第四幕:自然な虹の輝き
七夏ちゃんがこの街の写真屋さんへ案内してくれる事になり、一緒に写真屋さんへ向かう・・・。その間に気の利いた話題をするはずで、その準備時間もあったのに、上手く進まない。七夏ちゃんに初めて逢ったあの時、雑念を捨てて写真撮影をお願い出来た理由が分かった気がする。そう、あの時は、断られたら潔く諦めるつもりだったからだ。今は、断られるのが怖いという想いがリミッターとなっている。とにかく今は七夏ちゃんの好きそうな話題を考える・・・何か良い話題はないかな・・・そう言えば---
時崎「七夏ちゃんは、本を読むの好きだったりする?」
俺の、突然且つ不器用な話の振り方に驚いたのか、少し前を歩いた七夏ちゃんは、立ち止まって、目を丸くしつつ視線を送ってきた。
七夏「突然どおしたのですか?」
そりゃ、そうなるよ・・・。しかし、七夏ちゃんは、すぐに状況を理解してくれたらしく・・・
七夏「えっと、本は、よく読みます! 特に小説が好きです!」
俺の話に合わせてくれる。こういう気の利かせ方ができる事が、羨ましく思える。
時崎「小説か・・・。そう言えば、初めて出逢った時、バス亭でも、本を読んでいたよね」
七夏「はい! 買ったばかりの小説だったので、家まで待ちきれなくて・・・」
時崎「なるほど。それでバスに乗る訳でもないのに、バス亭の椅子に・・・」
七夏「はい!」
時崎「バスではなく、イスを!?」
七夏「くすっ☆ 勿論、バスも時々利用してます!」
時崎「確かに、歩きながら本を読むのは危険だからね」
七夏「はい。私、歩きながら本を読まないように気をつけていますので。あの時は、バス亭の椅子を借りてしまいました」
時崎「なるほど。歩きながらの携帯端末の操作も、結構危険だからね」
七夏「そうですね。転んだりしないかと、心配になります」
時崎「俺も気をつけないと・・・」
七夏「そう言えば、あの時は、起こせなくて、すみません」
時崎「別に七夏ちゃんが、謝る事はないよ。元々寝てた俺が問題なだけで」
七夏「私、夢中になると周りが見えなくなっている時があって、バスが来た事は気付いたのですけど、隣に寝ている人が居た事までは・・・」
時崎「無理もないよ。いつもは、そのバス亭に俺は居ないからね。でも、バスに乗らないのなら、あまり長い時間バス停の椅子を借りるのは・・・って、俺も人の事を言えないな・・・」
七夏「くすっ☆ 私も気をつけます」
時崎「まあ、歩きながら本を読む危険性を考えると・・・バスがしばらく来ないのなら・・・いいとするかな」
七夏「本当は、バスが来る前に帰るつもりだったのですけど、小説のお話がいい所だったのでつい・・・あ、写真屋さん、こちらになります!」
時崎「あ、もう着いたの?」
せっかく、七夏ちゃんとの会話が暖まってきたというのに、このタイミング・・・別に写真屋さんに一切非は無いし、俺自身も写真屋さんが主目的だったはずだ。どうも今回は主目的以外の事・・・つまり、七夏ちゃんが主に置き換わるようである。この街に来たのも主目的は「ブロッケンの虹」だったのだが、それは既に七夏ちゃんの「ふたつの虹」に置き換えられた。・・・などと、写真屋さんを前にして考えたりしていると---
七夏「それでは、私は、お買い物に参りますね」
・・・そうだった。七夏ちゃんは、写真の話題が苦手かも知れないので、写真屋さんにまで付き添ってもらう理由がない。あくまで「写真屋さんまでのご案内」だったという事。
わざわざワンピースに着替えてくれてた事もあって、俺が勝手に舞い上がってしまっていただけだ。ここは潔く七夏ちゃんを見送ろ・・・ん?
時崎「七夏ちゃん? どうかしたの?」
七夏ちゃんは、写真屋さんの店内の一点を見つめている。俺もその視線の先をトレースして見る。トレース先にはフォトスタンド・・・写真立てが、いくつか並んでいた。何か気になるフォトスタンドでもあるのだろうか?
七夏「あれ、セブンリーフ(Seven Leaf)かな?」
時崎「セブンリーフ?」
七夏「はい! ちょっと近くで見てもいいですか?」
いいも何も、俺がどうこう言える事ではない。
時崎「ちょっと寄ってみる?」
七夏「はい!」
写真屋さんの店内に入ると、七夏ちゃんは迷う事なく、フォトスタンドの前に向かう。
七夏「やっぱり、セブンリーフです! 写真立ては、初めて見ました!」
時崎「セブンリーフって確か、アクセサリーブランドの!?」
七夏「はいっ☆ そうですっ!!」
そう言うと、七夏ちゃんは目を輝かせていた。どうやら、このセブンリーフというブランドは、七夏ちゃんの相当なお気に入りらしい。
七夏「この靴もセブンリーフです☆」
そう言うと、七夏ちゃんは自分の足元を指差し、俺はその誘導に従った。白くて綺麗な足・・・その足元には、三葉と四葉の模様がついた靴。七夏ちゃんが話を続ける。
七夏「セブンリーフは、三葉と四葉のクローバの葉で・・・」
何か、七夏ちゃんのスイッチを押してしまったらしい・・・。その後、七夏ちゃんお気に入りのセブンリーフについて、結構熱く語ってくれた。内容を要約すると、以下の通り。
「Seven Leaf」は、三葉と四葉のクローバがシンボルマークのアクセサリーブランド。シングルアクセサリー(ブローチ等の単品物)では、三葉と四葉が一つのデザインになっているが、セパレートアクセサリー(イヤリング等の複数物)では、三葉と四葉が、それぞれ分かれている意匠となる。その為、ヘアピンやヘアバンド、イヤリング、靴等は左右非対称デザインとなる。七夏ちゃん超お気に入りのアクセサリーブランドで、主に複数物のアクセサリーをよく見につけているようだ。「7つの葉」と自分の名前をかけているのだろうか!?
七夏「あ、すみません。沢山お話してしまって!!」
スイッチが押されていた事にようやく気付いたのか、少し恥ずかしそうに謝ってくる。このくらいの年の女の子ならではのお話に思えて、少し安心する。改めてセブンリーフのフォトスタンドを見てみる。七夏ちゃん風に言うと、このフォトスタンドは、セパレートアイテムのようだ。確かに、夫婦茶碗のように大小二つのフォトスタンドがセットになっている。一つは三葉のシンボルマーク、もう一つは四葉のシンボルマークが付いており、片方にしか値札が付いていない事からも、セット物だという事が分かる。七夏ちゃんは、そのフォトスタンドを見て、買おうかどうか、考えている様子だ。
七夏「(うぅ・・・これ買っちゃうと、小説分のお小遣いが・・・)」
確かに、このセブンリーフのフォトスタンドは、七夏ちゃんくらいの歳の平均的なお小遣いの額を考えると、少し高額だと言える。今こそ「潔く」を決行する時だ! 俺はそう考え---
時崎「七夏ちゃん、それ(フォトスタンド)買ってあげるよ」
七夏「え!?」
七夏ちゃんは驚いた様子で、目を丸くしてこちらを見てきた。その綺麗なふたつの瞳は、翠碧色となって、確実に俺の瞳を捉えていた。七夏ちゃんと、ばっちり目が合うと、その時の瞳の色は、翠碧色になっている事が分かってきた。
七夏「そんな! 私、買うなら自分で・・・」
予想通り、七夏ちゃんは遠慮してきたが、俺は七夏ちゃんに何もお礼をしていないので、ここは、こちらからお願いしたいと思った。
時崎「七夏ちゃん! 俺は、七夏ちゃんに何も御礼が出来ていない」
七夏「お礼?」
時崎「そう。初めて会った時、俺の突然の写真撮影のお願いを聞いてくれた事。手作りの料理をご馳走してくれた事。ここの写真屋さんまで案内してくれた事。これらに対して、ちゃんと御礼がしたい!」
そう言うと、七夏ちゃんは少し考え、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。そして、
七夏「ありがとうございます☆・・・じゃあ、お言葉に甘え・・・ます☆」
その表情は、とても柔らかく、嬉しさが溢れている事が伝わってきて、これでは御礼にならないのでは・・・と思ってしまうくらいだ。七夏ちゃんの気が変わらない間に俺はセブンリーフのフォトスタンドを手にしてレジへ向かう・・・すると七夏ちゃんが、
七夏「あの・・・メモリーカード・・・忘れてませんか?」
時崎「あ、すっかり忘れてた」
七夏「くすっ☆」
七夏ちゃんは、とても冷静だと感心してしまう。俺はメモリーカード(フラッシュWiFi/大容量タイプ)を手に取り、レジへと向かう。
購入したセブンリーフのフォトスタンドを、七夏ちゃんに手渡す。
七夏「わぁ☆ ありがとうございます☆ 大切にします!!」
時崎「こんな形でも、お礼が出来てよかったよ」
七夏「私、あまり写真屋さんに来なかったから、セブンリーフの写真立てがある事を、知りませんでした☆」
その言葉からも、溢れる嬉しさが伝わってくるのだが、『あまり写真屋さんに来なかったから』という言葉から、やはり・・・まだはっきりとは分からないけど、俺は七夏ちゃんに、写真も好きになってもらいたいと思う。
時崎「そのフォトスタンドに似合う写真が、早く見つかるといいね」
なんとなく言った俺の言葉に、七夏ちゃんは、
七夏「はい☆ えっと、良かったら、また、私の写真・・・撮ってくれませんか!?」
時崎「え!?」
七夏「・・・・・」
思いがけない申し出に俺は驚きつつも、二つ返事でOKした。また、七夏ちゃんの写真が撮影できる!! しかも、今度は七夏ちゃんからのお願いである。七夏ちゃんの為にも綺麗な写真を撮らなければ・・・と気合が入ってきた。
時崎「勿論OKだよ。できれば、景色の綺麗な所で撮影ができれば・・・」
七夏「景色の綺麗な場所・・・私のお気に入りの場所でも、いいですか?」
時崎「お気に入りの場所・・・勿論!! その方がいいと思う!!」
七夏「では、私、案内いたしますね!」
俺は七夏ちゃんの予定があった事を確認しておく。プレゼントをした事で七夏ちゃんの予定が変わってしまうと、プレゼントの意味が薄れてしまう。
時崎「七夏ちゃんの用事は大丈夫!?」
七夏「あ、そうでした!! お心遣い、ありがとうございます☆」
七夏ちゃんの予定を先に済ませる・・・どうやら、書店と、後は凪咲さんから頼まれた買い物もあるらしい。早速書店に向かう。
七夏「柚樹さん、何かご予定があれば、私はここで・・・」
やはり、七夏ちゃんは距離を置いているのか、そう切り出してきた。俺の予定は特にない。強いて言えば、さっきお話した七夏ちゃんとの写真撮影の約束だけだ。
時崎「特に予定はないので、俺も書店に寄ってみるよ」
七夏「はい。では、私、本を探してきますね」
そう言うと、七夏ちゃんは、小説コーナーへ向かったようだ。俺は、写真関連の書籍を探してみる。ふと一冊の書籍が目に留まる。「空」と「虹」をテーマにした写真集だ。俺は自然とその写真集を手に取り、その世界へ飛び込む。その世界の写真は、俺が思っていたよりも鮮明に虹を捉えていた。虹ってこんなにコントラストがはっきりしているのか。何か後から写真を加工しているのではないかと思えるほどだ。この書籍の虹と比べたら、自分の撮影した虹は「見えていない虹」のように思えてきて、少し切ない。
時崎「ん? これは・・・?」
その写真集のはっきりとしたコントラストの虹の一つ外側にもう一つの虹が写っていた。その外側の虹は「副虹(ふくにじ)」と言うらしい。俺の撮影した虹のコントラストはまさに「副虹レベル」だ。その写真集の他の虹の写真にも目を凝らしてみると、いくつかの写真で副虹か確認できた。
時崎「意識しないと、見えない虹もあるのか・・・」
さっき見た時は、全く副虹の存在に気付かなかった写真もいくつかあったが、意識して見てみると、見えていなかった虹・・・副虹が浮かび上がってきた。俺は思った・・・機会があれば、この副虹も撮影してみ・・・っ
七夏「柚樹さん。柚樹さん!!」
気が付くと、隣に七夏ちゃんが居た。
時崎「あ、ごめん。七夏ちゃん」
七夏「くすっ☆ とても夢中になってたみたいですね」
そう言われて妙に恥ずかしいが、否定は出来ない。結構な時間、その写真集に噛り付いていた事は確かだ。
七夏「私も、夢中になったりする事がありますので」
七夏ちゃんは、本に夢中になっていた俺の姿を見て、自分と同じ心境である事を、すぐに理解してくれた。
時崎「ありがとう。七夏ちゃん。用事は済んだ?」
七夏「はい♪ お待たせしました」
実際に待たせたのは俺の方だ。七夏ちゃんは、購入した小説を手に持っており、とてもご機嫌な様子に安心する。
時崎「じゃあ、後の用事も済ませよう」
七夏「はい☆」
後は、凪咲さんに頼まれたお買い物があるようだ。その中でも「お醤油が3本、お酢が2本」と言うのは、民宿ならではだと思ってしまう。
時崎「お醤油が3本とか凄いね。俺なんて、お醤油1本あれば1年くらい持ちそうだけど」
七夏「そうですね。でも、砂糖醤油で煮込んだりするお料理だと、結構お醤油が必要になりますので」
時崎「なるほど」
俺は、七夏ちゃんのお買い物で、お醤油とお酢の入った袋を手に持つ。
七夏「あ、えっと、ありがとう・・・ございます」
お礼を言われるほどの事ではない。
時崎「他に買い物や用事はある?」
七夏「いえ。これでお買い物はおしまいですので、私はお家に戻りますけど、柚樹さんはどうされますか?」
時崎「俺も戻るよ。お醤油とか持ってるから」
冷静に考えると、重たいものは最後に買うだろうから、七夏ちゃんに聞くまでも無かったな・・・。
七夏「ありがとうございます!」
俺と七夏ちゃんは、七夏ちゃんの家(民宿風水)へ戻る。七夏ちゃんは、いつも自然に振舞ってくれている。一方、俺はこの帰り道の中でも、常に話題を考えながら受け答えをしている・・・自然に、自然に・・・と、思えば思うほど、不自然な話し方になっている気がする。
意識を他の所に持ってゆくと、二人の長くなった影法師が、夕暮れ時を伝えてくれているように思えた。七夏ちゃんを見ていると、不自然さを取り除こうとするのではなく、それを受け入れる事が、自然な事になってゆくのではないかな・・・そんな気がしてきた。
第四幕 完
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次回予告
一定とは言えない可変的な要素、これを何と比喩すれば良いのだろうか?
次回、翠碧色の虹、第五幕
「虹色ってドンナ色?」
伝えられない事こそ、率先して理解する必要がありそうだ。
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