受領


 格納庫のゲートをくぐると、オイルの臭いに混じって魚市場のようななまぐさい臭気が鼻腔びこうを刺激する。生体型人工筋肉が発する臭いだ。


 すぐ目の前にはシュラウドスーツ姿のラマイカさんがいた。誰かと口論している。


「うわあ、またやってるのかゲスゲン」


 ロルフが嫌そうに呟く。

 ゲスゲン・コールダーホール開発副主任。ロルフにとっては部下にあたるが、眼鏡をかけ、髪を綺麗に撫でつけた理知的な外見はむしろ上司に見える。


 彼がラマイカさんと何を話しているかは聞こえないが、内容は想像がつく。毎度毎度、同じ話ばかりしているからだ。そして近づいて聞いてみれば、その通りだった。


はもう完成しています。無駄な実験はやめて、今すぐ世に出すべきです!」

「しかしな副主任。ヴァルヴェスティア化の理屈もわかっていないんだぞ」

「エネルギー炉が吸血鬼化したからといって、何だというのです!」


 血換炉――正確には『血液転換炉』ヴラッド・コンヴァーター

 ヴルフォードに搭載された動力炉であり、最重要パーツだ。


 吸血人の血は、日光を受けることで莫大なエネルギーを発生させる。人体を瞬時に灰にして余りあるそのエネルギーを電力に変換する新発電システム――血液発電の完成こそが第6実験小隊の目的であり、厳密にいえばWGとしてのヴルフォードはそのおまけでしかなかった。


 しかし、1つの問題が発生した。

 吸血人の血を一定量以上投入すると、血換炉とその筐体が吸血鬼の性質を持つようになる。

 これを彼等はヴァルヴェスティア化と呼んだ。何故そうなるのかは、いまだに解明されていない。


「……ヴァルヴェスティア化は、危険ですよ」


 思わず口を挟む。そこでようやく2人はボク達に気づいた。

 ゲスゲンさんは今にも舌打ちしそうな表情でこっちを見た。ラマイカさんのおまけとして、ボクもまた敵対人物として認識されている。


「知識のない者が余計な口を挟まないでくれ」

「知識はないけど、経験はあります!」


 ボクの脳裏には、私立病院で猛威を振るったあの魔獣の姿があった。人間を喰らう化物。

 あれのせいで、ナタリアは――。


「本物の吸血鬼でさえ、ろくに生態もわかってないじゃないですか。暴走したらどうするんです」

「そんなレベルの問題は解決している。要は、蓄積する血液量を一定以下に保てばいいのだ」

「しかしそれでは、大都市の電力をまかなうには力不足だな」

「だからこそ、もっと大きな炉を作って、実験を次の段階に進めるべきなのです。だいたいなんでWGなんだ。軍事利用したいのか、上層部は!」


 そこから話は専門的な方向に進み、ボクは迂闊に口を挟んだことを後悔した。

 結局今までと同じように、今回もまた両者の意見は平行線で、決着がつくことはなかった。


 いい加減見かねたのか、整備長が割って入る。


「おい、主任が来たなら作業を進めたいんだがね、副主任。残業お泊まりとか、勘弁してくれよ」


 ゲスゲンさんは忌々しそうな表情を浮かべ立ち去ろうとする。

 背中に向けてあっかんべーでもしてやろうかと思ったがこらえた。姉さんはそんなことしない。


「何処へ行く副主任。仕事は終わってないぞ」

「さっきも言ったが血換炉は完成している。仕事などありませんよ。他にやるべきことをやります」


 ゆっくりとした速度で格納庫から出て行くゲスゲンさんは、もしかしたら引き留めてほしかったのかもしれない。誰かが「まあこっちも言いすぎたよ機嫌直せよ皆で作業しようぜ」とでも言えばこの場は機嫌を直して働いたのではないだろうか。


 だけどそうなったとしてもブツブツ文句を言うのはみんなわかりきっていたので、結局彼が本当に出て行ってしまうまで誰も声をかけなかった。


「まあ、ゲスゲン氏の気持ちもわからんでもないけどさ。上が言うんじゃしょうがないよね。いい加減あきらめたらいいのに」


 周囲と価値観がズレることの多いロルフでさえ、ゲスゲンさんに関してはマジョリティ側の解を得ていた。

 少しばかり向こうが可哀想になる。


「そう言ってやるな。彼は彼なりに真摯しんしに向き合っているんだ」


 ラマイカさんのフォローも、少しばかり精彩を欠いているように聞こえる。


「さあ、仕事に入ろう。――あれを見てくれ、カリヴァ君」


 さっきから気になっていたのだが、格納庫の奥にカーテンで仕切られた区画が出来ていた。

 ラマイカさんの合図と共にカーテンがバサリと床に落とされる。


 その向こうには、WGが1機正座していた。


 『陽光の誉れ』と形はそっくりそのままだが配色が違う。薄い青と白。

 やっとラマイカさんはあの派手派手しい機体色を改める気になったのか――と思ったが、『陽光の誉れ』は反対側に腰を下ろしている。別個の機体だ。


「ヴルフォード2番機だ。コードネームは『蒼穹の頂』トップ・オヴ・スカイヴルー。君が専属する機体となる」

『蒼穹の頂』トップ・オブ・スカイブルー……。ボク専用の……?」


 ボクはWGマニアではない。しかしWGが1機、自分のために用意されたというのは昂揚するものを感じる。

 なるほど、これがロルフの言っていた『プレゼント』か。


「大丈夫なんですか、もう?」


 ロルフが不安げに言った。


「それを君に調べてもらいたいんだよ、主任」


 うへえ、とぼやきながらロルフは『蒼穹の頂』に向かって歩いて行った。


「……ロルフは何が心配なんですか?」

「以前、2番機はヴァルヴェスティア化の検証実験中に暴走してな。まあ、私が1番機で止めて、事なきを得たんだが」


 その結果『蒼穹の頂』は大破、『陽光の誉れ』も中破し、両機共に工廠こうしょうへ送られたのだという。

 そして先に修理の済んだ『陽光の誉れ』をラボに持ち帰る最中に、ボクが3人の男から追われているのに遭遇したというわけだった。


「……大丈夫なんですか」

「だからそれをマドラス主任に調べてもらっている。それでも駄目だったら、根性でなんとかしろ」

「根性って……」

「戦場で死ぬならまだ誉れにもなろうが、こんなところで死ぬのはただの無駄だ。そう考えれば意地でも死ねんという気にならないか?」

「戦場で死ぬのもボクは御免被ります!」

「フフン」


 何がフフンなのかよくわからない。そしてその「照れなくてもわかってるよ言いたいことは」みたいな顔をやめてほしい。


「……ところで、2番機にもあの虫みたいな奴、入ってるんですか?」


 ヴルフォードの腕に取り付き、8本腕の魔手を生みだしたあのわけのわからない武器のことだ。


「それはAクラスの機密に属するので、君にはあるともないとも言えないよ。使えるか否かなら、使えないとは言っておこう」


 あの機能はラマイカさんなど、登録された一部の人間にしか起動できないようになっているらしい。それであの時彼女は火達磨になる危険を冒してまで『陽光の誉れ』に乗り込んできたわけだ。


「カリヴァ君、チェックが済んだら早速乗り込んでもらうぞ。起動実験と、慣らし運転を今夜中に済ませてしまおう」

「わかりました」


 シュラウドスーツに着替え、コクピットへ。スーツと機体を接続。


「……全ロック完了。全数値の安全値を確認。カリヴァ、手を動かしてみてくれ」


 ロルフの声がヘルメット内の通信機越しに聞こえた。

 ボクは掌を顔の前に掲げた。ほぼ同時にWGの腕もまたボクと同じ動きを取る。指を適当に動かせば、カメラに映るマニピュレーターもそれに追従した。反応速度は『陽光の誉れ』と変わらない。


 と、いきなり手首が勝手に動き出した。ボクの意思と関係なく指を曲げ伸ばしする。


「なッ……」


 まさか、暴走――!?


 ボクが見守る中、『蒼穹の頂』の手首はくるくると360度回転を繰り返し、サムズアップを作る。

 そしてそれっきり何も起こらなかった。


「……驚いたかい?」


 ニヤニヤ笑いをたたえたようなロルフの声。おまえの仕業か。


「そんな子供じみた悪戯をするから彼女いない暦92年なんだよ、ロルフ」

「ありがとう、絶賛修羅場中の君に言われるとむしろ心が晴れ晴れする。僕の人生は間違ってなかった」

「端から見る分には焼死も凍死も変わらないと思うな」


「――こちら管制室コントロール。サポートを引き継ぎます」


 聞き慣れた声が通信に割り込んだ。

 声の主は――なんとヴェレネ・リープシュタットである。


 ボクが第6実験小隊に入隊した直後、彼女もボクを追うようにして――実際追ってきたのだが――管制室のオペレーターに着任した。


 おそらくラマイカさん経由のコネ入社だろう。それはいいが、オペレーターという仕事が箱入りのお嬢様に務まるものなのか。ラマイカさんに訊くと「まあ、実戦に出るのなら勘弁してもらいたいがな」という曖昧な答えではぐらかされた。あまりつっこむとボク自身の立場が危なくなりそうなのでそれ以上文句は言えない。


「カリヴァ、今日わたくし、お弁当を作ってきたの。後で食べましょうね」

「…………」


 味見のできない吸血人の作った料理にはいささか不安が募る。シスター・ラティーナはきちんとテキスト通りに作ってくれていたが、ヴェレネがはたしてその辺ちゃんとしているか疑問である。


「公私混同するな、リープシュタット2等兵!」


 ラマイカさんの不機嫌そうな声が被さる。


 おやおや焼き餅だよ、とロルフは愉快そうに呟いた。焼き餅。その点についてはボクも同意するが、ただしロルフとボクでは想定している矢印の向きが違う。


「失礼しました、少尉」


 と言いつつもヴェレネの声には反省の色が見られない。

 学生気分が抜けていない奴とはこういうことか、とボクは思った。


「で、どっちを選ぶんだい、カリヴァ? 小隊内の空気が悪くなる前に決めてもらいたいな」


 もう面倒くさくなったので無視することにした。わざとロルフを踏み潰すギリギリの位置に1歩目を置く。


「それでは『蒼穹の頂』トップ・オヴ・スカイヴルー稼働実験を開始します。各機、出廟しゅつびょうしてください」


「了解。ヴィクター1ラマイカ・ヴァンデリョス『陽光の誉れ』サンライト・グローリー、出廟する!」

ヴィクター2柏崎刈羽『蒼穹の頂』トップ・オブ・スカイブルー、出ます!」

「了解、無事を祈ります、カリヴァ」


 私の無事は祈ってくれないのかね、とラマイカさんが苦笑交じりにぼやく。





 簡単な動作確認の後、2機のヴルフォードは夜のグラウンドを1周することになった。


 WGの実験場として拡張再整備されたグラウンドに、競馬場時代の名残はもはやない。コースには森や沼、岩山など様々な障害物が置かれており、もはや馬達には踏破不可能だろう。


 そんな悪路を、ボク達は跳び上がり、潜り抜け、よじ登って踏破する。


「遅いぞ、ヴィクター2!」


 ただ走るだけならオートで楽チンなのだが、これはボクの訓練も兼ねている。そういうわけでボクはマニュアルでの操作を強いられていた。


 ボクとラマイカさんの間隔はどんどん開いていく。

 負けるか――とボクは足を速めた。でもこんなことでムキになるのは姉さんらしくないな、とも思う。


「ヴィクター1より管制室コントロールへ定期連絡。現在のところ異状なし。どうぞ」

『こちらのモニターにも異状は検知されず。残りのプログラム消化を願います』


 ボクは『蒼穹の頂』の右手を見ていた。実戦に近い重量負担を再現するべく、そこには武器が装備されている。

 G・ジャイアントヴァヨネット。パイルガンの銃身に大剣サイズのコンバットナイフを装着した、標準的なWGの武器だ。


 ラマイカさんはどうせボクにとって敵。ボクがどれだけライバル心を抱いたところで、現実的にボクが彼女を倒そうと思ったら、背後からの不意打ちしかない。

 そうだ、今なら『蒼穹の頂』の不具合に見せかけることだって可能かも知れない――。


「――どうだ、ヴィクター2、いけるな?」

「え――あ、はい? もちろんです!」

「君もだいぶん慣れてきたな。もう時速10キロ加速しようか」


 言うが早いか、ラマイカさんはペースを上げる。あっという間に遠くなる背中。彼女もまたボクに合わせてマニュアル走行だ。忌々しい。


 コースは森林部に突入していた。WGがすっぽり隠れるほど背丈の高い木々が生い茂る森は、昼間でも通り抜けが難しい。ラマイカさんに追いつくなんてのは、早々にあきらめるしかなかった。


 ちくしょう、またゴールで自慢げな顔をして待ってるんだ、あの人は。


「……しまった、道に迷った……」


 そのうえ霧まで出てくる始末だ。まいったね――と舌打ちしそうになって、ボクは異常に気づく。

 まだ冬には早い。霧なんて出るものか。


 シスターが殺されたあの時と同じ、そして基地を機能不全に追い込んだという、あの煙幕だ。


 敵が来る!


「こちらヴィクター2。ヴィクター1――管制室、ヴェレネ、聞こえますか?」


 通信機は耳障りなノイズで応えた。モニターにマップデータを呼び出す。砂嵐になっていた。舌打ちして閉じる。


 ボクは『蒼穹の頂』にG・ヴァヨネットを構えさせ、臨戦態勢をとった。

 今度は何が来る? タンクローリーか、WGか?


 そこでボクは嫌なことに気づいた。

 ボクがラマイカさんを不意打ちで殺そうと考えたように、ラマイカさんもまたボクを殺す機会をうかがっていたとしたら。彼女は所詮、伯爵の娘なのだ。充分にあり得る。


 心臓が早鐘を打ち出した。全身から冷や汗が噴き出る。

 ラマイカ・ヴァンデリョスと正面から戦う? 現段階のボクで?

 勘弁してくれ、丸腰で飢えたライオンの檻に放り込まれる方がまだ生存確率は高い。


 周囲を見回すが、背中を預けられそうなものはなかった。身を隠すには細すぎる木々の影が360度周囲を取り囲んでいるだけだ。つまり四方から狙い放題というわけである。


 集音装置を最大。風が木の葉を鳴らす音さえもヘルメットの中に響くように。ヘッドライトを消し、暗視モードに切り替え。見通しが悪くなってしまうが、大声で敵を呼ぶような真似は避けるべきだ。


 シュラウドスーツを着ている間は、姉さんのヘアピンはシュラウドスーツ腰の小物入れに入れるようにしている。左右に忙しく瞳を走らせながら、左腕を操縦装置から引き抜いてヘアピンに指を這わせた。


 大丈夫だ、きっと姉さんが助けてくれる。よくわからないけど、きっと大丈夫だ。大丈夫のはずなんだ。頼むから大丈夫であってくれ。


 その時――。ヘルメットに内蔵されたヘッドフォンから、異音が流れた。左腕を戻す。

 何かが大地を蹴る音がこっちにまっすぐ近づいてくる。重い音だ。WGか。数は――2体?

 一旦落ち着いた鼓動がまた暴れ出す。


――かりばちゃん、避けて!


 出し抜けに姉の声が危険の到来を告げる。振り返れば、溝鼠色に濁った世界に1点の影があった。インクの染みが広がるように、影はあっという間に大きくなる。

 ボクにはそれがまるで、超自然的な怪物のように見えた。恐怖に身体が強張る。


 そのシルエットが『陽光の誉れ』ではないことを確認した次の瞬間には、それが突き出した鋏のようなものが『蒼穹の頂』の左肩関節をくわえ込んでいた。


 赤い警告灯がコクピット内を照らす。アラームが今頃になってがなり立てはじめた。


「……うわあああああ!?」


 機体が持ち上げられ、大きく振り回される。WGの肩骨格フレームが軋みをあげ、やがてそれは決定的な破砕音となって大気に響いた。遠心力と鋏によって人工筋肉の繊維がぶちぶちと引き裂かれていく。


 ついに左腕が肩からもげた。ボクは――『蒼穹の頂』は駒のように回転し、木々を薙ぎ倒しながら大地に叩きつけられた。


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