魔犬


 回復していたVCRゲージは大きく目減りしていた。更には何もしていないのに少しずつ減っていく。

 見れば、機体のあちこちから白煙が上がっていた。ラマイカさんの腕のように、せっかく直った両腕部が焼けただれていく。


「吸血人の血を吸わせれば吸わせるほど、この機体は機械から吸血鬼に近づく。同時に、吸血鬼が持つ弱点も引き受ける羽目になるわけだ」

「だったら――」


 今日は曇り空の多いVKには珍しい晴天だ。飛んで火に入るナントカそのものじゃないか?

 けれどラマイカさんはいたって平静だった。


「――雲よ、来たれ」


 ラマイカさんの囁くような声。モニターの端に『声紋認証クリア』の文字が一瞬表示される。『陽光の誉れ』がボクの操縦とは無関係に空へ手を伸ばす。


 その途端――信じられないことが起こった。

 黒雲が、天に向かって突き出された手に引き寄せられるように、四方から押し寄せてきたのだ。


 さっきまでの青空は瞬く間に覆い隠される。雷鳴すら鳴り響いた。

 あまりのことに、ボクは――そして敵さえも、天を仰いで硬直する。


 太陽光から解放されたことで、『陽光の誉れ』から立ち上っていた煙は消えた。焦げた装甲が自動的に修復されていく。反面、VCRゲージは大きく下降。


「これが、吸血鬼の能力……?」


 この世界には吸血鬼も妖怪も存在する。だが魔法はない。いったいどんな科学技術が、天候を操るような御業みわざをもたらしたのか。


「招雷ッ!」


 ラマイカさんが再度音声コードを入力した。

 天を指差した『陽光の誉れ』が、そのまま指を敵隊長機に向けた。刹那、頭上を覆う雷雲から稲妻が敵隊長機に直撃する。


 ただの雷ではない。蛇口を開けっ放しにしたように、黒雲からとめどなく雷が放出され続ける。その直撃を受けた敵WGはその身を引き裂かれ、身体中から火花を散らしながら踊り狂う。やがて地響きをあげて横転。

 敵が動かなくなったのを確認し、ラマイカさんは雷の放出を止めた。


 VCRゲージを見れば、その残量はもう半分以下である。

 『陽光の誉れ』がラマイカさんの血を吸ってから、ボクはこの機体に威圧感や忌避感のようなものを抱いていた。カエルがヘビに、ウサギがトラに感じるであろう根源的な恐怖。


 しかしそれもゲージが減少する度に薄れていく。VCRゲージとは血の燃料計であると同時に、この機体が機械仕掛けの吸血鬼か、ただの機械かを推し量る尺度なのだとボクは察した。


 残るもう1体の敵は銃を構えたまま、どうすることもできずオロオロとしている。


「奴は失った視覚を隊長機からの指示で補っていたらしいな。引導を渡してやれ、カリヴァ君!」

「は――はい!」


 ボクは全力でダッシュ。『陽光の誉れ』の運動能力を最大限に活かした跳び蹴りを敵の腹部に叩き込む。メインフレームが折れる感触が足に伝わってきた。

 敵が取り落とした銃を拾い上げ、関節部を狙って連射。敵の両腕は付け根から脱落した。これで完全に無力化できた、はずだ。


「お見事」


 ラマイカさんが小さく笑った。


『2人とも気をつけて!』


 一瞬緩んだ空気は、しかしマドラスさんの叫びでまた引き締められる。


「なに……?」


 ラマイカさんが驚いたのも無理はない。黒焦げになって横たわっていた敵隊長機は、急速にその姿を再生しつつあった。


『そんな馬鹿な……あれじゃまるで……』

「あいつもヴァルヴェスティア、なのか?」


 それだけではない。その姿は異様なものへと変化していく。


「変形……いや違う、変態メタモルフォーゼだと!?」


 敵隊長機は四つん這いになった。フレームがめきめきと軋みをあげる。ボコボコと沸騰するように装甲が泡だった。関節が明らかに本来曲がることを想定されていない方向へ曲がっていく。まるで飴細工のように、下顎部分が前方に引き延ばされる。苦しむように身をよじったのはパイロットなのか、それとも機体自身か。


 最終的に、敵隊長機は狼のような姿になった。変形過程や、いびつに歪んだ装甲の有様を見るかぎり、明らかに変形するべくして変形した形態ではない。癇癪を起こした幼児が粘土人形を力任せに動物にしてみましたといった感じだ。


 全方位カメラを防弾ガラスで丸ごと覆っただけだった頭部には、いまや口ができていた。唾液の糸を引きながら開かれたそこには、割れた装甲片を無秩序に並べたギザギザの牙が覗く。


「な、なんなんだよ、あれ……」


 ボクは一歩後じさる。だってどう見たってあれはただのWGじゃない。


狼狽うろたえるなッ! 来るぞッ!」


 四足獣となった隊長機はその姿に相応しい動きでこっちに飛びかかってくる。まるで獣そのものが乗っているかのようだ。


「ひっ!」


 ボクはWGを飛び退かせる。大きく開かれた獣の牙は、ボクが無力化したもう1体の敵に突き立てられた。同士討ち。けれど獣はお構いなしに仲間を噛み砕き始めた。生きながら喰われるパイロットの断末魔がこだまする。


「あいつ……仲間を喰ってる? ……喰ってる、だって?」


 背筋がぞわぞわと震える。なんなんだ、あいつは。なんでWGが生き物みたいに人を食ってるんだ? そもそも胃袋なんてないだろうに。


「ぼんやりするな、今のうちだ」

「あ――」


 ラマイカさんに言われて、ボクはWGの左手に敵から奪った銃を握らせたままなのを思い出した。食事中の獣の背に向けて引き金を引く。だが撃鉄はカチン、と軽い音を立てただけだった。弾切れ。


 音に気づいたのか、奴は振り返った。その装甲が波打ち、身体が膨れる。一回り大きくなった。血に濡れたあぎとから狼めいた唸り声を上げる。


「なんだ、なんなんだよ、あいつ……」


 だが、鋼の獣は急に顔をボクから反らした。嗅覚などあるまいに、臭いを嗅ぐ素振りを見せる。


「まさか……」


 奴の鼻先は、病院の方に向けられていた。


「やめろおおおおおおおッ!」


 ボクは機体を突進させる。

 その時、獣がこっちを振り返った。顎が外れたかと錯覚するほどに口を大きく開く。


――かりばちゃん!


「避けろ、カリヴァ君!」


 何が起こったのかわからなかった。突然、何かに突き飛ばされるかのように『陽光の誉れ』が後方に押し出され、ホテルの壁に背を叩きつけられる。機体に衝撃が走り、胞衣ブロックで保護されていないラマイカさんが苦悶の声をあげた。


「ぐッ――、何だ、何も見えなかった――」

「衝撃波を放射したか……。制御もできないくせに、能力だけは一人前か!」


 ボクは機体を立ち上がらせようとして、だができなかった。エラーメッセージに目を走らせる。足のフレームがへし折れていた。まだ自己再生能力は生きているが、他の箇所と並行して修復しているせいか、あるいは吸血鬼度が下がっているせいか、回復速度が遅い。


 他の部分はいいんだ、足を先に直せ――そう言っても機体に変化はない。乗り手の意思とは無関係に発動する自己再生機能は、乗り手が認識していない破損箇所もきっちり修復してくれる反面、手順に口を出すことができないようだった。


 こっちが動けないとみて、獣が再び病院に頭を向けた。

 何か方法はないのか、何か――。


「そうだラマイカさん、この雲を消すこと、できないんですか!?」


 敵もまた機械の吸血鬼なら、日光が弱点に違いない。そしてこっちが呼んだ雲なら、こっちで散らすこともできるはず。より吸血鬼度の高い相手の方が太陽光で受けるダメージは大きいだろう。なんなら相打ちだってかまわない。


 だがラマイカさんは首を横に振った。


「雲を消すこと自体はできる。だがそれは敵の爆発を招く危険があるんだ。病院の側ではリスクが高すぎる」

「爆発?」

「吸血人の細胞には植物の光合成とはまた異なる天然の太陽光発電システムが備わっている。吸血鬼にとって、日光は本来エネルギー源なんだ」

「は? でも――」

「そうだ。吸血人が太陽の光を浴びれば燃え上がってしまう。だがそれは、発生したエネルギーに人体が耐えられないからで――」


 レディその辺に、とマドラスさんが咎めるような声を出したが、ラマイカさんはかまわず続けた。


「――よりすぐれたエネルギー転換力を持った吸血鬼、しかもWGサイズとなれば、発生する熱量は飛躍的に増大する。我々はメルトダウンと呼んでいるが、それによって生じる火球フレアはこの病院を呑み込んで余りある」


 そうしている間にも、獣はヤモリのように病院の壁に取り付き、力任せに頭部を叩きつけていた。


 繰り返される頭突きに、ついに厚い壁が貫かれる。獣が壁から頭を引き抜いたとき、その口元で激しく動くものがあった。ズボンを履いた人間の足がじたばたともがいている。獣は天を仰いで口を開けた。足の持ち主は重力に従って獣の口腔内に落下する。ひび割れめいたあぎとを閉ざし、獣は味わうように咀嚼そしゃくしはじめた。喉元の装甲がぐにゃりと波打って、嚥下えんげするような動きを見せる。


「…………!」


 獣の身体がまた一層、たくましさを増したように見えた。いや、錯覚ではない。もはやWGどころか戦車より大きい。骨や肉ごと人の血を取り込むことによって奴は成長している。


 奴が何故ボクにとどめを刺さないのかわかった。相手が動けないうちにパワーアップを果たし、より安全に勝つためだ。


 スナック菓子を貪るような気軽さで、獣は再び壁に頭を突っ込んだ。そして頭を引き抜いたとき、その下顎で垂れ下がるものがあった。


「ナタリア!?」


 ナタリアは左手1本で獣に吊られていた。歯の隙間に手首が引っかかっているのだ。獣は不快そうに頭を強く振る。ナタリアが悲鳴をあげた。遠心力で小さな身体が外れ、天高く放り投げられる。

 彼女がボクの名を呼んだような気がした。


「ナタリア――――!」


 恐怖は消えた。助けなければ、という一心がボクを突進させる。大地を蹴ると同時にエアスラスター全開。放たれた矢のように『陽光の誉れ』が跳ぶ。ナタリアをつかめたとしても、このスピードでは衝撃で大怪我を負わせる可能性があったが、それでも喰われるよりはマシだ。


 間一髪、『陽光の誉れ』の指がナタリアに触れる。

 だが次の瞬間、ヘビのようにしなった獣の舌が小さな身体をかすめ取った。


 重力に従って落下するボクが見ている前で、奴は悠々とカメレオンのように舌を巻き取る。その先端で、ぷちゅ、と何かが潰れた。赤い液体がピンク色の舌を伝う。


「あ、ああ……」


 地に落ちたボクを見下ろし、獣はこれ見よがしに口の中に収めたものを噛み砕いてみせた。


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