りに気をつけながら歩いていると、一人の女の人が目に留まった。白いワンピース姿の女の人・・・さっき、写真雑誌「フォトテク」で見た女の人とイメージがよく似ている。とても清楚で綺麗だと思い、自然と視線で追いかけてしまっていた。
七夏「柚樹さん?」
時崎「えっ!?」
七夏「えっと・・・な、なんでもないです!」
時崎「七夏ちゃん? どうしたの?」
七夏「・・・・・」
時崎「七夏ちゃん?」
七夏「や、やっぱり、男の人って・・・胸の大きな人がいいのかな?」
時崎「え!? 胸?」
七夏「そ、その・・・柚樹さん、胸の大きな女の人を目で追いかけてました」
時崎「なっ!」
七夏「さっき、本屋さんでも、似たような女の人の写真を見てました・・・」
時崎「うっ!」
今更ながら、七夏ちゃんの人を見る観察力には驚かされる。俺はあまり意識していなかったけど、確かにあの写真のモデルさんも、今見た女の人も、ふくよかな胸の持ち主だったな・・・いや、今、大切な事はそうじゃないっ! 七夏ちゃんがどのような事を考えていて、どのように答えれば喜んでくれるかが大切だ。
七夏「・・・・・」
時崎「さっきの女の人が着ていた服」
七夏「・・・え!?」
時崎「白いワンピース、七夏ちゃんにとってもよく似合いそうだなーと思ってね!」
七夏「あっ・・・」
時崎「ありがとう! 七夏ちゃん!」
七夏「・・・はい☆」
察しの良い七夏ちゃんは、俺の話した「ありがとう」の意味を正しく受け取ってくれるはずだ。だけど、七夏ちゃんも胸の大きさを気にしているんだなと思ったりしながら、これ以上その話題には触れない事にする。俺は、話題を変えた。
時崎「電気店で、直弥さんから頼まれた無線ネットワーク機器を探すけど、ここで売ってなければ、隣町まで見にゆかなければならないかな?」
七夏「そうなの?」
時崎「少し、特殊な機器になるからね。七夏ちゃんは乾電池だったよね?」
七夏「はい☆」
俺は、店員さんに、予め調べておいた無線ネットワーク機器について尋ねてみると、無線ネットワーク化する機器はいくつか置いてあった。今の有線ネットワークを無線化できる物もあったけど、単体でネットワークを構築できる機器の方が値段が安かった。これは、よく売れる製品の方が安くなるという事らしい。その製品も、現在の有線ネットワークに追加して無線ネットワーク化できるとの事なので、もし、今使っている有線ネットワーク機器が故障しても、この無線ネットワーク機器を親機にする事で、ネットワーク全体が使えなくなる期間を極力抑える事ができるようだ。俺は、その親機としても使える無線ネットワーク機器を購入することにした。
時崎「えっと・・・七夏ちゃんは?」
結構長い事、店員さんと話しをしてしまっていた。辺りを見回すと、休憩コーナーの所で七夏ちゃんが座って小説を読んでいる姿を見て、安堵する。
時崎「七夏ちゃん! ごめん!」
七夏「・・・・・」
時崎「七夏ちゃん!?」
七夏「え!? あっ! 柚樹さん☆ 見つかりました?」
時崎「ああ、七夏ちゃんを見つけられて安心したよ」
七夏「私!?」
時崎「ごめんね。放ったらかしにしてしまって」
七夏「いえ・・・その、見つかったって言うのは、柚樹さんのお買い物で・・・」
時崎「え!?」
七夏「くすっ☆ ありがとです☆」
七夏ちゃんから「ありがとう」のお返し・・・これが、何を意味するのかは、俺でも分かるから、少し恥ずかしくなる。
時崎「七夏ちゃんのお買い物、乾電池はあったの?」
七夏「はい☆ でも、沢山の種類があって、せっかくだから柚樹さんに相談しようかなって思って☆」
時崎「え!? 相談?」
七夏「柚樹さん、そういうの詳しそうですから☆」
時崎「そういう事なら、任せてよ!」
七夏「はい☆」
七夏ちゃんと一緒に乾電池の売り場まで来る。「任せて!」と話しておきながら、先に売り場を把握していた七夏ちゃんに付いてゆく形になってしまう・・・しっかりしろ! 俺!
七夏「? どしたの? 柚樹さん?」
時崎「え!?」
七夏「くすっ☆ 乾電池は、ここにあります☆」
時崎「うわ! 沢山置いてあるね!」
七夏「はい☆ ですから、どれがいいのかなって思って」
なるほど。確かに、これだけ多くの種類があると俺も悩んでしまう。七夏ちゃんの話では、単三型と呼ばれるよく見られるタイプの乾電池が必要らしい。
時崎「乾電池は何に使うの?」
七夏「えっと、お部屋の壁掛け時計です☆」
時崎「アナログの時計だよね?」
七夏「あなろぐ?」
時崎「数字ではなく、針で時刻を指す時計の事」
七夏「はい☆」
時崎「だったら、この『マンガン乾電池』を使うといいよ!」
七夏「そうなの?」
時崎「大きく分けて乾電池には、アルカリとマンガンがあって、針が動く時計にはマンガンが適しているんだよ」
七夏「あ、アルカリ乾電池は、よくお世話になってます☆ アルカリ乾電池の方が長持ちするって聞いてます☆」
時崎「確かに、アルカリの方が長持ちするけど、アルカリ乾電池を針が動く時計に使っても、マンガン乾電池とそれほど差が無いんだよ」
七夏「そうなんだ・・・懐中電灯にはどっちがいいのかな?」
時崎「懐中電灯にはアルカリだね!」
七夏「えっと、判断の方法が分からないです」
時崎「基本的にマンガンは針で動く時計や、リモコン専門と考えておけばいいよ。それ以外はアルカリで大丈夫」
七夏「りもこん・・・テレビの番組を変える時のかな?」
時崎「そう! それそれ!」
七夏「くすっ☆ なるほど☆」
時崎「まあ、分からなかったら、いつでも訊いてもらっていいから!」
七夏「はい☆ 頼りにしてます☆」
時崎「時計と懐中電灯なら、マンガンとアルカリをそれぞれ買えば良いのだけど、それだったらアルカリ4本セットで良いと思う」
七夏「え!? 時計にはマンガン乾電池じゃなくてもいいの?」
時崎「アルカリでも時計には使えるからね。今、必要な本数と、お値段を考えると、アルカリ4本セットがいいと思う」
七夏「アルカリとマンガンの両方を買っておいても良い気がしますけど」
時崎「そうだけど、乾電池は使わなくても自然放電されてゆくから、必要な時に買うのがよいと思う」
七夏「自然放電?」
時崎「電池を見ると、推奨使用期限が記されているよ」
七夏「本当です! これって、食材の消費期限みたいな事かな?」
時崎「まあ、そうなるね。だから乾電池はあまり買い貯めしない方がいいと思うよ」
七夏「なるほど☆ よく分かりました☆」
時崎「それに、七夏ちゃん、明日の為に、お小遣いを少しでも節約しないとね!」
七夏「くすっ☆ そうでした☆ それじゃ、私、これを買ってきます☆」
時崎「ああ!」
電気店で俺と七夏ちゃんの用事を済ませた。無事、無線ネットワーク機器も見つかって良かった。後は凪咲さんからの「おつかい」だけだけど・・・。
時崎「七夏ちゃん!」
七夏「え!?」
俺は店内喫茶店で、ココアを見かけたので、それを指差す。
七夏「柚樹さん、喉が渇きました? ごめんなさい。気がつけなくて」
時崎「それもあるんだけど、七夏ちゃん、喉渇いてないかなと思ったのと、これ!」
七夏「あ♪ ココアです♪」
七夏ちゃんは俺の指差したココアに気付いたようだ。
時崎「少し、休憩しよう!」
七夏「くすっ☆ はい♪」
今日は、主にお買い物だけでのお出掛けだけど、荷物が増える前に、少しのんびりとできる時間も必要だと思う。
時崎「七夏ちゃん! ココアでいいかな?」
七夏「はい☆ ありがとです♪」
時崎「すみませーん!」
店員「いらっしゃいませ」
時崎「ココアをふたつ、お願いします」
店員「かしこまりました」
七夏「柚樹さんもココアなの?」
時崎「おかしいかな?」
七夏「いえ・・・七夏、柚樹さんと一緒で嬉しいです♪」
時崎「え!?」
七夏「くすっ☆」
七夏ちゃんが自分の事を「ななつ」と話した・・・前にもこんな事があったな。
<<七夏「七夏ね♪ 柚樹さんと一緒に半分ずつがいいな♪」>>
そう、七夏ちゃんと「ブルーベリーのタルト」を半分ずつにした時の事だ。七夏ちゃんが自分の事を「ななつ」と話す時、それは本当に喜んでくれている気持ちの表れなのかも知れない・・・だとしたら、俺は七夏ちゃんからの「ななつ」をもっと引き出してあげたい。
七夏「? どしたの? 柚樹さん?」
時崎「え、いや・・・」
店員「お待たせしました」
七夏「わぁ♪ ありがとです☆」
俺と七夏ちゃんは、のんびりとココアを楽しむ。この一時が、これからも沢山あるといいなと思う。お会計時、お財布を取り出した七夏ちゃんに対して---
時崎「ここは任せて!」
七夏「え!? くすっ☆」
時崎「え!?」
七夏「柚樹さん、ここちゃーみたいです☆」
時崎「天美さん?」
七夏「ココア任せてって、ここちゃーも話してました☆」
時崎「あっ! そういう事か・・・俺、ここ『わ』任せて! って話したんだけど」
七夏「ココアって聞こえました☆」
時崎「まあ、一緒にココアを頂いたから、間違いではない・・・か。とにかく、任せて!」
七夏「えっと・・・はい♪ ありがとうございます☆」
お会計を済ませると、七夏ちゃんが改めて御礼をしてくれた。
七夏「柚樹さん♪ ご馳走様でした☆」
時崎「こっちこそ、いつもお料理ありがとう!」
七夏「くすっ☆ はい☆」
時崎「それじゃ、凪咲さんからのお買い物も済ませよう!」
七夏「はい☆」
時崎「荷物持ちも任せて!」
七夏「くすっ☆ 頼りにしてます☆」
俺と七夏ちゃんは、凪咲さんからの「おつかい」をする為、生活用品と食品を販売する所へ移動する。生活用品販売の所で、凪咲さんからのお買い物を済ませている時---
時崎「あっ!」
七夏「? どしたの? 柚樹さん?」
時崎「あ、いや・・・今、いい香り・・・七夏ちゃんと同じ香りがしたなと思って」
七夏「くすっ☆ えっと、これ・・・かな?」
七夏ちゃんは、そう言いながら、リンスを手に取った。
時崎「あ、これか! 七夏ちゃんの香りと同じ」
七夏「このリンスかな?」
時崎「ほんとだ。この香り! 俺の中で自然と七夏ちゃんのイメージになってたみたいだ」
七夏「くすっ☆ このリンスと、こっちのシャンプーは、七夏のお気に入りです♪」
時崎「なるほど!」
まただ。七夏ちゃんが自分の事を「ななつ」と話した。嬉しくて、もっと七夏ちゃんの「ななつ」を聞きたくなってくる。
七夏「えっと、これを2本ずつ、よいしょ!」
時崎「あ、俺に任せて!」
七夏「ありがとです☆ 後は洗剤かな?」
リンスとシャンプーはたいした事無かったけど、洗剤5個は思っていたよりも重たく、七夏ちゃんは、一人でいつもこんなに買っているのかなと思ってしまう。
七夏「柚樹さん? 大丈夫ですか?」
時崎「え!? 俺は全然大丈夫だけど、普段、七夏ちゃんはこんなに沢山買うの?」
七夏「いえ。普段はリンスとシャンプーがひとつずつ、洗剤も1つか2つです」
時崎「なるほど。よかったよ」
七夏「え!?」
時崎「七夏ちゃん、いつもこんなに沢山買っているとしたら大変だと思って」
七夏「あ、ごめんなさい。重たかったら私も少し持ちますので」
時崎「俺は全然大丈夫だよ!」
七夏「お母さん、柚樹さんが一緒だからって・・・あんまり沢山にならないように、お話しておきますね」
時崎「このくらいなら全然大丈夫だから!」
七夏「ありがとうございます☆ 後のお買い物、急ぎますね」
時崎「そんなに慌てなくてもいいよ」
残りのお買い物を済ませると、七夏ちゃんは、重たいお醤油を持ってくれた。お醤油も俺が持とうとしたんだけど、そこは譲ってくれなかった。
七夏「男の人だけに重たい荷物を沢山持たせて、一緒に歩くのは、心が痛みます」
七夏ちゃんに「心が痛む」と言われては、俺も辛くなる。ここは素直に七夏ちゃんの言う事に従う。
時崎「ありがとう。七夏ちゃん!」
七夏「こちらこそです☆」
お店を出ると、二人の影法師が長くなっていた。七夏ちゃんと一緒に、風水へと急いだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
七夏「ただいまぁ☆」
時崎「ただいま」
凪咲「柚樹君、七夏、おかえりなさい。おつかい、ありがとう」
時崎「はい」
七夏「あれ? お客様?」
七夏ちゃんは下駄箱の中にある靴を見て、お客様が居る事に気付いたみたいだ。
凪咲「そうなの。二人が出掛けている間にいらして、今日お泊りくださる事になったの」
七夏「私、急いで準備いたします」
時崎「七夏ちゃん?」
七夏「柚樹さん、また後で☆」
時崎「あ、ああ」
七夏ちゃんが急に遠くなってしまったような気がした。気のせいだといいけど。
凪咲「柚樹君、冷茶ありますから」
時崎「ありがとうございます! 凪咲さん!」
凪咲「はい?」
時崎「俺も、手伝える事がありましたら、手伝いますので!」
凪咲「ありがとう! では、後でお風呂の準備をお願いできるかしら?」
時崎「はい!」
凪咲「明日は、七夏のお友達、心桜さんと、高月さんがいらしてくれますので、少し賑やかになりますね♪」
凪咲さんは、とても嬉しそうだ。
時崎「そうですね! 明日も、引き続きお手伝いいたしますので!」
凪咲「ありがとう! 柚樹君」
冷茶を頂いてから、今日のお買い物を凪咲さんに渡す。無線ネットワーク機器を直弥さんの部屋に持ってゆき、自分の荷物を置く為に一旦自分の部屋に戻る。
時崎「まずは、お風呂場の準備だな」
俺は、すぐに1階へと戻りお風呂の準備を行う・・・その前に---
時崎「凪咲さん!」
凪咲「はい」
時崎「今日、お泊りのお客様って」
凪咲「あ、そうね。ごめんなさい。若い男の人よ。柚樹君とそんなに年は離れていないかしら? 今は、お部屋でお夕食をお待ちいただいております」
時崎「そうですか。ありがとうございます。今からお風呂の準備をします」
凪咲「ありがとう! よろしくお願いします」
お風呂場の準備へ向かおうとすると、お泊りのお客様が階段から降りてきた。
時崎「こんばんは! いらっしゃいませ!」
泊客「こんばんは!」
時崎「今、お風呂の準備をいたしますので」
泊客「ありがとうございます!」
2階から足音が聞こえてきた。七夏ちゃんだ。いつもの浴衣姿に戻っている。
七夏「あっ! えっと、いらっしゃいませ☆ ようこそ風水へ♪」
時崎「七夏ちゃん!」
泊客「これは可愛い女将さん!」
七夏「くすっ☆ ありがとうございます♪」
時崎「!?」
七夏「夕食の準備をいたしますので、しばらくお待ちくださいませ☆」
泊客「ありがとうございます」
七夏「それでは、失礼いたします」
・・・今、七夏ちゃんはお泊りのお客様に「可愛い」と言われて「ありがとうございます♪」と自然に返事をしていたな・・・これはどういう事だ? まだまだ俺は、七夏ちゃんの事が分かっていないという事なのか? 不思議なふたつの虹を持つ少女の心は、不思議なままという事なのか・・・そう言えば、お泊りのお客様は七夏ちゃんの瞳の事は言わなかったけど、それと関係があるのかな? 不思議な事が増えてゆくもどかしさを抑えつつ、俺はお風呂の準備に取り掛かるのだった。
第三十二幕 完
----------
次回予告
不思議な虹の色は、これからも不思議なままなのだろうか?
次回、翠碧色の虹、第三十三幕
「移り変わる虹」
俺は不思議な「ふたつの虹」の、切ない思い出に触れる事になる。
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