第3章

8:継ぎ接ぎの 膚(はだ)に秘めたる 臓腑(はらわた)に。詰めて忘れじ 綿の白きを。

継接


「――それで、私はどうすればいいんだ?」


 ボクの報告を聞いたラマイカさんは苦笑いを浮かべた。


「私は裏切り者を責めればいいのか、それともラボを救ってくれた勲功者を讃えればいいのか、あるいは見事に自称ジャンヌ・ダルクを仕留めたエースを褒めてやればいいのか」

「…………」


 既に陽は昇っていたが、破壊されたラボの地上階部分にもはや遮光能力はほとんどない。

 シュラウドスーツ姿のままのラマイカさんはなんとかその長身を隠せる日陰を見つけると、段差に腰を下ろしてヘルメットを脱いだ。

 ふう、と深い息をつく。


「……そうだな、まずは紅茶でも淹れてきてもらおう」

「できるかどうか、見てきます」


 ボクは殴られて腫れ上がった頬を冷やすためにも給湯室へ引っ込んだ。


 ちなみに他の職員は地下シェルター内に避難したままだ。

 シェルターに損傷は見られない。血液のストックはあるのだから日没まで待機していてもらおう、というのがラマイカさんの方針だった。


「おい、オレはいつまでこのままなんだ? 逮捕なり銃殺なりさっさとしてくれよ。マジだりぃ」


 ラボの外に停められたヴルフォードの足元、機能停止状態になったデス・サンソンからJDの声が響いた。

 デス・サンソンは仰向けの状態――コクピットハッチを地面で押さえ込まれた状態にしてある。


「もうすぐお迎えが来る。そのまま大人しくしていろ」


 ラマイカさんの言うとおり、2台のWGキャリアが到着したのは間もなくのことだった。

 対WGテロ部隊、ファング・フォース。


「ごきげんよう、随分と斬新なリフォームをしましたわね?」


 キャリアから降りてきた桜色のシュラウドスーツは、ティアンジュさんだった。もう日も昇ったというのに働き者である。『無能な働き者』でなければいいのだけれど。


WGキャリアから2体のWGが発進する。円柱を積み上げたような臙脂色ダークレッドの機体は、VKの制式量産機『エレオノーラ』だ。


「ティア、敵の輸送艇はどうなった?」


 挨拶もそこそこにラマイカさんが尋ねる。ボクも耳をそばだてる。ガリリアーノさんは、ゲスゲンさんは、無事脱出できただろうか――そう考えて、もう2人の心配をする必要などないことにボクは気づく。


 なんであなたに話さなければならないの、と渋っていたティアンジュさんだったが、ラマイカさんに見つめられて根負けした。


「戦闘ヘリ部隊は敵の輸送艇を撃破したとのことですわ。燃料タンクに直撃したらしく船は炎上、生き残りは捜索中ですが、まあ、あまり期待できないでしょうね」

「そうか」

「…………」


 もしゲスゲンさんが本当に死んだのだとしたら肩すかしの顛末もいいところだ。

 けれどこれが現実というものだろう。


「だが気を抜いてはいられない。敵はきっと、すぐに仕掛けてくる」


 ラマイカさんは言った。


「どうしてあなたにそんなことが言えますの」

「簡単だ。もうすぐ夜が長くなる」


 夏ももう終わりに近づいていた。これからどんどん日没が早くなり、午後4時頃には暗くなってしまう。

 つまり吸血人達の活動時間が長くなるわけで、そうなる前に敵が畳みかけてくるに違いないとラマイカさんは言っているのだ。


「カリヴァ君、紅茶は?」

「あ……駄目でした。茶葉がみんな吹っ飛んでて」

「飲みたいなら、スモレンスクに用意させますわ」

「いや、いい」


 ボク達が話している間にも、2体のエレオノーラは黙々とデス・サンソンの移送作業を勧めていた。

 エレオノーラを載せていたキャリアに、今度はデス・サンソンが積み込まれる。


――かりばちゃん!


 突然、姉さんの声が響いた。


「ラマイカさん、ティアンジュさん、敵が来ます!」

「は? 何を馬鹿な――」


 何か大きいものが風を切る音。

 飛んできた物体に、エレオノーラの1体が胴を串刺しにされ、転倒。


「なに……!?」


 それは1本の剣だった。

 剣の柄頭にロケットブースターがついている。名付けるならソードミサイルとでもいうべきか。 


 誰に命じられるまでもなく、ラマイカさん、ティアンジュさん、そしてボクはそれぞれの機体に乗り込んだ。

 待機状態にしてあった機体はすぐに息を吹き返し、メインカメラが敷地に飛び込んできた『敵』の姿を捉える。


「なんだ、アレ……?」


 それは奇怪なWGだった。


 腕が4本ある。左右だけでなく、胸部中央と背中から右手とも左手ともつかない腕が伸びているのだ。

 それぞれの手には阿修羅よろしくトマホーク・スピア・ソード・パイルガンが握られている。

 しかもそれは胸部を1周するリング状のフレームによって位置を変えることも出来るようだった。


 だが奇妙なのはそこだけではない。

 4本の腕のデザインはそれぞれ異なっていた。別々の機体のものを継ぎ合わせたようだ。


 その継ぎ接ぎ感は腕だけではなく、全身に及んでいる。

 胸部、腰部装甲スカートアーマー、脚部――その全てが別々の機体の部品で構成されていた。

 頭部など規格さえ合っていない。片方だけ腫瘍に冒されたように醜く膨らんだシルエットになっている。


 ただ、機体色は目の覚めるような青で統一されていた。


「なんなの、あのパッチワークWG……」


 ティアンジュさんが呟いた。

 それに気を害したというわけではないだろうが、青いWGはへティ・ケリーに襲いかかった。


「近づくんじゃないですわよ、気持ち悪いッ!」


 へティ・ケリーは右のアイアンヨーヨーを投射。それを紙一重で避けた『継ぎ接ぎパッチワーク』の手の1本が、伸びきって力を失ったチェーンを掴み、引っ張る。


 へティ・ケリーが前に引きずられた。すごい出力パワーだ。


「カリヴァ君、フォローを!」


 ボクとラマイカさん、そしてもう1体のエレオノーラの乗り手が3方向から青いWGに襲いかかる。だが青いWGは残りの腕でボクらの攻撃をさばいてみせた。


「この動き、電子制御じゃない……。1本1本の腕にそれぞれ乗り手がいるようだ」


 ラマイカさんはそう呟いたが、WGのサイズ的に4人乗りなどありえない。

 でもマニュアル操作はもっとありえない。

 WGは大きい甲冑なのだ。WGの手足の操作は中に入った人間の手足で行う。普通に考えれば4本腕があっても同時に動かせるのは2本までだ。


「ティア、ヨーヨーはあきらめろ!」


 ラマイカさんがG・ヴァヨネットでチェーンを切断、へティ・ケリーを自由にした。

 各機、青いWGと距離を取る。


「――邪魔をするな、イングランド兵」


 継ぎ接ぎの青いWGから声が響いた。幼いようで、それでいて老人の響きを持った不思議な声。

 まさか中の人間までパッチワークじゃないだろうな、とボクは思った。


 しかし、VK兵ならともかく、イングランド兵だなんて。グレート・ブリテン島が統一されて以来使われることのなくなった呼称だ。そしてそもそもここはイングランド州じゃなくてウェールズ州である。


「拙者はそこな聖女の名を騙る不届き者に天誅を下すべく参上した者。貴様等に用はない」

「冗談じゃない。まだ何も聞き出せていませんのに、重要参考人を殺されてたまるものですか!」

「我が道を阻むなら――コンピエーニュでの怨み、晴らさせていただく」


 青いWGが前に出る。滅茶苦茶に腕を振り回し――いや、自棄になったわけではない。ボク達に次の挙動を悟らせないためだ。

 その進行ルートも踊るように、あるいは酔ったように不規則で動きがつかめない。


「1つ!」


 エレオノーラがトマホークに両断される。

 青いWGはターン。ステップを踏みつつ間髪入れずボクに向かってスピアを繰り出す。


「2つ!」

「なめるな!」


 彼の攻撃を受け止める。

 一瞬敵は驚いたようだが、すぐに第2撃を放ってきた。ボクはそれを回避。


「ほう、お見事。まぐれと思ったが」


 心底ビックリしたように、彼は言った。

 残った3人の中でボクが1番弱いことを、彼は見抜いていたのだろう。鎧袖一触、一撃で仕留められると踏んでいたに違いない。

 しかしお生憎様――こっちには姉さんがついているのだ。


「なんでJDの命を狙うッ! あんた達の仲間じゃないのか!? 捕まったからって、即口封じか!」

「ふざけるな、小僧ッ!」


 青いWGの発した声は大気を震わせる圧となって、『蒼穹の頂』を吹き飛ばしたかに見えた。正確には、気圧されたボクが思わず後退したのだが。


「我が名はジル・ド・モンモランシ・ラヴァル! 聖女の偶像にすがるあの愚かな連中と拙者を同列に扱うなど、無知が故としても許しがたい!」

「ジル・ド・レだと!?」


 ラマイカさんが驚くのも無理はなかった。


 ジル・ド・モンモランシ・ラヴァル――ジル・ド・レ。15世紀、ジャンヌ・ダルクと共に戦ったフランス軍元帥だ。フランス滅亡後はボヘミア王国へ亡命。そこで周辺に住む何百人もの幼い少年達を快楽目的で殺害し、処刑されたという――。


「馬鹿な、自称ジャンヌ・ダルクの次は自称ジル・ド・レか? 生きていたとしたら600歳だぞ」


 生き延びて吸血人になったとしても、とっくに寿命だ。生きているはずがない。

 こいつも、JDと同じ名前を継いだ子孫なのか。


「自称も何も、拙者は拙者に御座るよ」

「そいつは本物だ」


 JDが言った。


「何度か襲われたから知ってんだよ。そいつは、600年前から生き続けてきた化物だ」

「まさか、錬金術――?」


 ボヘミア以後、ジル・ド・レが錬金術や黒魔術に傾倒していたというのは有名な話である。


「フン、笑止の至りよな」


 ジル・ド・レは笑った。


「錬金術などカビの生えた旧世紀の遺物。拙者が時を超えたるは、我が友ヴィクター・フランケンシュタインが編み出せし、科学の御業みわざなり!」


 信じられないことだ。どんな科学技術か知らないが、人間が600年以上生き続けるなんて。


「年寄りは大人しく隠居していてくださいよ」


 今は21世紀だ。なのにジャンヌ・ダルクだのジル・ド・レだの、過去の遺物が今を生きるボク達の前に立ちふさがって、命まで奪おうとしてくる。

 息苦しさのようなものをボクは感じた。


「そうですわ!」


 ティアンジュさんも珍しくボクと同意見だったらしい。


「確かに君達より年長だが、拙者の身体はまだ現役よ。貴様等が老いて死ぬ時もまだそうだろう。隠居は出来ぬ相談だ。何より我が戦友を、聖女を愚弄する者どもを許しておくわけにはいかん」

「そんなことより、こっちはテロリストの情報の方が大事ですのよ!」


 ティアンジュさんはへティ・ケリーを前進させる。それはボクから見ても迂闊な突撃だった。


「ただの大量殺人鬼が好き勝手ほざかないでいただけます!?」

「もう時効でござろうよ!」


 左のアイアンヨーヨーはジル・ド・レの駆るWGが振るったトマホークの一撃で、チェーンを断ち切られた。


「まだですわ!」


 すかさず右足のヨーヨーを発射するへティ・ケリー。しかしそれもジル・ド・レは回避する。

 当然だ――戦闘において向こうとこちらでは500年以上、年季が違う。


 カウンターのように繰り出された青いWGのスピアがへティ・ケリーの胴を貫く。

 桜色の機体は地響きをあげて倒れ伏した。


「ティアンジュさん!?」

「ま、まだ死んではおりませんわ!」

「カリヴァ君、ティアと自称ジャンヌ・ダルクを頼む。彼は私が相手をしよう」


 ラマイカさんはボク達を守るように機体を前に進めた。


「我が名はラマイカ・ヴァンデリョス! そしてこの機体の銘は『陽光の誉れ』! いざ尋常に一騎打ちを所望する、ジル・ド・レよ!」

「騎士道のつもりか。面白い、相手になってやろう。我が愛機『青髭』の錆となるがよい!」


 山吹色のWGと青いWGが、睨み合う――。


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