9:産声に 呪いをこめて 鬼は泣く。苦界に堕ちた 我が身を嘆き。
元凶
『……VKを襲ったテロに対し、国連はVKに対する軍事的支援を決定し……』
ガリリアーノさんの車に手錠で縛り付けられた状態で、ボクはそのニュースを聞いた。
「VKだけじゃなく、世界を敵に回して、あなたは何をやってるんです」
「人類のための尊いお仕事だよ」
「吸血人だって人類には違いない」
「本気で言ってるのか、てめえ」
「そうだよ、メリー」
後部座席に座るボクの隣で拳銃を突きつけながら、伊久那が言う。
「所詮あいつらは人間の血を吸う化物だよ。ライオンとウサギを同じ檻の中では飼えない。人間が安心して眠るためには、奴等を駆逐しなくちゃいけない」
「ボクは今でも快食快眠だけど」
小粋な切り返しをしたつもりだったが、ウケは悪かった。
『人の叡智は自然の理だって乗り越えられる』、というのは姉さんの言葉だ。
姉さんの言葉だからこそボクは支持しているものの、信じてはいない。2人に言ったところで笑われるだけだろう。
「おまえは人間だろう。何故あいつらの肩を持つ。ヴァンデリョス家での生活がそんなによかったか?」
ガリリアーノさんはイライラした様子で言った。
ボクの受け答えが気に入らないのもあるだろうが、メインは渋滞の所為だろう。
他の都市でこそ日常を維持しているが、標的となったロンドンではそうもいかない。
脱出しようとする人々のために、大通りは大混雑になっていた。車道だけでなく、歩道にも荷物を抱えた人々が並ぶ。遮光ローブを着込んだ吸血人もいれば、雑食人もいる。
「おいおい、こういう時でも優雅にティータイムがVK人のたしなみじゃなかったのかよ」
「そういう人もいるから、さっきの店が開いてたんでしょう」
「あたし達、雑食人には手を出すつもりはないんだけどな」
「流れ弾も相手を選り分けてくれるならよかったんだけどね」
結局、ガリリアーノさんは車を捨てる選択を取った。
路肩に乗り捨てていく人間が多い中、きちんと空いた駐車場に停めていったのは、流石は元警官といったところか。
ボクは手錠から解放された。しかし安心した背中に、銃口が押しつけられる。
「……抵抗しませんよ」
伊久那の使い魔達は彼女の服の下でじっと息をひそめている。
だがその気になれば昼の光の下でも、ボクを殺してまた服の下に戻るくらい一瞬でこなしてしまうだろう。
姉さんは何も言ってくれない。ボクが助かる可能性が全くないからだ。
ガリリアーノさんに背後をとられるのを警告してくれなかったのもそういうこと。
大人しく相手に言われるままにしておくのが最も安全なのだった。
「で、いつまで歩けばいいんです。このまま市街に出るんですか」
「黙ってろ」
避難誘導を行う警官達に視線を巡らせながら、ガリリアーノさんが低く呟く。
彼等の目をかいくぐり、裏道へ入る。
そこからビルに入り、階段で上った先の部屋――ホテルのスイートルームがゴールだった。
「ようこそ、刈羽君」
黒い髑髏の仮面が両手を広げてボクを出迎えた。
驚いたことに、その隣にはJDもいる。
「なんで、JDが此処に……?」
「司法取引だよ。オレを元いた場所に帰せば、テロの標的から外れる『かもしれない』って話をしたら、気の早い貴族様が出してくれてな。ただの仮定の話だったのに、マジウケる」
これだから吸血貴族は、とガリリアーノさんが吐き捨てるように言った。
「ジャンヌ、君用のWGは手配済みだ。ガリリアーノと共に、伊久那里奈の護衛につけ」
「了解」
ボクを残して、伊久那達は出ていった。
さて刈羽君、とリシュリューは椅子に腰を下ろし、ボクにも向かい側の席を勧める。
「……刈羽君。我々と一緒に戦う気はないかな」
「どうしてボクを? ボクは1度あなた達を裏切っている」
正確に言えば、裏切るも何も最初から仲間ではなかった。彼等の吸血人排斥論に賛同したことは一度もない。
それに『穏便に済ませてほしい』というボクの要望を裏切ったのはリシュリューが先だ。
「ジャンヌから聞いたが、君は妖声憑きらしいね。合点がいったよ」
「合点……?」
「君はとっくに死んでいるはずだったんだよ、刈羽君。君の住んでいた施設に、タンクローリーが突っ込んだあの時に」
「…………」
「そして君の死は、吸血人の貴族に恥をかかせたがために謀殺された哀れな犠牲者として、我々の吸血人排斥運動に彩りを添えてくれるはずだったのだ」
「…………!」
2つわかったことがある。
リシュリューは、『吸血人』と言った。廃映画館で演説したときのように『血吸虫』とは言わなかった。
ガリリアーノさん達は吸血人に強い怨みを抱いているが、彼自身はそうではないのだ。
何か別の目的があって、彼等の復讐心を煽っているに過ぎない。
そしてもう1つは、あの事件が――孤児院の崩壊、そしておそらくはその後の病院襲撃でさえ、リシュリュー達の企んだことだということだ。少なくとも、ボクを哀れな犠牲者のリストに載せる『はずだった』というのは、最初から全てを掴んでいたことになる。そして掴んでいながら何もしなかった。
「……あんたが、元凶か」
リシュリューは拍手するように手を打ち鳴らした。
「流石だ。そうでなくては」
「どうして、そんなことを!」
「そんな月並みなことを言わないでくれ、刈羽君。同じ舞台役者同士、仲良くしようじゃないか」
「舞台役者……?」
その時、部屋の扉が開いて、メイド服の女性が紅茶とお菓子を運んできた。
「長い話になるんだ。VK式に優雅に行こう」
「刈羽様、お着替えの用意もできております」
「お着替え……?」
「そんな格好は君には似合わない。いつもの姿を見せてくれないか? 衣装はこちらで選んだものだが、ミス・ガローニャのセンスは、きっと気に入っていただけると思う」
ボクはメイド――ミス・ガローニャに連れられて隣室に移った。
ベッドの上にはドレスが3着。ミス・ガローニャはあらかじめ数種類候補を用意していたのだった。
「これなど、如何でしょう」
「ああ、いいですね」
ボクは適当に返事をした。
「じゃあ、着替えるので出ていってもらえますか」
「あら、刈羽様は1人でドレスが着られるのですか?」
「……着替えないという選択肢は」
「あるとお思いですか?」
ミス・ガローニャはにっこりとボクの服を脱がせようとする。
脱ぐくらいは自分でできるので、それだけは辞退した。
10分後。
純白のドレスを身につけたボクを、リシュリューは感嘆と共に出迎えた。
「良い。実に良い仕事をしてくれた、ガローニャ!」
「お褒めに与り光栄で御座います」
椅子をひいてボクを座らせると、ミス・ガローニャは深々と一礼した。
「やはり君には可憐なドレスが似合う。ホワイトというのは気にくわないがね。少年である君が少女の衣装を着こなすということ、それは性差という神の摂理に対する、人類の勝利といえるだろう」
心なしかリシュリューの声はうわずっている。
威圧的な髑髏の鉄仮面より、むしろそのテンションの方が怖ろしい。
「――時間もそろそろだろう」
時間。そうだ。窓の外では太陽が西の水平線へ退場する寸前であった。
そして一足先に夜になった東の彼方、月と共に下を向いた卵のような物体が空に昇っていく。
「あれが……ハンプ」
「『ウフ・ブルイエ』と我々は呼んでいる。さあ、観戦しようじゃないか。VKの兵士達が、どう立ち向かうかをね」
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