呼声


 チャシュマが機体を突進させ、右腕のレバーを前方に押し込んだ。それに伴ってチープWGが槍を突き出す。

 それをボクは盾でいなした。槍をかまえながら滑るように敵の背後に回り込む。キュルキュルと音を立ててウインチから電力ケーブルが伸びていく。チャシュマが振り向いた瞬間、頭部のセンサーに一撃を――。


 ――って、駄目だ!


 動揺のあまり勝ってしまうところだった。せめて言いつけ通り負けておかなくては、伯爵から完全に誤解されてしまう。


 ボクはギリギリのところで槍を引っ込めた。


「今の動きはよかった。踏み込みがわずかに足りなかったようだがな」


 間合いを取ったチャシュマの頬には冷や汗が流れていた。ボクが我に返らなければあそこでやられていたと、理解できない男ではない。


「まぐれにしてもよくやったよ。ゴミみたいな髪飾りをつけるオカマ野郎にしては――」


 ピピーッ。


チャシュマが目を見開く。ボクの槍はチャシュマ機の胴センサーを狙い打っていた。おそらくチャシュマなどにはボクの動きは見えなかっただろう。歓声が轟いた。


「――ボクを馬鹿にするのはいいけど、この髪飾りを笑うのは許さない」


 驚愕の表情を浮かべたままのチャシュマを残し、陣地に帰る。伊久那達が笑顔で出迎えた。


「やったな! これで7-7、同点だよ!」


 しまった。ついカッとなって本気を出してしまった。

 落ち着け、ボク。冷静さを欠いている。それもこれもみんなあのお嬢様のせいだ。おのれ。

 ヘアピンを撫でて、雑念を払おうと努力する。 


「やっとやる気になったんだな。お嬢様の想いを受け止める決心をしたってことか」


 トリーリョがうんうんと頷いてそう言った。


「……そうなるのか?」

「そうだろ?」

「…………」


 肩を叩かれる。自転車組の最後の1人、フメリニツキーが真剣な顔でこっちを見ていた。VKに来て2年、いまだに英語も日本語も喋れない彼は身振り手振りと卑猥なジェスチャーで『おまえ伊久那とヤってたんじゃなかったのかよ!?』と訴えかけてきた。


「ヤってねえよ!」

「ん、どうしたメリー?」

「……伊久那には関係ない」


 背後からはチャシュマをなじる男爵の怒声が聞こえてくる。怖くて振り向けない。

 それでも次のラウンドが始まれば、相手の方を向くしかなかった。


 もはやチャシュマの顔に余裕はない。負けたらクビだとでも言われたのか、絞首台を前にした死刑囚のような悲壮感を漂わせている。


 ボクは勝負を焦ったふりをしてチープWGを正面から突進させた。チャシュマの技量ならカウンターで胸のセンサーを打つくらい、難なくできるはずだ。


 だがしかし、彼はそうしなかった。


「俺の方が、WGを上手く扱えるんだ!」


 どうやら、さっきのボクの一撃はチャシュマの対抗心を煽ったらしい。そして、自分の優秀さを証明するためには並の勝ち方では駄目だと彼は考えたようだ。


 なんとチャシュマは槍と盾を捨てた。機体を180度ターン、わずかにしゃがませる。ボクの槍はチャシュマ機の頭部右側をかすめて通過。それをチャシュマは両アームでつかんだ。そして肩でボクの機体を持ち上げる。


 わかりやすくいってしまえば、チャシュマはWGで1本背負いをしようとしたのだ。背負い投げというよりはむしろブレーンバスターになってしまっていたが、どっちにせよWGで再現するのは確かに並の腕前うででできることではない。技量の証明としては申し分ない。


 だが、大きな問題がある。それはボクの命が危ないということだ。

 投げ技なんて設計者の想定外だ。リングに叩きつけられてチープWGは無事で済むだろうか? 答えはノーだろう。剥き出しのパイロットはどうなるかなど、考えるまでもない。


 チープWGもろともに頭から床に叩きつけられ、首の骨が容易たやすくへし折れる。

 頭蓋が弾けるように割れた。

 最期に見えたのは、自分を完全に押し潰そうと迫る、砕けた自機の黒い影――そんな幻が脳裏を駆け抜ける。


 ああ。これがボクの最期か。


――あきらめないで、かりばちゃん!


「!」


 何かに操られるように、ボクの身体は勝手に動いた。床に叩きつけられる寸前、腰関節のロックを解除。機体の下半身ががくんと垂れ下がり、足底が地面に正対する。着地と同時に再度、腰関節をロック。膝の伸縮機能を最大まで利用、衝撃を中和。機体の股関節がベキン、と大きな音を立てたが、大破には至らなかった。


 ピピーッ!


 センサーが一際高く鳴り響く。

 見れば、何かの拍子に動かしてしまった左のアームがチャシュマ機の頭部センサーにヒットしてしまっていた。


『勝者、カリヴァ・カシワザキ!』


 ラマイカ・ヴァンデリョスが高らかに宣言する。


 ただの偶然、ラッキーヒットである。しかし観客はこれをテクニカルプレイの1つとして受け取ったらしい。盛大な拍手と歓声が送られた。チャシュマではなく、ボクに。


 だけどボクはそれどころではない。タラプールのことも伯爵のことも、ヴェレネお嬢様のことさえ頭になかった。

 勝利後の儀礼もそこそこにセコンド席に引き返し、チープWGから飛び降りる。


「やったね、メ――うわっ!」


 ハイタッチするつもりで駆け寄ってきた伊久那とぶつかりそうになる。肩を掴んで辛うじて回避。


「姉さんは? 姉さんがいたよね?」

「……は?」


 伊久那が眉をひそめる。打ち所が悪かったのか、といわんばかりだ。


「さっきボクが投げられそうになったときさ、『あきらめないで』って言った人がいるよね?」

「そうなの? あたしも頭が真っ白になってて……おぼえてない」


 人間が他人のことを忘却するとき、まず声から忘れていくという。だがボクはまだ覚えている。聞き間違えるはずがない。


 あの声は、死んだ姉の声だった。


「柏崎くん、さっきのヴェレネ嬢の告白に関してコメン――」

「ごめんなさい!」


 気の早い報道陣を押しのけ、ボクは姉の声が聞こえてきた方向に走る。


 ちなみにこの『ごめんなさい』は進路を阻む報道陣に対しての発言だったのだが、後日ヴェレネお嬢様に対しての断りの文句として報道されることになった。

 まあそれは問題ない。どのみち断るつもりではいたし――そもそも伯爵が許すまい――その時のボクの頭の中には姉のことしかなかった。


 しかし結局、どこにも姉の姿を見つけることはできなかった。




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