第三幕:ふたつの虹とふたつの心
ふたつの虹を持つ少女、水風七夏さん。彼女は、民宿風水の女将である水風凪咲さんの娘だった。俺は、民宿風水でお世話になる事になり、七夏ちゃんに、お部屋を案内される。
七夏「えっと、お部屋は、こちらになります」
時崎「ありがとう。七夏ちゃん」
七夏ちゃんに案内されたお部屋は、二階にある小さな和室であったが、居心地は良い。一人の場合は、このくらいの広さの方が落ち着く。部屋の襖が少し揺らめいている・・・窓の外から見える遠くの海の光が届いているという事か・・・そう意識すると、微かに波音も追いかけてくるのが分かる。
七夏「私は、こちらのお部屋に居ますので、何かありましたら、お声をかけてくださいね」
俺は、七夏ちゃんに、先日撮影した七夏ちゃんの写真を、見せてあげたいと思っていた。
時崎「七夏ちゃん」
七夏「はい?」
時崎「先日撮影させてもらった七夏ちゃんの写真、見てほしいんだけど、時間あるかな?」
七夏「はい。少しなら大丈夫です」
「少しなら」・・・やはり忙しいのか、今は七夏ちゃんとのんびりお話は、難しそうかも知れない。
時崎「忙しかったら、また時間がある時でいいよ」
七夏「はい。このあと用事がありますので、それが終わってからでも、いいですか?」
時崎「もちろん。ありがとう」
七夏「はい! それでは、ごゆっくりどうぞです☆」
そう言うと、七夏ちゃんは軽くお辞儀をして、自分のお部屋に入ってゆく・・・なんとも心地よい香りが残る中、その姿を見送る。さて、後で七夏ちゃんに見せる写真と、この街で撮影できた「ブロッケンの虹」や「綺麗な風景」など、俺のお勧めを、まとめておこうかな。まだ撮影した写真の一部は写真機の中にあるだけだ。このままでは小さな液晶画面でしか確認できないので、タブレット端末「MyPad」に撮影した写真画像を転送する。写真撮影機には無線通信可能なメモリーカード「Flash WiFi」が搭載されているので、データの転送は手軽だ・・・が、写真データが大きい為、データ転送に少し時間がかかるのが難点だ・・・。しばらくすると転送が完了した。俺はお勧めの写真をフォルダーを作成して分けて行く。振り分ける中で、七夏ちゃんの写真を再び見てみると、やはり、何度見ても瞳の色は翠碧色だ。もう一度、七夏ちゃんを写真に撮りたいと、改めて思ってしまう・・・その理由は---
・・・トントン・・・ドアをノックする音がした。
時崎「はい!」
七夏「柚樹さん。七夏です」
時崎「あ、七夏ちゃん!」
・・・俺は、すぐにドアを開ける。
七夏「あの、お昼の用意が出来ました。今、大丈夫ですか!?」
時崎「ああ。大丈夫」
七夏「それでは、ご案内いたしますね」
時崎「ありがとう」
七夏ちゃんに案内されて一階の食堂・・・と、言っても少し広い和室なのだが、そこには既に色々な前菜が並んでいて民宿と言うよりも、旅館/料亭のコースメニューのようだ。
七夏「柚樹さん。お席は、こちらになります☆」
時崎「これは、豪華! 料亭みたいだ!」
七夏「ありがとうございます。お料理を持って参りますね」
時崎「ありがとう」
凪咲さんと七夏ちゃんがお料理を持ってくる。
凪咲「いらっしゃいませ。今、火を入れますね」
七夏「はい。柚樹さん。どうぞ☆」
七夏ちゃんは、お茶を煎れて、次に「おにぎり」を用意してくれた。
凪咲「それでは、ごゆっくりなさってくださいね」
七夏「おかわりは、ご遠慮なくです☆」
時崎「ありがとうございます。お二人は、お昼食べないのですか?」
凪咲「ありがとうございます。私は、先に頂いております」
七夏「えっと、私はこの後、頂きますので」
時崎「じゃあ、七夏ちゃん。一緒にお昼食べない!?」
七夏「え!?」
七夏ちゃんは、少し驚いた様子だが、その後、凪咲さんの方へ視線を送る。
その行動は、俺をお客様と認識しているからだろうか・・・少し切ない気持ちになるのは、何故だろう・・・。凪咲さんは、優しく笑みを浮かべる。
凪咲「柚樹君、ありがとうございます。七夏、一緒にお昼、頂きなさい」
七夏「はい!」
その後、七夏ちゃんは笑顔で返事をしてくれた事が、先ほどの切なさを、こそばゆさに変えてくれた・・・嬉しいが、これはこれでなんとも言えない感覚だ。
七夏ちゃんは、手際よく自分の料理も用意し、こちらに視線を送ってきた。最初、その視線の意味が分からなかったが、こちらの「いただきます」を、待っているという事に気付いて、なんか自分の気の利かなさが情けなくなってくる。
時崎「いただきます!!」
七夏「いただきまーす♪」
俺の声に続いて、七夏ちゃんも挨拶をする。
時崎「おいしい!! 凪咲さん流石、料理上手だね」
七夏「はい! ありがとうございます!」
・・・続いて、おにぎりも食べてみる。
・・・!! これも、良い味加減だ。
時崎「この、おにぎりも良い味加減で、おいしいよ!!」
七夏ちゃんも、おにぎりを口に運び、
七夏「よかった! 上手くできてます!」
その言葉に、俺は反応する。
時崎「このおにぎり、七夏ちゃんが作ったの?」
七夏「はい! おいしく出来てよかったです!」
・・・何か急に胸が熱くなった・・・。
時崎「七夏ちゃんも、お料理得意なんだね」
七夏「私は、まだまだです」
時崎「他にも何か作っているの?」
七夏「はい。えっと、こちらの玉子焼きと、ほうれん草のおひたしになります」
それを訊いて、早速俺は玉子焼きと、おひたしを食べてみる。
時崎「どっちもおいしいよ! 七夏ちゃん!」
七夏「ありがとうございます! よかったです!」
俺は、食事をしながら、以前に撮影した写真の事を考える。
時崎「七夏ちゃん。この近くに、写真屋さんって、あるかな?」
七夏「写真屋さんですか!? えっと、駅前の商店街にあったと思います」
時崎「ありがとう。後で出掛けてみるよ」
七夏「お買い物ですか!?」
時崎「この前撮らせてもらった七夏ちゃんを、写真にして渡そうと思ってね」
七夏「私の写真・・・ありがとう・・・ございます・・・」
俺は、単純に七夏ちゃんを撮影した写真を渡したいと思っただけなのだが、やはりイマイチな反応である。
七夏ちゃんは写真があまり好きではないのかと、訊いてみたかったが、俺はちょっと話題を逸らす。
時崎「あと、Flash WiFiも買っておこうかなと」
七夏「ふらっしゅ・・・?」
時崎「あ、メモリーカードの事」
七夏「あ、メモリーカード、分かりました。私も駅前の方に、お買い物がありますので、もし良かったら、写真屋さんに案内いたします」
時崎「え? いいの?」
七夏「はい!」
俺と七夏ちゃんは、食事を済ませる。
時崎「ごちそうさまでした」
七夏「はい。ごちそうさまです。私、お片づけがありますので、後でお部屋に参りますね」
時崎「ありがとう」
凪咲「あら、もうおしまいなの?」
時崎「あ、凪咲さん。ごちそうさまでした」
凪咲「いえいえ。お粗末さまでした」
俺は、挨拶をした後、部屋に戻り、出かける準備をする・・・と言っても、大してする事がないので、MyPadでこの街の情報を集めてみる・・・。この街は、比較的小さな街で一言で言うなら田舎だが、隣町(列車で一駅)は色々と賑やかそうで都市近郊という印象だ。その事は、この街に来るまでに列車内からも見ていたはずだが、何せ駅間が結構長い・・・。トンネルも長く、誰かの言葉を借りるなら『長いトンネルを抜けると、そこは碧い港町だった』という印象で、隣の駅まで20分くらいかかっていた。列車の速度が遅い・・・というのもあるかも知れない。何せ、時間がゆったりと過ぎてゆく感覚で、それが心地よい。田舎に来て「何もない」という言葉を聞く事があるが、それは、何にも気付いていないだけなのではないだろうか・・・。俺はこの街に来て不思議なふたつの虹に出逢えた。その不思議な虹は、とても繊細で、俺自身まだ動揺している。いつ、その虹の事について話そうかと言う事に・・・。今までの七夏ちゃんの写真に対する反応からすると、過去にその瞳の事で色々と質問攻めにあっていても不思議ではない。俺は、そのような自分の要求を満たす為だけの質問攻めの人になってまで、七夏ちゃんの虹に迫りたくはないと思っている。あまり人物の写真を積極的に撮影しようと思わなかったが、七夏ちゃんと出会ってその考えを払拭させられそうである。しかし、七夏ちゃんを撮影したいという想いと、七夏ちゃんの写真に対する反応を考え、気を使わなければならないという相反する感情とが衝突し、どうしたら良いのか分からなくなってきた。
あれから、結構な時間が経過しているような気がする・・・が、この街の時間は「ゆったり」なので、俺が単に焦っているだけなのかも知れない。何か七夏ちゃんが喜んでくれそうな事はないか考え・・・
・・・トントン・・・ドアをノックする音がした。
七夏「七夏です。柚樹さん居ますか!?」
時崎「はい!」
俺は、少し慌て気味にドアを開ける。
七夏「すみません。お待たせしました」
七夏ちゃんは民宿風水の浴衣から薄緑色のワンピースに着替えていた。
時崎「あ、わざわざ、着替えてたんだね」
七夏「はい。街へお出掛けですので♪」
七夏ちゃん自身にとっては、何時もの事なのかも知れないが、俺は嬉しく思う。今朝、再会した時、七夏ちゃんは浴衣姿で「ただいまぁー」と言っていたから、浴衣姿のまま外出でも不自然ではないからだ。
七夏「? どうかしました?」
時崎「あ、ごめん。その服、よく似合っているよ」
七夏「ありがとうございます! では、案内いたしますね!」
俺の言葉を素直に受け入れてくれる。流石と言うか、褒められ慣れしているかのように。俺は七夏ちゃんの心が少し分かってきた。それと同時に、七夏ちゃんの少し思わせぶりな心が分からなくなってきた。二重人格とは違う「ふたつの心」に、俺はどのように接したらよいのかという想いに揺られながら・・・もう少し「このまま」を望むのだった。
第三幕 完
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次回予告
自然な事を自然であると意識した時点で、それは、本当に自然な事と言えるのだろうか?
次回、翠碧色の虹、第四幕
「自然な虹の輝き」
自然に振舞う少女と、自然になれない自分・・・この距離間が、もどかしい!!!
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