Encounter


 グライド基地はVKスコットランド州にある海軍基地だ。

 ヴルンヒルダに対して人類が繰り出せる最強のWGたる『ヴルフォード改』あらため『ウォルター』――女王陛下の意向であれば断ることはできない――が、そこでラマイカを待っている。


 問題は――ラマイカがそこに辿り着くことができるか、という点だった。


 というのも、彼女の乗った輸送機は何者かの狙撃によって撃墜されてしまったからだ。


「まいったな――」


 闇の中、森林公園に身を潜めるWGのコクピットで、ラマイカは独りごちた。

 今、彼女はVKの量産型WG『エレオノーラ』のコクピットにいる。


 機体は輸送機に搭載されていたものだ。

 女1人を送り届けるだけの用事に、何故WGを載せた小型輸送機が使用されることになったのかラマイカはずっと疑問に思っていたが――もしかすると女王はこの事態を見越していたのかもしれない。


(まさかな)


 ラマイカはエレオノーラのコンディションをチェック。

 エレオノーラはVKのシンボルカラーである臙脂色ダークレッドに塗装された第3世代型WGだ。

 第2次世界大戦末期に活躍した名機『レオノーラ』、戦後からしばらくの間VKを守護した『レオノーラ改』の血脈を継ぐ機体である。


 円柱を基本にした装甲板に、機械式人工筋肉を内蔵した標準的なモデル。

 突出した能力がない代わりに目立った欠点のない、安定して使いやすい機体だ。

 しかしヴルフォードという高性能機に乗っていた身からするといささか以上に物足りないのは否めない。


 武装はWG用マシンガンと斧刃剣ソードトマホークがそれぞれ1つずつ。

 マシンガンの予備弾倉、2。


 墜落した輸送機から飛び降りたにしては、機体の損傷も微々たるもの。


 だから――やれる。


 わざわざレーダーマップに目を走らせずとも、ラマイカは自機を取り囲むように動くWGの影に気づいていた。

 おそらくは、輸送機を撃墜した者の仲間だろう。

 数は3つ。ラマイカが脱出したのに気づき、トドメを刺しに来たようだ。


「念のいったことだ。だが好都合」


 ラマイカは、輸送機のパイロット2人の顔を思い浮かべた。

 気さくで明るい、ともすれば頼りなささえ感じてしまう若い兵士達だった。

 輸送機が地面に激突する寸前、一方は母さんママ、と小さく呟いた。その声がまだ耳に残っている。


「仇は討ってやる」


 鬱蒼と茂る木々を掻き分け、1体のWGが背後から飛び出してきたのは次の瞬間だった。

 紺碧こんぺきに塗られたWG『ギヨティンヌ』。

 いまだ振り向きもしないエレオノーラに向かって、右手のWG用コンバットアックスを振り上げる。


 ギヨティンヌのトゥームライダーにとって誤算だったのは、背面にコクピットのあるWGで背中からの体当たりを敢行するような馬鹿が目の前にいた、ということだ。


 端から見れば特攻にも等しい愚行だ。

 頭に血の上った新兵がそれを行うことはたまにあるが、少しでも操縦に慣れたまともなトゥームライダーなら普通やらない。


 しかしラマイカ・ヴァンデリョスはまともではなかった。

 かといって、頭に血が上っていたわけでもない。

 彼女はWGのコクピットがどれだけ頑丈か熟知していたのだ。


 手斧が振り下ろされるよりも早く、敵の胴にコクピットをぶつけるラマイカ。

 ぐしゃりと装甲板を歪ませたのは敵の方だった。

 尻餅をついた敵の、装甲板の歪んだ箇所を狙ってラマイカは剣を突き立てた。


「まず1機」


 銃声。

 別の敵機が放ったマシンガンの火線が闇を切り裂いた。

 しかしそこにもうラマイカの機体はない。

 マシンガンを放った敵の背後にいる。


「2機」


 コクピットハッチの隙間に差し入れた剣先が、その奥にあった柔らかい肉に突き立つ。

 ぬるりとした感触が、WGのアームを通じて操縦桿を握る手に伝わってくる。


「乗っているのは雑食人か。闇の中で吸血人と戦おうなどと、愚かな」


 ヴルンヒルダは世界を闇で覆ったが、おかげで24時間体制で動けるし、闇の中では感覚が研ぎ澄まされるし、吸血人にとってはそう悪いものではない。


「あと1機――」


 吸血竜の作る闇の中で、ラマイカはもはやレーダーや視覚に頼ることなく敵を察知することができた。

 ラマイカから逃げるように――実際逃げているのだが――離れていく敵の存在を捉える。


 もちろん、逃がしはしない。

 ラマイカは追いかける。なかなか追いつけない。敵も全速力だし、単純な移動能力においてこっちとそこまで性能差があるわけではないからだ。


(『陽光の誉れ』ならば木々を飛び越えてひとっ飛びというのに!)


 乗っている間は不安定で信用ならない機体だと思っていたが、いざ降りてみるとその性能が頼もしい。


 そうこうしているうちになんとか追いついた。

 WGのメインカメラは夜間でも補正によって昼間のように見ることができるが、それにも限界があり、やはり夜の森を移動するなら吸血人に軍配が上がる。


 即座に敵WGの腕を武器ごと叩き切り、ラマイカは詰問する。


「おまえ達は何者だ。人類総がかりで魔龍と戦おうというこの時期に、何故私達に牙を剥いた?」

「見逃してくれ。俺は騙されたんだ!」

「騙された――?」

「そうだ、あのリシュリュー……」


 ドン、と空気が揺らぎ、敵WGの頭が吹き飛ぶ。

 間髪入れずもう一度轟砲音が森を騒がせ、コクピットに大穴を開けたWGがどう、と倒れ伏す。


「貴様――」


 2発も撃たれれば、弾丸の飛んできた方向はわかる。

 ラマイカの視線の先、切り立った崖の上に、黒く塗装された狙撃用WG『ウイリアム・テル』が立っていた。


「はじめまして――といっても顔は見えませんが。黒のリシュリューと申します、美しきヴァルキュリア・オブ・ヴァンパイアよ」

「気取った口調がサマになるような御面相であることを願うよ、Mr.リシュリュー。中身の方はあまり期待できないようだからな」


 リシュリューが声を押し殺して笑う音がした。

 それでラマイカは、彼が『自分の登場を盛り上げるため』に仲間を、それも自分の名を発した瞬間に狙撃したと理解した。


 この闇の中、正確にWGの頭とコクピットを貫く技量があるのなら、助けることは容易だったはずなのに。


「何故我々の妨害をした。人類の希望を背負っていると言えるほど私は傲慢ではないが、人類のためにそれなりの武者働きはするつもりだ、あの巨竜を止めるためにな。君達『吸血人嫌い』は、まだあの竜が吸血人だけを滅ぼしてくれる都合のいい存在だと思っているのか?」


「まさか。あれは吸血人も雑食人も、そして妖怪変化達さえ始末してくれるでしょう」


「始末『してくれる』――か。君はもしや、世界の終わりをみたいと思っているクチかな」


「そうなります。世界が滅びる様など、そうそう見る機会はありませんからね。これを逃しては次にいつ見られるかわからない」


「君には、愛する隣人がいないのか」


「いませんし――また、いたとしても世界平和のためにはやむを得ない犠牲です」


 ラマイカは柳眉を寄せる。


「世界の終わりを見たがる君が世界平和を尊ぶか」


「矛盾しているとでも言いたげですな。しかしそうでもない。人間が真に人類愛を発揮できるのはせいぜいが家族や友人くらいまで。もっとも、人間に愛などというものがあればの話ですが。なのにどうでしょう、人類はあまりにも増えすぎたとは思いませんか。誰1人欠けても立ち行かなくなるまで数を減らす必要がある」


「今でも――」


「綺麗事を言う者が笑われるのは、それが現実に全く寄り添わないからですよミス・ラマイカ。ごく一部の例外はあれ人間などいくらでも代わりがいる。余って仕方がないほどに。それは人が人を道具にし、使い潰し、切り捨て、敵として排除してきた歴史が証明している」


「だから……『使い潰したら後がない』『切り捨てたら替えがない』『排除すれば自分も死ぬ』くらいにまで人類の総数を削減させるだと……?」


「そうして初めて、人類は平和を手にすることができる。故に私はずっと吸血人と雑食人の戦いを煽ることで3度目の世界大戦を引き起こそうとしていましたが、そんなものよりあの竜の方が徹底的にやってくれる」


「貴様は狂っている」


「存じ上げております。そして自分が悪だということも。私は悪の中に生まれ、悪を教えられて育ち、それに気づいたときにはどうしようもなく悪の黒に染まっていた。今更この世の正義が私を受け容れることはないでしょう。あったとしても、それは贖罪者としての生を要求する。私は光の下で胸を張って生きたいのです」


「自分の犯した罪をなかったことにしてか」


「ただの子供が、誰にも教えられぬのにある日突然『正義』に目覚め、大人達の言い分を否定し、人生の第1歩目から周囲の圧力をはねのけそれを貫いて生きていけるというなら、私は確かに罪人であると認めましょう」


 リシュリューの言い様に、ラマイカは嘲笑で応じた。


「生まれてくる場所を選べなかった、そんな今更どうしようもないことで癇癪かんしゃくを起こして世界を丸ごと破壊するか。大物ぶってはいるが、実のところかっこつけで見栄っ張りでわがままな子供だな、貴様は」


「そう言えるのは、あなたが恵まれた環境に生まれてきたからですよ。地獄の中に生まれてくるということは、あなたが考える以上に切実で、忌まわしいもの。……私の目的はともかく、その点だけは刈羽君も理解してくれました」


「…………!?」



 ラマイカの覚えた謎の敗北感を表現するように、遠雷が鳴った。

 いや、雷ではない。爆撃音だ。


「そうそう、パイロットだけではなく機体の方にも刺客を送り込んでいたのです」


「グライド基地にも貴様の部下が――!?」


「あなたを足止めするという、私の役目は達成されました。流石、生まれの良い方は御行儀良く話を聞いてくれる」


 リシュリューは含み笑いをした。

 用は済んだとばかりに漆黒のウイリアム・テルは踵を返して去って行く。

 それを追いかけるより基地に急ぐべきだとラマイカは判断した。


「……カリヴァ君も、地獄に生まれてきたというのか……?」


 家に引き取る際、柏崎刈羽の経歴に関しては軽く調べた。

 だがそんなものは結局、彼の表層を撫でたに過ぎないのだろう。


 リシュリューの方が自分より刈羽の理解者たりえるのではという考えは、脳裏の片隅にいつまでもちらついてラマイカを苛立たせた。


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