第2話 委員決め~前編~

 それから程なくして、茶色のポニーテールを揺らしながら、教師と思われる若い女性が入ってくた。迷いなく教壇に着き、名簿表を取り出した所を見れば、有栖のクラスの担任だと分かる。


 有栖は最初、彼女を教師だと判断することができなかった。その原因は、彼女の服装にある。


 栢森高校で雇われている教師は、体育専門以外は皆スーツの着用が基本で、場合によっては厳重注意を受ける程、身なりに関しては厳しい。その筈が、彼女は上下ジャージで、しかも学校指定のものを着て有栖達生徒の前に現れたのである。


 有栖が遅れて来た時、対応してくれたのは彼女であり、その際は確かにスーツを着ていた。ということは、式が終わってからの空白の時間は、担任がスーツからジャージに着替える為のものだった訳である。


 ───学校指定のジャージに拘りでもあるのか?


 と有栖が思った矢先、担任の畳み掛けるようなマシンガントークが炸裂した。


「何故私が学校指定のジャージを着ているのか、それは単に安いからでも、丈夫だからでも、洗濯後に色褪せたりしないからでも、着心地が良いからでも何でもない」


 彼女は妙に滑舌が良く、戦いに赴く前の兵士達を鼓舞するような、芯の通っていて響く声で捲し立てた。話す度にテンションが上がっていくようで、教壇にのしかかるように前屈みになっている。


「では教えてしんぜよう、何故私が学校指定のジャージを着ているのか、それは……キャラ作りだ!」


 彼女は大きく胸を張り、どこか誇らしげな態度でそう宣言した。


 教室内にいる生徒達は大半が顔を引き攣らせているものの、一応笑ってはいる。しかし、それ以外は全くの無表情で、興味はさらさらないようだった。


「私は元々体育会系で、熱血教師の予定だったのに、去年ここでは無理矢理スーツを着せられて……仕方無くそのままでこんな風に喋り倒したら案の定引かれてしまったのだ。高校一年生という多感な時期に、スーツを来た駆け出しの若い女教師が突然大阪のおばちゃんみたいに話し始めたらそりゃ引くわ。あー、今思い返せば、私が高校生の時にそんなことがあったら、確実にあの時の若者達と全く同じ反応をしただろうな。まあ、つまり、今年は前回の反省を活かして、まずは親しみやすい外見で行けば多少はショックが和らぐと思っただけで、別に私がだらしない人間だからという訳ではないぞ」


 と、先生が自らの境遇と今を語り終えた所で、朝のSHRの終了を知らせる鐘が鳴った。放っておいたら延々と話し続けていそうだった為、絶妙なタイミングだと言える。


「あらま、特に何もせずに終わってしまったな。けど、一限は学活だからこのまま始めるか。トイレ行きたい奴はいないな、よし始めよう」


 先生は、挙手する隙すらも与えないまま授業を開始する。


 ───恐ろしい程に苦手なタイプかもしれない


 有栖は、彼女の言動に一抹の不安を覚え始めている。


 彼女は、フレンドリーな印象と他人に有無を言わせない強引さを備えており、極力教師と関わりたくない有栖にとっては好ましくなかった。その上、若手の熱血女教師ときており、変にやる気を起こして、有栖を面倒事に巻き込む可能性もあるのだ。


 そんな有栖の心配など当然知らない担任は、さっきよりかは幾分か抑えた調子で授業を進める。


「じゃあ、この時間やることは委員決めだな。えーと、六反田。後は……誰だっけな」


 先生は、頭頂部をガリガリ掻きながら出席表を開き始めた。そして、表の上から下へと視線を何度も移動させた後、やっと何かを思い出したかのように、突然顔を近付ける……が、すぐに顔を上げて首を傾げた。


 見る限りでは何をしているのか理解できないが、有栖は、大方苗字の西生寺が読めないのだろうと予想できていた。しかし、栢森高校の教師である以上、その程度どうにかするだろうと有栖は思っていた為、特に何も言うつもりは無く、無関心を装ってペン回しを始める。


 有栖はペン回しに嵌っていた時期があり、その時の名残なのか、授業中暇になるとペンを回し始める癖があった。中学時代、それで幾度となく注意されてきたが、依然として直っておらず、今もこうして回し続けている。


 すると、それを見た先生は「よし」という妙に気合の入った声を出し、彼女のキャラに合わない満面の笑みを浮かべた。そして、


「そこのペン回し少年、前に来なさい」


 と有栖に呼びかける。


 対する有栖は、今まで忙しく動いていた手を止め、おもむろに顔を上げた。自分なのか尋ねるように先生と顔を合わせて瞬きをする。


 すると、彼女はブンブンと風を切る音さえ聞こえてきそうな程の力強さで2度頷き、有栖は嫌々ながらも確信した。


 ───一応、次席の六反田が呼ばれた時点で分かってたけどな


 次席である六反田の相方となる存在であり、尚且つ名前が読み辛いとなれば首席の有栖しかおらず、後に呼ばれる所からも影の薄さと関心の低さが伺えた。


 有栖は、溜息を吐きながらも平静を装って席を立つ。隣の席の住人が一連の流れを見て笑いを堪えていたのはスルーし、先生の元へと向かった。


「良きかな良きかな。私は素行の悪い糞ガキは嫌いだけど、素直な子は大好きだよ。パッとしない顔で貧乏臭いけど」


「はは、良く言われます」


 教師と思えない口の悪さに、有栖は多少はたじろぐものの、苦笑いをして受け答えた。


 隣を見れば六反田が同じ様にやって来て、ニッコリと微笑んだ。その様はまさに、聖母マリア様が善悪問わず全てを優しく包み込むよう……ではなく、単なる計算された作り笑いだった。それも、初対面の有栖でさえ見抜けるのだから、意図的にそう気付かせていることになる。


 とどのつまり、彼女の笑みには、「勘違いするなよこの粗大ゴミ」という蔑みの念が込められている訳で、有栖にあまり良い印象を持っていない様子だった。


 身の危険を感じた有栖は、見なかった振りをして、先生に話を進めるように促す。


「そうそう、君達2人には私の代わりに司会をやってもらおうと思ってるんだ。これは学校側の方針だから私を恨んだりするなよ。まあ、誰を選ぶかは担任の自由ということだったから、私の独断と偏見で選ばせてもらった。六反田1人でも十分だろうが、一応2人で役割分担でもして委員決めを進めてくれ。2人選んだ意味が無いからな」


 先生は、相変わらずの早口で解説と補足をする。その際、胸元に『恵通谷』と刺繍がされてあるのが見えた。


 有栖は、変わった名前だと思いながら、おそらく各委員が記入してあるプリントを差し出される六反田を見つめる。授賞式のように、両手でしっかり受け取り礼をしている様をみると、思わず有栖は笑ってしまい、それを隠すように顔を黒板に向けた。


「それじゃあ、よろしく。ちゃんと成績は上げといてやるから」


 恵通谷先生は、有栖と六反田の肩をそれぞれポンッと叩いてから教室の後ろに向かい、そのまま有栖の席に座る。そして、勝手に机上のペンを使い、取り出した新しい紙に何かを書き始めた。名前をメモしているのだろう。しかし、すぐに手を止めて顔を上げる。


「ところで、君の名前は何だ?」


 どうやら、有栖に対する関心の低さは相当らしく、入学初日から遅刻してきた首席生徒であるというのに、名前すら覚えていないようだった。


 有栖は呆れた様子で、乱暴気味に答える。


「西生寺ですけど」


 その言葉を有栖が発した瞬間、一斉に生徒達の視線が集まる。誰も声を出したりはしないが、じっと睨むように有栖を見つめていた。


 皆が思っていることは、容易に予想できる。大方、「こんな冴えない奴に負けたのか」という己に対する落胆だろう。向上心の塊である白新高校の生徒ならば、更に努力していこうと考えてくれる筈だ。有栖としてはそうであって欲しい。


 だが……


 ───中には例外もいる。


 例えば、寸前でトップに手が届かなかった六反田柚梨なんかがそうなのだろう。


 有栖の隣に立つ六反田は、特に大きな反応を起こしはしなかったが、受け取った紙を握る手には力が込められている。顔を見れば下唇を強く噛んでおり、目は大きく見開いていた。


 有栖は六反田を詳しくは知らない為、偏見による勝手な判断になってしまう。しかし、それでも彼女が有栖を良く思っていないことは確実だった。


「取り敢えず、俺は何をすればいい?」


「へ?あ、ああそうね、貴方は書記をして貰おうかしら」


 そう言って、六反田は手に握っていた紙を差し出す。両端が少しだけ湿っているのは、彼女が長い間握り締めていたからだろう。


 渡された紙には、委員とそこに属する者の名前を書く括弧がそれぞれ2つずつ空いていた。


「それでは、今から委員決めを始めます。まずは、自分がどこに所属したいか考えて下さい。」


 六反田は淀みない口調で話を進め、黒板に全ての委員会を書くよう有栖に促した。この辺りは流石と言うべきだろう。


 有栖は、六反田から言われた通りに書記としての仕事を全うした。


 7つの委員会の内、風紀、美化、体育、文化はスムーズに決まった。俺達二人が学級委員であるから、合計で12人の委員が現時点で確定している。学級委員は、単純に各クラス男女の入試トップが選ばれる。


 そうして着々と話し合いが進行していく中、依然として1人も立候補しない委員会があった。それは、図書委員会である。

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コンプレックス革命 @morsu

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