阿修羅
ボクは
「無事ですか?」
「どうせ気を使うならもっと優雅で機知に富んだ言葉をかけられませんの?」
「ああ、大丈夫そうで何よりです」
「ワタクシのことはいいですわ。それより、敵に気をつけていなさい」
「ラマイカさんなら……」
奇怪な形状のWGに乗った古強者に対し、ラマイカさんは互角以上の勝負を繰り広げていた。
やや優勢ですらある。戦いながら、少しずつ奴をボク達から遠ざけていた。
ジル・ド・レを不死たらしめている科学の力がどんなものであれ、妖声のような厄介なものではないだろう。
ラマイカさんなら、きっと大丈夫だ。
「ワタクシも、お姉……ゴホン、ラマイカ・ヴァンデリョスが負けるとは思っていませんわ。でも、相手は数百年生きた妄執の塊なのです。甘く見てはいけません」
「そうだな」
JDが会話に加わる。
「あの野郎は、マジ変態だよ。オリジナルのジャンヌ・ダルクを甦らせるか、転生した彼女に会うかするためだけに何百年と生きる手段を模索し続けてきたんだ。錬金術、黒魔術、ありとあらゆるものに頼ってな。マジやべえ」
「あなた、どれだけあいつのことを知ってますの? 詳しく教えなさい」
「あいつを生かしてる科学技術ってのが、どんなものか知ってるか? あいつの素顔を見たら、しばらくメシが食えなくなるかもな。あいつは……あいつ自身もまた、死体のパッチワークなんだよ」
「…………!?」
「死体を繋ぎ合わせて、電気ショックで細胞を活性化させてるんだ。身体のパーツが腐り落ちたら、電流で活性化させるか、また新しい死体を用意して交換する。そうやって奴は生き長らえてきたんだって」
「――馬鹿馬鹿しい!」
ティアンジュさんは吐き捨てるように言った。
「脳はどうするのです。腐ったら交換というわけにはいかないでしょう」
「そこまで詳しくは聞いてねえし、聞ける仲でもねえよ。本人に直接インタビューしてくれ」
「ラマイカ・ヴァンデリョスが奴を捕まえたら是非そうさせていただきますわ」
「なにより厄介なのが、あいつはオレを殺したがってるってことだ。ジャンヌ・ダルク
「……6本腕?」
「ああ、予備のつもりか知らないがあの野郎、腕を左右3本ずつつけてるんだよ。マジあり得ねえよな」
ボクは『青髭』というらしい青いWGを見た。
機体には腕が4本。
「まさか――」
ボクの嫌な想像は、直後現実のものとなった。
『陽光の誉れ』と青髭が組み合った瞬間、青髭の膨らんだ太腿装甲が開き、内部に折り畳まれていた隠し腕が飛び出したのだ。
左右の隠し腕が『陽光の誉れ』の膝を掴むのを、ラマイカさんは見ていることしかできなかった。もし隠し腕に対応していれば、他の腕によって撃破されていただろうから。
『陽光の誉れ』の両膝が吹き飛んだ。隠し腕に内蔵されていたパイルバンカーが膝関節を破壊したのだった。
破片と組織液を撒き散らしながら、膝から上だけになった山吹色のWGは、どう、と地面に落下する。
「――ティアンジュさん! 乗ってください!」
「え――え? あ?」
ボクはへティ・ケリーに接近してコクピットハッチを開けてみせたが、ティアンジュさんは呆然としたままだ。
無理もない。この場において、ラマイカ・ヴァンデリョスの敗北に一番ショックを受けているのは彼女だろうから。
「助けないと!」
「で、でも、お姉――ラマイカ・ヴァンデリョスが勝てなかった相手に、あなたが勝てるはずが――」
「あなたが乗り込んでくだされば、勝ちます!」
「は……?」
「本当は仲がいいんでしょう、ラマイカさんと?」
「な、何を言って」
「毎回毎回名前を呼ぶたびに『お姉様』って言いかけて言い直すの、鬱陶しいんですよ! 普通にそう呼べばいい!」
「なっ……!」
「どんな怨みや気兼ねがあるか知りませんけどね! ここで命を救ったら、大抵のことは帳消しにできますよ!」
「…………」
一方ジル・ド・レは、倒れた『陽光の誉れ』には興味がないとばかりに背を向けていた。
奴の目的はあくまでJDである。
だから抵抗さえしなければ、ラマイカさんも、ティアンジュさんも、名前も知らないエレオノーラのパイロットも、傷ついたり死んだりせずに済んだのだ。
けれどそれは使命を放棄して逃げるということである。
だからラマイカさんはもはや身動きの取れない状態でありながら、G・ヴァヨネットの銃口を青髭に向けた。
「やめておくがよかろう。見所のある相手と見込んだから、敬意を表しあえてトドメは刺さなんだのだ」
「敬意を表するなら、きちんと引導を渡すべきだ」
「そうか、ならばそうしよう!」
パイルガンが火を噴いたが、青髭はそれを紙一重で躱し、スピアで『陽光の誉れ』の右腕を貫いた。手からG・ヴァヨネットが落ちる。同時にトマホークの一撃が左腕を関節部分から叩き割った。
「くっ……!」
達磨になった『陽光の誉れ』に、青髭はソードの切っ先を突きつけて見せた。
「命乞いをすれば、助けてやるが?」
「誰に向かって言っている。戦場で散るは誉れ、むしろここでおめおめと生き恥晒さば、父に首をはねられよう」
「戦闘民族め」
ジル・ド・レがソードを振り上げる。しかし、もはや手も足もでない相手に臨んでさえ、彼に油断は全くなかった。
だから、彼は気づいてくれた。
「ラマイカさんから、離れろッ!」
エア・スラスター全開で突っ込んできた『蒼穹の頂』に、当然のように対応してみせるジル・ド・レ。
トマホークとG・ヴァヨネットがぶつかり合う。
「背後からの奇襲なら、もう少し静かにやるべきでござるよ」
「あんたを倒す前に、ウチの大将を倒されちゃかなわないんで!」
再度エア・スラスターを噴射。青髭を押し出し、『陽光の誉れ』から遠ざける。
「ああ、そういうことか。忠義に厚い部下を持ったようでござるな、彼女は」
「あなたも部下に恵まれておいでだったようですわね、元フランス元帥」
ボクの背後で、ティアンジュさんが孤軍奮闘の元元帥に皮肉を言った。
ジル・ド・レは苦笑で返す。
「まったくでござるな――。拙者が友と見込んだ者は全て拙者から離れていく。最も新しい友人ヴィクターも、自分の偉業を自ら否定し、拙者と袂を分かつ始末でな」
「年寄りの愚痴に付き合うのはまたいつかの機会に。カリヴァ、ワタクシを乗せたからには、何かさせたいことがあるのでしょう?」
ボクは天井を指差す。そこには『陽光の誉れ』同様、吸血の剣がぶら下がっている。
「それを御自分の身体にブっ刺してください」
「こんな大きいのを……?」
ティアンジュさんは唾を呑み込んだけれど、意を決して己の身に突き立てた。
剣が彼女の血を吸い、機体に送り込む。VCRゲージ回復。『蒼穹の頂』が歓喜に唸る。
「……信じて、付き合ってあげたのです」
剣を抜いて、ティアンジュさんはボクの背中にしがみつく。貧血を起こしているようだった。
「必ず、ラマ――お姉様を救うと約束なさい」
「誓います」
空は薄灰色に濁っているが、吸血鬼化した『蒼穹の頂』にとってか細い陽光でさえ忌むべきものに変わりなかった。装甲からしゅうしゅうと白煙が立ち上る。
だけど雲を呼んでVCRゲージを無駄に消耗するわけにはいかない。
短期決戦で行くしかない。
肩から使い魔達を排出。肩の付け根と装甲、腰に、左右1本ずつ――計6本の異形の腕を形成させる。
『蒼穹の頂』は、まさに阿修羅か千手観音か――いや、2足歩行する蜘蛛のような外観となった。
「腕を多くすれば、勝てると思うたか!」
「勝ちます!」
ボクは機体を突進させる。問答などしている余裕はない。こうしている間にも機体は刻一刻と灰になっているのだから。
「姉さん、奴の手の動きを!」
――わかったわ、かりばちゃん。
姉の声が青髭のアームの動きをボクに知らせ、それは電流が流れるようにボクの脳を伝って使い魔達に伝達される。
彼等はボクなんかよりずっと上手くやってくれた。
異形の腕が、青髭の6本腕全てを押さえ込む。
日光に焼かれてもなお、その剛力は衰えることがなかった。敵のアームが悲鳴を軋ませる。
これで全ての腕を封じた。
だけど――こっちは8本腕だ。まだ『蒼穹の頂』本来の腕が残っている。
ボクはG・ヴァヨネットを振りかぶり――。
「待たれよ。投降する」
――青髭が全ての武器を取り落とすのを見て、動きを止めた。
「投降……?」
「降伏すると、言っておるのでござる」
青髭のコクピットハッチが開き、ジル・ド・レが外に出る。
600歳にもなろうかという元フランス元帥は、ボクより若く見えた。
彼が殺人鬼だった頃、美少年を好んで殺していたという逸話をボクは思い出す。
その美を愛するあまり、彼は不死の肉体の素材に若く美しい少年達の遺体を使ったのだ。
ああ、確かにその顔は美しかった。
左右が同じもので、かつ顔中を走る醜い縫い目がなければの話だが。
「あんまりジロジロ見ないでくれ。あの忌々しい神は、我が友に素晴らしい叡智を授けておきながら、美的感覚と手先の器用さは
ジル・ド・レは照れくさそうに、6本ある不揃いの腕をあげて降参の意を示した。
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