第五幕:虹色ってドンナ色?
七夏ちゃんとお買い物を済ませて民宿風水に戻る中、一枚の看板が目に留まる。そう言えば「水風さん」を探していた時に、この民宿風水の看板を目にして、なんとも言えない感覚になった事が、随分前の事に思える。
七夏「? どおしたのですか?」
時崎「この民宿風水の看板を見て『ふうすい』だと思ってね」
七夏「普通はそう読みますから・・・読み仮名、必要でしょうか?」
時崎「俺の場合『ふうすい』から『かざみ』は、良い思い出になってるよ」
七夏「くすっ☆ ありがとうございます♪」
七夏ちゃんと一緒に、民宿風水へ戻る。
七夏「ただいまぁー」
凪咲「おかえりなさい。七夏、お遣いありがとう」
時崎「こんばんは」
俺は、お醤油とお酢の入った袋を凪咲さんに差し出す。
凪咲「あら、柚樹君、お使いの荷物を持ってくれて、ありがとうございます」
時崎「いえ。このくらいは当然です!」
凪咲「七夏、お客様にあまり荷物を持たせてはダメよ」
七夏「あっ、ごめんなさい」
凪咲さんは七夏ちゃんに優しく注意したが、七夏ちゃんから荷物を持ってほしいと頼まれた訳ではない・・・あの時、七夏ちゃんは自分で荷物を持とうとしていたのは確かだ。
時崎「凪咲さん、それは俺が勝手に持っただけで、七夏ちゃんは悪くないです」
凪咲「ありがとう。別に七夏が悪いとは思ってないわ。時には男の人に頼っても全然構わないのだけど、女将としては・・・ね」
その後に続く言葉の意味を、俺はすぐに理解した。凪咲さんは七夏ちゃんも一人の女将として見ているという事だ。自営業の家庭って、そういう考え方なのかも知れない。
七夏「柚樹さん、ありがとうございます」
時崎「こちらこそ、余計なことをしてしまって、申し訳ない」
七夏「いえ。それでは、私、着替えてまいりますね」
時崎「ああ」
七夏「では、失礼いたします」
凪咲「柚樹君も、ごゆっくりなさってくださいませ」
時崎「はい。ありがとうございます」
俺は、七夏ちゃんが案内してくれた自分の部屋へと戻る・・・
時崎「あ、七夏ちゃんと写真撮影の話がまだ途中だった。写真と言えば、写真屋さんで七夏ちゃんの写真のプリント依頼も忘れていた・・・何をしているんだ・・・俺」
・・・思わず、つぶやいてしまった・・・。
とりあえず、七夏ちゃんに明日の予定を聞いておこうかな。
・・・と、その時、トントンと扉から音がした。
七夏「七夏です。柚樹さん、居ますか?」
時崎「あ、七夏ちゃん! どうぞ!」
七夏「失礼いたします」
・・・浴衣姿の七夏ちゃんが現れた。
時崎「七夏ちゃんは、普段は浴衣姿が多いの?」
七夏「はい。お母さんのお手伝いをする時は、浴衣姿です。お客様にも分かるように・・・」
時崎「なるほど。俺なんて、お料理とか家の手伝いをあまりした記憶が無いよ。もっと遊びたいとか思ったりしない?」
七夏「お料理は、楽しいです! お手伝いをすると、お母さん、とっても喜んでくれます! それに、ちょっとお小遣いも増えたりしますので!」
時崎「なるほど。流石、凪咲さん! そう言えば、さっきも見たけど、その浴衣、よく似合ってるよ。言うの遅くなってゴメン」
七夏「くすっ☆ ありがとうございます!」
時崎「そうそう、七夏ちゃん。写真撮影のことなんだけど。明日は何か予定ある?」
七夏「明日は・・・えっと、午前中は、ここちゃ・・・あ、お友達が来ますので、午後からでしたら、大丈夫です!」
時崎「じゃあ、午後からで都合が良くなったら、声を掛けてくれる?」
七夏「はい。よろしくお願いします!」
時崎「七夏ちゃんは、俺に何か用事があったんだっけ!?」
七夏「はい。えっと、撮影の事で・・・今、お話しました」
時崎「なるほど」
俺は、七夏ちゃんも、写真撮影の件を気にかけてくれていた事が、素直に嬉しかった。七夏ちゃんは、写真の話題が苦手なのではないかと思っていたが、本当はどうなのだろう?
七夏「それでは、失礼いたします」
時崎「わざわざありがとう!」
七夏「はい。あ、柚樹さん、後でお風呂のご案内いたしますね」
時崎「そう言えば、まだ聞いてなかったね」
七夏「今から案内いたしましょうか?」
時崎「後でいいよ。七夏ちゃん、疲れてるでしょ?」
七夏「ありがとうございます。それでは、後で伺いますね」
時崎「ありがとう」
・・・七夏ちゃんを見送った後、少し考える・・・。俺はここまで、気になっている事を言い出せないままだ。七夏ちゃんの七色の瞳が翠碧色のイメージに感覚されてきている。この理由は、はっきりと分かる。それは、七夏ちゃんと話をする時、目が合う機会が多くなったからだ。初めて会った時の印象が大き過ぎたのも考えられるが、その時の七夏ちゃんは、俺と視線を合わせる事が少なかったから、瞳も劇的に色が変化したのだろう。これは嬉しくもあり、ちょっと切ない感覚でもある。この事について、七夏ちゃんにどのように話をするべきなのか、そして、なんとなくだが、瞳や虹、写真の話題を避けているように思えるのも気になる。これらの事を自分の興味本位で聞いてしまうと、七夏ちゃんを傷つけてしまう可能性もあるため、なかなか切り出せない。本人から話してもらえるのが一番なのだが・・・うーん。ただ、写真に関しては撮影をお願いされたので、これはセブンリーフの影響が大きいと言える。七夏ちゃんの事を知るには、セブンリーフについて、もっと知っておく必要がありそうだ。俺は「MyPad」で、セブンリーフについて調べることにした。概ね七夏ちゃんの説明通りで、女の子に人気のアクセサリーブランドである。多くが二つ一組になっており、それを友達同士や大切な人とペアにできる所もポイントらしい。友達同士で同じアクセサリーを買って、敢えて左右対称とする使い方もあるらしい・・・この場合、6リーフシェア、8リーフシェアと呼んでいるようだ。しかし、一人で同じアクセサリーを二つ買って、左右対称にする使い方は、あまりされないようだ・・・何故なのだろう。七夏ちゃんに聞いてみるのも良いのかも知れない。
・・・と、その時、トントンと音がした。
七夏「七夏です。柚樹さん、居ますか?」
時崎「あ、七夏ちゃん! どうぞ!」
七夏「失礼いたします」
・・・さっきもあったけど、妙に堅苦しくなる。
七夏「? どうかしました?」
時崎「あ、いや。さっきと全く同じだなと思って」
・・・調べ事をしていた為か、ついさっきと思っていたが、そこそこの時間が経過していたようだ。
七夏「くすっ☆ ここからは違います☆ えっと、お風呂のご案内に参りました」
時崎「ありがとう。今ちょっと調べ物してるから、七夏ちゃん、お風呂まだなら、先にどうぞ」
七夏「えっ? いいんですか?」
時崎「ああ」
七夏「お心遣いありがとうございます。では、また後でご案内いたしますね」
時崎「こっちこそ、わざわざありがとう。もし、返事が無かったら、部屋に入ってきてくれていいから」
七夏「え!?」
時崎「その・・・ヘッドホンで音楽を聴いていたり、眠っていたりする事もあるから・・・バス停の時みたいに」
七夏「はいっ☆ 分かりました」
再び七夏ちゃんを見送った後、先ほどのアクセサリーのページを眺めていて、気になる物を見つけた。「色が変わります!」と表記されているアクセサリーだ。更に調べてみると液晶が使われており、温度によって色が変わるようだ。
時崎「温度・・・か。このアクセサリー、七夏ちゃんは喜ぶかな?」
見る角度で色が変わる仕組みとは違うようだけど、色が変わるというキーワードは共通している。しかし、このアクセサリーを、わざわざプレゼントするのはどうかと思う。もっと自然な方法はないものか・・・。このアクセサリーに限らず、世の中には色が変化する物が他にもあるはずだ。もっと身近でそのような物がないかな・・・。しばらく考えてはみたが、すぐには思い付かなかった。
時崎「少し、疲れたかな・・・」
俺は、横になって、そのまま目を閉じる・・・。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・どのくらいの時が経過したのだろう・・・・・再び目を開けると、そこには先ほどと然程変わらない風景・・・当然である。ただ、さっきと違うのは隣(と言っても少し離れている)に一人の少女が座っていた。見た所、中学生か高校生くらいか、その少女は本を読んでいるのに夢中なのか、こちらには気付いていない様子で・・・と、言った所で、その少女が、此方の動きに気付き、視線を送ってきた。
七夏「あ、起きました?」
時崎「ん・・・少し眠ってしまった」
七夏「お疲れみたいですから、今日は早めにお休みくださいね」
時崎「ありがとう・・・七夏ちゃん」
バス亭で、初めて七夏ちゃんと出逢った時の記憶と重なり、少し落ち着かない。
七夏「すみません」
時崎「ん?」
七夏「勝手にお部屋に入ってしまって・・・呼んでも、お返事がなかったので」
時崎「あ、気にしなくていいよ。部屋に入ってきていいって言ったの俺だし」
七夏「ありがとうございます。えっと、お風呂の案内がまだでしたので」
時崎「そうだった。じゃあ、お願いするよ」
七夏「はい。では、参りましょう!」
七夏ちゃんに案内されて、お風呂場まで来る。民宿とはいえ、立派な銭湯だと思う。時間で、男湯と女湯が決められているので、注意が必要だということ。しかし、今日みたいに俺一人しか泊まり客がいない場合は、相談すれば融通も利くそうだ。
時崎「あ、露天もあるんだね」
七夏「はい。こちらは混浴になりますので、お時間に関係なくご利用できます!」
時崎「なるほど。了解!」
露天のお風呂を見て、民宿風見のお風呂について、ひとつの疑問が頭を過ぎる・・・。
時崎「露天と普通のお風呂を、それぞれ男湯と女湯に分ける事はしないの?」
七夏「はい。今すぐお風呂に入りたいというご要望にも、お答えできるように、露天は、どなた様でもご利用できるようにしてあります」
時崎「なるほど・・・ちゃんとした理由があるんだね」
七夏「ありがとうございます! これから、お風呂にいたしますか?」
時崎「そうさせてもらうよ」
七夏「はい。あ、柚樹さんの浴衣。持ってまいりますね」
時崎「ありがとう」
いきなり露天でも良かったのかも知れないが、今回は室内銭湯を利用した。お風呂上りの七夏ちゃんと同じ香りがする銭湯は、なんともこそばゆい感覚になりつつも、それが少し嬉しかったりもした。
・・・湯船に浸かり目を閉じる・・・今日一日、結構色々な事があったな・・・。七夏ちゃんと再会できた事を、改めて嬉しく思う。今までの旅館やホテル泊と違うのは、七夏ちゃんが、よくお部屋に来てくれた事・・・民宿は、そういう点で親しみを覚えた。
お風呂から上がり、七夏ちゃんが用意してくれた浴衣(風水浴衣)を羽織る。旅館や民宿では特別珍しい事ではないのだが、七夏ちゃんとお揃いの浴衣(とは言っても全く同じではないが)と言うだけで、何か特別な感じがする。俺は昼食を頂いた時の和室へ向かうと、そこで、お皿を並べていた七夏ちゃんがこちらに気付き、冷たい飲み物を用意してくれた。
七夏「もうすぐ、お夕食が出来ますので、少し待っててくださいね」
そう言うと、七夏ちゃんは、台所の凪咲さんの居る所へ戻って行った。
俺が居ない時は、もっとのんびり過ごしているのかなと、考えてしまい、申し訳なくなる。七夏ちゃんは、俺の事を「お客様」だと思っている事は確かだ・・・それは、確かに間違いではないのだが、俺としては、もっと気軽であってほしいと思ったりもする。手際よく夕食が並べられる中、俺は夕食も七夏ちゃんや凪咲さんと一緒に頂きたい事を申し出た。
七夏「え!? ご一緒いいんですか?」
凪咲「あら、私もよろしいのですか?」
時崎「はい。是非お願いします!!!」
凪咲&七夏「ありがとうございます!」
凪咲さん、七夏ちゃんと一緒に夕食を頂きながら、七夏ちゃんが、どんな色(性格/心)なのか、ある程度分かってきた。そんな中、俺は七夏ちゃんとは別件で、ある事が気になったが、それを話せずにいた。話してしまうと、せっかく暖かくなってきたこの場が、一気に凍りつくかも知れないからだ。今は、この暖かい雰囲気を大切にしたいと思うのだった。
第五幕 完
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次回予告
虹は光り輝いているが、光が無ければ存在できない。
次回、翠碧色の虹、第六幕
「太陽があって虹は輝く」
俺は、不思議な少女にとって大切な光源が、何であったのかを知る事になる。
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