茶会


 ロンドンが、炎上している。


 避難する市民が乗り捨てていった車に混じって、あちこちに放棄されたトラック――その荷台の中にテロリスト達がWGを隠していたことを、当局は早い段階でキャッチしていたらしい。


 しかし市民の避難、ハンプの捜索と併行してWGの摘発を行うのは困難であった。しかもトラックの中には荷台を開ければ爆発する仕掛けのトラップも混じっており、哀れな警官達を巻き込んで爆発炎上したトラックの炎は、避難する人々に恐慌をもたらす結果を招く。


 だからハンプが帝国戦争博物館の上空に出現したとき、避難はまだ完了していなかった。

 しかし、使い魔を放ちつつレーザーで街を攻撃するハンプを放置するという選択肢はない。

 出動した戦闘機や戦車、WG部隊の前に、摘発を免れたテロリストのWGが襲いかかる。その足元を、混乱した市民達が逃げ惑う。


 そんな地獄の光景を高層ホテルの窓から見下ろしながら、ボクとリシュリューはお茶会を始めていた。

 リシュリューは鉄仮面のまま紅茶を飲み、スコーンをかじる。彼の仮面は被ったままで飲み食いができるように設計されていた。念の入ったことである。


「あなた、こんな事してていいんですか」

「私は脚本家だ。もうシナリオは提出した、後は監督や俳優達に一任させてもらう」


 そこでボクは己の失態に気づいた。なんてこった、うっかりして紅茶に砂糖を入れるのを忘れていた! ボク自身はノンシュガーでも平気だが、姉さんの代理としては角砂糖を10個は入れなくてはならなかったというのに。

 テロリストの親玉の前だからって――いやだからこそ、冷静さを欠いてはいけない。気を引き締めなければ。


「吸血人は雑食人にとって脅威であり、吸血鬼ともなればもはや絶対的な恐怖の対象だ。その恐怖に押されるようにして、ヨーロッパの文明は発展してきた。もし吸血人が歴史に現れなければ、科学技術の発展はもう少し遅れていたし、WGなんてものは着想こそあれ実際に造られることはなかっただろう」

「……それが?」

「吸血人を排除し、夜に安心して眠ることは、ヨーロッパで生きる人々の悲願だったのだ。今に始まったことではない。VKから遠く離れた東の島国で生まれた君にはピンとこないだろうがね。だが、吸血人を滅ぼすなんて夢想でしかなかった。昼、闇雲に家を壊して回ればいいというものではない」

「…………」

「しかし世界大戦におけるVKの苦戦は、夢想があながち夢想ではないことを示してしまった。最早やりようによっては、雑食人でも吸血人を駆逐しうると人々は知ったのだ」

「それが今の状況ですか」


 戦闘機部隊がハンプに接近。建物の影に隠れていたWGがミサイルランチャーを放つ。すぐさま回避行動に移る戦闘機部隊。ああ駄目だ、逃げ切れない。ミサイルの着弾を受け墜落した戦闘機が市街に炎の花を咲かせる。


「組織が優勢のようだ」

「今だけでしょう。国連軍がすぐそこまで来てるんです。援軍が来ればヴァルヴェスティア1機なんて」


 リシュリューは含み笑いをした。


「……第2次世界大戦後、吸血人排斥運動は活発化した。一応は協調路線を歩んだVKに対する手前、おおっぴらにはやれなかったがね。そうする中で、吸血鬼に対抗しうる吸血を生み出すために、組織はヴァルヴェスティアを造り上げた」

「VKが開発したんじゃなかったんですか?」

「彼等は、鎮圧した我々の基地から理論を記したファイルを奪い、それを元に完成させただけだ」


 そういえば、ロルフもゲスゲンさんも「自分が血換炉を発明した」とは言っていなかった。2人とも自分の功績を奥ゆかしく隠すタイプではない。

 思えば「自分こそ血換炉の発明者である」と名乗り出るような人物――白髪の老博士だとか飛び級の少年少女だとか――にボクは1度も会ったことがなかったのだった。


「血液転換炉は組織の方針を大きく転換させた。彼等にとって吸血人は滅ぼしてはいけないものになったんだ。何故なら、VKに住む吸血人を家畜化すれば、最低でも主要雑食人国家の電力不足がまかなえるのだから」

「……家畜化……!?」


 ラマイカさんやティアンジュさん、シスター・ラティーナが牛や豚のように飼育されている光景が、脳裏に走った。それは決して、愉快な想像ではない。


 ヴァンデリョス伯爵が血換炉の存在を隠していた理由がわかった気がした。

 それはゲスゲンさんが言っていたように面子の問題ではない。

 血換炉の正体を明るみにするなど、自分から餌になりにいくようなものだからだ。


「血液発電を世界的に利用するなど、吸血人に人権を与えていればできる所業ではない。もはや戦争ではないな。アフリカの黒人や、ネイティブ・アメリカンの悲劇の再来となるだろう。まあ、血液欲しさに植民地支配を広げたVKには因果応報とも言えるがね」

「……因果応報……。だからって、非人道的な」

「いつまた牙を剥くかわからん吸血人以上に、電力の源となる資源の枯渇も、人類を悩ます大きな問題なのだ。その2つが1度に片付く」

「でも、おかしいじゃないですか。吸血人は貴重なエネルギー源なんでしょう? なのに、グロウスターで何万人も死なせてしまうには、示威行動としてもやりすぎだ」

「そこだよ」


 仮面の隙間から紅茶を流し込みながらリシュリューは言った。


「吸血人は今や貴重な資源の1つだ。しかし憎しみは容易に人を盲目にする。ちょこざいな損得勘定など放り出してしまえるほどにはな」

「あなた達の暴走だと言うんですか……?」

「ああ、の暴走だよ」


 そう睨まないでくれ、と鉄仮面が軋みのような笑い声を上げる。


「吸血人に憎悪や劣等感を抱いている人間を掻き集め、手駒にしろと言い出したのは上の人間だよ。恨みを晴らすことで頭がいっぱいの人間は、格安で動いてくれる、格好の人形になってくれた。だがただほど高いものはないというか、お手軽に扇動される人間はお手軽に暴走するということを上の方々に教育してやる必要があった。彼等は――ガリリアーノ君達は本気でロンドン中の吸血人を潰すつもりだよ」

「……伊久那も」

「ああ」

「なんで、あいつを巻き込んだんです! 記憶操作までして!」

「彼女は吸血人排斥運動に賛同していたが、その一方でシスターの――否、親しい吸血人の存在が彼女を苦しめていた。だからいっそそんなもの綺麗サッパリ忘れさせて、復讐鬼へ振り切れてしまった方が彼女も幸せであるはずだ」

「親切のつもりか!?」


 怒りではち切れそうになっている自分に気づいて、ボクは冷静になろうとつとめた。

 そうして、思い至る。


 彼がわざわざボクを捉えて、こんな話をしている目的はなんだろう。

 勧誘?

 だとしたら――この鉄仮面にはまるでその才覚がない。

 実質的に捨て駒だと言っているような今までの台詞で、仲間に加わろうとする者がどこにいるものか。


「さっきもいったけど、もうすぐ国連軍が来る。あなた達の負けだ」

「国連軍!」


 突然、リシュリューは大声を出した。不覚にもボクは一瞬、竦んでしまう。


「刈羽君、おかしいと思わないのか? 国連軍なんてもの、そうホイホイ動かせるものではないだろう。あまりにも準備がいいとは、思わないか?」

「まさか――国連軍というのは見せかけで、あなた達の仲間ってことですか」

「見せかけではない。紛うことなき正真正銘の国連軍だ」


 ただ、君達の味方ではない――とリシュリューは言った。


「VK独力によるウフ・ブルイエハンプの殲滅は、残念ながら無理だろう。VKは国連軍に助力を得るしかない。だがそれを利用して国連は治安維持を口実にVK本土に居座り、事実上の占領下に置く。そしてやがてはVKに住む全ての吸血人を家畜にするのだ。血液発電の燃料として、計画的に数を増やし、管理するために」


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