傀儡舞


『大英吸血帝国の基礎知識』

 (荒墨出版『無知ゼロから始める世界ぶらり旅・VK編(2015年度版)』より抜粋)


 人類にとって吸血鬼なるものが伝承上の不確かな事物から歴史上に厳然として存在する生物となったのは14世紀の話である。

 当時欧州全土で猛威を振るっていた黒死病ペスト。その対策として、イングランド王国は伝説における吸血鬼の不死性に着目、国民総吸血鬼化計画を立案。吸血鬼を求めて各地に使者を派遣した。


 発案者とそれを承認した王は頭をやられていたに違いない。誰か止める奴はいなかったのか? よくもまあ笑わずにいられたものだ。あの島に昔からいる連中は言葉こそ丁寧だが言ってる内容は正反対のヒネクレ者ばかりだが、きっとこの時代にルーツがあるんだろう。


 とにかく、黒死病という切迫した死の恐怖に後押しされてか、狂気的計画は大真面目に実行された。古代中国には不老不死の霊薬を求め各地に特使をばらまいた王もいたというし、どいつもこいつも脳を病んでいた……じゃなかった、当時的にそこまでおかしな試みではなかったのかもしれない。


 最終的に使者の1人がモラヴィアで吸血鬼を発見する。計画は速やかに進行し、その翌年にはイングランドは銀色の髪と金色の瞳、蒼白の肌を持つ吸血鬼達の国となった。


 正確にいうと、吸血鬼とは国民総吸血鬼化計画以前から吸血鬼であるモノを指す。計画によって吸血鬼になった者とその子孫は吸血人と呼称される。

 いいかい、教えたからな。もしあなたが彼等を鬼呼ばわりしたら、ホームルームで他人を吊るし上げるのが大好きな学級委員長気質のまま成長の止まった連中に法廷で絞首刑を宣告されても当方は一切責任は負わないよ。

 ちなみにこの国に住む非吸血人は雑食人ざっしょくびとという。また1つ賢くなったかな。


 吸血鬼達は計画完了後、表舞台から姿を消した。騒々しい人間社会に疲れて自分達の住処に帰ったとも、その存在を恐れた時の権力者によって暗殺されたとも語られている。おそろしいことだ。


 吸血人の大きな特徴は以下の通りである。


・銀(灰、鉛)色の髪、金色の瞳、蒼白の肌

・日光に対する致命的な過敏症

  ※蛍光灯、LEDなどの光は問題ない。

・ニンニクに対するアレルギー体質

  ※ニンニク類の摂取には気をつけた方がいい。

   場合によっては傷害罪が適用される。マジだ。

・身体機能及び自然治癒力の強化

  ※同じ体格をしていても忘れるな。奴等は熊よりパワフルだ。

   私の女房よりは凶暴じゃないが。

・あらゆる病原菌への耐性

  ※それとをぶっかけていいかは別問題だ。

・発音障害

  ※あなたの名前を間違えたわけじゃない。寛容であれ。

   でないと墓石にその間違った名前を刻まれることになるだろう。

・暗闇でも目が見える

  ※それに伴い街灯は少ないので、雑食人が夜間出歩くのはオススメしない。

・平均寿命はおよそ320年

  ※どんなにイカす女がいてもそいつはあなたのグランマより年上だ。

   男の場合も御同様。



 特に身体機能の向上、それは原種である吸血鬼には遠く及ばなかったものの、ただの人間と比べれば圧倒的なものだった。世界最強の兵隊を得たイングランドは泥沼化していたフランスとの戦争に勝利、数年後にはグレートブリテン島を統一してしまった。そして彼等は領地と血液を求めて海外に植民地を広げつつ産業革命を成し遂げ、今日の大英吸血帝国――VKヴァンパイア・キングダム――の前身となる一大王国を築きあげる。


 だがしかし、賢明な読者諸兄は『盛者必衰』という言葉を御存知だろう。金持ちはドラ息子に財産を食い潰されるし、若きラガーマンは糖尿病のデブ親父になるっていう教えだ。同様に、王国の天下もまた長くは続かなかった。


 歩兵の強さに胡座をかいて近代兵器開発を疎かにしていたVKは、第1次世界大戦においてドイツが開発した戦車と戦闘機にこっぴどくやられた。

 更に第2次世界大戦においては妖怪までが現れ、VKの侵略に対抗するためアジア周辺諸国をまとめ上げてしまった。この『東亜人妖共栄圏』の参戦で大戦が2年で終わってくれたのは素晴らしい限りだ。

 そんなこんなで、雑食人を奴隷扱いしていた吸血人達は奴隷制を廃止し、以降は雑食人類と対等な立場での社会を築いていくことを誓わされたわけだ。


 こうして、捕食者と被捕食者が手を取り合って暮らす国、現在のVKが誕生する。


 もしあなたが雑食人で、生まれた国が苦痛でたまらないというのなら、いっそVKに移住しては如何だろうか。

 週に1度30ml――変動する場合あり――の血液献上の義務と、血液採取を円滑化するための器具『エイブラハム弁』を身体の何処かに埋め込むこと、ニンニク類の摂取制限――この3点を承諾できるなら、VKはどの国よりもあなたを歓迎してくれるだろう。

 なんと住居費・光熱費の半額、医療費の9割を負担してくれるし、今いる国であなたを悩ませているであろう税金の幾つかもここでは大きく控除してもらえる。


 では、次のページから詳しく説明していこう。




  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 VKの夜は騒がしい。

 吸血人達は闇の中でも光を必要としない。だから夜の街は一面の暗闇に沈んでいる。しかしそれでも、忙しなく街路を行く人々の動きが街に活気を与えていて、そこには生命の息吹が確かにあった。


 特に今宵、プリストル郊外の小さなデュエル・スタジアムには種族を問わず人々がつめかけ、彼等のために焚かれたライトがリノリウムのリングを明々と照らしていた。化石燃料の枯渇が世界中で騒がれているのに、豪勢なことだ。


 あともう少しすれば、ここでショーが始まる。演目の内容は、WGによる決闘。

 観客席の埋まり具合はそこそこ。娯楽に飢えた人々が、お祭り気分で開演を待っている。


 もし観客としてここにいたなら、ボクもジャンクフードとドリンクを手に浮かれ気分でいられただろう。けれど残念ながら、ボクは選手としてここにいるのだ。


「……やっぱり嫌だ。行きたくない」

「今更何言ってんだよ、メリー」


 ため息をついたボクの脇腹を、伊久那が小突いた。小声で叱責する。


「……お嬢様もいるのに」

「あ」


 振り返ればボクのすぐ後ろに、申し訳なさそうな顔をした銀髪の少女が立っていた。ヴェレネ・リープシュタット――今回の決闘の元凶であり、トロフィーだ。


「申し訳ありません、カリヴァ。わたくしが至らぬばっかりに」


 幸薄そうな顔を更に悲嘆に歪ませて彼女は言う。ボクが何か言いかけるより速く、伊久那が慌てて慰める。


「いえいえ、いいんですよ! アルバイトとはいえ従者の務めだし!」

「しかし、わたくしがちゃんとしていれば――」


 伊久那の言葉など耳も貸さず、ヴェレネお嬢様は自己批判をはじめる。いつものことである。

 ボクはため息をついた。


「いやまあ、決闘はいいんですよ、決闘は」


 百歩譲って、とはあえて言わないでおいた。


「ボクが不満なのは、なんでこう、大事おおごとになってるのかな、ってことなんです」

「それが、わたくしにもサッパリ……」


 決闘の話がまとまった途端、儲け話に目がない連中が砂糖菓子に群がる蟻のように集まってきたのだ。いったいどこから聞きつけたのやら。気がつけば小さなスタジアム1つ貸し切って、こんな騒ぎになってしまっていた。


 この少なくない観衆の前で無様に負けなければいけないわけだ。貴族ほどプライドに拘るタイプではないが、流石にこれは自尊心に酷い傷を負いそうである。伯爵にはボーナスを弾んでもらわなければ。


「申し訳ありませんカリヴァ、わたくしのせいで――」


 いつも通り、お嬢様は延々と自己否定のループを辿っていた。その横で伊久那は彼女を元気づけようと必死だ。


「だからもうそれはいいって言ってるじゃないですか、お嬢様? ほらあんたも何か言いなよメリー!」

「お嬢様、結婚したくないのなら火鼠サラマンダー皮衣レザージャケットでも要求すればいいんですよ」

「…………? よくわかりませんが、カリヴァは博識なのですね!」


 『竹取物語』を元ネタにしたジョークはVK人のヴァレネお嬢様には通じなかったし、言外に込めた「ボクを巻き込むな」というメッセージも伝わっていないようだった。

 まあ、なんだか気を取り直したようなのでよかったと言うべきだろう。


 だというのに、伊久那はひどく不満そうだった。


「なんで一言『姫様のために全力を尽くします』って言えないかな?」

「…………」


 全力を尽くして負けるつもりだからだ、とは流石に言えない。伊久那のことだ、リストラされようがお嬢様の肩を持つだろう。


 廊下の向こうから妙齢の女性が駆け寄ってきた。シスター・ラティーナ。ボクや伊久那が寝起きしている移民用孤児院の管理人だ。ちなみに吸血人である。


「みんな、そろそろ位置について。お嬢様も司会席へお進みください」


 今宵コンパニオンとして駆り出された彼女は、豊満な肢体をバニーガールのようなコスチュームに包んでいた。動く度に重そうな胸が揺れる。これを見られただけで今回の騒ぎに巻き込まれた元は取った――と思っておくしかない。


「カリヴァ」

「はい、すみません」

「え? 何を謝るんです?」


 よこしまな視線を気づかれたかと思ったが、そうではなかった。


「どうか怪我をしないよう。あなたに神祖カーミーラ様の御加護がありますように」


 シスター・ラティーナは歪んだ五芒星の首飾りを掲げる。シスターといっても彼女はキリスト教徒ではない。VKの国教に制定されている、吸血人の祖にしてVKの女王カーミーラを生き神として仰ぐカマイラ教の信徒である。


 ボクも自らの無事を祈って拝んだ。カマイラ教の御守アミュレットにではなく、その下にあるシスターの胸の谷間に対してだが。


「――カリヴァ」


 首を45度傾けると、慎ましい胸――ではなかった、ヴェレネお嬢様がすぐ前に立っていた。近い。あと1歩前に進んだら額をぶつけそうな距離だ。存在感が薄いとはいえど、いつの間に接近してきたのか。


「……なんでしょう、お嬢様?」

「…………」


 お嬢様は顔を赤らめ、目を閉じた状態でしばらくプルプル震えていたが、意を決したように、


「――あなたにカーミーラ様のご加護がありますように!」


 叫ぶように祈ると、シスターに連れられて大会本部へ戻っていった。


「――さあ、あたし達も行くぞ、野郎ども!」


 伊久那が声を張り上げる。

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