第3話

 高校を卒業して、私は布団を作って儲けようと思いました。別に布団でなくともよかったんですが、「教えてやるぞ」と誘ってくれた知り合いの親父の下で働くようになったんです。人に頭を下げるのはこれっきりにしようなんて、あの時は考えていました。


 後、これは自慢なんですが、大学からも誘いがあったんです。ただ、貧血を拗らせてしまっていまして、医者からボートは辞めろと宣言されてしまったんですよ。まったく残念でした。いや、取り立てて勉強が好きなわけでもなかったんですがね。それでもキャンパスライフというのも送ってはみたかったです。


 ただまぁ、布団の作り方を習って、自立するようになったら思ったよりも実入りが良くてですね。知らなかった遊びも覚えて、私の意気地はパンパンに空気が入ったゴム毬のように満ち足りていました。働いて、朝まで遊んで、また働いてを繰り返しながら生活をして……それが馬鹿に誇らしく感じられてね。楽しかったですよ。景気は勝手に上がっていく一方だから仕事は山のように入り、好きなだけ儲けを出す事ができたんですから。それで人手が不足して納期がきびしくなってくると従業員を雇いました。人はどんどんと増え、その内に私自身は動かなくともいいくらいに増えていったんですけれど、まったく働かないでいるというのはバツが悪く性にも合わなかったものですから、私は運送やら事務作業をやっていました。それでも暇なものは暇で、かつ、若かった私は金を粗末に扱う事が粋だと信じて疑わない成り金のような下品な根性を持っていたものだから、昼から朝まで遊び倒すなんていう醜態をよく晒していたものです。ゴルフや釣りをしながらビールを飲み、夜は麻雀やら女遊びらやら……ともかく、そんな俗物的な金の使い方を誇りにしていたんです。当時の私は粗野と粗暴が男の美点と思っていた節があり、あえて下品な言動を取っていたように思えます。これも、田舎者故の育ちの悪さと教養のなさから至った悪癖でしょうね。そんなものだから、こうやって鑑みると非常に残念な気持ちになるんですよ。ひょっとしたら、大学へ行っていたらまた違った考え方ができていたのではないかと思わずにはいられません。当時の私は、「大学なんか行かずによかった!」と、半ば無理やり自分を納得させていましたけどね。


 いやしかし田上さん。このオクトモアっちゅう酒は美味いですね。つい飲み過ぎてしまいそうです。マスター。申し訳ないんだけど、水を一杯もらえんかね……いやすみませんねどうも。私はどうも野暮な質でして、ウィスキーを一口飲んだ後に、同じ分だけ水を飲んで長く飲んでいられるようにするんです。水割りじゃいけません。あくまで、ストレートかロックの後です。これも産まれの卑しさでしょうな……はい。あぁ、まだ聞きたいですか? 分かりました。では、続きをお話ししましょう。


 仕事が安定してしばらくすると、私は結婚しました。子供が二人産まれました。

 相手はどこにでもいるような女の人です。どこで出会って、どこで婚約をしたのか、それすら曖昧でした。いくらか一緒に遊びに行って、気が付いたら籍を入れていて、いつの間にか、故郷の近くに家まで建っていました。さほど大きくはないんですが、純和風で大変気に入りました。先ほど話したように遊び呆けていて、結婚してもその習慣は変わらなかったものですから滅多に帰る事はなかったんですけれど、たまに昼に仕事を終わらせては、縁側で山を眺めながらボーっとして、時には転寝なんかもして、忙しない日常から少しばかり離れて過ごしたりしていました。蝶が迷い込んだり蜻蛉が葉っぱに止まりにきたりするのを見るのが楽しかったですね。こん時は、私にも日本人の血がちゃあんと流れているんだと妙な実感を持ったもんです。




 しかし社会はそんなにゆっくりではありませんでしたから、やはり私は仕事と遊びに時間を費やしました。会社はどんどん大きくなっていきました。金なんざいくらでも入ると勘違いしていました。狂っていましたね。まったく度し難い話なんですけれど、そんな事態に陥っていたのは私だけではなく、周りの人間もまったく同じようなものでした。皆が、皆無計画に事業を拡大し金を借りる。実に馬鹿でしたよ。時流に呑まれ、銀行の口車に乗って必要のない借金を繰り返してしまったんですから。

 また、巨額な投資を受けるには保証人が必要になってきました。そこで私は仲の良かった社長連中とつるんで、相互保証のようにAがBの。BがCの。そうしてCがAの保証人になるという悪夢のような一蓮托生を組んでしまったんです。田上さん、貴方はこの意味がわかりますか? 一人が借金を払えなくなったら、みんな地獄を見るって事なんですよ。いや、当時はみんな大丈夫だなんて楽観視していましたが、いやはや、もう少し考えて行動するべきでした。それに気付いたのは、本当に最近の事なんですがね。いやはや恥ずかしく思いますよ。


 まぁ、それはそれとして、しばらく経つと子供が産まれました。女の子だったんですけど、私は、正直妻から出てきたその一匹の猿みたいなものに愛情を注げる気はしませんでした。羊水と一緒に出てきた赤い人間のような塊を見た時に「こんなものか」と寒々とした気持ちになりました。一方産んだ女房の方はこの世の幸福を煮詰めて固めたような顔をして子供を眺めていまして、男と女で随分と差が出るものだなと思いましたね。

 家を建てて子供ができて、いつの間にやら大人になった気がしました。人生というのは、自覚なしに変化していくものです。私は気付かぬ内に責任だとか義務だとかが自分に付随していく感覚がありましたね。それは当然会社を立ち上げた時や人を雇う時も感じたものでしたけど、家庭を持つというのはそれ以上に清々しくって、気持ちがいい重荷に感じましたよ……


 田上さん。貴方付き合ってる女性は? 結構。でしたら、是非その方を大切にしてあげてください。女の涙ってのは想像以上に堪えますからね……

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