血吸人形


 敵の隊長機がこちらにパイルガンを向ける。咄嗟にボクは首をもいだばかりの敵機を盾にした。

 一瞬の空白。杭弾は飛んでこなかった。敵は戸惑ったような素振りを見せるだけだ。

 それは、逆にボクを苛立たせた。


「仲間が大事なら、なんでこんなことしたんですよ!?」


 おまえが殺した相手だって、誰かの大切な仲間だったのに。そういう想像力が足りない人がいるから、いつまで経っても争いこんなことがなくならないんだ!


 ボクは捕まえた敵を隊長機に向かって全力で蹴り飛ばす。隊長機はそれを受け止めようとして、共に転倒。


 とどめを、と前に出たボクは、しかし、見てしまった。


 蹴り飛ばした敵のコクピットハッチが外れる。へしゃげたコクピットから放り出されたパイロットは、シュラウドスーツどころか紫外線防護服さえ身につけていなかった。舐めてかかっていたのかそれとも軍資金が足りなかったのか。いずれにせよパイロットは吸血人のさだめに従い、瞬時に火達磨になった。


 敵の死亡を確認。ボクは最後に残った敵を見据える。


「――あ」


 喉元に氷柱つららを突き入れられたような寒々しさがボクを襲った。


 いつもそうだ。友達と明るくわいわいやっている間でも、ふとした拍子にそんな自分が端から見てどれだけ幼稚に見えるかと意識してしまい、すっと冷静になってしまう。そうなればもう駄目だ。楽しい時間は、素面のまま酔っ払いを演じるような拷問に変化する。


 さっきまであれほど激しく鳩尾みぞおちの奥でとぐろを巻いていた怒りの炎は、嘘のように鎮火してしまった。


 何故って、人が自分の所為で死ぬ姿を見ても、結局のところボクは何も感じちゃいないことに気づいてしまったからだ。


『それにしたって、降参した相手を息の根止まるまで滅多打ちとはな。ビビったぜ』


 ガリリアーノさんの軽蔑したような目がまざまざと甦る。

 ボクはボクが自覚していた以上に、立派な人間じゃなかった。

 何が『命を粗末にできる人間は、生きていちゃいけない』だ。それはつまり、自分のことじゃないか?


――かりばちゃん!


 そのわずかな動揺は、敵が体勢を整えるには充分すぎるほどだった。

 敵隊長機は腰に吊るしてあった得物をつかみ取る。メイス――先端に凶悪な形状の錘がついた金属製の棍棒だ。中世においては甲冑を着た相手さえ殴殺せしめたというこの武器は、WGに対してもその破壊力を発揮する。


 反射的にボクはアームピックを起動した。


 敵が死んだからなんだってんだ。攻めてきたあいつらが悪い、自業自得じゃないか。

 おまえも仲間の後を追わせてやる!


 相手の一撃を紙一重で躱し、土手っ腹にトンネルを開通させる。それはひどく簡単なことに思えた。


――かりばちゃん! 避けて!


 必要ない、やれる――なんて思ったのは、しかし間違いだった。


 隊長機が突然大きく右に跳んでボクの視界から消える。その向こう側にパイルガンを構えた頭のない敵の姿を見つけた時、ボクは自分の愚かさを知った。


 考えてみれば当然のことである。WGは機械で、人間ではない。頭が砕かれたくらいではまだ充分行動可能なのだ。


 そんな初歩的なことを忘れ、頭を潰しただけで勝った気になっていた。ボクはどこまで愚かなのだろう。

 紫蒲さんがボクを見放したのは、やっぱり正しい判断だったのだ。


 左腕で頭部をかばうのが精一杯だった。メインカメラの前にかざした腕に金属杭の弾丸が突き刺さる。


――右!


 右後方に回り込んできた隊長機が、すくい上げるようにメイスを閃かせた。後方に跳んで回避――間に合わない。衝撃。体勢が崩れる。


 こんなところで転んだりすれば、それこそ終わりだ。ボクは必死でステップを踏み、なんとか転倒を免れる。それでも並の機体では追撃を受けてやられていた。常識外れの跳躍力を持つこいつだからこそ逃げ切れたのだ。


 損害チェック。機体がやや左に傾いている。左腕に刺さった杭の重みでバランスに支障が出ていた。

 右腕は動かしても反応がない。見れば関節部分のフレームが大きく歪んでいた。人工筋肉の血管も破裂、組織液が吹きだしている。


 すぐさまオートバランサーが自動補正を完了し、傾きは直った。組織液の流出もすぐにせき止められる。だが右腕はもう使えない。左腕のアームピックも、刺さった杭が邪魔をして展開できない。


 ボクは唾を呑み込む。

 敵は残り2体。1体は銃まで持っている。対してこちらはもはや腕さえ満足に使えない。


 もう駄目だ、終わった――。


 





 心のどこかで安心している自分を感じる。

 ああ、そうだった。ずっと思っていたのだ、ここに自分が生きているのは間違いだと。


 本来ならボクが今いるべき場所は姉のものであるはずだった。だって姉さんはあんなに頑張っていたのだ。姉さんが報われないなんて間違っている。


 だから姉さんの髪飾りをつけ、姉さんがしていた髪型をして、姉さんが着るであろう衣装を身につけた。姉さんの代わりになることが、供養になると信じていた。理不尽なこの世界にささやかな報復をしたつもりでいた。


 嘘だ。


 いくらボクが子供だからって、最初からわかってる。そんな行為に意味なんかないんだって。

 ここにいるのはあくまで柏崎刈羽でしかない。そいつはただ姉さんの得るべき幸せを横取りして、のうのうと暮らしているだけだ。なんて汚い奴なんだ。死んでしまえばいいのに!


 ボクはずっと殺してやりたいほど自分を憎んでいて、でも命を絶つ勇気がなくて、姉の幻想でその存在を塗り潰してやろうとして、でもそんなのは誤魔化しだと自分でもわかっていて、ますます自分が嫌いになっていって。


 でも、それもこれで終わりだ。

 そうか、姉さんがボクをこの機体に導いたのは、こうして死なせるためだったんだね。


 ああ。やっとこれで、ボクは死ぬ。罰を受けられる――。


 



「あきらめるな!」


 ボクにとどめの一撃を与えようとしていた隊長機に、鉄の塊が唸りをあげて飛んできた。

 それは駐車場に停まっていたのであろう1台の乗用車だ。

 車が飛んできた方向をボクは見る。病院の正面玄関手前、ボロボロのマントみたいになった紫外線防護服を全身に巻き付けた吸血人が、軽四自動車を片手で担ぎ上げていた。投擲とうてき。敵は一旦、ボクと間合いを取った。


――かりばちゃん!


 姉の声で、ボクはその人がラマイカ・ヴァンデリョスであること、そして彼女が何をしたいのか察知した。彼女の元へ機体を走らせる。ラマイカさんもまた、ボクの元へダッシュ。


 防護服がひるがえり、露わになった素肌が燃え上がってもラマイカさんは疾走をやめなかった。

 ボクは敵の銃撃を回避しながら、ラマイカさんに背中を向ける形で移動。背面のコクピットハッチを開放する。


「今です!」


 直後、敵の撃った金属杭が真正面から襲いかかる。だが今避けるわけにはいかない。再度左腕を盾にして防ぐ。左腕が完全に動かなくなったことを示す警告文がモニターに流れる。


 そうしている間に、ラマイカさんは紫外線防護服を脱ぎ捨て、『陽光の誉れ』に飛び込んだ。

 背後でもぞもぞと人工筋肉が動き、振り向いたボクの鼻先に焼けただれた手がぬるりと伸びる。次いで現れた彼女の美しかった顔にはところどころ醜い火傷ができていた。


「君の察しがよくて助かったよ、カリヴァ君」

「ラマイカさん、腕が――」

「吸血人がこんな薄着で日の下を全力疾走すれば、こうもなる――左から来るぞ、ボサッとしてるな、動け!」

「は、はい!」


 右にジャンプ。振り下ろされたメイスが機体をかすめる。


「もっとだ!」

「はい!」


 パイルガンの弾丸がさっきまでいた空間を横切っていった。


「そうだ、そのまま動き続けろ。歩みを止めれば死ぬものと思え」


 言いつけ通り、ボクは無茶苦茶に逃げ回る。

 機体が揺れ、おっと、と言いつつラマイカさんがボクにしがみついた。腰に回された手を見る。ひどい有様だ。一面火膨れにまみれて所々から血を吹き出している。炭化している箇所さえあった。彼女の頬を伝う汗は暑さの所為だけではないだろう。


「……なんでそこまで」

「愚問を通り越して愚弄だな。私が部下を見捨てて敵前逃亡するほど損得勘定に秀でた人間だとでも思っていたのか」

「…………」

「さっさと終わらせよう。コクピットに2人は辛すぎる。君は日本人だから満員電車スシづめには慣れているかもしれんが」


 ラマイカさんは頭上に手を伸ばす。その動きを目で追ったボクははじめて、天井から1本の剣が刃を下にしてぶら下がっているのに気づいた。

 まるでダモクレスの剣だ。玉座の上に髪の毛1本で吊るされた剣。栄華の中について回る危険の象徴。それをラマイカさんは引き寄せる。


 そして、自らの肩口に突き刺した。


 いきなり自傷行為をはじめたラマイカ・ヴァンデリョスに気を取られて、ボクは危うく機体を塀に激突させるところだった。


「君は回避に専念しろ」

「そう言われても……」


 刺さった部分から刃が赤く染まっていく。

 剣が、血を吸っている。

 刃に吸われたラマイカさんの血が剣と天井を繋ぐチューブを通じて機体に流し込まれていく。


 その途端――モニターがまばゆく発光した。


 機体ステータスを示すウインドウの最下段には『VCR』と書かれたゲージがあった。

 他の機体にはないもので、用途はまったくわからない。ほんの2割ほどしか残量がなかったが、マドラスさんが何も言わないなら問題ないのだろうと思って気にも留めなかった。

 それが一気に8割まで回復する。


「これで……いい」


 剣を引き抜いたラマイカさんは背後からボクを強く抱きしめた。残念ながら身体を挟み込む人工筋肉のおかげで、彼女の体温や柔らかい膨らみの感触を背中に感じるとかいう甘酸っぱいイベントは発生しなかった。


「えっ、何を――」


 がっしりとヘルメットをつかまれ、首を捻られる。戸惑うボクの目に、接近してくるラマイカさんの唇が見えた。その造型に目を奪われる。不意に心臓が跳ね上がった。反射的にボクは身体を強張らせ、目を閉じ、息を止める。


「――オーダー、プラン9!」


 機体が勝手に180度回転して、ショックでボクは我に返った。よしここからでも音声は届くな、とラマイカさんが呟く。


『ちょっと!』


 通信機から、マドラスさんの咎めるような声。


『まさか機密兵装を使おうってんじゃ――』

「勝ってこそのいくさである。責任は私が取る!」


 マドラスさんを一喝して黙らせると、ラマイカさんは頭上を見上げた。


「たらふく飲ませてやったんだ! 力の程を示せ、『陽光の誉れ』サンライト・グローリーよ!」


 ラマイカさんの声に応えるかのように機体が振動。モーターの駆動音が獣の唸りにも似て鳴り響く。

 一瞬、このWGが生きているかのような錯覚に襲われた。まさかな、と自分の空想を追い払ったとき、それは突然起こった。


 ボクの操作によらず、『陽光の誉れ』が右腕を掲げる。折れたはずの肘関節が、時間を巻き戻すかのように本来あるべき形へと戻っていく。血管が絡み合い、断裂した人工筋肉が癒着する。骨格フレームが飴細工のようにぐにゃりと曲がりくねり、正しい姿を取り戻す。


 左腕も同じだ。刺さっていた杭弾が押し戻されるように引き抜かれる。無惨にぽっかり空いた穴は、しかし瞬く間に塞がれた。


「再生……自己修復してる?」


 いや、待ってくれ。アニメや映画ならともかく、そんな都合のいい技術、聞いたことがない。

 『進歩した科学は魔法と区別が付かない』とはいうが、もはやこれは純然たる魔法、いや奇跡だ。


「人類は吸血鬼の能力を科学で再現できるようになった。このヴルフォードはWGにしてWGに非ず」


 ラマイカさんは荒い息混じりに言った。


「これが、機械式吸血鬼――『ヴァルヴェスティア』だ」


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