搭乗

 ボクと伊久那、他2名はピットからグラウンドに出た。低いフェンスで区切られた20メートル四方のリング外周に沿って横一列に整列。反対側には相手チームが同じように並ぶ。


『紳士淑女の皆様、お待たせ致しました』


 凜とした声が響き、ざわついていた観客席は一転して静寂に包まれた。


 壇上に若い吸血人女性が立っていた。二十代後半くらいだろうか、すらりとした長身を乗馬服のような衣装に包んでいる。

 不意に強い風が吹き、肩甲骨まで伸びた彼女の髪がはためいた。ライトの光を反射した山吹色の髪が星を散らす。その幻想的な美しさは、『花より団子』の典型例である伊久那でさえ見とれるほどだった。


「サンライト・ヘアーだ。初めて見た。綺麗……」


 吸血人の髪の色としては銀系統の色が普通だが、ごく稀に輝くような山吹色の髪を持って生まれる個体がある。

 もはや彼等が2度と拝むことのできない太陽を思わせるその髪を、吸血人達はサンライト・ヘアーと呼び、幸運の象徴として持て囃す。


『私は、ラマイカ・ヴァンデリョス。父ドーンレイ・ヴァンデリョス伯爵の代理として、この決闘の進行、及び見届け人の任を授かった者です』


「……美人だな」


 スクリーンに映った彼女の顔を見て、チームメイトのトリーリョが耳打ちする。

 実際、ラマイカ・ヴァンデリョスは貴族の娘らしい気品のある顔立ちをしていた。刃のように鋭い瞳には知性の光が輝き、薄い唇は意志の強さを表すかのようにぎゅっと引き結ばれている。女性にしては背丈のある均整の取れた身体を花のようにまっすぐ立たせたその姿は誇りと自信に満ち溢れていた。同じ伯爵令嬢でもヴェレネお嬢様がお姫様然としているのとは対照的に、こちらは大軍勢を先導する女王の風格を備えている。


 顔形の美しさに魅せられるというより、内面からにじみ出る力強さにむせかえるような人だった。だけど、それを認めるとなんだか負けのような気がした。


「……ボクの姉さんほどじゃないよ」

「おまえ、いっつもそれだよな」


 トリーリョは呆れたように言った。


『我が名において、これよりレディ・ヴェレネ・リープシュタットとロード・パクシュの決闘を開催することを宣言致します!』


 会場が拍手に包まれた。

 ラマイカ・ヴァンデリョスと交代するようにヴェレネお嬢様とタラプール男爵が壇上に昇る。


 初めて見るタラプール男爵は雑食人でいうところの20代前半の男性に見えた。ひどく痩せた男だ。平均より高い身長がその印象を更に強めている。髪の毛はぴっちりと7:3シチサンに整えられていた。なんとなく、銀行員みたいだなと思う。


 今回、彼は戦わない。ボクの相手をするのは彼の代理人で、代理人はボク同様、雑食人の使用人だ。

 運動面において吸血人と雑食人の差は圧倒的である。タラプールのような痩身痩躯でもそれは変わらない。それでも自分では戦わないあたり、見た目通り荒事を好むタイプではないのだろう。それとも小狡そうな目つきに反してフェアな人物なのか。


『わたくし、ヴェレネ・リープシュタットはこの決闘に敗れればタラプール・パクシュの妻となることを誓います』

『私、タラプール・パクシュはこの決闘に敗れればヴェレネ・リープシュタットに求婚する権利を放棄します』


「我等がお嬢様の進退がかかってんだぞ」


 伊久那が小声で言った。


「絶対勝てよな、メリー」

「……やっぱりミニスカートじゃなくてスパッツ履いてくればよかったかな」


 嘘をつきたくなくて、はぐらかしておく。


『選手、配置につけ!』


 リングには木製のジャングルジムじみた物体が2つ、向かい合うようにして置かれていた。

 高さ2メートルほどのそれにボクはよじ登る。サンダル状のペダルがついた足場を踏みしめ、複数ある操縦桿レバーのうち、中央の1本を握る。


「いつでも行けるぞメリー!」


 ジャングルジムもどきから伸びたケーブルの先には発電用自転車が3台並んでいる。その1つにまたがるトリーリョの言う通り、目の前で揺れるバッテリーゲージは満タンを示していた。

 セーフティ・ロックを解除しつつ、握ったレバーを手前に引く。

 ジャングルジムが起き上がった。クレーンめいたひょろ長い腕と、がに股の短い脚をもった3メートル大の歪な人型へと姿を変える。


 チープWG。

 『安物チープ』の名が示すとおり、鋼鉄の骨を木材で、吸血人の腕力をバネとモーターで代用したWGの模造品だ。


 大きさは3メートル弱しかない。WGがほぼ人型であるのに対して、類人猿じみた不格好な体型をしている。装甲らしい装甲はパイロットの正面だけ。WG――『歩くWalkingGrave』という名称の由来になった背面の棺桶型のパイロット保護装置は、こいつには存在しない。後ろからは操縦者が丸見えだ。

 動力は尻尾のように伸びたケーブルを通じて、自転車3台による人力発電でまかなう。必然、動きは制限される。


 本物のWGに比べると性能も見た目も断然劣る。競技用としてもボクらよりずっと小さい子供が使うものだ。それでもこんな不格好な代物に乗り込む羽目になったのは、施設の子供達に危険な真似はさせられないという保護者シスター・ラティーナの強い要望の結果だ。


 せっかくだから多少危険でもいいので本物のWGに乗ってみたい、という男の子のささやかな希望をシスターには理解してもらえなかったのは残念でならない。


『青コーナー、リープシュタット家代表、カリヴァ・カシワザキ!』


 ボクは上体保持のレバーをロック。左右のアームを制御するレバーに持ち替える。ペダルに右足を引っかけ、擦るようにして1歩前に出す。歯車やカムが軋みながら回転し、木組み細工のヒトガタにボクの動きをトレースさせる。

 そのまま1歩、2歩――。ボクに1秒と少し遅れて、チープWGが足を引きずるように進む。尻のウインチに巻かれた電力ケーブルがゆっくりと伸びていく。


 2本の足はあってもチープWGは普通に歩けるようにはできていない。足裏のローラーを片足ずつ転がし、床をこするようにして進む必要があった。気を抜くと両足の間隔が広がりすぎて股裂きの状態になってしまう。


 端から見るとその動きはユーモラスだ。観客席からの拍手と歓声にいくらかの嘲笑が混じる。


 居心地の悪さに、ボクは思わずヘアピンに手をやった。


『赤コーナー、パクシュ家代表、チャシュマ・カオルーソ!』


 反対側にあったチープWGがリング中央までのしのしと進み出る。観客からの拍手と歓声にパイロットのチャシュマはうやうやしく頭を垂れて返礼。年齢相応に筋肉質な褐色の肉体を誇示する。吸血人にとって雑食人の筋肉など張り子の虎同然なのだが、鍛えた身体はチャシュマの自慢だ。


「あの野郎、いい気になってられるのも今のうちなんだからね……!」


 伊久那が歯ぎしりしながら自転車のペダルを漕ぐ。


 チャシュマもまた、ボクらと同じ施設で暮らす仲間だ。ただ、アルバイト先が向こうだったので今は敵として立っている。もっとも伊久那にとってチャシュマは普段から敵だったが。


 生まれた国も文化も違う人間が一つ屋根の下で暮らせば、軋轢あつれきが生じるのは当然だ。そして軋轢はやがて派閥闘争へと発展する。

 伊久那に率いられるグループと、チャシュマをリーダーに仰ぐグループは事ある毎に対立してきた。今宵の決闘も、彼等にとってはその一環だった。


「メリー! チャシュマなんかぶちのめせ!」


 自転車組が声援を浴びせてきた。ヴェレネお嬢様がすがるような視線を送ってくる。

 ちくりと胸が痛んだ。


 ごめんね、とボクは心の中で呟いた。

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