背反者


 その日、ボクはゲスゲンさんに呼び出された。


「最近は暇そうだね」


 ボクをプライベート・ルームに招き入れ、彼は開口一番こう言った。


「忙しいですよ。テストパイロットの仕事以外でも、ラマイカさんからみっちりトレーニングを入れられてますんで。世間話なら帰っていいですか?」

「忙しい理由はそれだけかね? 君は他にもんじゃないかな?」

「は……?」

「血換炉のようじゃないか?」

「…………!」


 どうやらゲスゲンさんは、ボクがスパイだということに気づいていたらしい。


「ああ、いいよいいよ。下手な言い逃れに使われる時間が可哀想だ」


 ゲスゲンさんはボクの両肩をつかんだ。そのままボクの身体は壁に押しつけられる。

 女性であればこういう時、身の危険を感じるのだろうか。ボクも今まさに感じている。貞操の危機ではなく生命の危機――社会的な意味も含めて――の方だが。


「君みたいにな人間が今まで誰にも気づかれることなく情報を盗み出してこられたのは何故だと思う? 私が強力に協力してきたからなんだよ。君の個人端末の閲覧権限を拡張したり、アクセス履歴をデリートしたりね」

「……なんで、そんなこと」

「俺は、お頭のおよろしくない親父どもにお飼い殺しにされるのはおしまいにしたいんだよ」

「飼い殺し……?」

「随分と純朴な奴なんだなあ、君は! 血換炉はもう充分に完成している。にも関わらず、ヴァンデリョス伯爵が血換炉を公開しないのは、何故だと思ってるのかな?」


 何故だ、と形式上は尋ねておきながら、実際彼は答えさせる気どころか考えさせる気さえなかった。間を置かず続ける。


「ヴァルヴェスティア化を危険視? 違う、それは言い訳だ。伯爵は血換炉を世に放つ気がさらさらないのだ。だから俺達は変わり映えのない基礎実験を永遠に繰り返させられているんだ。さながらシシュポスのようにな」


 シシュポスとは、ギリシャ神話の登場人物だ。彼は神を欺いた罪により大岩を山頂まで運ぶ刑罰を科せられた。しかし岩は山頂近くで必ず谷底まで転がり落ち、それ故に責苦は永遠に終わらないという。


「……なんで、伯爵はそんなこと」


 わからないのか? とゲスゲンさんは出来の悪い生徒のために仕事が増えた教師のような顔で言った。


「世俗的な方々の考えるようなことは君の頭と同じくらいにシンプルだ。伯爵はウラン発電を実用化したいのだよ」

「なんで……? 血液発電の方が放射能を出さないぶん、何倍も安全なはずでしょう」

野性的バカな連中はこれだから」


 ゲスゲンさんはやれやれとこうべを振った。


「性能だけで全てが決まると思っているのか? そんなわけがない。利権だよ、利権」


 彼は続けた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ……文明を支えるのはエネルギーといっていい。ならばエネルギー源を掌握した者が文明の支配者になれる。

 おかしいとは思わなかったのか? いくら戦後間もない、人命尊重と安全志向のピークに起きた事件とはいえ、たった数人の犠牲だけで核分裂研究が全面禁止になるなんて極端に過ぎると?


 中東連合の横槍が入ったからだ。連中は石油輸出により大きな発言力を持つ。ウラン発電施設が建設されることで自分達の権勢が牽制されることを恐れたんだよ。だから各国に石油の値上げだか値下げだかをちらつかせて圧力をかけた。


 その結果がこのエネルギー危機だ。石油と石炭だけに頼ったツケが回ってきたのさ。だけど連中は方針を変えようとはしない。自分達さえよければ世界が滅んでもかまわないと思ってるんだ。自分達自身もウラン鉱山を探しながら、その一方で他国の新発電システム開発を阻止している。


 そんな中で、ドーンレイ・ヴァンデリョス伯爵は奴等に公然と喧嘩を売った。まったく、VK紳士らしからぬ猪突猛進ぶりじゃないか。だがそれは同時に「意地でもウラン発電を実現させねばならない」という縛りになった。今更別方式じゃ示しがつかないんだよ。


 わかっただろう。俺達のチームは伯爵様のプライドのために永遠に陽の目が見られなくなったわけだ。少なくともウラン発電チームの連中がゴールに着くまでにはね。


 カシワザキ君、雑食人の君ならわかるだろう、自分の人生を無為に消費される怒りと焦りが!? 吸血人だって不死じゃない、明日にだって死ぬかもしれないんだ! もし明日死んだら、俺の人生は無駄になってしまう! 貴族の面子のためだけに!


 なのに他の連中はわかってないんだ、状況の深刻さを。長命の所為か吸血人ってのは基本的に呑気だし、同じ実験を繰り返すだけで給料がもらえるんだからいいや、なんていう奴まで出る始末だ。


 つまりは怠惰で馬鹿なんだ。君という、明らかに警戒すべき相手にさえ、ラマイカ・ヴァンデリョスのお墨付きだからと野放しにする始末だ。だから飼い殺しの憂き目に遭っている現実に気づきもしなければ、その不幸を認識することもなく、状況を打破しようともしない。


 だからねカシワザキ君、俺は彼等を見限ることにしたよ。俺の功績を表に出してくれるなら、君の背後にいる連中がどういう奴等だっていい……。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 以上が、ゲスゲンさんの話した内容――から皮肉と自慢と小難しいレトリックを可能な限り取り除いたものである。


 話し終えると、ゲスゲンさんはボクの肩から手を離した。


「君がここ数日スパイごっこを休業していたのは、君達組織の方針に転機が訪れたからじゃないのかね。つまり戦略の変更だ。だが君が手に入れた程度の情報で血換炉を新しく造り始めるのは簡単じゃない。となると、強奪するのかな、ヴルフォードごと?」


 ゲスゲンさんの推理は当たっていた。

 おっとこれしきのことで名探偵と呼ばれるには値しないよ、とゲスゲンさんは乱れてもいない髪を撫でつける。謙虚な言葉とは裏腹にその表情は得意げだ。


「俺は君達のためにより詳しい資料を用意できる。俺の頭の中には血換炉の全てが入っているからね」

「……き」

「拒否するなら、君を伯爵に売り渡すだけだよ。君を組織に引き入れたラマイカは失脚。俺はその功績で総責任者のポストをいただく。上に立てるなら飼い殺しも悪くないと、考えられるようになるかもしれない」


 どうやらボクに拒否権はないようだった。


 一刻も早くガリリアーノさんにゲスゲンさんのことを報告しなければ――と思った時だった。

 ロルフが息せき切って走ってきた。


 ボクとゲスゲンさんという珍しい組み合わせにロルフは目を丸くしたが、すぐに気を取り直した。伝えるべき重要事があったからだ。


「き――、霧が出た!」

「ほう」


 ゲスゲンさんはにんまりと笑った。

 それが組織の開発したレーダー妨害機能を持つジャミングミストであり、ヴルフォード強奪作戦実行の狼煙であることなど、察しのいいゲスゲンさんにとっては今更説明してもらうまでもないわけだ。


 忙しくなるな、と彼はボクの肩に手を置いた。


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