第3話
中学三年生の冬、僕が有名私立高校への進学に向け塾通いの日々を送っていたときの話だ。僕の家は平安時代から続く大家なので、家や資産もそれに見合ったものがあった。だから学習塾への通塾の負担はあまりなかったらしい。
今日も塾に行き、帰る途中、午後十時くらいだっただろうか。自転車で坂を上っていく途中、どこかで、悲鳴が上がった。女の悲鳴だ。
『なんだろうね?』
「……なんでそんな興味津々なんだよ。なら、少し見に行ってみようか」
僕には中学一年生の頃から茶髪で貧乳の(自称)美少女幽霊が憑いている。その幽霊の名前は、飛騨野渚という。
『渚はさ、ハルが多分そこいけば事態収束だと思うんだよね』
そして、渚は僕の安倍晴彦という名前にちなんで僕のことをハルと呼ぶ。
「いやいや、事件って決まったわけじゃないから。幽霊がいうなよ、縁起悪いからさ」
『渚は正確には幽霊じゃないから。幽霊系の式神だから。ご主人、早く行きましょう!』
「……わかったよ」
渚はあの時の事件から僕の式神になってしまった。もともとは僕の幼馴染で、家族ぐるみでの付き合いをしていた。二年前の陰陽師関係の事件で故人になる寸前で親父が式神として蘇生させたのだ。
僕は坂を上りきり、声のした方へと自転車を走らせる。すると、
『ハル、あれ!』
「っち、魂鬼の暴走か?! 宗祇屋の星読みは何をしてるんだ?!」
「
男の姿をした魂鬼はカルマ、と呼ばれる魂鬼の持つ得物を暴走させていた。カルマは魂鬼の魂を形として具現化させたものだ。カルマは己の魂のあり方に大きく左右され、それぞれの形を持っている。情緒不安定、極端な食欲、こういった要因で魂鬼は暴走する。魂を喰らう彼らは人外の存在だ。その彼らが暴走するということは、人間の魂を喰らうということだ。魂は人の奥深くにある。それを喰う過程で人の魂が絡みつく肉体を貪る。
男の魂鬼の近くには僕と同じくらいの年齢に見える少女がいた。おそらく、さっきの悲鳴を上げた女はこの少女だろう。
『どうするのハル?』
「っち、逃げるぞ!」
僕は全力でペダルを漕ぐ。だが、その方向は魂鬼の方向だ。おもいっきり轢く。だが、跳ね飛ばされる。ここまでは計算の上だ。
「おい、君、早く逃げるぞ!」
「は、はい!」
手をとって走る。自転車はもう使えないので普通に走るしかない。向こうから魂鬼が追ってくるのが気配でわかる。できるだけ裏道や相手が通りづらいところをとおり逃げていく。だが、
「ジリ貧だな、おい。渚、どうする?」
『いやいや、それを考えるのはご主人の役目でしょ!』
「わかってはいるけどさ。っち!」
魂鬼がカルマを突き出してきた。それが彼女に当たりそうになるのを何とか庇う。
「グハッ!」
腹部に尻尾、と呼ばれるタイプの骨盤の下あたりから体表を破ったカルマが僕に掠る。血が絶え間なく溢れ出る。
『ハル、大丈夫?!』
「……そんなわけ、ないだろうが」
「だ、大丈夫ですか?! その傷……!」
なんとも、僕のことをこの状態で心配してくれているらしい。だが、こちらを図っているような雰囲気もある。だけど、もう取り繕って入られない。
「くそ。……もう関わりたくはなかったけど、目の前で人が死ぬよりはマシだ」
今の丸腰の状態じゃこいつは祓えないだろう。それに、ここにいる少女も守れない。彼女のほうを見る。彼女は鮮やかな銀髪を持ち、暗い中でもわかるくらいに鮮やかな碧眼をしていた。それでいて西洋人ではなく、純日本人といった顔立ちの記憶によく残る美少女だ。
「君、速く逃げろ!」
「で、ですがあなたはどうするのですか?!」
「僕は……」
正直躊躇った。自分があの力を使うことを、そう名乗ることを。だが、
「僕は陰陽師だ。仕事くらいはこなしてみせる。プロのお仕事に口を挟まないでくれよ。さあ、速く逃げろ!」
そのときの僕の顔を見てどう思ったのか、彼女はどうにか走り出した。それを魂鬼は追い始める。僕もあちこち痛いからだで走り出す。
「渚、悪いけどあれを使いたいんだ。いいかい?」
『いつでもオーケーだよ!』
僕は己の霊力を解放した。霊力とは陰陽師だけでなく、その前の段階である【雛鳥】のころから備わっている力だ。この霊力を持つものは精霊を見ることができる。
「枷を解け、急急如律令!」
僕の霊力が解放され、空気に伝染し霊気が辺りに立ち込める。僕の左眼が深紅に染まっていく。一気に力強く踏み出す。
「【臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前。九字を用いて穢れを祓え、急急如律令!】」
そして四縦五横を手刀で描き、破邪の法と呼ばれる陰陽術を発動する。魂鬼はそれに合わせてカルマを突き出してきたが切り伏せる。そして、
「【深遠よりいでし祖は陰陽の道と科学の暴挙が紡ぎし魔神の拳なり!】、来い、十二神将、伐折羅!」
僕の余剰霊力から具現化する渚が影に消える。そして、影が全てを塗りつぶすような漆黒に変わる。闇より暗く、黒を超えて。そこから姿を現したのは、
「おおおおおおお!」
僕の影の中から漆黒の体に何本もの黄色き線を走らせる五メートル近くある巨大な上位式神、魔神が現れる。魔神が咆哮した。そして、拳に黄色の呪詛が走り魔法陣のようなものが右腕を中心に三つ浮かび上がる。そして高速回転し重力球を作り出す。
「殴り飛ばせ、伐折羅!」
「おおおおおお!」
悪行罰示式神である十二神将は絶対的な力を持つ安倍晴明の使役した式神だ。その封印されていた式神を科学の力と陰陽術、呪術を組み合わせることによって具現化させ、選ばれた十二人に所持させた。その十二神将の所持者は十二天将と呼ばれた。
重力球と拳をまともに浴びた魂鬼は完全に人の外観を失っていた。もはや異形の化け物だ。目が白目のところは黒く染まり、黒目のはずの場所は黄色にしまっていた。理性を失ったさまでこちらに飛び込んでくる。僕は右手を挙げる。それと一緒に伐折羅の腕も上がる。
「祓いたまえ、清めたまえ、成仏したまえ。急急如律令!」
そして、右手を勢いよく下げる。破邪の法だ。
魂鬼は絶叫しながらも消え去り、成仏した。伐折羅も僕の影に消えていく。
『お疲れ、ハル!』
「……ああ。くそ、使っちまった。胸糞悪いよ」
『まあ、人助けの一環だからノーカンじゃない?』
「……都合いいな。ま、そういうことにしておこうか」
僕らは帰途に着き始めた。今日はぐったり疲れた。だが、僕らを見ている気配がした。渚は幽霊だ。普通の人間には見えない。後ろの民家の屋根を振り返る。だが、誰もいない。
「気のせい、か」
『どうしたの、ハル?』
「いや、なんでもないさ。帰ろうか」
僕と渚は自宅に向かって歩き始めた。まあ渚は浮いているので歩いてはいないのだけど。
「は~、さすがは焔の神童だ。いくら最前線から二年退いているといっても実力は本物だ。私たちの気配にも気づいていたしね」
長身痩躯の黒髪の男が言った。妙に気障っぽいが、それが型にはまっている。その男が話しかけたのは、
「確かに、才能はありますね。陰陽の申し子、か。だけど、逆にイラつきますね桜木社長。力があるくせに怠けているだけで、イライラしますよ」
さきほど僕が助けたあの少女だった。仁王立ちで不機嫌に言った。
「ふっ、有馬ちゃん、嫉妬はいけないね」
「嫉妬じゃねーし!」
「はいはい、ま、明日から接触していこうか」
「うっす、了解しました」
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