第4話

深く、深い闇に沈む夢を見る。

あがらう事もせず、沈む身体をピクリとも動かさない。

ふと指に何かが触れている事に気づいて視線を向ければ、小さな手が遠慮がちに指先を掴んでいた。

白く小さい手は徐々に血に染まり、暖かい手のひらも体温を失っていく。

いつもの夢だったが、怖いと思ったことは一度もない。

ただそれを離さないよう、そっと握り返してずっと沈んでいく。


ぐうっと胸が息苦しさを訴えたところで目が覚めた。

重力を酷く重く感じさせる身体は、呼吸すら力を込めなければ出来ないようだ。

大きく息を吸い、さらに大きく吐き出して身体を起こした。



鉛のような身体に鞭を打って歩き、水道から直接水を飲んだところで、ようやく部屋の外から聞こえる喧騒に気づいた。


今日は誰にも仕事の割り当てがなく珍しく全員が休暇なはずなので、いつもなら水を打ったように静まり返っているはずだ。

それがどうしたことか、ドタバタと騒がしく床が鳴らされて何と言っているか聞き取れないが、大きな声が響いてくる。



「バーカ、シンよりマシだっつーの」


「そんな事言って、オレの才能に妬いてんのか?」



リビングの戸を開き、目前の光景に眩暈を覚えた。

暗殺者というものに対し、一般的にどのようなイメージを抱かれているか分かっているつもりだ。

間違っても、テーブルいっぱいにご馳走を並べてホームパーティを開くような人間ではないだろう。



「あ!スルー!!寝坊だぞ!?」


クロウが両手に皿を持って「早く手伝えよ!」と悪態をつくと、アドニスがエプロン姿でフライパン片手にキッキンから出て来てルールを呼びつける。

既にテーブルはいっぱいで所狭しと料理が並んでいるが、まだ作っているらしい。



「これは何をしているんだ?」


俺の言葉に振り返ったのは、目の前のご馳走に生唾を飲みながらグラスを配っていたニェンテだ。



「スルーが起きてこないからお預け食らう所だったんだぞ」


ニェンテは細身の癖にとてもよく食べる。

質問に答えず文句を先に言い気が済んだのか、「ユラの歓迎会だよ」と答えてくれた。

暗殺者という言葉を聞くと、大抵の人が闇夜に紛れて暮らすようなイメージを持つのでは無いだろうか。

何を隠そう、俺自身がそうだった。

にも関わらず、この組織をラグナロクから任されて仕切るようになって以降、幾度となくパーティが開催され賑々しく過ごしている。

どいつもこいつも浴びるように酒を飲み、日頃の鬱憤を晴らすかのように大騒ぎをする。

ここがチームで借り切った小さな戸建てでなければ、きっと苦情が山ほどきただろう。


言われるがままに食器やなんかを並べ終えると、テンションの高いシンに手を引かれてユラが部屋のテーブル中央の席へ連れられてきた。

誰が用意したのか綺麗なワンピースに身を包み、ボサボサだった髪は綺麗に結い上げられている。


「俺がしたんだぜー!!可愛いだろ??」


自慢げなシンの言葉に、アドニスは食い気味に「ユラ、シンに何もされなかったか?」と苦虫を噛み潰したような顔で問いかける。

シンの女へのへの速さは折り紙つきだ。


ユラが顔を赤くしてプルプルと首を横に振って答え、一瞬の沈黙の後に一同の怒号が乾杯のないまま飛び交った。

やはり戸建てで良かった。

慌てるユラを隣に招き座らせ、ギャーギャーと騒ぎ立てるメンバーを尻目に食事を始める。

その日の食事は、いつもよりも少し、美味しく感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天使の梯子 @soranoao0202

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ