出撃


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 柏崎刈羽がWGに乗り込もうとしていたその頃――。

 反対側、病院の広い駐車場では、虐殺が始まっていた。


 ラマイカ・ヴァンデリョスを尊敬してはいたが、彼女の言っていたことを警備部長は真面目に取り合っていなかった。


 大きいといってもたかだか病院だ。攻め込むのにWGや戦車を持ち込むなどありえない。タバコに火を点けるのに火炎放射器を使うようなものだ。


 仮に万が一、彼女の心配した通り敵がWGを持ってきたとしても、せいぜい作業用や競技用を違法改造した程度のはずだ。それくらいなら『トレイシーA型』――病院側の所有する警備用WGで対応可能だろう。彼はそう考えていた。


 だが――何者かすら定かではない敵が持ち出してきたのは、純正の軍用WGだった。それも3機。


 直立した人間のようなシルエットからして第3世代WGだ。対してトレイシーの方は類人猿じみた体型の第2世代WGである。基本性能からして大きな格差が存在していた。しかもこちらの武装は刺股さすまた1本だけ。


 勝負になるはずもなかった。

 2体のトレイシーのうち1体はロケットランチャーの直撃を受けて炎上し、もう1体は哀れ杭打銃パイルガンの集中攻撃を受けて動かなくなり、とどめとばかりにコクピットを潰される。


 この時点で、警備部隊は敗北を悟った。


 WGは吸血人が日光の下でも動き回り、戦車や戦闘機を相手取るために造られた兵器だ。たった3機だけでも、武装警備員程度では相手にならない。

 手にしたアサルトライフルはもはや無用の長物だ。吸血人の強靭な皮膚や筋肉を引き裂く力を持つ銃弾も、戦車砲の直撃にも耐える鋼鉄の装甲を貫くだけの威力はなかった。


 加えて、今は朝――それも忌々しいくらいの晴天だった。警備スタッフは全員、吸血人である。紫外線防護服が破れでもすればそこから黒焦げになってしまう。それが本来勇敢な彼等の足枷になっていた。


 敵の1体が構えた筒のようなものロケットランチャーからロケット弾が火を噴いて飛ぶ。その向かう先は病院だ。守るべき城に無惨な大穴が空くのを、警備スタッフは呆然と見ているしかない。全員の胸に敗北の文字が去来する。


「何をしている隊長、指示を!」


 肩を揺すられて、警備部長は我に返った。紫外線防護機能つき戦闘服に身を包んだラマイカ・ヴァンデリョスの力強い瞳が彼を映している。


「しかし――」

「確かに負けは揺るぐまい。だが病院に残った者達が逃げる時間くらいは稼がねばならん」


 ラマイカは駐車場に停まったままの乗用車を指差した。


「あれを投げろ」


 確かに吸血人の腕力であれば、車を投げ飛ばすことくらいはできる。問題はあれらが客の所有物だということだ。いや、そんなことを言っていられる状況ではない。持ち主から訴訟を起こされても、院長あるいはそれぞれの保険会社が良きに計らってくれるだろうと警備部長は信じることにした。


「各員、車を投げつけろ! 自分達の盾にする分を忘れるなよ!」


 放物線を描いて襲いかかる車の群れに敵は驚いたようだった。一瞬対応が遅れる。狙いをつけるには自動車は大きく重すぎたが、そのうちの1つが敵の1体に命中、転倒させることに成功した。だが撃破とまではいかない。


「とんでもないことを考えますな」


 ミニバンの陰に身を隠した警備部長は、共に隠れたラマイカに向かって笑いかける。だがラマイカは取り合わなかった。視線さえくれない。貴族令嬢とはこういうものか――警備部長は少しばかり傷ついた気分になる。別に低く見られているのではなく、状況に余裕がなかっただけだったのだが。


 次の瞬間、警備部長は大きく横に引っ張られた。その怪力の主がラマイカ・ヴァンデリョスだと認識し、何か不敬をはたらいてしまったかと彼が青くなった次の瞬間、盾にしていたミニバンが風船のように弾けて燃えた。


 敵のWGが反撃を開始したのだった。その手に握られたパイルガンが火を噴く。貫通力に優れた杭弾は、駐車車両の影に隠れていた武装警備員達を車ごと貫き、駐車場の床に大穴を穿った。


 武装警備員の1人が絶叫。彼は下半身だけでなく、日差しをさえぎるものも失ってしまった。その身体が容赦なく炎に包まれ、あっという間に炭化する。


「……無理だな。撤退したまえ、警備部長」

「しかし――」


 吸血人イコール貴族階級ではない。中流平民家庭出身の警備部長には伯爵令嬢を呼ぶときの作法がわからず、呼びかけるのに少し戸惑う。結局、軍の階級で呼ぶことにした。


「――少尉こそ早くお逃げください」

「私は無理だ。ここから動けん」


 ミニバンが爆発した際に、ラマイカの紫外線防護服は大きく破損していた。今植え込みの影から1歩でも出たら火達磨になってしまうだろう。


 敵WGはゆっくりと上体を旋回させ、次の獲物を探す。音声入力を使えば、下半身はそのまま上体だけを360度水平回転できる。人間と同じ形をしていながら人間には決して取りえない動作をとる機械人形に、警備部長は嫌悪感を抱いた。


 ガシャコンガシャコンとぎこちなく歩くその姿に、子供の頃持っていたゼンマイ仕掛けで歩くロボットの玩具を思い出す。あの玩具はどうしたのだったか。ああ、爆竹で吹き飛ばしたのだった。もしかすると今の状況はあの玩具のたたりか。悪いジョークだ。


 空を仰ぐ。WGの姿が確認された時点で院長は軍に応援を要請してくれたはずだ。だが一向に来る気配がない。先ほどヘリのローター音が聞こえたが、見れば何の役にも立たないただの報道ヘリだった。今も遠巻きに飛行しているそのヘリを、警備部長は獲物が死ぬのを待つハゲタカのようだと思った。唾を吐きかけたい気分だ。


「部長殿!」


 ラマイカの押し殺した叫びに、警備部長は戦場で余計な考えに逃避した報いを知った。


 敵WGの1体がまっすぐこっちを見ていた。吸血人の見えすぎる視力には、防弾ガラスの向こうにあるWGのメインカメラがフォーカスする様がはっきり見てとれた。パイルガンの銃口がゆっくり持ち上がる。


 終わりだ――警備部長は自分の人生を総括する作業に入った。


 ふ、と周囲が暗くなった。ろくでもない人生だったが、最後にあの忌々しい太陽の下で死なずに済んだのは幸いだ――と空に一瞥をくれた警備部長は、信じられないものを見た。


 人の形をした雲が日差しをさえぎっていた。

 もちろんそれは雲などではない。WGだ。見たことのないWGが病院の屋根より高い位置から落ちてくる。


 だがありえない。パラシュートもなければヘリに吊られているわけでもなく、WGがあんな高所に浮かんでいるだなんて。警備部長の知るWGの常識はおろか、物理法則にさえ喧嘩を売りかねない事態だ。


 ゆっくりと降下してきたその山吹色のWGは、空中で向きを変えた。そして敵へとまっしぐらに突っ込んでいった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 WGキャリアの荷台に登ったボクは、真空パックされた新品のシュラウドスーツの封を切った。


 シュラウドスーツとはWGパイロットの正装だ。プロテクターのついたラバースーツと囚人めいた首輪、視線入力システムを搭載したフルフェイスのヘルメット、そしてグローブとブーツで構成される。各部の金属片を通じて機体にパイロットの動きを伝達すると同時に、操縦に伴う衝撃からパイロットを保護する効果がある。


 実際のところ、最低限ヘルメットとグローブ、ブーツだけあれば操縦は可能である。実際に昨夜はそれだけで乗り込んだ。流石に女性用スーツは着られなかったし、時間もなかったからだ。おかげでボクの身体はあちらこちら痣だらけになってしまっている。


 今回用意されたスーツはボクのためのものだ。だがラマイカさんがマドラスさんをわざわざ呼びつけたのは、ボクがWGに乗った痕跡を消すためだったはずである。なら何故ボクの分のスーツを持ってこさせたのか。


 もしかしたら、彼女はこうなることを想定していたのかもしれない。でなければ――彼女が全ての糸を裏で引いていたかだろう。だとしたら、ボクを戦わせることに何の意味があるのか。


――時間がないわよ、かりばちゃん。


 疑問を口にしたかったが、そんな余裕はなかった。

 病院の建物越しに聞こえてくる爆発音や銃声が、ボクらに与えられた時間が残り少ないことを示している。


「着られたかい? じゃあ早く乗り込んでくれ。今、病院側のWGが全滅した」

 

 棺桶じみたコクピットハッチが車のボンネットのように跳ね上がる。ビニール生地で覆われた人工筋肉がボクを迎えた。中央を縦に走るジッパーを引き下げ、赤黒い肉壁のわずかな隙間にボクは己の身体を突っ込ませる。湿気を帯びた内部は、分厚い人工筋肉自体が発する熱でひどく蒸し暑い。


「急いでくれ、カシワザキ君!」

「やってますよ!」


 数歩歩いたところで、手に伝わってくる人工筋肉の感触が変わった。弾力性にあふれていたのが、手が沈み込みそうなほど柔らかいものに変わる。逼迫ひっぱくした現状を忘れ、ずっと揉んでいたくなるような柔らかさだった。脂肪分が多く衝撃緩衝力の高い人工筋肉で囲まれたそこは、俗に胞衣えなブロックと呼ばれるパイロットの定位置だ。乗り手の頭部を囲むようにモニターが並び、WGのカメラが捉えた映像を映し出している。


 手足を突っ込ませるための穴があり、足、腕の順に通していく。足穴の下にはスキー板を短くしたようなペダルがあり、強く押し込むとカチリという響きと共にブーツの靴底とペダルがロックされた。手を突っ込んだ穴は指が入るように枝分かれしていて、奥に内蔵されたセンサーとスーツの指先についた金属片が磁力で密着する。


 最終的に、ボクは大の字の体勢で機体と接続された。

 手足のセンサーが正常に作動していることが、顔の前にあるメインモニターに表示される。


『閉じるよ!』


 ハッチが閉じるのと同時に、巻き上げ機がジッパーを締める。ビニール生地内の空気が抜かれた。引き締められた人工筋肉が救命胴衣のようにボクの胸部をしっかりと挟み込む。


『全ロック完了。全数値の安全値を確認。起動テストを――』

「そんな暇、ないでしょう! 問題ないはずです、行きます! コントロールを!」

『ゆ、ユーハブコントロール!』

「アイハブコントロール!」


 機体の操作権が、完全にボクのものとなった。もはや誰もあてにはできない。


「柏崎刈羽、『陽光の誉れ』サンライト・グローリー! 征きます!」

『建物を回り込んでる場合じゃない、飛び越えて!』

「飛び越えろ?」


 ボクは一瞬、マドラス氏が焦りのあまりおかしくなったのかと思った。


『急いでくれ、レディがピンチだ!』


 ボクは半信半疑で機体を大きく沈み込ませ、大地を蹴る。


「あっ……」


 10トンはあるだろう『陽光の誉れ』は、なんと脚力だけで4階建ての病院を跳び越えてみせた。


「……嘘だろ」


 ありえない。一般的なWGなら、助走したって不可能だ。


――かりばちゃん。


 そうだね姉さん、今は敵を倒すことが最優先だ。

 ボクの瞳孔の動きを感知してWGのメインカメラが向きを変え、眼下の光景をモニターに投影した。


 広い駐車場に敵は3体。ボクから見て一番奥の1体だけ、頭に鬼のような角飾りがある。隊長機だろうか。

 その足元に白いWGが2台倒れていた。病院側のWGだ。1台は炎上し、もう1台はコクピットの上半分が踏みつけられたアルミ缶のようになっていた。


「……なんで……」


 無惨な残骸は、容易に孤児院の惨状をフラッシュバックさせた。吐き気がこみ上げる。そして、怒りが。


「なんでそうやって平気で殺れるんだよ、おまえ達は!?」


――やりましょう、かりばちゃん。


 音声入力でエアスラスターの起動を指示。同時にアームピックを起動させる。

 脚部装甲の裾から圧搾空気を噴出し、『陽光の誉れ』は空中で加速しつつ進路変更。最も近くにいた敵の目の前に粉塵を巻き上げながら着地し、アームピックを突き出す。


「他人の命を粗末にできる人間は、生きていちゃいけない人間なんだッ!」


 敵の頭部は文字通り粉砕された。


――かりばちゃん!


 間髪入れず、仰け反る相手の腹を蹴ってジャンプ。『陽光の誉れ』は身体を捻りながら再び天高く宙を舞った。


 残った敵はこちらを見上げたまま動かない。


 仕方のないことだ。『陽光の誉れ』のアクロバティックな動きはWGの常識を逸脱している。重さ数十トンの鎧を着て曲芸師の真似事をやるなんて、吸血人でも不可能だ。それを目の前でやってのけられれば、呆気にとられない方がおかしいだろう。


 マドラスさんが初っ端からボクに『陽光の誉れ』の常識外れの運動性能を示してみせたのは、結果的に成功だった。あれがなければボクはこの新型WGを従来のWGと同じように扱っただろう。


 だが、あのジャンプを体験した今なら、姉の下す無茶な指示にも戸惑うことなく実行できる。


 右腕を拳に戻しつつ、ボクは2体目の敵の背後に着地。

 敵は手にしたロケットランチャーをバットのように振り回したが、しゃがんで回避。フルスイングをかわされた敵はもう一度ボクに背中を向ける。その頭部を両手で挟み込んでやる。防弾ガラスは呆気なく砕け、『陽光の誉れ』の指はその奥のカメラヘッドをつかみとった。


「はああああああああッ!」


 捻りあげると、鉄骨が折れる音と共に敵の首フレームがへし折れた。そのまま頭部を持ち上げれば、それに伴って幾本ものチューブやコードが引きずり出される。まるで脊髄や血管のようだ。ぶちぶちぶちぶち。限界まで引っ張られたそれらが断線していく。 


 そして首は完全に胴体と決別した。断面からは悲鳴のようにスパークが散り、血のように吹き出した冷却液が大地を濡らす。


「ふんッ!」


 もいだ頭部をアスファルトに叩きつけ、更に踏みつける。あっさりと潰れた。生卵を踏んだほどにも感じない。


 やれる。このWGは最高の出来だ。パワーもスピードも、あらゆる面で『陽光の誉れ』は敵機を凌駕している。


「あと、1機――!」


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