友軍誤射

 『蒼穹の頂』の背中に形成した翼が羽ばたく。

 ラボからは相当の距離を離れていたはずだったが、到達まで一瞬だった。

 次の一瞬で大きく通り過ぎ、慌てて旋回。


 死神の鎌のように大きく弧を描きながらラボに舞い戻る。ラボの壁を切り崩していたギヨティンヌの1機を目前にして翼を解除。慣性に任せて敵へ接近しながら、右手に握ったG・ヴァヨネットに使い魔達をまとわりつかせ、更に巨大なブレードを形成する。


「やあああああああッ!」


 相手は『蒼穹の頂』のスピードに対応できなかった。向きを変えることもできず、腰部にブレードを突き立てられる。肉塊でできたブレードは、しかし鋼の刃より鋭く鋼鉄の装甲を貫いた。


 ボクは腕を振る。敵の腰部から上半身が転がり落ちた。念の為、マシンガンを握っている敵の腕を肩口から切り落としておく。


 倒れ伏したギヨティンヌの切断面を見れば、ボロボロだった。切っているのではない。刃先を構成する虫たちが、シロアリが柱を食い潰す何千何万倍、ひょっとしたらそれ以上のスピードで敵を喰らっていたのだ。刃先から敵の身体に乗り移った虫たちは今も傷口を拡大しようとしている。


 もういい、やめろ――。ボクが命じると、虫達はさっと散り散りになって排出口から肩のタンクへと戻っていった。


 虫たちを操るのに言葉を発する必要はない。ただ念じるだけでよかった。それだけで使い魔は適切な形状を構成してくれる。

 ただしあまりにも指示が大雑把だと、使い魔達は気を使いすぎて、8本指の魔手のように人間の理解と操作能力を超えたものを生みだしてしまう。

 そうなるとすぐに制御が利かなくなるので注意が必要だ。正直、翼もよろしくなかった。五体で操作できないパーツを使うものではない。


 さて、ラボの破壊に向かったギヨティンヌは2体だった。もう1体はどこだ?


 建物は見るも無惨な有様だ。原型こそ留めているが、壁には弾痕が刻まれ、窓ガラスは1枚も残っていない。格納庫に続くシャッターは鼻をかんだ後のティッシュのようにグチャグチャで、格納庫の中は内部で台風が発生したかのような惨状だった。


 たった2機の――しかも軽装備のWGでこのざまだ。重装備であればどうなっていただろうと考えると背筋が寒くなる。

 職員は地下のシェルターに避難しているはずだ。VKの防空壕は世界一と評価されているが、全員逃げ込めただろうか?


――かりばちゃん。


 ボクは天を見上げる。もう1機のギヨティンヌはラボの屋根の上に立ち、こっちにマシンガンを向けていた。

 銃口が火を噴き、小気味いい音と同時に戦車の装甲さえ貫く徹甲弾APの雨が『蒼穹の頂』に降り注ぐ。


 それに対してボクは――何もしなかった。

 理由は簡単だ。何もする必要がなかったからだ。


 吸血鬼化した『蒼穹の頂』の装甲は、マシンガンの弾をまったく受け付けなかった。弾丸が持つ全てのエネルギーは装甲表面で散らされ、コクピットにはわずかな振動さえ届かない。どころか、弾丸の雨に晒されながら『蒼穹の頂』はまったく抵抗を感じたふうもなく屋根まで跳び上がり、全ての弾倉カートリッジを使い果たしたギヨティンヌの眼前にすっと着地した。


 ボクは雑食人なので夜間の活動には照明が必要だ。

 『蒼穹の頂』の瞳部分に配置されたヘッドライトの光は、さぞかし敵トゥームライダーの恐怖を煽ったことだろう。


「貴様、裏切ったのか!?」


 目の前のダークブルーの機体からだろう、通信機から怒りと困惑の混じった声が流れてきた。


「あなた達はやり過ぎなんです。さっさと帰れ、そうすればこれ以上攻撃はしない」

「なめやがって――!」


 敵はマシンガンを投げつけてきた。上体を反らして避ける。その隙に、敵は肩のウエポンケースから山刀マチェーテを引き抜いた。人間が使うそれに比して厚みのある、鈍器の趣のあるそれを叩きつけられれば装甲板がへし曲がるほどのダメージを与えられる。


 だがそれも、相手がただのWGであれば、だ。ヴァルヴェスティアにとってはなんら脅威になり得ない。


「弱い者いじめはしたくありません。引き返すなら……」

「この、吸血鬼の下僕が――!」


 振り下ろされたマチェーテを『蒼穹の頂』のマニピュレーターで掴み、握り砕く。そのまま頭をつかんで屋根から投げ落とした。大地に落下した敵機の立てる振動がラボをわずかに揺らす。


――かりばちゃん!


 姉の緊迫した声と、夜霧の向こうから紫色に輝く光の線が伸びてきたのは同時だった。


 それが危険なものなのはわかっていたが、その光の美しさと珍しさに目を奪われ、ボクは呆然と細い光線が『蒼穹の頂』の左肩に当たるのをぼんやりと眺めてしまった。


 2、3秒のタイムラグを経て、『蒼穹の頂』の左肩が炎に包まれた。

 慌てて照射され続ける紫色の光条から逃れるが、火勢は収まらない。それどころか胴体や腕にまで燃え広がろうとしている。


「水を……!」


 頭上に雲を呼び、雨を降らせる。バケツをひっくり返したような豪雨を浴び、火は瞬く間に消えた。

 気象操作はVCRゲージを大きく消費する。もう『蒼穹の頂』はただのWGだ。焼け焦げた肩装甲に再生の兆しがない。


「今の光は、なんだ……?」


――紫外線UVレーザー。対ヴァルヴェスティア用兵器。有効射程は……。


 姉さんがレーザーのスペックを提示してくれる。紫色に発光しているのは混合された発光物質によるものとか、3秒以上照射を受けなければそこまで効果は出ないとか。


 戦場で3秒は悠長に過ぎると思ったが、音も衝撃もないレーザー、死角から狙われれば燃え出す瞬間まで気づくまい。


 問題はどこから撃たれたかということだ。もはやさっきの場所にはいないだろう。火を消したときの水蒸気によるものか、霧がさっきまでより濃くなっているように見える。


 ボクは『蒼穹の頂』の右足にレーザーが当たっていたのに気づいた。吸血鬼度が下がっていたのが幸いし、炎上程度は大きくない。飛び退けばその勢いで吹き消える。


「やったなぁ!」


 UVレーザーが伸びてきていた方向へG・ヴァヨネットを放つ。手応えはない。

 

――かりばちゃん!


 霧の中から黒い影が飛び出す。ランサーレンチを振りかぶる、WG『死神デスサンソン』。


「JDか!」


 G・ヴァヨネットのブレードとランサーが組み合った途端、姉は再度警告を放った。

 デス・サンソンの肩アーマーが展開、砲口が出現――その奥から紫色の燐光が煌めく。ボクは後方にジャンプ、間合いを取った。


 着地と同時に左腕のバーベキュー・ランスから銃弾をセミオートで発射。毎分180発の弾丸が地を這いながらデス・サンソンを襲ったが、死神は今日、左腕にシールドを装備していた。胴体部を隠せるだけの大きさがある、菱形の下半分を伸ばしたような形状の盾。デス・サンソンが全速力で距離を空けたのもあって、鋼鉄の防壁は主を守りきった。


 バーベキュー・ランスは軍属ではない第6実験小隊が用意できた最大級の火器だが、やはり重装甲のデス・サンソン相手ではまだ火力不足だ。むしろデッド・ウェイトでしかない。パージする。


 初めて戦おうとしたときのように、頭痛はない。

 つまりJDは今、神の声に頼らずボクと対峙している。妖声を聞くか否か、彼女はオンオフが使い分けられるというわけだ。ボクにはできない。デート中にやり方を聞いておくんだったと後悔する。


「やっぱり裏切ったな、刈羽ァ!」


 JDが嘲るように言った。無線機からではない、敵の外部スピーカーから出力された声だ。


「マジでむかつく。忠告したのに――。神に選ばれた者同士仲良くできると思ったのに!」

「ボクは神様なんかしったこっちゃないし、得体の知れない用事に選ばれても困る。君の御先祖ジャンヌ・ダルクみたいに都合よく使い捨てられたくないんで!」

「――――ッ!」


 JDが息を呑む気配がした。前傾姿勢を取ったデス・サンソンが彼女の殺気を代弁する。

 押しつけられた役割を迷惑と感じてはいても、祖先に対して思い入れはあるのだろう。


「仲良くできねえんなら……、いや、神を冒涜するなら、死んでもらうしかねーなぁ!」

「そんなことより、山吹色のWGはどうした?」

「あいつなら他の奴と遊んでるぜ。ここに来るまで3分かな」


 姉の声も同じことを言った。アクシデントが起きない限り、ラマイカさんは他の敵を全滅させて帰ってくる。ただしそれにはあと3分必要だ。


 それまで、ボク1人でJDの相手をしなくてはならない。


 JDはダンピールだ。そして凄腕のエースでもある。ボクを倒すのに妖声の助けなど必要ない。妖声と長年向き合ってきた彼女は、同じ能力を持つ相手と戦うノウハウだって持ち合わせているだろう。


 対してボクは、唯一のアドバンテージである機体の吸血鬼化を既に使い切ってしまった。

 VCRゲージはもう底値だ。UVレーザーの脅威は低下したものの、至近距離、それもメインカメラやセンサーに直撃を受ければ致命的である。


――かりばちゃん。


 レンチの先端がクチバシのように開く。JDは真っ正面から突っ込んできた。


 それに対してボクは、しゃがんだ。


 次の瞬間、ボクの背後から飛んできた砲弾がデス・サンソンに命中した。


「な――」


 JDがそれを盾で受け止められたのは、流石というほかない。けれどさっきの機関銃弾とはわけが違う。飛んできたのは徹甲榴弾APHEである。それは容易く盾を貫通し、爆発した。


「――にッ!?」


 デス・サンソンの左腕は盾ごと吹き飛んだ。

 以前『戦車砲の直撃にも耐える』と豪語していたが、流石にハッタリだったらしい。


「うおおおおおおッ!」


 ボクは『蒼穹の頂』の全力をもって、敵の股座にG・ヴァヨネットを突き立てた。ブレードが根元まで沈み込む。

 デス・サンソンの馬めいた下半身から黒煙が噴き出し、AI操作の前脚が断末魔をあげるようにデタラメに、力なく動き出す。


「無駄話をしないでくれて助かったよ……! 距離が開いてたら、避けられたかもしれなかったからな!」

「何だ、今の砲撃! 仲間がいたのか!?」

「いいや、どっちかというと君の仲間だよ」


 ボクは遥か後方でスナイパーキャノンを構えるWG『ウィリアム・テル』――そのコクピットに立つガリリアーノさんのことを思った。


 ボクの味方をしてくれたわけではない。血換炉の入手に失敗したガリリアーノさんは、失態の責任を取るために『蒼穹の頂』を奪取もしくは破壊する任務を負った――さっき姉さんの声が教えてくれたことだ。


 つまりはボクを殺そうとしたのであり、JDはその流れ弾に当たってしまったというわけだ。


 妖声を封印しても、ボクの攻撃などJDは即座に対応できる。それどころか、自分に向けられたものなら微かな殺気さえ察知し対応してのける。だが――さっきの流れ弾はボクに向けられた殺意だ。


「はッ!」


 ブレードを引き抜くと、黒いWGは横倒しになった。デス・サンソンの馬状の下半身は長距離侵攻用の追加装備オプションであり、切り離すことも可能だ。だがあれだけ深く刃を差し込んでいれば内部に収納された通常脚も破損しただろう。


 JDは倒れた状態でさえランサーレンチを突き出してきたが、いくらボクでもそんな手は食わない。


 ガリリアーノさんの追撃はない。

 迷っているのだと姉さんが教えてくれる。といっても、顔馴染みを撃つことに躊躇っているのではなかった。


 彼はボクが妖声憑きであることを知らない。さっきのをまぐれとみるか、ヴァルヴェスティアの能力によるものか判断にあぐね、次弾をどう撃つべきか悩んでいる。


 だが、彼は結局攻撃を重ねることなく撤退した。もちろんそれはボクを殺すのが嫌になったわけではなく、通信障害に気づいた軍の派遣した戦闘ヘリ部隊が、ローター音も高らかに向かってくるのを見たからだ。


 次に会うときは敵――。ボクはまた古い知り合いを失ったのを痛感していた。


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