茶番劇
決闘のルールは至って簡単だ。
それぞれのチープWGのアームには先端を丸く潰された
この安っぽい得物で相手の機体各部に備え付けられたセンサーをタッチすれば加点となる。心臓部分のセンサーが5点、そこから肩、腕、足と心臓から離れていくごとに点数は下がっていく。先に10点先取すれば勝ち。ただし額のセンサーは10点で、つまりWGの頭――人体に比して小さめだ――を攻撃すれば一発勝利できる。だが首元から顔を覗かせている操縦者を攻撃してしまうと逆に失格負けとなってしまう。
どちらかが点を取る度に1ラウンド終了、1度陣地に戻り1分の休憩を挟んで次のラウンドが開始される。10ラウンド目終了後に決着がついていなかった場合は、その時点で獲得点数の多い方が勝ちとなる。それでも勝敗がつかなければ、あとはもう審査員による判定だ。
そして現在、試合は第3ラウンドまで終了した。電光掲示板に表示された数字は2-5。こちらが2で、向こうが5だ。
順調である。
同じ負けるにしても、わざと負けたのがバレるとボクの人望が危うい。特に伊久那からは何をされるかわかったものじゃない。そこそこ時間をかけ、それなりに拮抗しておく必要があった。
だが、それももういいだろう。ここらでカーテンコールだ。
ミネラルウォーターで喉を潤しつつ、リングの反対側にいるタラプール陣営を見る。既に勝ったかのような浮かれようだ。対照的に、ヴェレネ陣営は葬式ムードを漂わせていた。ボクを除いて。
「やっぱ、チャシュマは強いよなぁ……」
だらしなく自転車のハンドルに上体を預けたトリーリョがぼやいた。
「あーあ、あいつしばらく威張ってるだろうな。むかつく」
「そうだろうね」
「『そうだろうね』じゃねーよ! お嬢様が可哀想と思わねえのか!?」
伊久那はボクを噛み殺さん勢いで突っかかってきた。ヴェレネお嬢様に目をやると、今にも死にそうな顔で俯いていた。
不思議なことに、そんな彼女を見ても可哀想だという気持ちは1ミリもわいてこない。むしろ――不愉快だ。
面倒事を押しつけられたのはこっちだ。なのになんでこいつは自分が全ての不幸を背負ったような顔をしてるんだろう。
「……お嬢様」
「はい?」
「そんなに男爵との結婚が嫌なら、なんで断らなかったんです?」
「そ、それは……」
「だから知ってるだろ! お嬢様には心に決めた人が……」
伊久那がお嬢様をかばおうと横から割り込んでくる。
「伊久那は黙ってて。今、お嬢様と話してるんだ」
そう言われてまだ出しゃばるほど、伊久那は馬鹿ではなかった。
「そんな相手がいるなら、さっさと伯爵に紹介すればいい。もしそんな相手本当はいなくて、ただ時間が欲しかったのなら、正直にそう言えばよかった。その方がきっと、上手くいった」
「……わ……」
わたくしは――と、お嬢様は消え入りそうな声で言った。でも、そこから先が続かない。
なんだろう。イライラする。
「『わたくしは――』……なんですか? 聞こえませんよ」
「…………」
「あなたはそうやって俯いて、嫌だ嫌だと言うばかりだ。そうやってれば周りの人間が助けてくれれば楽ですもんね。でも自分の問題なんだから、自分でなんとかするべきだったんだ」
お嬢様は俯いたまま、何も言わない。
「――おい、メリー?」
トリーリョがボクの肩をつかんで揺さぶった。
「どうしたんだよ。おまえ、変だぜ?」
「そ、そう――かな。……そうかもしれない」
何を偉そうに自分の4倍ほど生きてる人間に説教しているんだろう、ボクは。説教される方もどうかと思うが。
「……カリヴァ?」
呼ばれた方を振り返ると、レフェリー役をしているシスター・ラティーナが困ったような笑顔でこっちを見ていた。
「ホイッスル、鳴らしたんだけど――どうする、棄権するの?」
「……すみません、すぐ行きます」
戦って負けるのはいいが、逃げるのは駄目だ。不名誉の極み。リープシュタット家に泥を塗ることになる。
ボクは飲みかけのペットボトルを置いて機体に戻った。
お嬢様は、結局何も言い返してこなかった。
ああ、本当に彼女はそっくりだ。小さかった頃のボクに。
ボクはあの頃のボクが嫌いだ。何もせず、守るべきものを失ってからようやく敵に牙を剥いた間抜けな自分が大嫌いだ。
故にボクは彼女も嫌いで、彼女が悲しもうが、意に沿わぬ結婚をしようが気にすることはない。ないんだ。
「第4ラウンド、はじめ!」
ボクとチャシュマは機体を前進させる。槍と槍がぶつかり合い、コーン、と拍子抜けな音を立てた。
「伊久那がおまえのこと買ってたから、どれほどのものかと思ってたが――、たいしたことはなかった!」
勝ち誇ったようにチャシュマが言った。ボクは取り合う気力もない。
正直、ボクにとってチャシュマは強敵ではなかった。逆にうっかり倒してしまわないように気をつけねばならなかったような相手だ。吠えれば吠えるだけ微笑ましささえ感じるくらいである。
なのに今は、ひどくむかついた。
打ちやすいように胸元をガラ空きにしてやる。胸を打てばチャシュマは計10点。この馬鹿馬鹿しい出来レースもおしまいだ。
……ピピーッ。
センサーが鳴った。電光掲示板の数値が更新される。2-7。チャシュマは胴を狙わなかった。奴が打ったのは右手だった。
どういうつもりだ? 目で問いかけると、チャシュマは白い歯を見せて陣地に帰っていった。
どうやらこっちをギリギリまで弄んでやろうという腹づもりらしい。
「知ってたけど――やな奴! やな奴!」
伊久那が歯ぎしりして悔しがる。ボクとしては別段悔しくはないが、その人物評価には同感だ。
陣地に戻ろうと回れ右したときだった。
『――みなさん!』
会場中に声が響き渡る。その声の主は、ヴェレネお嬢様だった。
セコンド席に座っていたはずのお嬢様は、いつの間にか本部席に移動していた。実況役のマイクを握りしめている。
『わたくしはヴェレネ・リープシュタット。次のラウンドを始める前に、言っておきたい、こ、ことがあります!』
観客席がざわざわと騒いだが、すぐに静かになった。聴衆はヴェレネ嬢の次の言葉を待っている。
『わ――わたくしには、お慕い申し上げている御方がいます。タラプール男爵の求婚に今までお応えしなかったのは、それが理由です。そ、その御方の名前は――カリヴァ・カシワザキ様です!』
…………。
……はあ?
その時――、会場にいる者全ての視線がボクに向けられた。鈍感なボクでも流石にこの人数に注目されれば、視線が肌を刺す痛みを認識せずにはいられない。
離れてはいても、貴賓席に座るリープシュタット伯爵の冷たい視線には嫌というほど鳥肌を立てさせられた。えり元からつららを差し込まれたようだ。叶うなら今すぐ彼の元に飛んでいって身の潔白を証明したい。
そしてリングの向こう側にいるタラプール男爵の目は憎悪の炎に彩られていた。そうですよね、平民に女を取られるとかそりゃプライド傷つきますよね。でも誤解なんです信じてください。
「あの女……! ちょっと耳に痛いこと言われたからって、ボクを悪者にしやがった……!」
「いや違うだろ」
伊久那のチョップがボクの後頭部に命中する。
「お嬢様はあんたが好きなんだって。気づいてなかったの?」
「気づくわけない……! 好かれるような要素もエピソードも何一つ思い浮かばないぞ!」
人が人を好きになるのに理由なんかないのかもしれない。だが無粋を承知で考察するとすれば、ボクはボクに似ている彼女が嫌いだったけれど、逆に彼女は自分に似ているからこそボクに親近感を抱いたというところだろうか。
『お父様、ごめんなさい……。それでもわたくし、彼に惹かれる自分を誤魔化すことができないの!』
「レフェリー! もう休憩時間は終わっただろう! 次のラウンドを!」
シスターはこの状況に戸惑っていたが、男爵の剣幕に押されるようにホイッスルを鳴らした。
「……確かに言いたいことははっきり言えって言ったけどさ、今言ってどうすんだよ。馬鹿なのあの娘?」
今まで自分の意思を表明できなかった内気なお嬢様が、大観衆の中で恋心を吐露してみせた。
いい話だ。感動的ですらある。
だが無意味だ。
決闘は始まってしまったのだ。もはや中止するという選択肢はないし、勝敗の結果も変わらない。ボクが負ければお嬢様は嫁に行かなくてはならないし、男爵は嫁に迎え入れねばならない。
新婚生活はさぞ気まずくなることだろう。
『彼が微笑んでくれる、名前を呼んでくれるだけで、わたくしは――』
「頑張れよ色
明らかに酔っ払っていると思われる声援がボクに投げつけられる。オカマじゃねえし。女装してるだけだし。
「――チャシュマ、命令だ! 奴を殺せ!」
「いや、流石に殺すのは……」
「ならば、さっさと奴を仕留めろ!」
「りょ、了解しました、ご主人様……」
ようやく憎むべき恋敵を見つけた男爵の怒りは留まることを知らない。
流石のチャシュマも引き気味である。
「……ボク、どうすれば……」
「決まってるでしょ」
伊久那は薄い胸を張った。フン、と鼻息をならす。
「お嬢様が根性見せたんだから、焚きつけたあんたも根性見せなきゃ駄目でしょうが!」
……そういうものか?
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