第2話

ウミに似たその少女は、名前をユラと名乗った。

暗殺現場を見られた以上、本来はその場で殺さなければならなかった。


本来は…。






「あまりその辺の物を許可なく触らないようにしろ」



キョロキョロと辺りを見渡すユラを部屋に招き入れ、テーブルの上に散らばった雑誌を手早くラックへ放り込んだ。

脱力したようにそこに立ち止まったユラの手を引き、やや乱暴にソファに座らせると「動くなよ」と告げてキッチンへ入る。

仕事から帰るといつも熱いコーヒーを飲むのが日課だった。

少し考えてもう1つカップを手に取り、2つ分のコーヒーを注いで部屋へ戻ると、ユラはさっきから微動だにしない様子でソファにジッと座っている。



「飲め。欲しくなければ飲まなくていい」


雑に差し出したカップを受け取るユラの手は酷く荒れてカサつき、冷たくなっていた。

細い指は微かに震え、それが恐怖によるものなのか寒さによるものなのかは判断できない。



考える事を放棄して、テーブルでノートパソコンを開いた。

“仕事”を終えた後は報告書をまとめる仕事が残っている。

キーボードを叩く無機質な音が響き、二人の間を流れていった。














「何あれ」


人間を「あれ」と表現するのは、暗殺者だからなのかそもそもの性格的なものなのかは不明だが、ユラを顎で指しながら、金髪の長い髪を後ろで手早く結い上げる男をチラリと見上げ、「後で説明する」と短く答えた。

何度も説明するのは面倒くさい。

朝日が差し込む部屋の中、コーヒーをちびりちびりと飲むユラは、怪訝そうな表情で値踏みする人間など目もくれず、自分を指の先ばかり見ていた。


「あんたが拾い物なんて珍しいな」


「青天の霹靂とはこの事だ」



カラカラと笑う赤毛の坊主頭と、ブロンドをキッチリ結い上げたスーツの男がノックもなく部屋に入って来る。

ちょうど報告書もまとまり、パソコンを閉じて立ち上がる。

一番先に来て暇そうに棒キャンディを咥えていた男が、ようやくかと呟いて大きな欠伸をしてテーブルの席に座りなおした。




「まず、今日の仕事も無事完了した」


テーブルに座った面々を見渡しながら端的に告げると、「相変わらずミスのない奴だな」と声が返ってくる。

そもそも生きて返っているのだからミスがなくて当たり前だが。



「恐らくお前達が一番聞きたいのはユラ…あの少女の事だろう」


「ユラちゃんって言うのか」


綺麗な金髪の長い髪を手慰みにクルクル回しながら笑う男に、いがぐり頭が「手を出すなよ、シン」と目を細める。

ユラの前で名前を出された事を嫌がってシンが顰めっ面で舌打ちをすると、「落ち着けよ。話が先だ」とタバコの紫煙を吐き出してネクタイを緩める。

いつもキッチリとスーツを着こなしているが、仕草や見た目と言動からチーム一の色男と言われているこの男は、名前を“アドニス”と名乗っていた。

美と愛の女神に愛された美少年の名前を自ら名乗るだけある美しい見た目をしているが、少々粗野なのが玉に瑕だ。




「リーダーのあんたが無駄に俺たちを危険に晒すとは考えられない。いきなり拾い物をするってのには、何か考えがあるんだろう」


「だろ?」と言外に目で合図する辺りが色男と呼ばれる所以なのだが、これからの反応を予想しながら一つ頷いて「ユラは」と続けた。



「俺のペアにする」


「「「は?」」」



全員が声を揃えて目を見開いた。

予想通りの反応だった。



「おい、バカなのか?」


「能力あんのか?」


「あんな役に立たなさそうな女、足手まといになるだけだろ!」



矢継ぎ早に非難され、それも予想の範疇だった。

能力があるからこそこの組織に所属でき、人を殺すことがこの組織の仕事であるにも関わらず、どこからどう見てもユラは人を殺す事など到底出来そうにもない、どこにでもいる普通の少女だった。



「足手まといになれば殺せばいい」


表情一つ変えずにそう告げ、初めてそこで全員が言葉を止めた。



「“アイツ”が許可するのかよ」


シンが苦い顔で溢し、押し黙る。

“アイツ”とはこの組織に依頼を持ち込んで来る、ラグナロクという男。


ウミが轢き殺されたあの日、俺は初めて人を殺した。

ウミを轢き、「おいおい、どーすんだよ」と爆笑する2人の男を無我夢中で殺した。

何の罪もない子供を殺しておきながら、よりにも寄って腹を抱えて笑うような気の狂った男達に、怒りを堪える術など持っていなかった。

正直どうやって殺したかもよく覚えていない。

飛び散った血を手で乱暴に拭いながら、男達が生き絶えたと感じた瞬間の事だった。


ーキィィィイ…


耳を劈くような音と共に男達は消滅し、驚く俺に「おめでとう」と声をかけた男。


それが“アイツ”…。



ラグナロクと名乗る男だった。

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