抱擁


「勇気あるよな、おまえ」


 舞台横から客席に戻ろうとしたボクは、誰かに呼び止められた。暗がりに加え、パーカーのフードをすっぽり被っていてその顔の判別はつかない。


「こっちだ」


 相手はボクの手を引っ張った。女の手だ。


「どこへ――」

「しっ。このままここにいたら良くないって、神様は教えてくれなかったのか?」

「『神様』――」


 ボクは唾を呑み込む。その何でもない台詞は、あの黒いWGの乗り手、自称ジャンヌ・ダルクを思い出させたからだ。ついでに、殺されかけた恐怖も。


――かりばちゃん。


 姉さんは、相手の言うとおりにしろと言っていた。なら仕方がない。姉様が仰るなら、ホッケーマスクの殺人鬼とだって相席致しますとも。


 ボクは手を引かれるまま、映画館の外に出た。


「ふう。いい天気だ」


 空は一面の黒雲で覆われている。


 ボクを連れ出した人物はフードを下ろした。パーマのかかった赤いサイドテールが揺れる。

 振り向いたその顔は、少女だった。

 その肌はこんがりと日焼けしている。しかし派手な色のアイメイクと付け睫毛で飾り立てられた大きな瞳は吸血人特有の金色で、猫科の動物を思わせる勝ち気な眼差しがボクを見つめていた。


「……君は、吸血人なの、雑食人なの」

「ダンピールを見るのは初めてか?」


 ダンピール。吸血人と雑食人の間に生まれた混血児だ。その体質は吸血人の性質を濃く受け継ぐ者もいれば雑食人とほとんど変わらない者まで千差万別である。


「……君は、ジャンヌ・ダルクなの」

「またストレートに訊いてきやがったなぁ。そうだよ、オレがジャンヌ・ダルクだ」

「…………」


 この子が、黒いWG――デス・サンソンのトゥームライダー。


 そう警戒すんなよ、と自称ジャンヌ・ダルクは肩をすくめた。


「今、おまえを殺すつもりはないから安心しなよ。あの時だって、ヴルフォードが欲しかっただけだし」

「そんな話、聞いてませんでしたよ」

「ああ、強硬派のスタンドプレーって奴だったのさ。生ぬるい連中に活を入れるためにね。効果はあったけど、確かにおまえには悪いことしたかな」


 そう言う自称ジャンヌ・ダルクには、まったく悪びれた素振りもない。

 冗談じゃない。敵に倒されるならまだしも、仲間割れに巻き込まれて殺されたのでは浮かばれない。


「で、そのジャンヌ・ダルクって本名なんですか」

「本名であり、コードネームでもある。オレは生まれた時からそうなるべくして育てられたから」

「なるべくして……?」

「初代ジャンヌ・ダルクはさ、イングランド軍に負けて捕まったんだ。戦場で女兵士が生け捕りにされりゃどういう扱いを受けるか、言わなくたって想像つくよな?」

「……ああ」


 吸血人にとって雑食人は吸血の対象だけではない。性愛の対象にもなり得る。


「ジャンヌは救出されたけど、お腹の中には既に血吸虫との子供がいた。そしてその子もジャンヌと同じように神の声を聞くことができるって、わかった」


 それでフランス王国の残党は『神の声』がたまたま農家の少女に与えられたのではなく、ジャンヌの遺伝子によるものだと判断した。それで彼等はジャンヌの遺伝子を持つダンピールを生産していく。


 何故ダンピールに拘ったかというと、WGなどない大昔、吸血人と対等に渡り合える肉体を手に入れようと思ったらそれが1番手っ取り早いからだ。


「でもって、オレが当代のジャンヌ・ダルクってわけ。吸血人並の身体能力と、そして何より『神の声』を備えた最高のジャンヌ・ダルクだってよ」

「…………」

「――おまえも聞こえるんだろう、神様の声?」

「ボクに聞こえるのは姉さんの声だ」

「オレもパパ――実の父親の声にしか聞こえないよ。でもそれって、偉大なる主がパパの声を借りて話しかけてくれてるんだって、司教様が仰ってた。だから神様の声なんだよ」


 ボクは不愉快な気持ちになった。ボクと姉の間に、得体の知れないものが土足で割り込んできたような印象を受けたからだ。神様如きが姉さんの真似をしようなんておこがましいにも程がある。


「いや、おまえと最初戦ったときさ、神様の声が聞き分けられなくなってパニクったんだけど。でもあの後すぐ、おまえも声を聞けるんだってわかったよ。あれは使徒同士戦うなって神様の戒めだったんだね」


 自称ジャンヌ・ダルクは祈るように指を組み、目を伏せた。

 自分に苦痛を与えるような存在を崇拝する彼女の思考は、ボクにとって理解不能だ。


「それで、ジャンヌさんはボクに何の用ですか」

「どうせならJDジ・デーって呼んでよ。その方がかっこいいし」

「じゃあJDさん」

「『さん』も要らない」


 ついてこい、とでも言うように自称ジャンヌ・ダルクことJDはすたすたと歩き出した。


「――おい、どこに行くんだ、刈羽?」


 ボクを追って出てきたガリリアーノさんが大声で呼び止める。勝手な行動を咎めるような表情は、だがJDを見た途端に変わった。背筋を伸ばし、直立不動の体勢になる。


「楽にしていいよ、ガリリアーノ・クルスコ」


 JDが手をひらひらさせて言った。どうやら彼女は組織の中でも相当の地位があるようだった。


「わ、私の名前を……?」


 『私』だって。『俺』はどうしたよ不良警官。


「うん、今聞いた。あんたの連れ、ちょっと借りるよ」

「どうぞどうぞ。……失礼のないようにな、刈羽」


 ガリリアーノさんは客を見送るホテルマンのようにボク達を見送った。


「それにしても、暑いね」


 雲の隙間からチョロチョロと漏れるような日差しでも、彼女の半分にはキツいのだろう。JDはパーカーを脱ぎ捨て、腰に結びつける。

 パーカーの下から出てきたのは、これから海にでも行くのかと尋ねたくなるような格好だった。足を進める度、尻の肉まで見えそうなショートパンツから覗く太腿が往来の男達の目を惹いた。


「さっきのは超爆笑だったね、おまえのあのアレ。マジやばい」

「…………」


 吸血人を憎む人々の見ている前で、吸血人に被害を出さないやり方を求めた、あのことだ。

 確かに、最悪の場合暴徒に袋叩きにされていた可能性もあった。


「神様が守ってくれるからって、おまえヤバい橋渡りすぎだよ。超ヤバ。でもおまえだって周りの人間を血吸虫に殺されてんだろ? 憎いと思わないの?」

「ボクの大切な人達を奪ったのは、確かに吸血人の貴族かもしれないけど、助けてくれたのも吸血人シスター・ラティーナだ」

「ふうん」

「あと、外で……その、血吸虫っていうのはやめてもらえます? 周りの人の視線が……」

「あれー、ビビってんの? マジうける。オレ達は特別神様に守られてるんだし、これくらい平気だって」


 ボクを守ってくれてるのは姉さんだ、と主張したいところだったけれど、カロリーの無駄にしかならないだろうということは姉に訊くまでもなく明白だった。


「わお、馬車が走ってる! すごーい! マジやばい!」


 ジャラジャラとアクセサリのついたスマホを取り出すと、JDは目の前を通過する2頭立ての馬車をカメラに収めた。


「ねえ、あの馬ってただの馬なの? それとも吸血馬?」

「ただの馬ですよ。人間以外の動物を吸血鬼化するとだいたい吸血人の手にさえ負えなくなるんで、動物の吸血鬼化はされてません」

「ふーん。乗ってる人、貴族かな?」

「いや、観光客でしょうね。貴族はこんな昼間に起きてたりしません」


 今の御時世、貴族でさえ馬車を個人所有するケースは稀少だ。いくらガソリンが高騰しても、馬の世話にかかる手間、スピードの遅さを考えれば馬車は時代遅れとしかいいようがない。

 だから田舎ならともかく、街を走っている馬車はだいたい、京都の人力車みたいな観光客向けのアトラクションである。


「観光客用ってことは乗れるの? マジやばい、乗ってみたい!」


 目を輝かせるJD。そんなわけでボク達は数ブロックほど馬車で移動することにした。

 車中でJDはずっとヤバいヤバいと繰り返す。言っている意味はサッパリわからないけれど、車窓に映る街並みにキラキラしたを向ける彼女を見ていると、乗ってよかったという気分にはなった。


 彼女がVKの通貨を持っていないことを知るまでは。


「JDは普段どこで生活してるんです?」

地下墓地カタコンベ

「かっ……?」

「山の中のね。一応テロリストだし人目をはばかるって意味もあったんだけど、それより司教様はオレを世俗の垢に染めたくなかったらしい。教官は逆だったな」


 彼女を聖処女として無垢に留めたい宗教派閥と、潜入工作員として文明の利器に慣れさせておきたいテロリスト派閥で熾烈な教育方針の争いがあったようだ。


「ねー、腹減らね? フィッシュ&チップスってやつ、食べてみたいんだけど!」


 降りる際、馬と並んで記念写真を自撮りした後で彼女は言った。

 JDが言っているのは、白身魚のフライとポテトフライのセット料理である。VKを代表するファーストフードだ。


 馬車に乗ったせいで所持金が怪しくなってきたので、ボクは店を避けて格安の屋台に案内する。


「あのベンチがいいな。あそこに座ろうぜ」


 公園の一角、人気の無いベンチに腰かけて、ボク達は新聞紙柄の包み紙を開いた。香ばしい匂いが鼻をつく。口の中に唾液が溢れた。思っていたよりボクはお腹を空かせていたらしい。


「いただきま――」

「父よ、貴方の慈しみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し――」

「…………」

「――アーメン」


 外見だけ見ると必要以上に現代文明を謳歌しているように見える彼女だったが、宗教派閥の教育も失われたわけではないらしい。神に祈りを捧げてから、JDは魚のフライにかぶりついた。


「あれ、案外ヤバい……。マズいって聞いてたのに」

「美味しいところは美味しいんですよ。最近は腕のいい料理人も移住してくるから」

「うーん……これはこれでなんかガッカリするカンジ」


 JDのピンク色の舌先が油で光る指を舐めた。派手な色のネイルアートが目につく。

 イカすでしょ、とボクの視線に気づいた彼女が指をかざしてニッと笑う。


「なんか、歴史上のジャンヌ・ダルクと随分イメージが違う……」


 外見だけ見れば、JDはジャンヌ・ダルクにもテロリストにも見えない。日本の原宿あたりにいる女子高生みたいだ。


「うざ。あんたもそういうこと言うんだ」


 うんざりしたように彼女は言った。膝を抱える。


「みんな御先祖様のこと聖処女とかいって美化するけどさ、そんなキラキラしたもんじゃないと思うんだ。前線で旗持ちするような奴だもん、きっとすっげーゴリラだよ」


 だってーのにどいつもこいつもなんか夢持っちゃってキモい、とJDはブツブツと文句を並べ立てる。


 そうか。

 派手なファッションもメイクも、『オレ』だなんて一人称も、彼女の自己表現の1つなのだ。聖女のイメージを押しつける周囲への、せめてもの反抗。


「連中はオレの格好を嫌がってるけど、文句は言わせないよ。オレの腕前、見ただろ?」


 JDの目には、神の声を聞けるエースパイロット――唯一無二の存在が持つ自信に輝いていた。

 妖声は聞こえなくとも、ラマイカさんやティアンジュさんにもその輝きはある。


 それはボクにはないものだ。だが欲しいとは思わない。独自性よりも、姉の代わりになれる無個性こそがボクの求めるものだから。姉の人生をエミュレートできるのならば、それで姉さんの報われなかった人生の足しになれるなら、ボクは自分自身の人格さえいらない。


 それでも彼女達の輝きは、純粋に美しいと思う。


「おまえが邪魔しなければ金ピカも仕留めてたね」とJDは笑った。

「そんなことはないよ。続けてればあの人が勝ってた」


 深く考えずに発した言葉は、予想以上にJDを怒らせたようだ。ベンチから跳ねるように立ち上がると、彼女はボクを睨みつける。


「は? 神様がついてくれてるオレに、勝てる奴なんているもんか!」

「神様なんかいたって、それだけで勝ち負けが決まるはずがない!」


 何をやってるんだろう。決して目立ってはいけない身なのに、公園で周囲もはばからず口喧嘩。

 しかもボクときたら敵の弁護だ。なんでボクはJDの前でラマイカさんを持ち上げているんだろう?


 ぼさっとしていると、いきなり頬をはたかれた。何するんだよ、と睨み返した目は、JDの殺意のこもった視線に迎撃されて力なく落ちた。


「おまえ……神様を侮辱すんのか!?」

「あ……」


 VKは――カマイラ教は世界的に見ても『ゆるい』宗教だったから忘れていた。JDのような敬虔な信者の前でその神を否定することが、どういう反発を招くかを。


「なんでおまえみたいな奴に、神様の声が届くんだ!?」

「いや、なんでと言われても……」

「もういいよ……!」


 JDは尻をはたいて埃を落とす。


「刈羽はオレなんかよりその女の方が大事なんだ! あんたに、あの連中を捨てることなんてできない!」

「そんなことはないよ!」

「だったらさぁ、証明してみせてよ!」


 JDはベンチの後ろ、植え込みに手を突っ込む。

 その手が引きずり出したのは、ワカバだった。いつ見つかったのか。というかまだ追いかけてたのか。


 動くんじゃないよ、とJDはまだ植え込みの中にいるモミジを睨みつけ、ワカバを持ち上げてみせた。


「言ったよね? オレはダンピールだ。それも血吸虫にかなり近いよ」


 少女の首を片手でへし折るなど造作もないというわけだ。

 ワカバは暴れたが、JDがフィッシュ&チップスの残りをやると大人しくなった。懐柔されてんじゃねーよ。


「何をしようって言うんだ」

「おまえがするんだよ」

「は?」

「オレがこいつを殺って、そこの釣り目をおまえが殺るのさ」


 JDは顎をしゃくった。彼女が座っていたベンチの上には拳銃が残してあった。


「……その2人は関係ない!」

「あるよ。話を聞かれたかもしれない」

「聞かれて困るほどたいした話はしてないでしょ!」

「神様はさ、おまえが裏切るって言ってる。でもまだ取り返しはつくと思うんだよね」


 つまり――覚悟を見せろということだ。

 2人を殺したその手で、ボクはラマイカさんやロルフ達と握手ができるだろうか?

 答えはノーだ。どうやったってもう後戻りはできない。


 だけどそもそもそんなことをする必要はない。ボクは組織を裏切るつもりはないのだから。


「ボクは君等を裏切るつもりはないんだから、その子達の死は不要だ。だからその子を放してくれ。その子は吸血人でさえない。無関係だ!」

「だから、裏切らないってのを行動で示せっていうんだ」

「…………!」


――かりばちゃん。


「――ッ!」


 JDが、突然しゃがんだ。少し前まで頭があった場所を太い木の棒が通過する。


「あ――あら?」


 背後からの攻撃をかわされたヴェレネが、足を滑らせて転倒。


「なんだ、このアマ――」


 JDはヴェレネを踏みつけようと片足を持ち上げた。


「やめろ、JD!」


 ボクは拳銃を投げつけた。ずっしりと重い鉄の塊がJDの頭にヒット。

 拘束が緩んだ瞬間、ワカバが身を捻らせて脱出する。間髪入れずJDにキック。

 その一撃はJDを数メートル吹っ飛ばした。


「……何だあのガキ、人間じゃないのか?」


 JDは折れた片腕を見て舌打ちする。


「JD、何度も言うけどボクは裏切らない。だからもう帰れ。……でないと、本当に裏切りたくなる」


 わかったよ――JDは背中を向けてくれた。


「でも覚えとけよ。オレとおまえは、神様の声を聞ける選ばれた者同士なんだ」 


 ああJD、君は仲間が欲しかったのか。でも悪いけど、ボクは妖声憑きであることに選民意識は抱いていない。ボクも君もただの人間だよ。


 JDが公園の外に出るのを見送って、ボクはワカバの方を見る。きっと怯えているだろう、と思ったのだが、2人はフィッシュ&チップスを分け合いながら談笑していた。


「いやー、壮絶な痴話喧嘩でしたぞ!」


 ワカバがニッコリと微笑んだ。


「経緯がよくわからないのが残念です。解説希望」

「…………」


 何百年と生きた妖怪達にとって、今回のことは修羅場のうちにも入らないらしい。


 ぐい、とスカートの裾を引っ張られた。ヴェレネである。彼女はまだ座り込んでいた。


「……恐ろしい人でした。わたくしを見下ろすあの方の目、殺されるかと思った」


 JDは妖声を使わなかった。ボクの妖声と干渉して、行動不能になるのを避けたのだ。

 それでも彼女にとって背後からの不意打ちを避けるのは簡単なことだった。

 振り向きもせずに奇襲をかわした彼女がただ者ではないことくらい、ヴェレネにだってわかる。


「吸血人だって傷つけば痛いし、死は恐ろしいものです。たかだか300年程度の寿命では、生に飽くには短すぎる」

「…………」

「あなたがわたくしを好いていらっしゃらないことも知っています。えっと、何が言いたいかというとですね――」


 ヴェレネの手は震えていた。その手を、ボクに向かって伸ばす。


「――こういう時くらい、わたくしを温めてはいただけませんか?」

「……わかりました。今回だけですよ」


 ここで断るのは恩知らずというものだろう。

 ボクはしゃがみ込んで、華奢な肩を抱きしめた。昼ドラ気分で見物する妖怪2人には目で威嚇しておく。


 その時だった。

 爆音と共に、東の空に黒煙が立ち上ったのは。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 貴族の屋敷とはいっても、現代であればテレビくらいある。


『本日午後1時頃、プリストル東端の映画館跡で爆発が発生しました。現場では反VKテロリスト『日の出アマネセルの集会が開かれており――』


 ヴァンデリョス家の居間で紅茶を飲みながら、ボクは昼間に起きた爆発の詳細を知った。

 爆発が起きた方向にあの映画館があるのは知っていたが、現場に向かう愚をボクは避けた。姉さんの指示である。


「アマネセル――」


 そういう名前だったのか、あの組織。新入りなので教えてもらっていなかった。


「VK転覆を狙うテロリストの中でも、古参との話だ」


 隣でラマイカさんが言った。


 テレビの中では、なんとティアンジュさんが大写しになっている。彼女がテロ集会の情報を元に駆けつけたことで、観念したアマネセルは自爆したらしい。


『ワタクシが来たのですもの、当然ですわ!』


「仕事してたんですね、あの人」

「とりあえずは真面目だよ、あいつは」


『……多量のナパームを使用したものと思われ、集会に参加していたテロリストは黒焦げの状態でしたが、辛うじて判別できる死体の中に、国際指名手配中のアスコー・ヴァラコヴォが確認され、VK警察はテロ撲滅に大きな一歩を踏み出したと――』


「……アスコー……?」


 集会に遅れてやってきた、老司教の顔を思い出す。あの人も死んだのか。


「しかし、部下たちは黒焦げだったのに、うまいこと幹部だけ生焼けだったとはな」


 ラマイカさんは眉をしかめた。


「気になるのですか、お嬢様?」


 ナローラさんは紅茶のおかわりをカップに注いだ。


「そりゃ、満遍なく均質に焼くというわけにもまいりませんよ。焼け残りがたまたま幹部だったのは偶然でございましょう」

「映画館1つ吹き飛ばすような大がかりな自爆装置を用意したのに、ガッカリなことだ」

「わたくしからすれば自爆装置を用意しているあたりが理解に苦しみますね。ナパームだって高価でしょうに」

「武器として以外に使えるほど大量に在庫を抱えていらっしゃるわけだ。それで商売でもした方が建設的な人生を送れただろうに」


 その時、ボクに電話がかかってきたとワカバたちが伝えに来てくれた。

 電話のある部屋に移動。暇な連中が聞き耳を立てていないか確認し、ボクは受話器を耳につける。

 どうせボクに電話をかけてくるような相手に、ロクな奴はいない。


「刈羽か」

「ガリリアーノさん!? 生きてたんですか?」

「ニュースは見たようだな。大司教がお亡くなりになった」

「そうみたいですね」

「『計画』は全面的に枢機卿の指揮下で行われることとなった。もう情報収集はいい。迂闊な行動はするな。――次に『霧』が出た時が決行の合図だ」


 電話は切れた。


「……枢機卿、生き残ったのか」


 あの鉄仮面の、ねっとりと絡みつくような声色を思い出して背筋が寒くなった。

 でもボクに、肩を抱いて温めてくれる人はもういない。


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