第6話

 放課後になり、有馬が冷めた目でこちらを見ながら近寄ってくる。

「お、晴彦、お前まさか有馬さんとそういう仲なのか?」

「違う。彼女は人魂社の陰陽師だ。ま、お前もだろうけどな」

 裕也は安倍家と親交が深く、宗祇屋の中でも安倍家の次に権力を持っている。そんな家がこの会社にいないと考えるほうがおかしいだろう。

「そんじゃ、行きましょうか」

「ああ、わかった。渚、行くぞ」

『オーケー』

 僕は席を立った。その後を渚も着いてくる。裕也が思いつめた顔で言った。

「社長はある意味、化け物みたいな人だ。気をつけろよ」

 僕はそれに手を振って答えた。

 そして有馬につれられ、電車に乗り、京都市の高層ビルに来た。

「秘密結社のわりには堂々としてるんだな」

「まああんまり影でやってるとそれもそれで怪しまれるんで。桜木社長のご意向、ってやつっすよ」

『社長さんってやっぱ変な人なのかな?』

「そうなのか」

 だが高層ビルっていうのは目立ちすぎると思う。ロビーに入って有馬がパスポートを渡してくる。

「これがないとうちの会社はロビーも通してもらえないんですよ」

「秘密結社ならそれくらいガードが固いほうがいいだろ」

「社長みたいなこと言いますね」

『ま、小さいときからハルはそんな感じなんだけどさ』

 そんなことを言いながらエレベーターに入る。そして有馬は最上階を押した。そして数十秒で辿り着く。

「どうぞ」

「ああ」

『お邪魔します』

 エレベーターを出て目の前の部屋のドアに有馬が手をかける。そして開き、

「有馬沙夜、ただいまもどりました。桜木社長、安倍晴彦、飛騨野渚を連れてまいりました」

「お~、お帰り。君たちが安倍晴彦君と飛騨野渚ちゃんかい?」

 桜木社長、と呼ばれた男は長身痩躯の黒髪の男だった。不思議な雰囲気をまとった男だった。

「はい。僕が安倍晴彦です」

『ハルの式神の飛騨野渚です』

「そっか、そっか。それで、私たちが君たちに要求していることはわかるよね?」

 こういうことを言われるのはわかりきっていた。

「ええ。僕に陰陽師にまた戻れ、ということですよね?」

「話が早いね~。それで、答えは?」

 ここも言うことは決めていた。

「すいません、もう陰陽師になる気も、関わる気もないです」

 桜木は僕の返答を聞いて少し悩んだように顔を伏せてから僕に向き直った。

「でもね、君には我々に協力する義務があると思うよ」

「……二年前のことに関係があるんですか?」

 こうして呼び出された時点で、なんとなく二年前に関係があることはわかっていた。

「ああ、そうだ。関東から瘴気マイザイアウイルスが関東から西洋教会によって京都に持ち出された」

「はっ?!」

『う、嘘でしょ、だってマイザイアウイルスは関東で除去作業が始まってるはずじゃないの?!』

 瘴気ウイルス。二年前、魂鬼の武装集団が東京を中心に関東全土を一斉攻撃したバイオテロがあった。関東にいた人々も多くが犠牲になり、東京に本部を置いていた陰陽師連盟も甚大な被害を被った。それは京都支部から関東に送られた陰陽師も同じだった。僕は何かとその事件に因縁がある。

「昨日、君が祓ったあの魂鬼もマイザイアウイルスの影響を色濃く受けていたようだね。そのせいで暴走したみたいだ。おそらく、西洋教会は関東で抱えきれなくなったマイザイアウイルスを少しずつ京都にばら撒く算段みたいだ。京都を東京の二の舞にするわけにはこちらもいかないんでね、君も無関係じゃないし少し手伝ってもらうよ。いいね?」

 確かに僕も無関係ではない。くそ、仕方ないか。

「……わかりました。協力させてもらいますよ」

『え、いいの、ハル?』

「ああ、自分のやったことの尻拭いくらいはするさ。それに、そのせいで人が死ぬっていうのはあまりにも理不尽だろ」

「うん、いい答えだ! 日時と場所は後で連絡するよ。帰ってくれてかまわないよ。あ、それとも私に聞いておきたいことあるかね?」

 僕に連絡をよこすということは兄か妹から連絡先を聞き出しているのだろう。

だが、僕もそのことで聴きたいことはある。

「では、兄や妹、加茂裕也についてのこの会社内での情報を提供していただきますかね?」

「うん、お安い御用だ。君の兄、安倍晴樹君は当社の幹部の一人だ。陰陽術・呪術犯罪捜査部の部長だよ。彼は式神の使役にも、捜査官としてもいい鼻をもってるよ。十三歳からうちで働いているから七年目だね。ま、それでも最年少幹部じゃないけどね」

 十九歳、普通の会社で言ったら入社一年目だ。それで幹部。やっぱり普通ならありえない。それでも最年少じゃないなんて、いったい誰が最年初なんだろう。裕也にそういう役は務まらないし、まさか、

「有馬沙夜、ですか?」

「ピンポン、大正解だ。彼女は妖魔討伐部の部長だよ。討伐官のなかでもすごい実力者だよ。ほとんどの作戦で成功している。十歳なる前からうちに協力しているから割と長いかな。ま、次の作戦は有馬君と組んでもらうからね」

「え、こいつとですか社長?」

「僕も嫌なんですけど」

 率直に嫌だった。こいつとはあまり気が合わない。

「え~、君らお似合いだと思うけど?」

「絶対ないっしょ」

「絶対ないです」

「うん、気があってるね」

 くそ、ちょっとむかついたな。だが、

「わかりました。それで、妹の話をお願いします」

「うん、いいよ。君の妹、安倍晴香君は妖魔討伐官だよ。確か第二小隊の体調を勤めていたはずだよ。彼女も優秀だよ。あと、加茂裕也君はうちの呪器技官だよ。あの年の子供にしたらありえないくらいに手際はいいよ。このくらいがいえることだけどいいかね?」

 だいぶ色々情報を手に入れられた。とりあえず満足だ。だが、あの変態が評価をもらえるなんて案外ゆるいのかもしれない。

「はい、ありがとうございました。渚、行くぞ」

『わかったよ』

 僕が社長室を出る寸前、

「あ、作戦内容は西洋教会の侵攻を防止することとマイザイアウイルスの回収。作戦予定は明後日の深夜零時を予定しているよ。作戦場所は京都市の廃ビル街ね。これだけは伝えておくよ」

「お気遣い、感謝します」

 僕はそうして部屋を後にした。ロビーから出て電車に乗り自宅へ向かう。その途中、僕も渚も一言も喋らなかった。

 家に着き、自分の部屋に向かう。明後日が作戦予定といっていたので忙しいのだろう。うちには誰もいなかった。それが今は有難い。自分の部屋に向かって歩く。そして部屋に入りベットにダイブする。

『ハル、もう寝るの?』

 まだ時刻は七時くらいだろう。確かに寝るのには早いが、今日は疲れた。昨日からちょっといろいろなことがあった。

「いや、今日は疲れたから早く寝るよ。渚も早く寝ろよ」

『はいはい。わかりましたよご主人』

 僕の意識は一度落ちた。

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