New Machine
輸送機が、火を噴いた。
大きく傾き、重力に引きずり下ろされていく巨体。
その中に守るべき新型機があるというのはデマかブラフであってほしいとジル・ド・レは願ったが、であればJDが慌てるはずもなかった。
(また、守れぬのか)
あの時も自分は聖女を守れなかった。
それが叶っていれば、
「ジル・ド・レ! 避けろ!」
過去の苦い体験への追憶が、ジル・ド・レの反応を鈍らせた。
砲撃が機体を掠める。左側のマニピュレーターが2本とも吹き飛んだ。
衝撃で『青髭』は転倒する。
その時、地に這ったジル・ド・レは見た。
1体のWGが新たに基地敷地内へ乗り込んでくるのを。
風のように駆けるダークレッドのその機体が、輸送機に向かってジャンプする。
飛び乗ろうというのか。無理だ。
そもそも飛び乗れたところでどうなる。共に地面に叩きつけられて死ぬだけであろう。
だがダークレッドのWGは更にジル・ド・レの予想を上回る行動に出た。
開放されたままの、そのWGのコクピットハッチ。
放物線を描いて飛ぶWGが頂点に達した瞬間、そこからトゥームライダーが身を乗り出す。
まさか、身1つで飛び移り、新型機に乗り込むつもりか?
馬鹿なことを、と思った時点で既に命知らずなトゥームライダーは機体からジャンプし、輸送機のへしゃげた外壁の割れ目に手をかけ、腕の力だけで潜り込むという一連の流れをこなし終えていた。
そのスムーズな流れはまるで動画を早回しで見ているよう。
しかしその瞬間にも、輸送機は落下を続けている。
地面側に傾いた翼の先端が滑走路に接触し、紙細工のように潰れた。
次の瞬間には胴体部分が地面にぶつかり、轟音と共に大きく機体を歪ませる。
そのまま火花を散らせつつアスファルト上を滑り――爆発した。
先程のトゥームライダーが乗り込んでから10秒と経たぬ。
あれでは死にに行ったようなものだ。
だが、しかし。
燃え盛る輸送機の屍から、打ち上げ花火の如く何かが天に打ち出される。
使い魔で構成された翼を背中に従えた、
『陽光の誉れ』よりも一回り大きく、鋭角的なシルエット。
「機体名『ウォルター』。個体識別名
引き絞られた矢のように、
その圧でジャム・ミストがかき消える。
「はッ!」
まばたき1つする間の出来事だった。
金色のWGが使い魔を束ね、右手に槍を形成。残るヘリと護衛のWGをなぎ払い、戦車の主砲を切り落とし、キャタピラを貫いて動きを封じる。
3秒とかからぬ間に、もうこの戦いに決着がついてしまった。
「……なるほど。たいした腕前だ。新型機と君に賭けようとする、VKの気持ちが理解できた」
「
ラマイカはWGでうやうやしく一礼してみせる。
「さて、戦車の乗組員。武器を捨てて大人しく出て来い。投降するなら命までは奪わない」
「信じられるか!」
戦車からは敵意のこもった声が返ってきた。
ここに至ってなお闘志を失わない姿勢に、ジル・ド・レは敵ながら感服する。
十中八九、何らかの向精神薬の賜物だろうが。
「わからないな。黒のリシュリューのような狂人ならばいざ知らず、君達までが吸血人をそうまで
「人間様の血を吸う化物を、殺そうとするのは当たり前だろうが!」
「私からすれば、動植物問わず手当たり次第に食い散らかす雑食人の方が、世界にとって厄介な存在ではないかと思うがね」
いや冗談だよ、とラマイカはWGの手を使って気色ばむ雑食人達をいなした。
「牛や豚だって、それだけの知能と力があれば家畜の身分から脱したいと思うだろう。君達が捕食者の手を逃れたいと思うのは、わかる。だがな、吸血人が現われてから、いったい何百年経ったのだ? もういい加減、上手い付き合い方を学んでもいいと思うのだがね――」
いや、付き合い方は確立されていたはずだ。
血を吸われたくない者はVK外へ、血を吸われてでもその傘下で保護されたい者はVKへ。
そしてWW2以後、VKは侵略戦争を行っていない。
それでもなお、生物として捕食者への恐怖は拭えないのか。
「そうとも」
敵兵は言った。
「さっきあんたが見せた曲芸を見て、俺は確信したよ。人間様にとって、おまえらは存在しちゃいけないものだってな!」
「君等に理性がある程度には、我々にも理性や親愛の情というものがあるのだがな」
「信じられるか!」
「……そうだな。大戦時に会った捕虜も、同じことを言っていたよ。その時の彼とはそれなりに仲良くなれたのだが……、雑食人はあっという間に老いて死ぬ。築いた信頼も深めた理解も、世代が変わればその度にやり直し……か」
結局のところ彼等にとって吸血人は異人種でさえなく、伝説の中のモンスターに等しいのか。
(だとすればカリヴァ君も……?)
あまり深く考えたくない、と思い、自分がただの子供からの評価に怯えている事実に気づいたラマイカは、誰も見ていないコクピットの中で己の頬を叩いた。
「レディ・ラマイカ!」
自分達に近づいてくるジープから、ラマイカは聞き慣れた声を耳にする。
戦闘車両の後部座席には、ロルフとヴェレネの手を振る姿があった。
捕虜への対応は基地の兵士に任せ、ラマイカはWGを降りてロルフに近づく。
「御無事で何よりです、レディ」
「君も来ていたのか、マドラス主任」
「僕が――僕等がいなくて、誰があんなものを完成させられるんです?」
第6実験小隊はラマイカより先にグライド海軍基地に到着していた。
もちろん新型機を即時実戦投入できるよう仕上げるためである。
「如何ですか、ヴルフォード改は?」
「『ウォルター』だ。女王陛下直々のリクエストでな。個体名称は
「意味、あるんですか? その、女王陛下の命名ですが」
「さあな。だがあの方がわざわざ
「どうせノリでしょう、今まで通り」
見抜かれていたか、とラマイカはわずかに口の端を持ち上げた。
「――いい仕上がりだ。初陣があの程度では、可哀想だな」
「お褒めに与り光栄の至り。武装制限が撤廃されたので、使い魔を抜きにしても一線級のWGとして戦えるようにしました。フル装備だと、パージ可能なホーミングミサイルポッドを肩と手足に計6カ所、両肩後方のサヴアームにマシンガン、左腕に
「接近戦用の武器は?」
「
艦隊の1つ2つ軽くひねり潰せそうだ、とラマイカは思う。
それでもヴルンヒルダ相手では
「……あの」
それまで黙っていたヴェレネが、おずおずと手を挙げる。
「……ラマイカ様は、カリヴァをお討ちになるおつもりですか?」
その声は平坦だったが、もしイエスと答えれば腰に提げた拳銃を抜くことも辞さないという強い意思が込められていた。
「カリヴァ君は必ず助ける」
ラマイカは断言した。――眉をひそめ、哀しげに。
そして続ける。
「私の、惚れた男だからな」
ヴェレネが小さく息を呑んだ。
「すまない。君に頼まれて面倒を見ているうちに、私は、彼を好きになってしまった、らしい」
ラマイカの予想通り、ヴェレネは世界が終わったような顔をした。
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