第十三幕:虹はいつまで見えている?

虹はいつまで見えているのか・・・。そんな事を考えるようになってきた。今までは、虹の撮影さえ出来れば、それ以上追いかける事はなく、その後、虹が消えてしまっても特に何も思う事は無かった。つまり、そこで終わっていたという事になる。しかし、今回は違う。不思議な「ふたつの虹」は、写真撮影が出来たとしても、いつまでも消えないでほしいと思う。


今回の虹の撮影旅行/目的について改めて考える。この街への滞在期間は、一週間程度の予定だったので、そろそろ滞在の期限が迫っている。滞在期間を延長する事も可能だが、旅費/予算の事を考えると、延長できてもあと2、3日くらいだろうか・・・。正直な所、俺はもっと民宿風水・・・いや、七夏ちゃんと一緒に居たいと思うようになっていた。七夏ちゃんの不思議な「ふたつの虹」に俺の方から背を向けたくないのだが・・・。俺は、凪咲さんに滞在期間の事を告げた。


凪咲「・・・そうなの・・・あと3日・・・柚樹君が居なくなると寂しくなるわね・・・」

時崎「すみません。それまでに、七夏ちゃんの写真はお渡ししますから」

凪咲「ありがとうございます」

時崎「俺も本当は、もっと民主風水で過ごしたいのですけど・・・」

凪咲「でも、柚樹君にもご予定があるでしょうから・・・」

時崎「時間ならまだあるのですけど・・・その、旅費予算的に・・・(苦笑)」

凪咲「まあ、そうなの!? 時間はまだあるのかしら?」

時崎「はい・・・時間だけですけど・・・」

凪咲「では、私からひとつ、いいかしら?」

時崎「え!? 何でしょうか?」


凪咲さんは、ある条件で、宿泊費用を免除してくれると提案してくれた。その条件とは、これからも七夏ちゃんの笑顔を撮影する事、民宿風水での力仕事を手伝う事・・・たったそれだけだ。こんな条件でいいのかと再確認してみたが、それで十分との事。俺は凪咲さんに感謝し、お礼を言う。


時崎「え!? たったそれだけでいいのですか?」

凪咲「はい。柚樹君が来てから、七夏も楽しそうにしていますから・・・。それに、七夏の楽しそうな笑顔をアルバムに残せるのは、柚樹君のおがけです。ですから、柚樹君さえ良ければ・・・私からお願いしてもいいかしら?」

時崎「あ、ありがとうございます!」

凪咲「これからも、七夏の事、よろしくお願いいたします!!!」

時崎「はい!!! こちらこそ!!!」


今までの事と、これからの事をまとめてみる。俺の撮影した笑顔の七夏ちゃん・・・その写真を見た凪咲さんから、改まって写真撮影のお願いをされた。その理由を訊いてみると、ある時期から七夏ちゃんは写真撮影に対して消極的になり(拒む訳ではない)、レンズに視線を送らなくなったり、目を合わせなくなったり、目を閉じる事が多くなったらしい。過去の七夏ちゃんのアルバムを見せてもらうと、ある時期(小学3年くらい)から枚数減っているのが分かる。凪咲さんはその事をずっと気にしていたようで、俺の撮影した写真に存在する「凪咲さんにとって、久々に見た七夏ちゃんの笑顔の写真」を、じっと見入っていた。七夏ちゃんが何故俺に対して写真撮影を拒まなかったのか、その理由は今は分からない・・・いずれ七夏ちゃん自身から話してくれるまで、その事はそっとしておくべきだろうと思った。


滞在期間の延長と、風水でのお手伝いをする事を七夏ちゃんに伝える為、俺は七夏ちゃんの部屋へ向かう。


時崎「七夏ちゃん!」

七夏「はーい☆」


七夏ちゃんが部屋から顔を見せる。


時崎「七夏ちゃん。今、いいかな?」

七夏「はい☆ あ、どうぞです♪」

時崎「ありがとう」

七夏「えっと・・・」

時崎「あ、ごめん。今回の旅行の滞在期間の事なんだけど・・・」

七夏「あ・・・」


七夏ちゃんの顔が少し曇る・・・これは一瞬嬉しく思ってしまったが、人の悲しみを嬉しく思ってはならない。ましてや、大切な存在であれば、尚の事である。


時崎「七夏ちゃん?」

七夏「えっと、柚樹さん・・・バス停で、一週間くらいって話してました」

時崎「確かに、そう話してたね」

七夏「今日・・・お帰りになるのですか?」


民宿育ちの七夏ちゃんにとって、お客様との突然のお別れは、そう珍しい事ではないのだろう・・・突然帰ってしまう心積もりが出来ていての『今日』なのだと思った。


時崎「いや、もう少し、ここでお世話になるよ」

七夏「え!?」


俺がそう言うと、七夏ちゃんは不思議そうな表情を浮かべ、その後から嬉しさが追いかけてくるのが伝わってきた。これは一瞬だけではなく、しっかりと嬉しく思う。俺は、凪咲さんと話した事を七夏ちゃんに伝え、今回の旅行の目的に七夏ちゃんの笑顔を撮影する事を正式に依頼された事も話した。


七夏「ほ、ほんとですか?」

時崎「ああ、これからもよろしくお願いします!」

七夏「わぁ☆ こちらこそです!」

時崎「あ、写真の件もよろしく!」

七夏「くすっ☆ はい!」

時崎「これからは、雑用も言ってくれていいから!」

七夏「はい! ・・・あ、えっと、すみません!」

時崎「謝る事はないよ」

七夏「ありがとうです! 頼りにしてますね☆」

時崎「ああ。それじゃ、用があったら、いつでも声をかけてくれていいから」

七夏「はい☆」

時崎「あ、用が無くても声をかけてくれていいから!」

七夏「くすっ☆ はい♪」


七夏ちゃんとの距離が、また少し近くなったような気がして嬉しい。俺は自分の部屋に戻り、考える。これからも、七夏ちゃんの力になり、喜んでくれるような事を考え、写真に残せるようにしたい。滞在期間の延長と言っても俺自身にも期限があるが、いつまで民宿風水でお世話になるかは話さないことにした。七夏ちゃんもその事を分かっているのか、いつまで俺がここに居るかという事を訊いてこなかった。その日を伝えるという事は、カウントダウンが始まってしまうからだ。


『虹は、いつまでも見えているわけではない』


忘れかけていた言葉が神経を揺さぶる。虹を追いかけ始めた時、この言葉を意識して撮影してきた。いつしか、虹を見ると「綺麗」という感覚よりも「急がなければ」という感覚の方が大きくなっていた。


俺が出逢った不思議な「ふたつの虹」を持つ七夏ちゃんは、のんびりとした性格だから、その影響で俺自身ものんびりと過ごしていた・・・。これは、虹に対する考え方を大きく変えてくれたのだが、これからは、もう少し気を引き締めるべきだと思う・・・けど、何から手を付ければ良いのだろうか・・・。民宿風水の事で七夏ちゃんに案内された事は、基本的な事のみだ。だから民宿風水の事をもっと知る必要がありそうだ。


そう言えば気になる事がある・・・。この一週間、民宿風水で人の出入りは多少あったが、俺以外の泊り客が居ないという事・・・。今後、俺の宿泊費を免除してくれるという事を考えると、おせっかいかも知れないが、民宿としては大丈夫なのだろうか?

俺は、凪咲さんに訊いてみることにした。


時崎「凪咲さん」

凪咲「あら、柚樹君、何かしら?」

時崎「ちょっと訊きたい事があるんですけど、少しお時間いいですか?」

凪咲「はい。少し、待っててくれますか?」

時崎「はい。すみません」


俺は、居間で、凪咲さんを待つ---


凪咲「お待たせしました」


凪咲さんは、お茶と和菓子を持ってきてくれた。


時崎「わざわざ、すみません」

凪咲「いえ。 お話って何かしら?」

時崎「はい。先ほどのお話なんですけど、宿泊費用、本当によろしいのですか?」

凪咲「ええ。七夏の笑顔・・・私からのお願いになりますので。私にとって七夏の笑顔は、宿泊費よりも、もっと大切な事ですから」

時崎「ありがとうございます・・・ただ・・・」


その時、電話の音がした。


凪咲「すみません。ちょっといいかしら?」

時崎「はい」


凪咲「お電話ありがとうございます。民宿風水です」


凪咲さんは電話に応対する。待っている間、特にする事も無いので、どうしても凪咲さんの声に意識を持ってゆかれてしまう。


凪咲「・・・はい。そうです。当宿は、全室禁煙となっております。申し訳ございません。お煙草をご利用頂ける場所は、ございません・・・」


全室禁煙・・・俺が民宿風水に来た時も聞かれた事だ。民宿で禁煙は珍しいと思う。のんびりと過ごせるひとときを楽しむ場所なのに、制限を設けている理由は・・・。以前、七夏ちゃんが電話で話していた事を思い出す。


<<七夏「・・・当宿は、全室禁煙になりますけど・・・え? はい・・・申し訳ございません。はい。お電話ありがとうございました。失礼いたします」>>


その時は、特に何も思わなかったが、民宿風水が禁煙という事で、お客様がキャンセルされたという事だろう。


凪咲「ご希望に添えず、申し訳ございません。お電話ありがとうございました。失礼いたします」


凪咲さんの電話対応が終わったようだ。


凪咲「すみません。お待たせしました」

時崎「いえ。今の電話は・・・」

凪咲「お客様からのお問い合わせですけど、当宿が禁煙という事で・・・」

時崎「その・・・禁煙の民宿って、珍しいですよね」

凪咲「ええ。ですから、お泊りのお客様はそんなに多いわけでは・・・。七夏が大きくなって、少し余裕が出来たら、民宿を始めたいと思ってて・・・民宿なら七夏のすぐ側に居ながら出来ますので、主人に相談したの。その時、主人の希望が禁煙の民宿にする事だったの」


凪咲さんは、話を続ける。民宿風水が禁煙なのは、七夏ちゃんのお父さんの希望だという事・・・これは、凪咲さんや七夏ちゃんの健康を想っての事だろう。七夏ちゃんは、たばこは苦手・・・というよりも、咳き込んでしまうという事だ。俺はたばこは吸わないけど、今後、気を付けなければならない。


凪咲「・・・ですから、お泊りのお客様が居なくても、特に生活に困る事はないの。これは主人に感謝してます! 柚樹君も、気にしてくれて、ありがとうございます」

時崎「いえ・・・」

凪咲「でも、お泊りのお客様が居ないと、民宿としては寂しいですので、そういう意味では困るかしら? ですから、柚樹君が居てくれると賑やかになって助かります!」

時崎「そんな・・・」

凪咲「あ、すみません。お話って何かしら?」

時崎「今、訊きたかった事を全て聞けました。ありがとうございます!」

凪咲「あら。柚樹君も気にかけてくれて、ありがとうございます!」

七夏「お母さん! あっ! 柚樹さん!?」

時崎「七夏ちゃん。どうしたの?」

七夏「えっと、さっき、電話が鳴ってたみたいだから・・・お客様かなって」

凪咲「お問い合わせがあっただけよ」

七夏「やっぱり、民宿で禁煙って・・・難しいのかな・・・」


凪咲さんは、はっきりと言わなかったが、七夏ちゃんはすぐに察したようだ。このような事が結構あるのかな・・・。


時崎「俺は、禁煙の民宿って良いと思うよ!」

七夏「え!?」

時崎「だって、たばこの煙が苦手な人もいるでしょ?」

七夏「あっ・・・」

時崎「別にたばこを吸う人の宿泊がダメって訳じゃないよね?」

七夏「はい! 勿論です! 私、ここで過ごす間、少し、おたばこを我慢してくれれば・・・その方が、ご飯もおいしくいただけます!」

時崎「なるほど。確かに! ご飯だけでなく、空気も美味しいよ」

七夏「くすっ☆」

凪咲「それでは、私はいいかしら?」

時崎「あ、すみません! 凪咲さん」

凪咲「いえ。何かありましたら、お声を掛けてくださいね」

時崎「はい」

凪咲「失礼いたします」


凪咲さんは、台所へ戻ってゆく。俺は七夏ちゃんの笑顔を撮影しなければならない。その為に、七夏ちゃんが喜ぶ事を考える・・・喜ぶ事・・・。


時崎「七夏ちゃん!」

七夏「はい!?」

時崎「今日は、時間あるのかな?」

七夏「えっと、今日の分の宿題も終わりましたから、大丈夫です!」

時崎「どこか、お出掛けしない?」

七夏「え!?」

時崎「この前みたいに、七夏ちゃんのお勧めの場所とか、お買い物でも付き合うよ」

七夏「わぁ☆ いいんですか!?」

時崎「勿論!! あ、写真撮影もお願いする事になるけど、いいかな?」

七夏「はい♪ よろしくお願いします☆」

時崎「じゃ、今すぐ出掛ける?」

七夏「えっと、ちょっと準備しますから、少し待ってくれませんか?」

時崎「ああ。分かったよ」


俺は、七夏ちゃんのお出掛け準備を待っている。突然のお出掛けとなったので、特に何も調べていなかったから、この街の事を調べておこうかな。そう言えば、俺がこの街に来た目的の場所・・・ブロッケンの虹がよく現れる場所・・・七夏ちゃんは知っているのだろうか・・・。七夏ちゃんは、ブロッケンの虹の事を知らなかったみたいだけど、この街に住んでいない俺が知っているくらい、有名な場所だから、知らない方が不自然のような気がする。七夏ちゃんが虹の事を避けている可能性を考えると、今、この事は聞かないほうがよさそうだ。


七夏「柚樹さん、お待たせです☆」

時崎「お、気合入ってるねっ!」

七夏「くすっ☆ ありがとうございます☆」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


俺と七夏ちゃんは、とりあえず、駅前の新しい商店街を目指す。


時崎「七夏ちゃん」

七夏「はい!?」

時崎「この街で、七夏ちゃんお勧めの場所ってある?」

七夏「お勧めの場所ですか?」

時崎「そう、この前、七夏ちゃんが教えてくれた、海が一望できる場所のような所」

七夏「海・・・と言えば、この先に海岸と砂浜があります☆」

時崎「あ、その海岸ならこの街に来た初日に見たかも知れない」

七夏「そうなのですか?」

時崎「恐らく・・・」


確か、海岸で後姿が七夏ちゃんに似ている少女とお話した・・・その時は、七夏ちゃんを探す事ばかり考えていたので、あまり海や砂浜の事をよく見ていなかった。


七夏「海・・・見てみます?」

時崎「そうだね。せっかくだから、海で七夏ちゃんを撮影したい」

七夏「くすっ☆ では、私、案内しますね♪」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


七夏ちゃんの先に海が広がる。やはり、以前に来た事がある場所だ。けど今は、あの時よりも落ち着いて海を見渡せる為か、色鮮やかさが増している気がする・・・探していた人が目の前に居るからかも知れない。


七夏「人が、結構居ますね☆」

時崎「皆、楽しそうだね!!」

七夏「はい☆」

時崎「七夏ちゃんは、海に遊びに来る事はないの?」

七夏「今年は、海に来たの、初めてになります」

時崎「海に入れないのが、ちょっと残念かな・・・」

七夏「くすっ☆ 水着、持ってきてませんので」

時崎「せっかくだから、この近くで買うとか!?」

七夏「はい☆」

時崎「え!?」


・・・何となく言ってみたけど、否定されない事に驚いた。海で七夏ちゃんの水着姿が撮影できれば、それはとても魅力的だと思う。けど、あからさまに、それを望むのはどうかと思う。ここでこの話題に乗るのは、考え物かも知れない。


七夏「!? どうかしました?」

時崎「い、いや・・・七夏ちゃんに、否定されると思ってたから」

七夏「くすっ☆ 丁度、新しいのがあってもいいなって、思ってましたので☆」

時崎「そ、そうなんだ」

七夏「ここちゃーと、海に来るお話もありますので☆」

時崎「天美さんと?」

七夏「はい☆ だから、その時用に・・・って、思って・・・」

時崎「それじゃ、今から見に行く?」

七夏「えっと、いいんですか?」

時崎「勿論、構わないよ」

七夏「ありがとうです♪」

時崎「あ、その前に、ここで写真いいかな?」

七夏「はい☆」


俺は、海を背景に七夏ちゃんを撮影する。強い日差しを受けた七夏ちゃんは、少し眩しそうな表情だが、これも素敵な思い出になるはずだ。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


写真撮影の後、七夏ちゃんの水着選びに付き合うことになった。水着姿の七夏ちゃんは、魅力的だと思うけど、もっと大切な事は、七夏ちゃんの好みを知る事だと思う。


七夏ちゃんは、水着をいくつか選んでいるが、どれも「可愛い系」のタイプだと思う。色の好みは青、緑、桃、白といった所か・・・。予想はしていたが、やはり結構時間が掛かりそうだ。


七夏「えっと・・・どれがいいかなぁ・・・」


独り言なのだろうか・・・。ここで俺が答えてしまうと、七夏ちゃんの好みが分からなくなってしまう。七夏ちゃんは俺の意見に合わせてくる可能性があるからだ。


七夏「柚樹さん!」

時崎「え?」

七夏「どう・・・かな?」


独り言ではなかったようだ・・・七夏ちゃんは、自分の前に水着を重ね合わせて、はっきりと訊いてきている。この場合、どう答えるべきなのか。


時崎「七夏ちゃんは、どれがいいと思うの?」

七夏「えっと・・・私は、この優しい緑色がいいかなって、思ったんですけど、こっちの青色も可愛いなって・・・でも、青色のは持ってるから・・・」

時崎「優しい緑色、セブンリーフみたいだねっ!」

七夏「はいっ!!!」

時崎「わっ! びっくりした!」

七夏「わ、私!!! これにします!!!」

時崎「な、なんかよく分からないけど、決まったみたいで良かったよ」

七夏「えっと・・・ちょっと試着・・・してみますね」

時崎「え!? 試着・・・あ、ああ」


・・・水着と言っても、衣装だから試着してからでないと決められない・・・か。七夏ちゃんは、店員さんに試着を申し出てから、試着室に入ってゆく・・・。

俺は、七夏ちゃんの着替えを待っている間、店内を見て回る・・・おっ! これは!


七夏「柚樹さん・・・」


七夏ちゃんの小さな声が耳に届く。振り返ると、試着室のカーテンから顔だけ覗かせていて、これが結構可愛い。一枚撮影したくなる気持ちを堪え、これは俺だけの脳内に留めて独占しておこう。


時崎「七夏ちゃん! サイズとかどう?」

七夏「えっと・・・」


七夏ちゃんは、カーテンをそっと開けて、試着した水着姿を見せてくれた。これは可愛い!!! ・・・けど、それよりも俺は、下着の上から身につけている水着姿の女の子というのを初めて見たので、そっちの方が気になってしまった・・・。七夏ちゃんの下着姿と水着姿を同時に見てしまった事になって動揺を隠し切れない。七夏ちゃんは恥ずかしくないのだろうか? と、とにかく、あまり黙っている時間が長くなるのは良くない。


七夏「ど、どうかな?」

時崎「可愛い!!! よく似合ってるよ!!!」

七夏「良かった♪ 大きさも丁度良くて、とっても動きやすいです♪」


そう言うと、七夏ちゃんはその場で、くるっと一回転して見せてくれた。


七夏「おかしくないですか?」

時崎「とっても可愛いと思うよ!」

七夏「じゃあ、これにしま・・・ひゃっ☆」


俺は七夏ちゃんの頭に、店内で見つけた帽子をかぶせてみる。今日、海で強い日差しの中、少し眩しそうな表情が多かったから、帽子があった方が良いと思った。


時崎「うん! よく似合ってるよ!」

七夏「柚樹さん・・・この帽子・・・優しい緑色・・・」

時崎「その帽子、気に入ったのなら、買ってあげるよ!!」

七夏「え!? いいんですか!?」

時崎「どっちかって言うと、俺のお願い・・・かな?」

七夏「え!?」

時崎「その帽子をかぶった七夏ちゃんを、撮影したいっていうお願い」

七夏「あっ!」

時崎「七夏ちゃん、帽子が似合うのは、よく知っているから!!」

七夏「くすっ☆ ありがとうです!!」

時崎「じゃ、帽子は買ってあげるから!!」

七夏「あ、そういう意味の『ありがとう』じゃなくて・・・」

時崎「『そういう意味』にしておいてよ」

七夏「・・・はい! そういう意味でも、ありがとうです☆」

時崎「こちらこそ!」

七夏「くすっ☆ それじゃ、私、着替えますね☆」

時崎「ああ」


七夏ちゃんは、試着室のカーテンを閉めた。

まだ七夏ちゃんの水着姿が頭から離れず、顔が熱い・・・。


七夏「柚樹さん! お待たせです☆」

時崎「お疲れ様!」

七夏「くすっ☆ あっ!」


俺は七夏ちゃんが、かぶったままの帽子を取り、そのままレジへ持ってゆく。七夏ちゃんも後を付いて来て、水着を購入した。


時崎「はい! 七夏ちゃん!」


俺は、再び帽子を七夏ちゃんの頭にかぶせてあげる。


七夏「わぁ☆ ありがとうございます! 大切にします!!」


・・・前にも聞いたこの言葉、そして嬉しそうな七夏ちゃん。これは今後も味わいたいなと思う。店を出ると、優しい光の太陽と目が合う、日は傾いて、あの時から結構な時間が経過しており、これから海へ戻るのは無理だと思う。


時崎「七夏ちゃん! 夕日綺麗だよ!」

七夏「はい☆ えっと・・・ごめんなさい」

時崎「え!?」

七夏「私のお買い物で、時間が無くなっちゃったから・・・」

時崎「俺は楽しかったよ!! また、七夏ちゃんと海に来れるといいなって思うよ」

七夏「はい☆ ありがとうです☆」

時崎「七夏ちゃん! 一枚いいかな?」

七夏「はい♪」


夕日を眺める七夏ちゃん・・・先ほどよりも表情は優しく思える。今日はもう帽子をかぶってなくても良さそうだが、「夕日と帽子をかぶる少女」という組み合わせも良い思い出だ。俺は、後になっても話題が弾んでくるような写真を、沢山撮りたいと思う。


時崎「ありがとう。七夏ちゃん!」

七夏「はい☆」

時崎「他に何かお買い物とかある?」

七夏「えっと・・・少しお買い物が・・・」

時崎「じゃ、それを買って帰ろう」

七夏「はい☆ ありがとうございます!」

時崎「あっ、『帰ろう』って俺が言うのも変だね」

七夏「くすっ☆ そんな事はないです☆」


七夏ちゃんの、お買い物・・・「海苔」「あおさ海苔」「あさり」等・・・夕飯の材料のようだ・・・。


時崎「お味噌汁の材料?」

七夏「はい☆ お味噌汁には、あおさ海苔とあさり、こっちは、おむすびの海苔で、一番摘みの○印がお勧めです☆」

時崎「そ、そうなの!?」


詳しくは分からないが、楽しみなのは確かだ。


七夏「今日は、あおさ海苔とあさり・・・どっちにしようかな? 柚樹さんはどっちがいいですか?」

時崎「あおさって!?」

七夏「お味噌汁によく合います☆ 香りも楽しめます♪」

時崎「そうなんだ」

七夏「では、今日は、あおさ海苔でいいですか!?」

時崎「俺は、あおさでもあさりでも、その両方でも!!」

七夏「くすっ☆ では今日は、あおさ海苔で、明日はあさりにしますね!」

時崎「ありがとう。楽しみにしてるよ!」

七夏「はい☆」


七夏ちゃんのお料理も楽しみになってきているのか、早く民宿風水へと帰りたいと思うようになってきた。そんな中、あの言葉が頭を過ぎる---


『虹はいつまで見えている?』


不思議な「ふたつの虹」は、俺が見たいと思い続けている間、きっといつまでもその姿を見せてくれると思う。相手の事を気遣える七夏ちゃんは、そんな女の子なのだから・・・。


第十三幕 完


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第十三幕 おまけです!

ここまで、お読みくださった方へ、感謝を込めて・・・。


第十三幕 おまけ:七夏ちゃん、お部屋で水着の試着!?


七夏ちゃんと今日撮影した写真の事で少しお話しようと思い、俺は七夏ちゃんの部屋の扉の前に居る・・・。


時崎「七夏ちゃん!」

七夏「はーい☆ ちょっと待ってください!」

時崎「分かったよ」


俺は、しばらく待つと、扉の向こうから声がかかる」


七夏「柚樹さん! どうぞです☆」

時崎「お邪魔しま・・・おわっ!!!」

七夏「ひゃっ!!!」

時崎「な、七夏ちゃん!! ご、ごめんっ!!!」


俺は慌てて扉を閉めた。七夏ちゃんは、今日買った水着を着ていたみたいだが、これは・・・どういう事だ!? 慌てた俺が落ち着きを取り戻すよりも先に扉が再び開く。


七夏「ゆ、柚樹さん・・・」

時崎「な、七夏ちゃん! ・・・その・・・」

七夏「ごめんなさい。柚樹さんの大きな声に驚いちゃって・・・」

時崎「い、いや・・・こっちこそ・・・ごめんっ!」


七夏ちゃんをまともに見れない。


七夏「私、『どうぞ』って、言いましたから・・・謝らなくていいです」

時崎「な、七夏ちゃん!! ど、どおして、水着姿なの?」

七夏「えっと・・・ちゃんと確認しておきたいなって、思って・・・」


ちゃんと確認・・・そうか、試着時は、下着の上から着ていたからだと理解した。


七夏「お、おかしくないですか?」

時崎「え!?」


そう言われて、改めて七夏ちゃんを見てみると、ちゃんとした水着姿で、よく似合ってて、やっぱり、可愛いと思う。


時崎「よく似合ってて、可愛いと思うよ!」

七夏「良かった♪」

時崎「試着時にも同じ事を話したけど」

七夏「くすっ☆」

時崎「なんか、その・・・ごめん」

七夏「いえ・・・私、柚樹さんから呼ばれて、どおしようかなって、思ったんですけど、今着替えたばっかりで・・・その・・・また服に着替えると、柚樹さんを待たせる事になりそうだったから・・・あと、ちゃんと着たのも見てもらった方がいいかなって」

時崎「そ、そう・・・」


やはり、俺は動揺してしまう。そんな俺を気遣ってか、七夏ちゃんは、水着の上から浴衣を身に羽織った。ん? 最初からそうしてくれれば良かったのでは!?


七夏「浴衣がありました☆ 最初から、こうしておけば、良かったのかもです☆」

時崎「今、同じ事を考えてた」

七夏「くすっ☆」

時崎「でも、七夏ちゃんの水着姿も見れて良かったよ!」

七夏「ありがとうです☆」

時崎「七夏ちゃん、後で、今日撮影した写真を見てみない?」

七夏「はい♪」

時崎「それじゃ、また後で声をかけて!」

七夏「はい☆」


俺は、七夏ちゃんの部屋を後にして思う・・・さっきの可愛い水着姿の七夏ちゃん・・・撮影したかったなぁ・・・なんて思うのは、やっぱり欲張りなのだろうか・・・。


第十三幕 おまけ 完


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次回予告


不思議なふたつの虹・・・虹の方から歩み寄って来てくれるのだが・・・


次回、翠碧色の虹、第十四幕


「寄り添う虹と距離を取る心」


虹に近づく事はできない。近づき過ぎると、見えなくなってしまいそうだから・・・。

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