第二幕:ふたつの虹に逢いたくて

ブロッケンの虹が撮影できる場所へ再び足を運ぶ。虹について少し考えてみる。人工的に虹を作り出す事は、然程難しくはない。光を背にして水を霧状にしてまくと、見る角度によって虹が現れる。他にも、プリズムを用いて分光させるのも、虹と言えるだろうか。しかし、人工的に作り出した虹は、それほど魅力的に思えない。これは、天然ダイヤと人工ダイヤのような関係と同じなのだろうか。分子的な構造で言えば同じはずなのに、違う物のように判断されている辺り、分子の構造だけが魅力に関連しているのではなさそうだ。


時崎「ん? あれは、虹!?」


非常に小振りではあるが、朝霧の中にブロッケンの虹が現れた。俺は急いで三脚を準備し、その虹を撮影する。カメラの色々な設定で一通り虹を撮影しようと試みるが、その虹は直ぐに見えなくなってしまった。撮影した結果をすぐ確認する・・・大丈夫だ。虹は微かではあるが写っていた! こんなに簡単にブロッケンの虹の撮影が出来た事は凄く嬉しく、感動的・・・な、はずなのに、何か物足りない・・・その理由は、はっきり分かっている。水風七夏さんの「ふたつの虹」の存在である。それ程大きな街ではないとはいえ、名前だけの情報で水風さんを探すのは難しそうだ。最初に出逢ったのはバス停なので、この街に住んでいるのかどうかも・・・いや、水風さんはバスには乗っていなかった。そして別れた際に歩いていた道までは分かる。とりあえず、バス亭に向かうことにする。


時崎「まだ朝の時間帯だが、通学しているとすれば、このバス亭のある道を通るかも知れない」


・・・しかし、1時間くらい待ってみたが、水風さんは現れなかった。昨日と同じ時間帯でないと出逢える可能性は低いので、出直すことにした。


商店街を見て回る。昨日もなんとなく見て回ったが、この街の事をより知っておいた方が良いと思った。もし、水風さんと再会できた時に、昨日のように言葉が上手く出てこない状態では情けないからだ。この街のはずれに綺麗な砂浜と海があると情報を得たのでその場所へ向かう。心地よい潮風と波音・・・いい眺めの中に見覚えのある学生服姿の少女が目に留まる。急に心拍数が高くなった。その少女に近付くと、砂浜を歩く俺の足音に気付いたのか、少女がこちらに振り返る・・・。


少女「!? どなたですか?」

時崎「え!? あっ!!! ・・・し、失礼!!! 人違いです!!!」


・・・その可能性の方が遥かに高いのに、期待した自分が情けない・・・しかも、心拍数まで上げて。確かに長い髪の少女の後姿だけで考えると、似ている人が結構いるので注意が必要かも知れない。しかし、完全な空振りではない、なぜなら、人違い少女さん(ゴメン)の制服は、水風さんと同じみたいだったので、水風さんの事を知っているかも知れない。俺は人違い少女さんに訊いてみる・・・水風さんの写真画像を見せて---


時崎「すみません。この人を知りませんか?」


人違い少女さんは、その写真を覗き込む。


少女「・・・ごめんなさい。知らないです」

時崎「どうもありがとう」

少女「確かに、雰囲気は私と似ていますね」

時崎「そうですね。なので、さっきは・・・すみません」

少女「いえ。私と同じ制服なら、学校で会えるかも?」

時崎「なるほど! 学校か・・・」


・・・人違い少女さんから学校の場所を教えてもらった。俺は、人違い少女さんにお礼を言い、その学校へ向かう事にした。


学校の校門前まで来たが、時期的に夏休みが始まったのか、部活をしている人以外は学校には来ていないようだ。水風さんは昨日制服姿だったが、何らかの部活を行っている可能性はある。一応グランドも見てみたが、それらしい人はいない。自分の母校でもないのに、突然「人を探してます」って尋ねても、個人情報とかの問題で、すんなり教えてくれる可能性は低そうだ。なんとなく、学校とその周辺の風景写真を撮影しながら水風さんを探している間に、昨日水風さんとバス停で出逢った時間が迫りつつある。どうするか悩んだが、とりあえず、バス亭に向かう事にした。

水風さんが毎日通っていたとすれば、ここで待っていれば出逢えるはずだが、昨日の同じ時間帯になっても水風さんは来なかった。来たのはバスだけである。

茜色に染まり始めた西空の方に目を向けると、昨日この場所で撮影した水風さんの事が鮮明に蘇って来た。水風さんの「ふたつの虹」をもう一度確かめたい・・・そう思って今日一日水風さんを探してみたが、これは虹の撮影以上に困難な気がしてきた。しかし、今までもそんな事がなかった訳ではないので、まだ諦めるという考えは俺の中にはなかった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


この街に来て三日目、今日の目標は水風さん(と、その不思議なふたつの虹)のみである!!この街への滞在は一週間程度(7~9日)を予定していたが、それは、虹がそう簡単に撮影できないと思っていたからで、まさか二日目で当初の目的であった「ブロッケンの虹」の撮影が出来るとは思っていなかったのだ。しかし、俺の中では「虹の撮影は出来ていない」事になっている。そう、この街に来た初日に出逢った不思議なふたつの虹・・・水風さんの撮影に思い残す事と、確かめたい事があるからだ。水風さんに出会えるまでこの街に張り付いていようか、とか、いっそこの街に住もうかとか、そこまでは思っていないが、それに近い想いではある。街役場で戸籍・住民票を確認すれば確実かも知れないが、それを履行してまで探し出したとすると、水風さんはきっと怯えるだろう。もっとも水風七夏という名前が彼女の本名かどうかさえ分からない・・・警戒して仮名やペンネーム等を伝える人もいるからだ。現時点での手がかりは、制服と学校とバス亭か・・・。ひとつ気になっている事がある。水風さんが七色に変化する瞳の少女だとすると、この街で話題になって、それなりに有名人なのかも知れないということ。しかし、虹に対する水風さんの反応がイマイチだった事を考えると、水風さん自身はその事を気にしているのかも知れない。「虹色の瞳の少女を探してます」なんて訊いて回るのも、水風さんを傷つけてしまう可能性がある為、それはできないと思っていた。そもそも、俺が撮影した水風さんの写真7枚(のうち、瞳が写っている5枚)の瞳は、全て翠碧色(緑青色)の瞳として写っている。・・・あの時は、寝起きだったので、俺の見間違いの可能性も、十分に有り得る。だから確かめたいっ!!!


水風さんと出逢ったバス停近くまで来てはみたけど、どうしようか・・・。昨日と同じ事をしても、同じ事の繰り返しになりかねない。水風さんと出逢った日の事を思い出してみる。地図を確認しながら水風さんを見送って見えなくなった交差点まで来た。そのまま水風さんが歩いていた方向へと足を進める。


時崎「三叉路か・・・ここは恐らく、左だろう」


水風さんが歩いていた方向を考えると、三叉路の右は駅へ戻る道になるから左へ向かう。踏切を渡ると、また三叉路。今度はどっちだろうか?

三叉路の左は住宅街になっているようなので、左側を選んで進む。小さな住宅街のようなので期待感が高まる。携帯端末での地図は流石に個人の家の名前まで分からない・・・そもそも、歩きながら携帯端末の地図を見るのは危険だ。俺は、携帯端末の地図を頭に叩き込み、住宅の表札に「みずかぜ」と読める文字がないか見て回る。二~三十件程度見て回った所で、袋小路とご対面。


時崎「こっちでは、なかったか・・・」


しかし、さっきの三叉路のもう一方がこっち側のように数十件規模の住宅街だったとしたら、かなり限定できると思う。この街が比較的小さな街であった事に感謝しつつ、俺は再び先ほどの三叉路まで戻ってきた。勿論、戻る際も表札は再度チェックしてきた。もう一方の道へ進む。


時崎「今度は十字路か・・・もう少しだと思ったのに・・・どっちだろう?」


しかし、この十字路、携帯端末の地図情報によると、右は駅へ戻る道で真っ直ぐは山へと向かっている。携帯端末を閉じ、残った左の道を目視すると、その先は小さな商店街のような印象を受けた。昨日見て回った駅前の商店街よりも規模は小さく・・・って、いうより、少し寂れているようだ・・・以前は活気があったが、現在は、駅前の商店街が主になっている印象である。


時崎「可能性が低くなってきたな・・・」


ここまで歩いて、夏の強い日差しの為か、思ったよりも早く喉も渇いてきたので、この商店街で飲み物を頂こうと思う。小さな商店街だが、それぞれのお店は営業しているようだ。

俺は喫茶店で渇いた喉を潤し、もう少し商店街を歩いてみる。商店街の中に混ざって民家らしき建物も存在する。俺は表札を確認しながら、更に足を進める。商店街からの道は、まばらに点在する民家へと続いており、もうこの道も先はそう長くはない息切れ感がしてきた。そんな時、一枚の看板が目に留まる・・・。


時崎「『民宿風水』・・・みんしゅくふうすい・・・宿の事か・・・」

時崎「風水!!! ・・・って、おいおい!!! 惜しいっ・・・惜しすぎる!!!」


何のイタズラか、確かに「風水(ふうすい)」って縁起良さそうな名前なのに、この仕打ちは何なのだと思ってしまう。まあ、この民宿には何の非もないので、さっき思った事を取り消し、心の中で謝罪する。風水とは縁起良い名前なので、今日の宿はここにしようかな。縁起の力(?)で水風さんに出会えるかも知れない・・・。その民宿に空きがあるか確認に向かう事にした。「民宿風水」の前に着いたけど、営業してる・・・かな? 見たところ、そこそこ年期の入った建物だが、玄関付近の草花を見る限り、手入れはされているようだ。


時崎「すみませーん!」

??「はーい」


奥から女将さんらしき人が現れた。「風水」という文字が入った和装姿。表情は穏やかで髪は後で結っている。


女将「いらっしゃいませ! あら? ご予約でしょうか?」

時崎「突然予約も無しで、すみません。予約しないと無理でしょうか?」

女将「いえ! お部屋は空いておりますので、ご予約はなくても大丈夫です!」

時崎「では、今晩よろしいでしょうか?」

女将「はい! あ、当宿は禁煙になりますけど、よろしいでしょうか?」

時崎「はい。大丈夫です」

女将「ありがとうございます! ようこそ、民宿風水(かざみ)へ!!」

時崎「あ、『ふうすい』では、なかったのですね」

女将「そう読まれる方が多いですね」

時崎「まだ、準備中・・・でしょうか?」

女将「はい。お昼前からなら大丈夫です! よろしければ、昼食も用意できます!」

時崎「ありがとうございます! それでは、お言葉に甘えて昼食もお願いいたします」

女将「はい! ありがとうございます!」


昼食まで少し時間があるので、写真撮影も兼ねて少し散歩してみよう。

水風さんも探さなくては・・・。


??「ただいまぁー」


・・・聞き覚えのある声・・・俺は自然と声の方向に意識を持って行かれ・・・っ!


時崎「みっ、水風さんっ!!!」

女将「!?」


・・・あまりに突然の事だったので驚いた・・・その驚きに、声の音量が比例していた。

水風さんは、女将さんと同じく「風水」という文字の入った和装・・・というよりも、浴衣姿だった。髪は後で結っていて、初対面の時の学生服姿とは随分印象は違うけど、その瞳には「ふたつの虹」が輝いており、水風さん本人だという事は確実だった。


水風「あっ、えっと、時崎さん!? どおしてここに?」

時崎「水風さんこそ、どうして!?」

水風「どおしてって、ここは、私のお家ですので・・・」


・・・冷静に考えれば、すぐ分かる事だった。ついさっき、水風さんは「ただいまぁー」と言っていたのに、こんなに動揺しているなんて・・・。


女将「あら!? 七夏、お知り合いの方なの?」

水風「はい。前に少し、お話した事があって・・・」

女将「そうなの!? じゃ、少し早いけど、こちらのお客様を、お部屋に案内してあげて」

水風「はーい」

時崎「水風さん!!」

水風&女将「はい!」


俺の言葉に、水風さんと女将さんが同時に返事をしてきた。


水風「あ、私の事は『ななつ』で、いいですよ」

時崎「じゃ、じゃあ、な、ななつ・・・ちゃん。お世話になります!」

七夏「はい! こちらこそ!」

時崎「俺の事も名前でいいから!」

七夏「ありがとうございます! えっと・・・柚樹さん、ようこそ、風水へ!」


七夏ちゃんは、俺の名前を覚えてくれていた・・・素直に嬉しく思える。


女将「私は『水風みずかぜ凪咲なぎさ』と申します・・・凪咲でいいわ」

時崎「お世話になります。凪咲さん」

凪咲「こちらこそ! ごゆっくりなさってくださいね。柚樹君・・・で、いいかしら?」

時崎「はい!」

七夏「では、柚樹さん! こちらへ!」

時崎「ありがとう。凪咲さん、七夏ちゃん」


・・・こうして、俺は水風七夏さんと再会する事ができた。

七夏ちゃんが、俺の方をじっと見つめて待っている。俺の記憶に間違い無く、七夏ちゃんは、七色に変化するの瞳・・・ふたつの虹を持つ少女であった。しかし、俺は初めて出逢った時の七夏ちゃんの虹に対する反応が気になった為、今は瞳の事は何も聞かないことにした。


第二幕 完


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次回予告


ふたつの虹は幻ではなかった。けど、とても繊細で近づく事(触れる事)すら躊躇ってしまう・・・。


次回、翠碧色の虹、第三幕


「ふたつの虹とふたつの心」


俺は、ふたつの虹と心・・・どちらを優先すべきなのだろうか・・・。

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