53「信太」

 次の日、午後4時。

 このパンデミックが終わろうという時。

 奴らから無線がきた。

 『ビルに来い、全員でだ。戦う気があるのならな。なければ…解るな?』

 聞き覚えがない声だったが、どことなくレイランに似ている声だった。

 無線はすぐにきれた。

 その後アリスに連絡するが、無線は繋がることはなかった。

 研介達は今、そのビルへ向かっていた。

 ビルの前のT字路に体を出すと、どこからか弾丸が、研介の胸部を貫通させた。

 研介はすぐに身を潜め、その場に座った。

 「2時の方向からです」

 研介の傷は治った。

 「狙撃か」

 「スモークがあるわ、上手くすれば行けるかしら」

 「いくつありますか?」

 愛美はバックパックからスモークを3つ取り出した。

 「大丈夫です、行きましょう」

 「ああ、行ってこい」

 信太はスナイパーライフルの弾を確認しながら言った。

 「信太さん、まさか戦うんですか?」

 「奴は言っていただろ『戦う気があるのなら』とそうゆう意味じゃないのか?」

 安全装置を外した。

 「信太さん、良いんですか?」

 「良いも悪いもあるか。スナイパー対決だ」

 「研介が言ったのはそうゆうんじゃないよ。人を殺せるか、ということだよ」

 「何言ってんだ。俺は今まで、幾多の戦場を渡って来たんだ」

 大斗はしばらく考えた。

 「分かった。優理、サポートに回ってくれ」

 「大斗。俺は1人で十分だ」

 「駄目だ。そうじゃないと戦わせられない」

 信太はしかめ顔で黙り込んだが、すぐに顔を戻し「分かった、それでいい」と言った。

 「それじゃあ、俺達はビルに行くぞ」

 道幅いっぱいにスモークを炊き、すぐさまビルの中に入った。

 信太と優理は煙が晴れる前に、東の方へ移動した。

 「何処行くの?」

 「敵の狙っている所から75度くらいの所だ」

 出来るだけ、車に隠れながら道を渡り、バレないように進んだ。

 そしてそのポイントに着いた。

 物陰に身を潜め、2人で敵を探した。

 「見えるかな?6時の方向」

 「見つけた。2人か」

 スコープの先には、スナイパーライフルのスコープを覗く兵士と、双眼鏡を覗く兵士が居た。

 まだこちらには気付いていないようだった。

 「支持を出すね。狙撃手をスコープの中心に捉える」

 「もうしてる」

 「1メモリ上に移動」

 「おけ」

 「無風で良かった、撃って」

 だが、信太は撃たなかった。

 いや、撃てなかった。

 信太の息は荒れ、手が震えていた。

 まばたきも多かった。

 「信太、今までどうりにやればいいよ。気持ちを抑えて、ゲームのように」

 「いつも通りに、何故だ、手が、震えている」

 「信太!早く!」

 だが、手の震えは収まらなかった。

 優理は、そんな信太の手を支えた。

 「落ち着いて」

 手の震えと息の荒さはすぐに収まった。

 観測手がこちらに気付くが、その時に、狙撃手は死んだ。

 そしてその観測手も。

 それを確認すると、信太は銃をその場に落とし、両手を見た。

 優理はその手を優しく握った。

 「ありがとう。だが、もう2度とFPSはやれなそうにない」

 信太はそう言い、立ち上がった。

 「てか、俺、そんな感じに手を握られたの初めてだ」

 優理は、落とした銃とは別の銃が、チラッと見えた。

 一瞬硬直するが、すぐに治った。

 2人は研介達を追い、ビルに向かって行った。

 「俺は本当に人を殺しちまったのか?」

 「確認する?明らかにヘッドショットだったけど」

 「いやいい、死体はもう見飽きた。画面上でも。出来るなら、もう見たくない」

 しばらくの静寂の後、信太がもう1度口を開いた。

 「なあ、もう1度、手を握ってくれないか?」

 「いや、遠慮しとくね」

 その後の信太は、明後日の方向を眺めていたようだ。

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