信念


「――ヴルンヒルダァァァァァ!」


 ヴルンヒルダに取り込まれた『蒼穹の頂』の無線機を通じて、あの人の声が聞こえる。


 獣のようにときの声をあげ、嚆矢こうしのごとく雲間を突き破り、金色のWGが突っ込んできた。


「ラマイカ・ヴァンデリョス! WG『ウォルター』1号機! その『晴天の勝利者』ウィナー・オヴ・ザ・サンシャイン! 参るッ!!」


 『晴天の勝利者』は背中に背負ったブースターユニットに搭載されたミサイルランチャーを全解放。

 ミサイルの雨が白龍の肌を打つ。

 同時にラマイカさんは白兵戦においては邪魔となるユニットを切り離す。

 切り離されたブースターユニットはそのままヴルンヒルダに特攻をかけた。


 されるがままになっているヴルンヒルダだが、それも当然で、彼女にとって一連の攻撃はさしたるダメージをもたらすものではなかった。


 羽虫が肌を撫でたようなもの――鬱陶しいが、実害はない。


「ならばッ!」


 『晴天の勝利者』は単独で飛行が可能らしい。

 背中の飛行ユニットが展開して戦闘機のような翼となる。

 更に、右腕に装着した騎兵槍のごとき装備が、その先端に光を集めていく。

 次の瞬間放たれたビームは、ヴルンヒルダの皮膚に穴を開け、肉を貫いた。


「血換炉のエネルギーを直接攻撃に転化したのね」


 ヴルンヒルダは即座に新兵器の正体を看破する。


「問題ない。使用には相応のチャージ時間が必要と見た。次に撃ってくるまでに、受けたダメージは修復できる」


 その台詞は1本取られたことへの言い訳じみていると思うのは、ボクの気のせいだろうか。


「うるさいぞ!」


 ヴルンヒルダの表皮を構成する使い魔が、蝙蝠の形をとってラマイカ機を襲う。

 バーニアを噴かして急速離脱、複雑な軌道を描いて使い魔達を引き離そうとするが、使い魔達は誘導ミサイルも顔負けの速度と追尾性能を発揮して獲物を追いかける。


 ラマイカさんは機体を急上昇させつつ、ミサイルを発射。

 方向転換のために速度を緩めた状態で爆炎の洗礼を受けた使い魔達はそのほとんどが炭と化した。


「――カリヴァ!」


 あの人がボクの名を呼ぶ。


「カリヴァ・カシワザキ! 聞こえているはずだ! カリヴァ君! 君はそんな邪竜の下僕に堕ちるほど、弱い人間ではないはずだ!」


 随分高く評価されているものだ。


「おまえの魂胆は読めたぞ、ラマイカとやら。カリヴァの意識を覚醒させることで、私からこの肉体の操作能力を奪うつもりか? だが、残念だったな。それは無理だ。何故なら――この小僧は私の行動に賛同してくれている!」

「!?」


 一瞬の動揺は致命的だった。

 『晴天の勝利者』の翼を使い魔が直撃する。

 たちまち飛行ユニットを食い潰していく使い魔。

 ラマイカさんは飛行ユニットを切り離し、自爆させるしかなかった。


 鋼鉄の翼を失ったWGを地球の重力が容赦なく引きずり下ろす。

 瞬く間に砂粒ほどの大きさになった『晴天の勝利者』――だがしかし、大きく弧を描いて再び上昇。


 その背中にはぬめぬめとした肉でできた、蝙蝠の翼が生えていた。

 ヴァルヴェスティアとしての真価を発揮した『晴天の勝利者』が、ビームライフルから光を放つ。

 使い魔によって強化されたそれは、光の剣ビームサーベルとして襲いかかった。


 光の剣がヴルンヒルダの胸を切り裂く。


「チッ――!」


 戦闘においてヴルンヒルダが忌々しげに舌打ちするのを、ボクは初めて聞いた。


「カリヴァ君、本当か? 君は本当に、ヴルンヒルダの蛮行を支持するというのか!」

「蛮行と片付けるか。正当な復讐と言ってもらいたいな!」

「おまえには聞いていないぞ、吸血鬼! どうなのだ、カリヴァ・カシワザキ!」


「……ボクは。人類が、生き残るべき存在とは思えなくなりました」

「そうか。よかろう」

「は?」


 あっさり――承認された?


「君がそれを正義だと、男児が尊厳を賭けて成すべき大義と信ずるなら、それもよかろう。滅ぼしに来るがいい。私は全力でそれを阻もう。何故なら私は、君の思想に真っ向から異を唱える者だからだ」

「そう言うと思っていました」

「私は君がそう来るとは思わなかったぞ。何が不満なのだ、この世界に。それは君が、地獄に生まれてきたからなのか?」

「……地獄?」

「リシュリューの奴が自慢げに言っていたよ。君と自分は地獄で生まれた者同士、理解者だと」

「理解者……」


 正直辞退したいけれど。


「……そうですよ。ボクは本来、世の中を呪って生きているのが自然な人間だ。母に捨てられ、父に虐げられ、最愛の姉さえ失い、家族同然の人達も奪われた。これで――これでどうやってこの世界を愛せばいい? 何を根拠に世界を肯定すればいい?」

「…………」

「……ああそうか。ボクはずっと姉さんのために、姉さんとして生きようとしてたけど、違ったんだ。ボクは自分のために姉さんの真似をし続けてきたんだ……」


 生きる意味もない。生きていたくもない。

 そのくせ死ぬ勇気のないボクが生き続けるためには、姉さんの代理として生きるという大義名分が必要で、そうしていれば、自分自身の憎しみとも向き合わずに済む――。


「ボクは今まで自分として生きることからずっと逃げていた。姉さんは死んでからもボクを守ってくれていたんだ。でも、やっとボクにも、ボク自身のやりたいことが見つかりました」

「それが、人類の抹殺か?」

「はい。ボクは生き汚い人類の存在を許せない」


 きっと姉さんはそんなこと喜ばないけど――それでも、たとえ大切な人を悲しませてでも貫きたい思い、それこそが信念。信念を貫くことこそ、人間の生き方というものだ。


 ああ。ボクはようやく、自分の人生をはじめられたような気がする。


「人間は共存や調和を美徳としながら、同時に異なるものを攻撃し排除したがる生き物だ。その二枚舌は断罪されるべき悪徳だと考えます!」

「ほう、君自身完璧な人間ではあるまいに、他人の欠陥を批判し、裁こうというのか」

「自分も同じ立場なら――なんて理由で犯罪者を見逃す警察官がいますか? 自分も守らなかったからと子供を躾けない親がいます? 同じ命だからと害獣を野放しにする農家は?」

「…………」

「ボクにヴルンヒルダを押さえつけさせたかったんでしょうが、逆効果でしたねラマイカさん。ボクは、かえって自分の行動に自信を持てました!」

「そうか。それはよかった」


 ラマイカさんは少し笑った。寂しそうに。


「カリヴァ君。私は君が好きだ」

「はあ!?」

「最初はヴェレネの奴に厄介な用事を押しつけられたと思ったさ。だが、いつからかはもう忘れたが、私は望んで君を守りたいと思うようになっていたのだ」

「そうですか。あなたは本当にユニークな人ですね」


 ボクにとってボクは愛すべき価値の全くない人間である。

 きっと他の人間にとってもそうだろう。

 だからボクはラマイカさんの告白など懐柔策の一環としか思わなかった。


 仮にそうでなかったなら――彼女のズレたセンスはここまで救いようのないものだったのかと哀れむしかない。


「強い戦士は好きだ。戦うべき時に戦える者が好きだ。そのうえで、吸血人に身内を殺されたという君が、それでも復讐ではなく正義と理想を選んだところが決め手だった」

「それはボクが姉さんの――正しくは、ボクの考える理想の人間のシミュレートをしていただけで」

「行動と結果が全てだ。正直者の悪人よりは嘘つきの善人の方がずっと良い」


 だからカリヴァ君、とラマイカさんは続ける。

 もうやめろ、と。


「カリヴァ君、君は自分がこれまで偽りの生き方をしてきたと思っているようだがそれは違う。理想の人間像、かくありたい自分に向かって邁進するのが真の人間だ。己の欲望に正直な人間などは、ただのケダモノ、畜生に過ぎん。今の君にはさして魅力を感じないぞ、カリヴァ・カシワザキ!」


 『晴天の勝利者』が光の剣を正眼に構える。


「君は信念を得たのではない。信念を捨てようとしているのだ。ならば私は君を愛する者として、将来の血婚相手フィアンセとして、君を正道しょうどうに立ち返らせよう!」


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