United Front


 WG5機、戦闘ヘリ2機、戦車1両――。


 それがグライド海軍基地を襲った戦力の全てであり、ヴルンヒルダによってほとんどの戦力を失った同基地にとっては100万の敵にも等しい大部隊であった。


「何故だ」


 グライド基地司令バークレーの自制心は、デスクを叩き割らないでいることにフル活用されている。


「あいつらはなんなんだ。全人類があの魔竜に滅ぼされるかもしれないというときに、いったい何をやってるんだ。何故あれだけの戦力があって、あれだけの――」


 老いてなお、いや老いたからこそストレス耐性のない上司に、副官は嘆息した。


「落ち着いてください司令。そんなことを言ってもしょうがないでしょう」

「納得がいかん」

「現実が人間の納得などを気にかけてくれたことが1度だってあったでしょうか。我々はただ目の前の問題に取り組むべきです。進級試験の答案用紙を渡された学生のようにね」

「しかしだ、こういうときにこそ敵味方を超えて手を取り合うのがヒューマニズムというもんじゃないかね。勝てないと悟って、せめて死ぬ前に恨みを晴らそうとでもいうのか。嘆かわしい」


 結局司令は愚痴を吐きたいだけなのだが、副官にはそれに付き合う必要を見いださなかった。


「ヒューマンドラマならあそこでやってますよ。どうぞ御観覧ください。本官は忙しいので」


 副官の指したモニターの中で、2機のWGが互いをかばい合うように襲撃者と戦っている。


 1体は黒いWG『死神デスサンソン』。乗っているのはJDだ。

 もう1体は青いWG『青髭』。操るは継ぎ接ぎの肌を持つ6本腕の少年、ジル・ド・レ。


「どういう風の吹き回しでござるか、偽聖女。お主は彼奴等の尖兵ではなかったのか」

時代錯誤アナクロな年寄りどもの介護をする孝行娘ごっこに飽きたんだよ」


 世界がヴルンヒルダに滅ぼそうとされている段になっても、VK打倒・吸血人撲滅という目的に固執する大人達に、JDは心底落胆させられたのだ。


「オレはバカだけど、あの魔竜ドラクルを見れば、雑食人だ血吸虫だの言ってる場合じゃないって、気づく!」


 チヤホヤされていい気になっているだけの人形ではなかったのだな、とジル・ド・レは思った。


「そういう旦那はいいのかい? オレを歴史から消し去りたいんじゃなかったのか?」

「ヴルンヒルダが片付いたら、そうさせてもらうでござる。絶対不可侵にして神聖なジャンヌの存在を穢した罪、逃れえぬものと思っていただく」

「オッサン、そういうの、キモい。ジャンヌ・ダルクだって屁もするし糞もひり出すし足も臭いただの女だろ。それをいい歳した男が絶対不可侵で神聖とか夢押しつけてさ。アイドルオタかよ。マジウゼェ」

「……今すぐ決着をつけてやろうか!?」


 VKの敵だったJDが、そのJDを大罪人として付け狙っていたジル・ド・レが、敵味方の枠を超え悪態をつき合いながらも共に戦う。

 それは基地司令好みのヒューマンドラマだったかもしれない。

 だがドラマ同様、現実の前では儚いものだった。


 わずかに残っていた基地本来の防衛戦力――それを屠った戦闘ヘリがJD達に迫る。


 機動性においてWGを凌駕し、また空から攻撃できる戦闘ヘリはWGにとって脅威だった。

 しかも基地の敷地内には身を隠すものがほとんどないときている。


 そのうえ、2機のWGに守られた戦車が射程外から砲弾を撃ち込んでくるおまけつきだ。


「ジル・ド・レ。オレの配下になれ」

「なに?」

「正確には、オレの聞いた神の声に従え。生き残りたければ――いや、勝ち残りたければ」

「……いいだろう。指示オーダーを寄越せ、偽聖女」


 黒と青、2機のWGは散開して戦車に向け突進。

 それを阻むように戦闘ヘリが移動。いや、移動しようとした。


「ジル、2時80度、2発!」


 ジル・ド・レはその指示を忠実にこなす。

 青髭の4本あるアームのうち1つに握られていたパイルガンが、何もない虚空へ向かって2発の金属杭を射出する。


 直後、杭弾の進路へ吸い寄せられるようにヘリが割り込んできた。

 杭弾は今まさに放たれた対地ミサイルの弾頭にぶつかって火花を散らす。


 その瞬間、火球がヘリを呑み込んだ。


「移動! 正面5歩、左6歩!」


 もう1機のヘリから放たれた機銃の火線、戦車からの砲撃は紙一重でジル・ド・レのWGを仕留め損なった。


「これが妖声でござるか……。自分の危機以外に効果はないと聞いたが」

「おまえが生きていることが、オレの生存確率を上げるのに有用なうちはおまえの危機も救ってやれる」


 裏切るとわかればその時点で切り捨てられるということか。

 もちろん、この状況でJDを敵に回す気はジル・ド・レにはなかったが――。


「まずい!」


 JDが叫んだ。


 戦車の副砲から何かが打ち出される。

 円柱形の缶のようなそれは、地に落ちるやいなや白い煙を吐き出す。

 たちまち敷地内は白い闇で包まれた。


 ただの煙幕ではない。

 レーダーを撹乱し通信を妨害するジャム・ミスト。


「ジル……通……駄……」


 デス・サンソンからの通信が途絶えたことで、JDが何を焦っていたかジル・ド・レは悟った。


 青髭とデス・サンソンの相対距離はそこまで離れていない。

 にも関わらずこうまで通信が妨害されてしまうのは、どうやらこの煙幕は改良型か強化型らしい。


 ジル・ド・レは青髭を移動させる。

 あまり進まないうちに、さっきまでいた場所で爆発が起こった。

 事前の位置を頼りに、戦車が予測射撃を行ったのだ。


 JDも元いた位置からは大きく動いているだろう。

 合流は困難だ。迂闊に動き回れば衝突する危険性もあるし、戦車の中にいる敵兵はWGの駆動音から位置を特定しようと必死に聞き耳を立てているはず。


 ヘリのローター音は聞こえなくなっていた。

 不利を察して戦場から離脱したのだろう。


 ジル・ド・レは戦車のキャタピラが地を削る音や、砲塔の旋回音が聞こえてこぬものかと耳を澄ませる。

 周囲は水を打ったように静かだ。


おかの上で潜水艦戦の真似事をする羽目になるとは)


 長い時を生きてきたが、まだ潜水艦に乗ったこともなければその戦い方を学んだこともない。

 しかし心配することはないだろう、とジル・ド・レは気楽に考えることにした。


 敵も味方も目が見えぬ。だがJDには神の声がついている。

 戦車はきっと彼女がなんとかしてくれるだろう――そこまで考えて、自分がかつて本物の聖処女と共に戦っていたときのような心強さを抱いている事実に、ジル・ド・レは自己嫌悪に陥った。


 その時。


 背後の闇の奥から、低いエンジン音が響いてきた。

 普段なら気にもならなかっただろうが、今の静謐せいひつな戦場では狼の雄叫びにも似た存在証明となる。


(敵の援軍か――いや、これは)

 

「ジル!」


 JDの緊迫した声が響いた。外部スピーカーを使っての直接音声。

 自分の位置を特定される危険を犯してまで、伝えなければならないことか。


「ここの馬鹿、新型機を脱出させるつもりだ!」


 ジャム・ミストを隠れ蓑に利用できると考えたのだろうが、そうは問屋がおろすものか。

 いったん戦域から離脱した戦闘ヘリが、誘蛾灯に惹きつけられる羽虫のように、輸送機のエンジン音へと殺到する。


 おそらく戦車のターゲットもそちらへ向いていることだろう。


(駄目だ、新型機を失ってしまっては――)


 たかが1機のWGがヴルンヒルダを止められると、本気で信じているわけではない。

 それでも新型機が最大の戦力であり、兵士達の精神的支柱になるものである以上、失うわけにはいかなかった。


 エンジン音の発生源に向かって突進する青髭。

 その傍らを何かが高速で通り過ぎていく。


 戦車から放たれた砲弾は、離陸したばかりの輸送機を直撃。

 わずかな間、輸送機はそれをものともせず上昇を続けたが――やがてその内側から火を噴き、大きく機体を傾かせた。


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