10:この世とは 終わる為にぞ 在るものと ドミノを弾く 神の指先。

Queen


 ラマイカ・ヴァンデリョスはいつになく緊張していた。

 希少な高位吸血人であっても、VKの女王カーミーラに謁見えっけんする機会はそうそうない。


 ラマイカは『吸血鬼対策本部』と表札に書かれた粗末なビルディングの玄関を開けた。

 女王自ら指揮をとる、あの巨竜への対抗部隊本部としてはあまりにも粗末な建物だが、現状まともに機能していて一定以上の広さがあり交通の便利な建物といったら、此処くらいしかない。


 民間のビルを接収したものなのでビル本体のセキュリティは無いにも等しい。

 だが廊下には一定間隔で歩哨ほしょうが立っており、己が身を賭しても女王を守るという強い意志を発していた。


「――失礼します、女王陛下。ラマイカ・ヴァンデリョス、参上致しました」

「お入りなさい」


 スーツに身を包んだ老女がラマイカを出迎える。

 顔に刻まれた皺は隠せないが、色褪せたはずの髪は美しい銀色に染め直され、背筋はしゃんと伸ばされていて、声にも張りがあった。


 全身から1国の女王としての矜持きょうじを発散するその老女に、ラマイカはうやうやしく膝をついた。


「まあ、お転婆娘がお上品になったものね。でも膝までつく必要はないわ。ここは18世紀の宮殿バッキンガムではなくてよ」


 でもあなたには古式の方がよく似合うわね、と女王は言った。

 皮肉なのかそうでないのかは判別がつかない。


 女王は執務室のデスクから応接間のソファに移動し、ラマイカに着席を促す。

 すぐに使用人がラマイカの紅茶を運んできた。


「『ヴルンヒルダ』の情報は共有されていると思うけど」

「はい」


 ヴルンヒルダ。

 『蒼穹の頂』とハンプが融合して生まれたマシーン・ドラゴンに対して、女王自ら決定したとされるコードネームだ。


 ヴルンヒルダはまず、グレートブリテン島全土を焦土に変えた。

 それを見て吸血人殲滅を目論む者達はを味方につけようと考えたらしい。


 偉大なる巨竜よ、我々もお供します。共に悪しき吸血人を滅ぼしましょう。そしてゆくゆくは世界を――というわけだ。


 それは逆に彼女の逆鱗げきりんに触れた。

 自分にすり寄ってきた蝿を無造作に叩き潰したヴルンヒルダは、VK外にまで攻撃の手を伸ばし始めたのだ。


 今はヨーロッパ大陸が攻撃されている。じきに中東やアジアにもその脅威が迫るだろう。


 彼女は常時自分の頭上に暗雲を発生させており、衛星兵器や大陸間弾道ミサイルICBMでは狙い撃つことができない。

 おまけに、『蒼穹の頂』かハンプに搭載していたECMまで己の力にしたらしく、強力な妨害電波により、ヴルンヒルダ周辺ではレーダーが使えない。


 つまり、人類は全長1キロにも届こうかという巨竜に対し、戦闘機や戦車、WGでの有視界戦闘を挑むほかなくなったのだった。

 

「ヴルンヒルダは、西暦1353年にモラヴィアで発見された吸血鬼です。わたくしは彼女に血を吸われ、吸血人になりました」

「…………」


 ラマイカは女王の言葉をどう受け止めたらいいか迷った。

 吸血人は不死ではない。人間に比べれば長寿であるが、寿命はある。

 ヴルンヒルダが吸血人の裏切りでいっときの死を得たのは1400年より前のこと。当時の人間が生き残っているわけがない。


「彼女が血を吸ったのはわたくしだけ。そしてわたくしが、王達を吸血人にした。わたくしは高位吸血人以上に吸血鬼に近い存在なのよ。だからこそ、こうして女王などと祭り上げられている」

「…………」

「ヴルンヒルダは黒いドラゴンでした。陽の下にあってもなお暗き闇……。まだ雑食人であった頃、あの方の背中に乗って空を飛んだこともあります。今でこそ摩天楼まてんろうや飛行機は珍しくありませんが、当時あの高さから見る光景は、神の視座を得たような気分でした。ピレネー山脈まで見通せるかのような……」


 女王は美しい思い出を振り返るような目をした。

 それがふと、憂いを帯びたものへ変わる。

 その美しい思い出を与えてくれたものを、彼女は切り捨ててしまったのだから。


「一部の臆病な者達が進言したこと、彼等に抵抗するには私はまだ幼すぎた――といっても言い訳にさえならないでしょうね。私は彼女の死刑執行書にサインしてしまったのです。これがその報いというなら、受ける覚悟はあります。ですが、それは今を生きる吸血人にはなんら関わりの無いこと。未来を作る者は先祖の罪を学びこそすれ、背負うべきではないのです」


 女王はラマイカの目をじっと見る。


「ラマイカ、あなたは首相ルスヴンから、ヴルンヒルダ討伐を命じられていますね」

「はい」


 『青髭』との戦闘で大破した『陽光の誉れ』は工廠こうしょうに送られ、そこでドーンレイ経由で軍部主導による強化改修が施されていた。


 元々はハンプ攻略作戦が失敗に終わったときの保険だ。だがそれは今、魔竜退治の最終兵器として利用されることとなった。


 所詮は血換炉の実験用機でしかなかったヴルフォードとは違う、純然たる戦闘兵器。


「名前はなんというのだったかしら」

「今のところ、『ヴルフォード改』ですね。上は吸血鬼殺しクルースニクと名付けたかったようですが、白い獣クルースニクはむしろあっちですからね」

「そうね……。なら、『ウォルター』はどうかしら?」

「ウォルター? 誰の名前です?」


 WGに人名をつけることはVKでは慣習化している。

 ティアンジュの乗っていた『へティー・ケリー』は有名なダンサーだし、最新量産機である『ヴーディカ』は古代の女王だ。

 『ヴルフォード』だって、初めて吸血鬼を発見した人物から取られている。


 だが、女王はラマイカの質問には答えず、そっと人差し指を唇に当てた。


「それで、ここからが本題なのだけれど」

「はい」

「わたくしを、彼女のところに連れて行ってくれないかしら?」

「……WGは1人乗りですので」

「腕の中に抱えてくれればいいの。なんなら小鳥のように肩に止まってもいいわ」

「WGのサイズ的には、小鳥どころか鸚鵡オウムですな」


 限りなく吸血人に近い彼女なら、高速で移動するWGの肩に座り続けることも可能だろうとラマイカは思った。

 しかし。


「駄目です」


 VKの淑女としてはしたない行為だが、詩的表現も婉曲えんきょく表現も使わず、ストレートに拒否する。


「まあ、女王の命令を無下にはねつけるなんて、最近の騎士はなんて薄情になったのかしら」

「女王の命に関わることなら、化石と化した騎士とて首を横に振るでしょう」


 女王は生贄になるつもりだ。自分の命と引き替えに、ヴルンヒルダを止めようと考えている。


「……もはや、あなたの命で終わる問題ではないのです、女王陛下。裏切りは1度、されど定命ある者なら死んでいた。それで、ヴルンヒルダはもう人類を不倶戴天ふぐたいてんの存在と学習してしまった――そんな感触があります」

「しかし、あの巨竜を止める手段は他にないのではなくて?」

「確かに、新型WGでどうにかなる相手ではないでしょう」


 もしそうなら、グレートブリテン島が焼け野原になることはなかっただろう。


「ですが御安心を。勝算はあります」


 女王の顔は、過去の罪を悔いる1人の人間のものから、怜悧れいりな女王のそれに変わる。


「――適うなら聞かせてもらいたいわ。この老いぼれが安心して眠れるように」

「厳密な科学理論を語る口を持ち合わせていないことをお許しください、陛下。私に可能な範囲で説明致しますと、あのマシーン・ドラゴンは取り込んだWGの機能を拡張するかたちで利用しています」

「それは聞いているわ」


 女王は壁を見つめた。

 VKの――特に吸血人向けの――ビルに窓はないが、もしあったならその向こうに広がる黒い雲が見えただろう。

 ヴルンヒルダの生み出す夜空よりも暗い黒雲は、午後2時のVKを真夜中のように覆っている。


 しかもこの雲は、今や地球全土を覆い尽くしているというのだ。


「レーダー、ECM、エアスラスター、レーザー砲――。我々人類よりも有効に活用しているとか」

「そしてそれにはトゥームライダーも含まれます」

「…………」

「大量の使い魔を統御する器官はどこなのでしょう。科学者達はそれを、取り込まれたトゥームライダーの脳だと考えています。ブルンヒルダはあの巨体を制御するOS、プログラム、CPU、そういった役割を、カリヴァ・カシワザキの脳に委託していると」

「巨竜の息の根を止めることはできなくとも、トゥームライダーだけを殺すことなら可能――だと?」

「いいえ、女王陛下」


 本当にそんなことができるのか――。そんな迷いを振り切るように、ラマイカは女王へ宣言する。


「カリヴァ君は、私が必ず救出します」


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