共鳴


 薙ぎ倒された木々の向こうに、1体のWGが立っていた。

 『蒼穹の頂』のカメラがオートで色調補正を行い、その姿をモニターに強調表示する。


「ラマイカさんじゃない……?」


 先端を槍のように尖らせた巨大なモンキーレンチを携える黒いWG。標準よりも一回り大きい。

 最も特徴的なのは下半身で、馬のような4脚になっていた。長距離侵攻用に使われる追加装備のひとつだ。まるでギリシャ神話のケンタウロス。足音が複数に聞こえたのはその所為か。


 黒い機体に触発されて、『殺し屋』という単語が脳裏に浮かんだ。まさか、こいつもヴァンデリョス伯爵がボクに差し向けた刺客なのか。


 レンチの先端に何かが引っかかっていた。人の腕のようなそれが、無惨に肩口からもぎ取られた『蒼穹の頂』の左腕だと気づくのに時間は要しなかった。

 黒いWGはそれをじっと見つめていたが、やがて興味を失ったかのように、ねじり取った左腕を振り落とす。


 その間にボクは機体状況をチェック。幸いにも左腕を失った以上に致命的な損傷はない。オートバランサーは既に自動補正を完了している。組織液の流出もせき止められた。ただし流出量は大きく、早めに修理を受けないといわゆる『脱水症状』に陥るかもしれない。


 機体を起き上がらせる。死んだふりをしていれば見逃してくれるとは、とても思えなかった。


「こちらヴィクター2。未確認機の攻撃を受けています、救援を!」


 依然として通信機は機能していなかった。自分1人でなんとかするしかない。

 いや、ボク1人ではない。


「……いるよね、姉さん……?」


 ボクにだけ聞こえる姉の声。ボクが窮地に陥る度に救い導いてくれる懐かしい声。さっきだってそうだ、姉さんが敵の襲撃を教えてくれたから左腕で済んだのだ。でなければ胴を貫かれていただろう。


 しかも、ただ声が聞こえるだけじゃない。言葉自体は短いものでも、その中には複雑な情報が圧縮されていたりする。


 たとえば道行く他人に「アレはあるか?」といきなり訊かれても何のことだかわからないだろう。だがあの声ならば聞いた瞬間に「アレとは何で、どんな状態のものがいくつ、いつまでにどこの誰にどういう理由で必要なのか」が理解できる。短い言葉が脳に知覚された瞬間、花火が弾けるように情報が一気に解凍されるのだ。


 人間業ではない。きっと姉本人ではないのだろうと頭ではわかっている。でも心のどこかでは姉であってほしいと願っていた。幽霊ならば常識を超えたこともできて当然ではないかと。


 8年前に姉を亡くし、紫蒲さんには見捨てられ、シスター・ラティーナさえも喪った。ラマイカさんの厚意もボクに向けられたものではなかった。このうえ、声だけの偽物だとしても、姉をまた失うなんて耐えられない。姉の声をしているのだから愚かにも姉だと思い込んで、誰に迷惑がある?


 姉さんがついてくれている。それはボクにとって神の加護よりも自分を勇気づけてくれるものだ。

 だからやれる。正体不明のWGだろうが、ラマイカ・ヴァンデリョスだろうが、勝ってみせる。


 G・ヴァヨネットをかまえる。黒いWGもまた、得物をこちらに向けた。互いに一歩を踏み出そうとした、その時。


――かりばちゃちゃちゃちゃちゃんんんんんんんんんんんん!


「うわああああああああああああああああああ!?」


 突然――脳味噌が燃え上がったような感覚にボクは襲われた。激しい頭痛。目から涙がとめどなくあふれる。操縦装置から腕を引き抜く余裕もなく、ボクは頭を抑えてうずくまった。『蒼穹の頂』は馬鹿正直にその動きをトレースする。


――かかかかりりかかりばばりりばばちゃばちゃちゃかちゃんんかちゃんりんん。


 先ほど姉さんの声を花火にたとえたが、今のこれは爆竹だ。耳を押さえても聞こえてくる姉の声が、まるで百人単位で話しかけてきたかのように間断なく流れ込み、脳内で情報を弾けさせる。

 ニューロンが弾け飛んでいくようだった。視界がスパークする。藻掻いても逃げられない。


 戦うどころではなかった。膝を折り、苦痛が通り過ぎていくのをただ待つしかできない。

 向こうからしてみれば格好の狙い時だっただろう。だがしかし攻撃の手は襲ってこなかった。


 数分後――いや実際はもっと短かったかもしれない。痛みは突然消えた。流れ出た体液を拭うより先に周囲を確認。それでボクは、敵がボクを殺さなかった理由を知った。


 黒いWGは木によりかかるようにしてしゃがみ込んでいた。その上半身は頭を抱え込み、トゥームライダーの苦悶を表現している。向こうもボクと同様の状態だったらしい。しかし、何故?


「……なんなんだよ、おまえ」


 外部スピーカーを通じて、敵が声を発した。

 予想外に、若い声だ。それでも吸血人だとすればボクより年上だろうが。

 男女の区別はよくわからない。ハスキーな女声にも聞こえるし、高い男声にも聞こえなくもない。


「なんなんだよ、おまえ、おまえの所為で、パパがおかしくなった……!」

「パパ……?」


 落としたレンチを拾い、敵が立ち上がる。ボクもまた機体を起こし、距離を取った。仕切り直しだ。


「おまえは気持ち悪い奴だ、消えちまえ!」


 敵が地を蹴る。ただし、前方ではなく後ろに向かって。


 黒いWGが前方に跳んでいれば存在していたであろう空間を、火線が引き裂く。次いでボク達の間に飛び込んできたのは、山吹色のWGだった。


「ラマイカさん!」

「仕事中はコールサインか、隊長と呼べ! ――無事か!?」


 接近したからだろう、通信機からノイズ混じりにラマイカさんの声が響く。安心のあまり涙があふれそうだった。


「はい、左腕以外は……」

「ならいい。援護しろとは言わんが、気を抜くなよ」

「あいつ、何者なんですか?」

「知るか」


 ラマイカさんは吐き捨てた。


「攻撃を仕掛けてきた以上、敵には間違いないのだから何者だろうと撃ち殺すだけだ。仮におふざけの過ぎた味方だったとしても、くだらん真似をした罪で撃ち殺す。氏素性は殺した後で死体を調べればいい。それでいこう」


 ラマイカさんはG・ヴァヨネットを敵に向け、高らかに名乗った。


「我が名はラマイカ・ヴァンデリョス! 大英吸血帝国が女王カーミーラの騎士にしてVK陸軍特務少尉! 狼藉の報いはその首級で払ってもらう!」


「降伏勧告なしだなんて、噂通りおっかない人だね」


 黒いWGのトゥームライダーが言った。


「――だけど、首をいただくのはオレの方だ!」


 黒いWGは手にしたレンチをくるくると回転させる。そして言った。


「名乗られたからには名乗り返してやろう――オレの名はジャンヌ・ダルク!」

「何!?」

「ジャンヌ・ダルク……?」


 言わずとしれた歴史上の人物の名前。

 ミーハーなのか、ふざけているのか、それともまさかの同姓同名か?


「そしてこのWGの名は『死神デスサンソン』! おまえら血吸虫ちすいむしを地獄に落とす機体だよ!」


 黒いWG――デス・サンソンの槍突撃ランスチャージをかわし、ラマイカさんは『陽光の誉れ』を跳躍させた。木の幹を蹴って別の木に飛び移ながら、眼下の敵に向かってパイルガンを放つ。敵が槍を盾にしてそれを防いだ時には、ラマイカさんは別の木へ飛び移っている。槍の届かない高さをキープしつつ、黒いWGを包囲するように縦横無尽に飛び回る。


 まるで忍者だ、とボクは呻いた。WGの重量は平均10トン、更に足場にしているのは樹齢50年にも満たない若く頼りない木々である。ボクが同じことをやったら、1本目で木をへし折って無様に地面とキスするのがオチだろう。


 聖女の名を騙る敵の方も負けてはいない。重く大きいレンチを軽々と振り回し四方八方からの銃撃を防ぐ。まるで次に撃ってくる場所があらかじめわかっているかのように。


 まずい。敵は防御に徹し、最小限の動きで銃弾を捌いている。派手に飛び回っているラマイカさんが疲れるのを待っているのだ。その前に有効打を与えられなければ勝機はない。


「当たったところでさ、そんな豆鉄砲が効くもんか! こいつの装甲は戦車砲にだって耐えるんだから!」


 敵はラマイカさんを挑発する。ミスを誘発するためだが、言っている内容自体は正しい。少なくとも前半は。重装甲型のWGに対してパイルガンは火力不足だ。それはラマイカさんもわかっているはずだが、ヴルフォードには他に武器がない。ヴァルヴェスティア化すれば話は別だが。


「ラマイカさん、早く――」

「隊長と呼べと言っただろう!」


 突然、ラマイカさんは明後日の方向に銃を撃った。弾丸は木の幹をかすめ飛んでいく。

 ラマイカ・ヴァンデリョスともあろうものが、安い挑発に乗せられて手元が狂ったのか。


 いや――。


 銃弾を受けた木が倒れ――それに巻き込まれるようにして隣の木々も横倒しになる。


「なにッ!?」


 自称ジャンヌ・ダルクが驚きの声をあげた。


 ラマイカさんはただ闇雲に木々を飛び回っていたのではなかった。あと1歩の衝撃を与えれば折れる程度のダメージを木に与えつつ、そして一旦倒れればドミノ倒しのように他の木を巻き込んでいくように計算していたのだ。

 無駄に見えた数々の射撃さえ、敵を狙うと見せかけてトラップを構築する有効な一打だった。


 デス・サンソンは回避に移ったが、その逃走経路さえラマイカさんの読み通り。その行く先々で木が襲いかかるように倒れる。

 倒木でWGが破壊できるかはわからないが、動きを止めるには充分だ。


「地球に優しくないぞ、このヤロー!」


 そう吠えた黒いWGの動きが一瞬止まった。泥濘ぬかるみに足を取られたのだ。偶然ではない。長らくここで訓練を繰り返してきたラマイカさんの頭の中には、この森の地形は全て入っている。


 致命的な一瞬だった。死のドミノがターゲットに追いつく。敵の周囲を取り巻く木々が一斉に中央へと倒れ込む。


 だがしかし、完璧に見えたトラップにも穴はあった。

 最後の1本の倒壊がわずかに遅れる。その間隙からデス・サンソンは脱出。

 空振りに終わったトラップが虚しく土煙を上げ、敵が安堵と嘲笑の笑みを浮かべたのがわかった。


 いや。


 朦々もうもうたる土煙を切り裂いて、山吹色の影が矢のように飛び出す。

 土煙を隠れ蓑にして黒いWGに肉薄したラマイカさんは、敵の背中めがけ、G・ヴァヨネットの切っ先を突き立てんとする。


――かりばちゃん、彼女を止めて!


「ラマイカさん! 尻尾に気をつけて! 武器です!」

「!?」


 黒いWGの臀部でんぶには御丁寧にも馬の尻尾を模したパーツがついていた。それが展開し、機械の腕マニピュレーターへと変形する。

 長く伸びたアームの先端には鋭い刃がついていた。サソリの尾を思わせる隠し腕が唸りをあげる。


「くっ――!」


 ラマイカさんはエア・スラスターを起動。胸部排出口から圧搾空気を噴出し、強引に方向転換。


 ああ駄目だ。間に合わない。


 それがわかっていたから、ボクは跳んで


 隠し腕と『陽光の誉れ』の間に、ボクは無理矢理『蒼穹の頂』のボディをねじ込む。

 刃は『蒼穹の頂』の胸部装甲を貫き、コクピットにまで達した。切っ先がボクの頭のすぐ横に顔を見せる。


「カリヴァ!」


 ラマイカさんが隠し腕を叩き割り、死の刃は抜け落ちていった。そのままラマイカさんは『蒼穹の頂』を抱えて間合いを取る。


「カリヴァ君、無事か、カリヴァ君!?」


 ラマイカさんの金切り声がボクの耳を突き刺す。

 珍しく動揺する彼女の様子に、おかげでボクは冷静になれた。


「コールサインで呼ぶんじゃなかったんですか、ヴィクター1。なんとか無事です」

「そ、そうか、よかった……」


 大きな吐息の音が、通信機の向こうから聞こえてきた。


「――あれ? 仕留められなかった? なんで? 今ので殺れたはずなのに!」


 黒いWGは首をかしげ、そしてボクを見る。


「そうか、おまえが未来を変えたか、気持ち悪いの!」

「あいつ……まさか……?」


 あいつははじめから全部わかっていたのだ。

 ラマイカさんが何を狙って動いていたか、そしてそれをどうかわすか、すべて事前に予測していた。そして敵が最後の一手を繰り出した最も無防備な瞬間を狙って、カウンターをかぶせてきた。


 そしてそれは単純な技量の高さからくるものではない。

 黒いWGのトゥームライダーにもいるのだ。ボクにとっての姉の声のような存在が。


 ボクの考察を裏付けるようなことを、奴は言った。


「おまえみたいな邪教の徒が、なんで神の声を聴くことができるんだ!?」

「神の声……?」


 ボクにとって『声』は姉のものにしか聞こえないが、奴のそれは神様なのか。

 神様がどんな声をしているのか、少し気になった。


「ああもう、やめやめ! おまえと戦ったら頭痛くなるし! 金ピカと戦っても邪魔されるし! もーやだ! めんどーくさーい!」


 癇癪を起こしたように言うと、敵は身を翻す。ケンタウロスの後ろ肢がバーニアを噴かし、あっという間にその背中は霧の中に消えた。


「どうします、ヴィクター1?」

「追撃は危険だな」


 ラマイカさんは『陽光の誉れ』の左腕を持ち上げた。肘から先がだらりと力なくぶら下がる。


「変な体勢で地面に落下ハグしたから関節がおシャカだ。これであれと戦闘継続はキツいな。まあ向こうがやるというなら受けて立つがね」


 フフン、とラマイカさんは鼻を鳴らした。だが次の瞬間には不機嫌な調子に戻った。


「……なんであんな無茶をした、ヴィクター2」

「そうしなけりゃ、死んで……死ぬかもって思ったんです」


 確かにラマイカさんは将来の敵かもしれない。でもあそこで死なれたら、ボクはそのまま黒いWGに殺されるだけである。

 

「……機体から降りろ」

「はい?」

「聞こえなかったのか、機体から降りろと言ったんだ、ヴィクター2」


 2度の地獄を生き延びてきた戦士の、その暗く低い声を聞けば誰だって言うことを聞くしかない。

 ボクは粛々と従った。

 ラマイカさんもまた、機体から降りた。不安定な足場にも関わらずつかつかと歩いてきて、目の前に立つ。


「ヘルメットを脱いで、歯を食いしばれ」


 化粧の崩れた顔を見られるのは嫌だなと思ったが、やはり逆らえなかった。言われた通りにする。

 いきなり横っ面を殴りつけられた。ボクは無様に転倒する。

 痛みに悶えていると、今度は襟首を掴まれて引き起こされた。


 そして――抱きすくめられる。


「――馬鹿者め」


 囁き声が頭の上から降ってきた。


 身長の関係上、ボクの顔は彼女の胸のふくらみに押しつけられる格好になる。

 ラマイカさんがどうしたいのかまったくわからずボクは混乱の極みにあったが、ただ、これ抱きしめ返したら後でハラスメントとして訴えられるのかな、とかそういうことを心配していた。



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